第75話 性転換薬


 大晦日はリュウとキラの誕生日。
 その前日は、毎年リュウとキラ、リンク、ミーナ、レオン、グレルは自宅を留守にする。
 6人で、昔リュウとキラが住んでいたマンションへと行くが故に。

 シュンやセナ、カノン・カリン、ネオンが眠った後のリビングの中に、留守番している一同が集まっていた。
 寝る前だというのに食っちゃ飲みしてくつろいでいる一同の中、ハナだけがそわそわとしていた。

「少し落ち着いたら? ハナちゃん」

 と、ジュリは言うが、ハナは立ったままリビングの中をうろうろとしていた。

「オラはリュウ様に自宅警備員を頼まれたから、くつろぐわけにはいかないだよジュリちゃん」

「だーいじょーぶだって、ハナちゃん。うちを襲うチャレンジャーなんて、滅多に現れないから」

 と、笑ったサラ。
 レオンは居ないしネオンは眠ったしで、カレンに酌をしてもらっている。

「う、うん…、そうかもしれねえけんども……。オラ、他にも気になることがあって落ち着かないだよ」

 何かと一同が首をかしげると、ハナは続けた。

「今日の0時頃にリュウ様たち、ミーナちゃんの瞬間移動で出かけてったけんども……。何だか、リュウ様の様子がおかしい気がしただよ」

「よく見てるわね、ハナちゃん」

 と、カレン。
 傍らにいたシュウが続く。

「葉月島の離島のブラックキャットのハナちゃんも知ってるよな? 昔、母さんが破滅の呪文唱えたの」

「うん……、あんなに凄まじい破滅の呪文はポチ様以来だったからね。すぐにキラ様だと分かって、仲間みんなで悲しんだだよ」

「今日は、その日――昔、母さんが破滅の呪文を唱えた日なんだよ」

「えっ?」

 と声を上げたハナだったが、そうだったとすぐに思い出した。
 サラが続く。

「アタシはさ、特に親父に似てるから分かるんだけど。親父、今頃ママの腕の中で震えながら泣いてると思う。アタシも、もしレオ兄が闇の力持ってて、破滅の呪文を使えるってなってたら凄く怖かっただろうな」

「そうかあ……、オラは残される身の方を考えたことなかっただよ。ブラックキャットのオラは、主が出来たときからいつでも破滅の呪文を使う覚悟でいただよ」

 ハナの言う主――リュウ。
 だが、ここにいる一同は誰もがそれをジュリのことだと思っている。
 だって、ハナはジュリのペットなのだから。

 思わずといったように、ジュリが声を上げる。

「だ、駄目だよ、ハナちゃん!? 僕のために、破滅の呪文なんか使っちゃ駄目だからね!? ハナちゃんは離島で生まれた強いブラックキャットだから、使っちゃったら消滅しちゃうんだからね!?」

「大丈夫だべよ、ジュリちゃん」

 と笑って、ジュリを安堵させたハナ。

(オラの中の主は、リュウ様。オラが破滅の呪文を使うときは、リュウ様のため。オラがこの世から消えても、リュウ様は悲しんだりしない。だから……)

 窓辺へと歩いて行き、夜空を見上げて微笑んだ。

(オラの残り少ない猫生、破滅の呪文で派手に散れたら本望だべね。こんな地味なオラでも、夜空を彩る大輪の花火みたいに咲けるだよ……)
 
 
 
 
 リュウのことを心配していたハナだったが、0時を回り、大晦日になってから少しして帰ってきたリュウは普段通りだった。
 覗き込むように見てくるハナを見下ろしながら、リュウが訊く。

「警備はしっかりやってたか」

「もちろんですだ」

「そうか。ご苦労」

 と玄関から寝室へ行こうとしたリュウを、マナが呼び止めた。

「パパ…、ちょっとあたしの部屋に来て…」

「どうした、マナ」

「今日のパパの誕生日プレゼントのことで話があるの…」

 マナからの誕生日プレゼント=マナ手作りの魔法薬。

 マナの後に付いて、リュウが2階へと続く緩やかな螺旋階段を上って行く。
 一体何かと気になったハナも付いていった。

 そしてユナとマナが使っている部屋に入ると、ユナ・マナ・レナの三つ子が揃っていた。
 やっぱり未だファザコンのユナがリュウの頬に「おかえりのキス」をする一方、レナが部屋のドアを閉める。

 その後、たくさんの魔法薬やその材料が並べられている大きな棚から、マナが一本の小瓶を取り出してリュウのところへと戻ってきた。
 ピンク色の液体が入ったそれは、プレゼントらしく水色のリボンが巻かれている。

 マナがそれをリュウに見せながら、話を切り出した。

「これ、パパへの誕生日プレゼントなんだけど…、このことで話があるの…」

「おう、ありがとなマナ。今年はどんな薬だ?」

「性転換薬…」

「は?」

 きょとんとしてしまうリュウを見ながら、マナが続ける。

「これを元旦の雪合戦大会のときに飲んで欲しいんだけど…」

「……。…これ、何の薬だって?」

「性転換薬…」

「……。…な…何故だ……!」リュウ、困惑。「パパが男であることが不満なのか、マナ……!?」

 ハナも困惑。

「せ、性転換薬って、何考えてるだよマナちゃん……!?」

「パパもハナちゃんも落ち着いて」と、レナ。「明日ジュリ以外のうちの家族にも教えるけど、この薬は6番バッターのマナの作戦に関わってるの」

 首を傾げるリュウとハナの顔を見ながら、ざっと6番バッター・マナの作戦を話した。
 一通り話を聞き終わったあと、ハナが声を大きくする。

「なーるほど! たしかにリーナちゃん最近ジュリちゃんと仲良くなった気がするし、ジュリちゃんのことが好きだって女の子が現れたら嫉妬するかもだべ! そして、ジュリちゃんを取られまいと思ったリーナちゃんが……! おおーっ、進展ありそうだべーっ!」

 と興奮した様子のハナの一方、リュウは複雑そうな顔をしてマナの手の中の性転換薬を見つめている。

「か…、可愛いジュリのためといえど、俺が女になるのは……」

 と、どうやら抵抗があるらしいリュウ。
 それを見たユナが、リュウの胸に抱きついて言う。

「あたし、パパは女の人になっても、とっても素敵だと思うな♪」

「そ、そうか…。でもな、ユナ……」

 レナがリュウの左腕に抱きついて続く。

「そうだよーう、パパぁ! あたし、パパが女の人になった姿見てみたーい♪ 効果はたったの半日だっていうし、いいでしょパパっ?」

「し、しかしな、レナ…。その半日の間に(ぜってーキラとイトナミしたくなる俺はどうすりゃいーんだよ)……」

 最後に、マナがリュウの右腕に抱きついた。

「パパ…」

「な、何だ、マナ」

「ジュリのこと、好き…?」

「ああ、もちろんだ! 俺の可愛い黒猫そっっっっっっっくりで!!」

「傍から見たらおかしいんだよね、パパ…。ジュリを抱っこしたり、キスしたりしてベタベタするのは…。娘ならまだ分かるけど、ジュリは息子なんだから…」

「そ、そんなバカな……! ジュリの股間にメダルが生えているなんて、俺は信じな――」

「だけど…」

 と、リュウの言葉を遮ったマナ。
 にやりと笑って続けた。

「この『性転換薬』を飲んじゃえば、大丈夫だよ…?」

「え」

「だってこれを飲んだらパパとジュリは異性になるし、今よりずっとマシ…」

「と、いうことは……」

「ジュリとやりたい放題…♪」

「――!?」

 リュウ、大衝撃。

(可愛いジュリとやりたい放題!? やりたい放題…!? えっ、ヤりたい放題!? ヤりたい放題だと……!?)

 のち、感激し。

(なんっっっっって、最高の薬を作ってくれたんだマナ!!)

 瞳を輝かせながら、『性転換薬』を受け取った。

「パパに任せろ、マナ!!」

「リーナにはもちろん、ジュリにも秘密になってるから、その辺のところよろしくね…」

「ああ、分かった! ジュリには俺であることは言わないから安心しろ! おやすみ!」

 と言うなり、リュウが張り切った様子で寝室へと駆けて行く。
 リュウの足音が遠くなって行くのを黒猫の耳をぴくぴくと動かして聞きながら、ハナはマナに顔を向けて訊いた。

「どうしてリュウ様を選んだんだべ?」

「パパが演技をもっとも自然かつ、積極的にやってくれそうだったから…」

 ハナ、納得。
 
 
 
 
 帰宅後、寝室のバスルームでシャワーを浴びていたキラ。
 脱衣所に出た瞬間、驚愕。

「――だ、誰だ!」

 鏡の前、キラに横顔を見せる形で知らない女が真っ裸で立っていた。
 身長は170cm弱のサラより少し高いくらいで、艶のある黒髪が背まである。

 そしてその女が振り返った瞬間、キラはさらに驚愕した。

「――リュ、リュウそっくりだぞっ……!」

「おう、俺だからな」

「な、何を言う! 私の主は立派すぎる程の金メダルを持った鬼畜セクシー美男であって、おまえのような巨乳美女ではな――」

「マナの薬だ、マナの薬」

「えっ?」

 とキラがその女の手元に目を落とすと、ピンク色の液体が入った小瓶があった。
 足元には、リュウが着ていた服。

 それらを見て、ようやくキラは納得する。

「…そ…、そうか、マナの薬で……。――って、何故女になる必要があるのだリュウ!?」

「どうやら6番バッター・マナの作戦で、俺は女にならなければならないらしい」

「そ、そうか、6番バッター・マナの作戦で。た、大変だな、リュウ」

「ああ、許せキラ。雪合戦大会で俺はこの姿でジュリといちゃつくぜ……!」

「……。…元々おかしいくらい目の前でいちゃつかれてるから、別に何とも思わないぞ……」

「さらに、薬の効果は半日! ああ、許せキラ! 金メダルが消えてしまう所為で、俺は半日もおまえを抱いてやれねえ!」

「……。…(それ物凄く有難いぞ、私の主よ)……」

 キラはリュウのところへと歩いて行くと、リュウの周りを一周ぐるりと回った。
 女になったリュウの身体をあちこち見てみる。

 やはり女になっても背は高いが、筋肉質で男らしかった身体はすっかり華奢に。
 胸は膨らみ、腰はきゅっと細く、すらりと伸びた長い脚は艶っぽい。
 顔立ちはもともと整っていたものだから、当然美女だった。

 鏡で自分の顔をまじまじと見つめながら、リュウが言う。

「死んだばーさんそっくりだぜ」

「ほう、ご祖母上に! ずいぶんと美しかったのだな、リュウのご祖母上は!」

「絶世の美女のおまえにゃ負ける。この辺も」と、リュウの手がキラの胸へ。「ああ……、手が小さくなったらますますデカく感じるぜ、おまえの乳」

「こ、こらリュウっ……! 女になっても、中身は男のおまえのままなのかっ?」

「おう。あくまでも外見が女になっただけで、中身は男の俺のままっぽいな。ああ、たまらん……」

 と、唇を重ねてきたリュウから、キラは困惑して離れた。

「ちょ、ちょっと待て、リュウ。お、女同士の姿で何をする気だ……!?」

「安心しろ。とりあえず一滴しか舐めてねーから、すぐに戻る」

 と言った直後、薬の効果が切れてリュウが元の姿に戻っていく。

 いつものその腕に抱き上げられ、ベッドへ連れて行かれたキラ。
 再び唇を塞がれながら、心の中で苦笑した。

(女の姿になっても中身は男のおまえのままって、リュウ……。興奮のあまりジュリと行きすぎた行為をしようとしたとき、ショックで失神するぞ……)
 
 
 
 
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