第80話 今月はリーナと王女の誕生日です


 元日、雪合戦大会が終わったあと。
 何か用があるというわけではないのだが、葉月町をミカエルと共にぶらぶらとしていたリーナ。
 電話を掛けてきたローゼの言葉に、驚愕のあまり絶叫した。

「――な、な、なっ…、なぬわあぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁああぁぁあーーーっっっ!?」

「ど、どうしたリーナ!?」

 と傍らにいたミカエルも驚愕してしまう中、リーナが電話の向こうのローゼに訊く。

「それ、ほんまか!? ジュリちゃんがバッサリ髪切ってショートにしたって、ほんまか!?」

 それを聞いたミカエルの目が丸くなる。
 ローゼが「はい」と答えて続けた。

「本当ですにゃ。行きつけの美容室がお休みなので、ミヅキさんに切ってもらいましたにゃ」

「そ、そりゃ、鬼のサラのちゃんの弟子になったら仕事めっちゃハードやから、長い髪は邪魔になるかもしれへんけどっ…! ジュリちゃん、赤さんの頃から髪長かったんやで!? 何もバッサリ切らんでも、結べばええやんかっ……!」

「結んでも邪魔なほどのハードな仕事になるのですにゃ、きっと」

「た、たしかに髪の毛乱れまくって何度も結びなおすハメになるよーな気がせぇへんでもない…。そしてその度にサラちゃんに怒鳴られ……」

「それに、ローゼはいいと思いますにゃ。ジュリさんショートカットも似合うし、少し男の子っぽくなったし。ジュリさんて、思ったより首が太いんですにゃ」

「へ、へえ……」

 とリーナが返してから数秒後、ローゼが「そういえば」と続けた。

「今月は、リーナさんとローゼのお誕生日ですにゃ」

「あ、せやな。うち今月で21になるわ。ローゼさまは、えーと、11歳やんな?」

「はいですにゃ。今月で11歳になりますにゃ」

「ほんまに大人っぽいなあ。ジュリちゃんと同じくらいに見えんで」

「きっとローゼはこれからバストがむくむく育って、リーナさんを抜かすのですにゃ♪」

「あ、あかん! あかんわ、それ! ローゼさま、そのままでおってや!」

「嫌ですにゃ♪ だって、バスト大きい方が、その……」

「なんや?」

「…シ…、シオンが喜ぶ……し……?」

「……」

 数秒の間の後、リーナ赤面。
 小声になってしまいながら訊く。

「ロ…、ローゼさま、シオンに襲われたいんっ…? 早い発情期やんな。さすがはあの王さまの――」

「ちっ、ちがっ、違いますにゃっ!」

 と声を上げたローゼも、電話の向こうで赤面しているだろう。

「そ、それで、リーナさんはジュリさんに何をお願いしますにゃ? お誕生日プレゼント」

「えっ? う、うちはその……」

 とリーナは閉口する。
 さっきジュリに、曖昧な態度を取って逃げてきた。

(さっきのうちは最低や。もう、ジュリちゃんに期待持たせるようなことしたらあかんよな。うちには、ミカエルさまという列記とした恋人がおんねんからっ…! と、なると……)

 ジュリからプレゼントを受け取らない方が良いのではないだろうか。

(うちがジュリちゃんからプレゼント受け取って嬉しそうにしとったら、ミカエルさま気分悪くするかもしれへんしな……)

 しかし、プレゼントを受け取らなかったらジュリは物凄く悲しむのではないだろうか。

(う…うーわ……、あっかんわ。想像すると胸がズキズキすんで……)

 かと言って、ジュリからプレゼントを受け取って良いものか。

(いや、あかんやろ! さっき自分で言ったやん、うちっ…! ジュリちゃんに期待持たせるようなことしたらあかんって……!)

 よって、やはりジュリからプレゼントを受け取るのはやめよう。

(せや、受け取ったらあかんのや! それが一番ええんや!)

 ジュリのためにも、ミカエルのためにも。
 それが一番良い。

 そう判断し、そのことをローゼに伝えようとしたリーナ。
 口を開きかけたとき、

「あの、リーナさん」

 とローゼが先に話を続けた。
 リーナの心境を察したのか、ローゼは言う。

「何でもいいから、ジュリさんにプレゼント頼んであげてくださいにゃ。ほ、本当に何でもいいんですにゃ、何でもっ…! クリスマスのときみたいにしゃもじとか、誰からもらっても何らおかしくないようなものでっ……!」

「……ごめん、ローゼさま。うち、もうそういうものでもジュリちゃんから受け取ら――」

「それが」と、ローゼがリーナの言葉を遮り、声を大きくして言う。「リーナさんからローゼへの、お誕生日プレゼント!!」

「へっ?」

 とリーナが声を裏返すと、ローゼが続けた。

「リーナさんは何でもいいから、ジュリさんにお誕生日プレゼントを頼むのですにゃ! そしてお誕生日には、ジュリさんからプレゼントをもらうのですにゃ! リーナさんからローゼへのお誕生日プレゼントは、それで決定ですにゃ!」

「は…、はぁっ!? な、なんやねんそれ!?」

「何か文句があるのですかにゃ!?」

「あっ、あるっちゅーねんっ! うちはもう、ジュリちゃんから――」

「ああー、いーのかにゃー、リーナさん」

「な、なんやねんっ?」

「王女さま命令に逆らうなんて、いーのかにゃー。ローゼ、リーナさんがどうなっても知ーらにゃーい」

「う゛っ…………」

 と、リーナが思わず押し黙ってしまうと、「じゃー、そういうことで」と電話を切ったローゼ。
 ポケットの中に携帯電話をしまったときになって気付く。

 ここ――リュウ・キラの寝室の窓の淵に、ついさっきまで裏庭で剣術の修行をしていたはずのシオンが腰掛けていることに。

「――ふにゃあっ!? 窓から風が吹き込んでくると思ったら、何してるのにゃ修行さぼって!」

「おまえこそ何してんだよ。ここぞといわんばかりに権力使って」

「べ、別におかしいことじゃないのにゃっ! ローゼは王女さまにゃんだからっ! それにっ……」と、ローゼが俯いて続ける。「リーナさん、ジュリさんからお誕生日プレゼント受け取らない気でいたのにゃ。そんなことしたら、ジュリさんきっと、とっても落ち込んでしまうのにゃ。せっかくまた近づいてきたと思ったのに、そんなの……」

 シオンの小さな溜め息が、ローゼの白猫の耳に聞こえた。

「おまえ、まだジュリ兄とリーナが別れたのを自分のせいだって責任感じてんの?」

「…だ…だって、実際ローゼが割り込まなければ、2人は別れなかったのにゃ……」

「おまえが割り込もうが割り込まなかろうが、関係ねーよ」

 そう言って、再び溜め息を吐いたシオン。
 俯いたままのローゼを見ながら続ける。

「ジュリ兄もリーナも自分のことで精一杯で、互いがどれだけ傷付いてるか察してやれなかったのが原因じゃねーか。ジュリ兄はリーナとミカエルが仲良くしてんの見て傷付いてたし、リーナはジュリ兄とおまえが仲良くしてんの見て傷付いてた。なのに、あの二人まるで余裕がねえもんだから気付かなくて、喧嘩に発展。結果、別れた。以上。それだけ。ま、男のジュリ兄にもう少し余裕があるべきだったんだろうが、15年間も箱入りで超ガキだったし、仕方ねえっちゃ仕方ねえよな。それに、よりによってライバルが包容力のあるミカエルってところが……」

「作者の鬼畜っぷりがよく出てるにゃ」

「ああ、なんて哀れな主人公」

 と目頭を押さえたあと、「ともかく」と声を大きくしたシオン。
 窓の淵から立ち上がり、ベッドに腰掛けて俯いているローゼの顔を手で上げさせた。

「おまえは何も悪くねーの。だから気にすんな」

「はいですにゃ」

 と笑って承諾し、再び修行へと戻っていったシオンを窓から見つめるローゼ。

 シオンに言われた通り、もう気にすることは止めた。
 そのことに嘘はない。
 だけど、ジュリに再び幸せになってほしいという思いは変わっていない。

(リーナさんがジュリさんからお誕生日プレゼントを受け取ってあげるだけで、ジュリさんはとっても喜ぶのにゃ。それにリーナさんだって本当は、ジュリさんからプレゼントをもらったらとっても嬉しいはずなのにゃ)

 だって雪合戦大会のとき、リーナはあんなにもリサに嫉妬していたのだから。
 それはジュリのことが気になっている証拠みたいなもの故に、リーナは素直じゃないな、とローゼは思う。

(なんだかリーナさんて一度言い出したら聞かなそうだし、ローゼの命令に背きそうだにゃ…。意地でもジュリさんからプレゼント受け取らなそうっていうか…。何だかんだで受け取っちゃえば嬉しくなって、進展ありそうなんだけどにゃあ……)

 と、溜め息を吐いたあと、ローゼは小さく呟いた。

「7番バッターは、ローゼかにゃ……」
 
 
 
 
 葉月町の中央――キラの銅像のところ。
 ミカエルと共に、隠れるようにして立っているリーナ。

 待っていた。
 元日だというのに、サラに着いて仕事に行くというジュリを。

「うーん、遅いな……。なあ、リーナ。ジュリとサラ、ここを通らずに仕事に行ってしまったんじゃないか?」

「そんなバカな、ミカエルさま。せやかて、ジュリちゃんのお屋敷と葉月町を繋ぐ一本道を通ってきたら、ここに出るんやで? どこに仕事に行くにも葉月町は通るんやから、それはないわ。まあ、ジュリちゃんのお屋敷の裏にある森で仕事やっちゅーなら、ここは通らへんけど、あの森のモンスターは超一流ハンター用ちゃうし」

「なら、テツオに乗って行ったかもしれないな」

「えっ、テツオ!? つまり空から!? うっわ、あかんわ! それ忘れとった!」

 とリーナが慌てて空を仰いでから、数分後。
 葉月町を行き交う人々を見ていたミカエルが、小声で口を開いた。

「あっ、来たぞリーナ!」

 とミカエルが指した方向へと急いで目を向けるなり、リーナの目が丸くなる。

「ジュ、ジュ、ジュ、ジュリちゃっ……!!」

 聞いてはいたものの、やっぱり驚愕してしまう。

 リーナが物心ついた頃に、キラそっくりな姿でこの世に生まれて来たジュリ。
 赤ん坊の頃からリュウによってキラと同じ髪の長さ――腰の長さをキープさせられてきた。
 だからリーナは今までの約16年間、そんな女の子のようなジュリの容姿しか知らない(マナの薬で小熊状態になったときは除く)。
 それが、見たことのない姿になっているのだから驚愕せずにはいられなかった。

「あわわわわ…! な、ない…! ほんまにない…! ジュリちゃんの髪の毛がなくなっとるぅぅぅぅぅ……!」

「それじゃジュリがハゲたみたいだぞ、リーナ」

 とミカエルが突っ込んだとき、黒猫の耳をぴくぴくと動かしたジュリ。
 葉月町の雑踏の中からリーナとミカエルの声を聞き取り、くるりと振り向いた。

「あ、リーナちゃん! ……と、ミカエルさま」

「私はオマケ扱いか」

 とミカエルが苦笑したあと、ジュリが小走りで駆け寄ってきた。

「ジュ、ジュ、ジュ、ジュリちゃ、それぇぇぇぇぇぇぇーーーっ!?」

 と青い顔で叫んだリーナに人差し指で指されながら、ジュリは笑う。

「ああ、髪? 邪魔になるから切ったんだ」

「なかなか似合うっしょ!」

 と言ったのは、ジュリの後からやってきたサラだ。
 ぽん、とジュリの頭に手を乗せて満足そうに笑う。

「ああ、似合ってるな」と、うんうんと頷いたミカエル。「それに少し男っぽくなったじゃないか、ジュリ」

 たしかに、とリーナは思った。
 ローゼが言っていた通り、ジュリは思ったより太い首をしていた。
 それにハンターになってから成長したのか、しっかりとした肩になっていた。

(ああ…、男の子や……)

 そんなことを思って、リーナは少しだけ鼓動をあげる。

 サラが言う。

「ねえ、リーナ。この子さ、今日からアタシの弟子になったんだー」

「う、うん、さっきローゼさまから電話で聞いたで。サラちゃん、お手柔らかにな」

「うん、優しくしてあげるから任せてー♪ ……なぁーんて、アタシが言うと思ったか」

「まったく思ってまへん……」

 と蒼白しながら顔を引きつらたリーナ。
 ジュリへと顔を戻し、焦ってしまう。

「ほ、ほんまにサラちゃんの弟子でええんっ? ジュリちゃんっ……!」

「僕はサラ姉上の弟子がいいんだ」

 と返してきたジュリに、リーナは首を傾げてしまう。
 だって、サラの弟子になること=地獄を見ること。
 何故それが良いのかと心底疑問に思っていると、ジュリがふと笑って続けた。

「僕きっと、リーナちゃんのこと何からも守れるくらいに強くなれるから」

 そんなジュリの言葉にドキッとすると同時に、「えっ?」と声を上げて頬を染めたリーナ。

(――あ、めっちゃ嬉しい……)

 正直、そう思った。
 だが、それは駄目だと首を横にぶんぶんと振る。

(何喜んでんねん、うちは! 喜んだらあかんねん! ジュリちゃんにまた期待させてまうし、ミカエルさま傷つくやんやから!)

 と、大きく吸い込んだリーナ。
 周りを行き交う人々が思わず振り返ってしまうような大声で叫んだ。

「う、ううう、うち、ジュリちゃんからの誕生日プレゼントなんかいらへんからあああぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあああああああああああーーーっっっ!!」

 そして、ミカエルを連れて瞬間移動でその場から逃走。

 一方のジュリ、衝撃。
 リーナに訊いていないことを答えられた上に、

「――ま、また振られた……!?」
 
 
 
 
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