第91話 『8番バッター、いくわよっ♪』 その5


(ああー…、エライ目にあったぜオレ…。リーナが助けてくれなかったら、今頃兄妹の一線を越えてたかも……)

 と、リン・ランの部屋から己とカレンの部屋へと向かって行くシュウ。
 カレンへの逆バレンタインである花束を片手に、リン・ランにより乱された服を直す。

(可愛い妹なことには違いないが、もうちょっとマトモになって欲しいぜ。じゃないと可愛いハニーを失っちまうことに……)

 と苦笑しながら己とカレンの部屋のドアを開けたシュウだが、すぐにその顔はみるみるうちににやけていった。
 原因は、部屋に備え付けてあるバスルームから漂ってくるカレンの甘いボディーソープの香り。

「ぐふふっ、シャワー中かハニー。今日のぱんちゅはきっとオレの好きな、じゅ・ん・ぱ・く・ヒ・モ・パ・ンーーーーーっっっ!」

 と歓喜に叫び、花束を潰さないよう背からベッドにダイブしたシュウ。
 腰の脇から出した黒猫の尾っぽをパタパタと振りながらバスルームのドアを瞳を輝かせて見つめる姿は、まるで外出した飼い主の帰宅を今か今かと玄関先で待っている犬のよう。

 約10分後、シャワーの音が止まって身体を起こし。

「シュウ? いるの?」

 と、バスルームからカレンの声が聞こえてきてピョンと立ち上がる。

「うんっ、ただいまハニーっ……!」

「お花、あたくしのために買ってきてくれたのかしら?」

「うんっ、は、恥ずかしかったけど買って来たぜハニーのためにっ」

「ありがと、嬉しいわ♪ シャワー交代しましょ♪」

 と、バスルームから膝丈の白いベビードール姿で現れたカレン。
 胸の下からのティアードが5段あり、ふわふわとして可愛らしいそれがよく似合っている。

 胸元を見ると、縦のシャーリングの上に大きなリボン。
 どうやらバストの大きさを誤魔化すのに最適なものを選んできたらしいが、そのことはあえて口に出さずにいてあげるのが賢明だ。
 嫌われないためにも、長生きするためにも。

「かぁぁぁぁぁんわいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぜ、オマエっ…! はいコレ、花束っ……!」

 とシュウからピンクを中心とした花束を受け取り、カレンが声を高くする。

「まぁ、可愛い! ありがとう、アナタ♪ 嬉しいわ♪」

「そ、そか、良かった」

 と安堵したあとに、シュウはコホンと咳払いをし。
 少し赤面しながら続ける。

「オ、オレ、これからも変わらずオマエのこと、あ、あああ、愛してるから……」

「ええ」

「こ、これからも……フィーバーOK?」

 と、なんじゃそりゃと突っ込みたくなるシュウの口説き文句だが、カレンは嬉しそうに「うふふ」と笑って言う。

「OKよ、アナタ♪ あたくしもいつだってカモォォォンよ♪」

「――ブハッ!」と盛大に鼻血を噴出したシュウ。「シャ、シャシャシャ、シャワー浴びてくるううぅううぅぅうぅぅうぅぅうぅぅうぅううっっっ!!」

 と、歓喜のあまり声を裏返して叫びながらバスルームに飛び込んで行った。
 普通の者には見切ることのできない速さで髪を洗い、身体を洗い、脱衣所に飛び出して身体を拭き、カレンが用意しておいたピンク地に黒猫柄のトランクスを穿き、テンションは最高潮。

 バスルームに飛び込んでから1分後、絶叫しながらライダーキックで戻ってきた。

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーッッッ!!」

 花瓶を用意し、もらった花束を活けようかと思っていたカレン。
 シュウに抱きかかえられ、瞬間移動をしたのではないかと思うくらいの速さでベッドに連れて行かれ、思わず「きゃあっ」と声をあげた。

 驚いて?

 いや、

「仕方ないわね、アナタってば♪ そんなにあたくしが魅力的なの? ヘイ、カモォォォンっ……♪」

 喜んで。

「魅力的すぎてフィーバーフィーバー、フィフィフィフィフィーバァァァァァァァァァァァァァァァーーーッッッ!!」と、カレンのベビードールをポーイっと投げ捨てた瞬間。「――ブハッ!!」

 とシュウは再び盛大に鼻血を噴出す。
 目に飛び込んできたのは、大好きな純白ヒモパンで。

「た、た、た、たまんないじぇハニーっ……!」

「あんもうアナタってば♪ 赤い水玉模様にしないで♪」

「ごめんよハニー。つい鼻血が出ちまったぜ」

 ぐふふ、と笑ったシュウ。
 鼻に治癒魔法を掛けて血を止め。

「それじゃ、いっただっきまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」

 いただきます。

 とカレンに食いつこうか瞬間。

「ふう、帰ってきたぞー」

 ゴスッ!

 と、瞬間移動でジュリと共に現れたミーナの靴に踏まれ。

「ふがっ!?」

 と、あまり柔らかくないカレンの胸元に接吻をかました。
 カレンが「きゃっ」と声を上げて胸元を隠すと同時に、床の上――ジュリの傍らに飛び降りたミーナが部屋の中をきょろきょろと見回して言う。

「む? ここは玄関ではなくシュウの部屋か? 瞬間移動する寸前にクシャミが出たからな、失敗したぞー」

「ごめんなさい、兄上」

 と、ジュリ。
 その後ちらりと裸のカレンを見て、

「そ、それから、カレンさんもっ……」

 と、ぼっと頬を染めて背を向けた。

(あら? ジュリちゃん? 意外な反応ね)

 とカレンがぱちぱちと瞬きをする一方、ミーナがジュリの手を引っ張って部屋から出て行く。

「おっと、おまえたちこれからイトナミか? 邪魔したな」

 と言い残して。
 ドアが閉まるなり、カレンが後頭部に治癒魔法を掛けているシュウの両肩を興奮した様子で揺する。

「ねえ、アナタ! 今の、見た!?」

「い、今のって?」

「あたくしの裸を見たときの、ジュリちゃんの反応よ! ちょっと前まで堂々と女風呂に入って来るような、あのジュリちゃんなのに! 今の、見た!?」

「ジュリの反応? 後頭部が痛くて見てなかったな……」

「物凄く恥ずかしそうだったのよ、あたくしの裸を見て! それってそれって、ようやく異性を異性であると意識し始めたってことよね!? ジュリちゃんのメダルからオタマジャクシが出てくる日も近いわあぁぁああぁぁあぁぁあーーーっ!」

「ま、まあ、たしかに、ちょっと前のジュリは女性の裸を見ても何も思わないような子供だったからな……」

 と、ジュリが出て行った部屋の戸口に顔を向けたシュウ。
 きゃーきゃーとはしゃいでいるカレンにぶんぶんと肩を揺らされながら、呟いた。

「少し男に――いや、大人になってきてるの……かも?」

 とりあえずそんな疑問より、今は。

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
 
 
 
 
 ヒマワリ城の最上階。
 ミカエルの部屋の中。

「どうだ、美味いか? ユナ?」

「はい、美味しいです」

 とユナがビール大ジョッキを片手に笑顔を返しているのは、ミカエルではなくその父親――葉月島の王だ。

 ミカエルの部屋だというのに、そのミカエルはいなかった。
 リーナに会うため、外出しているから。

(知ってたんだけどね、ミカエルさまが今日リーナに会いに行くってことは…。だけどミカエルさまにバレンタインチョコ渡したかったから、お城の前で帰りを待とうと思ってたんだけど……)

 城の門衛によりユナが来ていることを王に知らされ、慌てた様子で駆けつけてきた王に、こんなところで待たせられないとミカエルの部屋まで案内された次第である。
 ミカエルが来るまでと王が相手をしてくれているのだが、はっきり言って恐縮で仕方がない。

 高級ビールやご馳走が次から次へと運ばれてくるし。
 持って来たチョコはミカエルへの本命だけで、王には義理チョコすら用意してこなかったことだし。

「あ、あの、王さま? あたしのことは放っておいて結構ですからっ……」

「気にしなくて良い、ユナ。そなたのような美しいレディを、独り寂しい思いになどさせられぬ。まったく、ミカエルはどこをほっつき歩いておるのだ。電話を掛けてみるも繋がらぬし……」

「あたしはいつまでも待っていられますから、王さまはどうかお部屋にお戻りくださいっ…! ほ、ほら、今日はバレンタインデーですし、お后さまやマリアさまがまだかまだかと待っておられるのではっ?」

「う、うーむ……」と唸った王。「少し失礼する」

 とミカエルの部屋から出て行って10分後、苦笑しながら戻ってきた。

「す、すまぬ、ユナ。その……急用が出来てしまってな……」

 と言う王の背後の方――ドアの外からはマリアの声が聞こえてくる。

「ねぇねぇ、早くぅー。マリア、新しい宝石が欲しいのにゃー」

 にこっと笑ったユナ。
 気にせずマリアと出かけてくるよう言って、王を送り出した。

 そして一人になると、手に持っていた大ジョッキを静かにテーブルの上に置いた。
 ミカエルの部屋の中をぐるりと一周ゆっくりと見回す。

(やっぱり王子さまだなぁ……)

 と改めて思う。
 ユナの部屋も一般からすれば物凄く広いが、ミカエルの部屋はさらに広い。
 あまりゴテゴテとしたものやゴージャスなものが好きではないのかシンプルなイメージのする部屋だが、家具やカーペット、カーテンはやはり最高級のものだ。

 天蓋つきのキングサイズのベッドのところへと歩いて行って手で押してみると、驚くほどふかふかだった。
 こんなベッドで毎日眠っていたら、一般人が使っているベッドでは痛くて眠れないのではないかと思ってしまう。

「ミカエルさま、いつもここで寝てるのかぁ……」

 と呟いたあと、動悸がしてきたユナ。
 きょろきょろと辺りを見回して誰も居ないことを確認し、そっとベッドの端っこに寝転がってみた。

「うわぁ…、雲の上みたいっ……。あ、雲の上は歩けねーよとか冷静なツッコミなしで」

 さらにベッドの上をゴロゴロと転がっていき、中央あたりで止まる。

「やっぱり、寝るときはこの辺なのかな」

 と仰向けになってみると、見えるのは天井ではなく天蓋の内側。
 ミカエルが毎朝見ているだろうそれに、何だか少し嬉しくなる。
 ミカエルのことをまた1つ知った気がして。

「いつかあたしも、ミカエルさまと一緒にこの天蓋を見ることになったりして……!? きゃああああっ! やだもう、あたしってばぁぁぁあぁぁあぁああっ!」

 と黄色い声を上げ、ごろんと寝返りを打ち、うつ伏せになったユナ。
 ミカエルの髪の香りがしそうなモフモフの枕に、熱くなった顔を埋めた。

(えへへ、ミカエルさま早く帰って来ないかな……♪)
 
 
 
 
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