第92話 『8番バッター、いくわよっ♪』 その6


 ジュリと共に瞬間移動で如月島から帰ってきたミーナ。
 瞬間移動をする直前にクシャミが出た故に失敗し、着地した場所は玄関ではなく、シュウとカレンの部屋の中にいた、シュウの頭の上。
 これからイトナミらしいシュウとカレンを邪魔せぬようにと、その部屋からジュリの手を引っ張って出て行ったあと、ミーナは一階へと続く緩やかな螺旋階段を下りながらジュリの顔を覗き込んだ。

「む? どうしたのだ、ジュリ? 顔が赤いぞー」

「…な、なんでかな…。カ、カレンさんの裸見たら、きゅ、急に恥ずかしくなっ…て……」

 と、ジュリが手に持っていたリーナへの贈り物に、赤くなった顔を埋める。

「って、おいジュリ。リーナへの逆バレンタインが崩れてしまうぞ」

「あっ、いけないっ……!」

 とジュリが慌てて顔を上げたあと、ミーナは話を戻した。

「カレンの裸って……、つまりは『女の乳がない裸』ってことか?」

「いえ、たぶんその『乳がない』ってところはいらないかも」

「ふむ。では『女の裸』を見て、恥ずかしくなったのか?」

「は…はい……」と頷き、ジュリは困惑した様子で続ける。「ど、どうしてだろう。ぼ、僕、今まではそんなことなかったのにっ…。す、すごく見てはいけないものを見てしまったようなっ……」

「乳がないしな、カレン」

「いえ、ですから胸がないとかじゃなくて……」

 と会話しているうちに、リビングへとやって来た2人。
 中に入り、そこでリュウ宛のバレンタインチョコに囲まれているハナに「ただいま」を言ったあと、部屋の中を見回しながら「あれ?」と声を揃えた。

「リーナがおらぬぞ。おかしいな、今日はここに来ているはずなのだが」

「僕もそう聞いてたんだけど……。ハナちゃん、リーナちゃんどこに行ったか知らない?」

 とジュリが訊くと、ハナが苦笑して答えた。

「あー…、何だかミカエル様に呼び出されたみたいだべよ……」

「ミカエルさまに?」

 とジュリが鸚鵡返しに訊く一方、「むっ」と顔を顰めたミーナ。

「ミカエルめ、抜け目ないぞ。わたしはやっぱり、リーナにはジュリと結婚してほしいというのに!」

「それって、他ならぬミーナ姉さま自身が僕の母上と一緒に暮らすためにですよね?」

「うむ! わたしの夢はキラと共に暮らすこと! ……って、そ、それだけじゃないのだっ、ジュリ! わ、わたしはおまえたちの幸せのことも考えてっ……!」

 と、ミーナがあたふたとしていると、ミラが小走りでリビングにやってきた。

「急いでリーナに電話をかけてみなさい、ジュリっ…! ミカエルさまに逆バレンタインを先越されてしまうわっ……!」

「はい、8番バッター・ミラ姉上。……って、あのう」

「ほら何してるの、リーナに早く電話を掛け――」

「口紅が凄く乱れてますけど、どうしたんですかミラ姉上?」

「えっ? あんっ、やだもう私ったら♪ うふふ、ついさっきパパとちょっと……♪」と、ハンカチを取り出して己の口元を拭い、ミラが再び催促する。「ほら、リーナに電話しなさい」

 ジュリが「はい」と承諾した瞬間、リーナへと電話を掛けたのはジュリの手から携帯電話を奪ったミーナだった。
 
 
 
 
 ミカエルから呼び出されたリーナは、葉月町の中央――キラの銅像前でミカエルと落ち合ったあと、ミカエルに連れられて近くのカフェへとやって来た。

「ここのカフェは持ち込みOKらしいんだ」

「へえ、そうなんや」

 と、ミカエルと向き合って窓側の席に着いたリーナ。
 他愛もない会話をしながら注文したミルクティーをちびちびと飲みつつ、ミカエルが持って来ている紙袋の中身が気になって仕方がない。

(持ち込みの話するってことは……、うちへの逆バレンタインはチョコやろか? どんな?)

 手作りチョコ?
 高級チョコ?
 まさかの義理チョコ?

 リーナが色んな意味でドキドキと動悸を感じていると、会話が一区切りしたところでミカエルが「さて」と言ってカップを置いた。

(きたっ…! チョコ渡しタイム……!)

 と続いてカップを置き、ぴんと姿勢を正し、そろえた膝の上に手を置いたリーナに、ミカエルが持って来ていた紙袋を差し出して言う。

「私からの逆バレンタイン、受け取ってくれリーナ♪」

「う、うんっ…! あ、ありがとうっ、ミカエルさまっ……!」

「リーナの好きなものを手作りしてきたぞ♪」

「へえ、手作り! うちの好きなものを!」と声を高くし、わくわくとしながら紙袋の中に入っている箱を取り出したリーナ。「あ、開けてええかっ?」

 と訊いておきながら、ミカエルの返事が返ってくる前に蓋を開けていた。
 そして中身を見るなり、

「――は?」

 意表を突かれる。
 どっちかというと、残念な意味で。

(うちの好きなものって、うちの好きなものって、うちの好きなものって……、タコ焼きかいな!!)

 そりゃ、タコ焼きは好きだけれど。
 毎日タコ焼きを食べても良いってくらい、タコ焼きは大好きだけれど。

(いくらうちでも、バレンタインにタコ焼きをもらいたいとは思わへんっちゅーねん…! 色気なさ過ぎやろ……!)

 と思わず顔の筋肉が引きつりそうになってしまいそうなのを堪え、リーナは無理矢理笑顔を作る。

「は…ははは…、タコ焼きっ…! う……嬉しいわ、ありがとう」

 一方、ニコニコと笑っているミカエルが言う。

「さあ、食べてみてくれ♪」

「う、うんっ……」と、添えてあった爪楊枝でタコ焼きを刺し、口へと持っていったリーナ。「――んっ?」

 口の中に入れた瞬間、再び意表を突かれ。

「んんっ!?」

 噛んでみて、さらに意表を突かれる。
 すっかりタコ焼きだと思っていたのだが、口の中に広がるのは甘い味。

「ええっ!? なんやコレ!? あまーいっ!」

 リーナの反応を見、ミカエルが笑って言う。

「どうだ、サプライズだろう?」

 リーナがうんうんと大きく頷くと、ミカエルが続けた。

「まず、ホットケーキの生地をタコ焼き器に流し込んでな? タコの代わりに一口ストロベリーチョコを入れ、タコ焼き同様にピックでくるくると返してな? ソースの代わりに溶かしたビターチョコをかけ、鰹節の代わりにミルクチョコを削ってかけ。マヨネーズの部分は白のチョコペンで、青海苔は抹茶パウダー。そして、紅生姜はドレンチェリーを刻んでみたぞ♪」

「へえぇ、よう作ったなぁ!」

「リーナを驚かせたくてな。いやぁ…、試行錯誤を重ねた重ねた……」

「ほんま? 苦労したん? ありがとう、めっちゃサプライズやったで」

 と笑い、リーナがスイーツなタコ焼きを楽しそうに頬張る。
 それを少しの間微笑んで見つめたあと、ミカエルは「それから」とポケットの中からもう一つ小箱を取り出した。

「これも受け取ってくれるか?」

「ん? なんや?」

 と動かしていた口を止め、小箱を受け取ったリーナ。
 蓋を開けてみると、それは大き目の黄色い石がついたブレスレット。

(あれ? この宝石――シトリン、どこかで見たことがある気が……?)

 と首を傾げたあと、すぐに気付いた。

「――あっ、これ、クリスマスのときの……!」

 去年のクリスマス、リーナがミカエルから受け取る予定だったはずのペアリングについていたシトリンだった。
 ミカエルと喧嘩し、リーナが壊してしまったペアリングの、あの石。

 ミカエルが頷いて続ける。

「しばらくの間ユナが持っていたんだが、先日返してもらってな。恋人じゃない今ペアリングを贈るのはどうかと思って、ブレスレットに作り直してもらったんだ」

「そ、そか……」

「その石は、本当に私がリーナを想って選んだものなんだ。ユナに――他の誰かに決めてもらったんじゃない。リーナに似合いそうだと思って、私が決めたものなんだ。嘘じゃない」

「う、うん…、分かっとる。ほんまに、あのときはごめんっ……」

「だから、受け取ってくれないか? やはりこれは、リーナに持っていて欲しいんだ」

 そう真剣な様子で言ったミカエルの顔を数秒の間見つめたあと、頬を染めながら頷いたリーナ。
 小箱の中からブレスレットを取り出して左腕につけ、それを顔の横に掲げてミカエルに見せながら笑う。

「どや? うち、似合うか?」

「ああ、似合う」

 そう言って、本当に嬉しそうに笑うミカエルの顔を見。
 引き続きスイーツなタコ焼きを味わい。

 心地良い空間の中、リーナは思う。

(ああ…、うち、ミカエルさまにバレンタインチョコ作ってこよう。せやかてミカエルさま、うちのことこんなに想ってくれとるんやから……)

 そうミカエルの方にぐらついたかと思った瞬間、鳴り響いたリーナの携帯電話。

「あっ、ちょっとごめんっ……!」

 とリーナがバッグの中から携帯電話を取り出す前に、ミカエルは察する。

(ジュリからの電話か)

 案の定、それはジュリかららしく。
 リーナが相手を確認するなり、ミカエルの方を気にして電話に出るのを躊躇った様子。

「私のことは気にしなくていいから、電話に出ていいぞ。いつまでも鳴っていたら他の客に迷惑だしな」

 とミカエルが笑ってやると、戸惑い気味に頷いたリーナ。

「す、すぐ切るからっ!」

 とミカエルに言った後、何だか小声になってしまいながら「もしもし?」とジュリからの電話に出た。

 ――のだが。

「こら、リーナ!!」

 聞こえて来たのはミーナの怒声で、驚いたリーナの声が裏返る。

「へっ? お、おかんっ?」

「おかんだ! 今どこにいるのだ!? ミカエルと一緒か!?」

「う、うん。カ、カフェにおるんやけど?」

「そんなところでのんびりしてないで、さっさとリュウの屋敷に戻ってくるのだ! 良いな!? 急用なのだ! 今すぐ戻って来なかったら、おかん怒るからな!? 分かったな!?」

「って、もう――」

 もう怒っとるやん。

 とリーナが突っ込む前に、ブチッと切られた電話。
 リーナが苦笑して携帯電話を見つめていると、ミカエルが再び口を開いた。

「リュウの屋敷に行っていいぞ、リーナ。ミーナさんに怒られてしまうだろ?」

「う゛……。き、聞こえとった?」

「ああ。人間の私の耳にも聞こえるほど大きな怒声だった」

「ご、ごめん……」

 と恥ずかしさに赤面したリーナが残ったスイーツなタコ焼きとブレスレットの入っていた小箱をバッグの中に入れて立ち上がると、ミカエルも続いて立ち上がった。
 リーナと共に落ち合った場所――キラの銅像前までやって来る。

「それじゃ、またなリーナ」

「う、うん。ほ、ほんまにごめん、ミカエルさま! せっかく呼んでくれたんにっ……!」

「いや、いい。気にするな。ほら、早く行かないとミーナさんに怒られてしまうぞ?」

「う、うん。ほ、ほな、また! なんちゃってタコ焼きも、ブレスレットも、めっちゃ嬉しかったで! ありがとう!」

「ああ」

 とミカエルが笑顔を返すと、リーナがジュリ宅へと続く一本道を歩いていった。
 途中、ミカエルを気にして何度も振り返る。

 その度に笑顔で手を振っていたミカエル。
 リーナの姿が見えなくなるなり、小さく溜め息を吐いて手を下ろした。

(待っているのはミーナさんではなく、ジュリだろうな)

 ヒマワリ城へと向かいながら、ミカエルはポケットから携帯電話を取り出す。
 リーナと2人で会うからと、電源を切っていた。

(リーナはもう、私と2人きりで会うときに電源を切ってくれないか)

 そんなことに少し傷心してしまいながら、携帯電話の電源を入れる。
 その瞬間、父――王からの名と共に鳴り響いた電話。

(親父? 今日はバレンタインだから色々忙しいだろうに、何の用だ?)

 とミカエルが首を傾げながら電話に出ると、さっきのミーナに続いて怒声が響いてきた。

「む!? やっと通じたか! こら、ミカエル! おまえ、今どこで何をしておるのだ!?」

「え、えーと、葉月町の中央あたりから城に向かって歩いているのだが?」

「せめて走れ、バカ者!!」

「そんなに怒って何の用だ、親父。今日はバレンタインだから、母上やマリアさんの相手をしてるんじゃないのか?」

「しておる! 今マリアを連れてジュエリーショップに向かっているところだ! って、私のことはいいから早く城へ帰れ!」

 何で?

 とミカエルが訊く前に、王が続けた。

「ユナが――美しいレディが、おまえのことを今か今かと待ち侘びているのだぞ!」
 
 
 
 
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