第73話 王女を俺にください


 ヒマワリ城の最上階――4階にいた警備兵たちは、下から聞こえてくる騒ぎに困惑していた。

「お、おい、今度は3階にカノンちゃんカリンちゃんが現れたらしいぞ」

「あ、ああ。1階はセナさんで、2階はシュンさんで……」

「ど、どういうことなんだ?」

「も、もしかしてここ4階にはシオンさんが――」

 と、突然後方から言葉を遮るように後頭部を強打され、階段付近で会話をしていた警備兵数人は倒れこんだ。
 噂をすれば何とやらで現れた、シオンの足元に。

 4階にいた他の警備兵たちが仰天する中、シオンが手に持っている鞘の中から真剣を抜いて口を開く。

「さて……、ローゼを返してもらうか」

 警備兵たちが慌てふためいて武器を構える。
 それを見て、シオンがふんと鼻を鳴らした。

「どうした、俺がここまで来れるとは思ってなかったか。まあ、実際一人だったらここまで辿り着けなかったかもな」

「で、ではやはり、集団で城に……!」

「俺とシュン、セナ、カノン・カリンの5人だ。1階から3階の警備兵の囮になってくれたあいつらに感謝だぜ」

 そこへ、どんどんと扉を叩く音と同時に、ローゼの声がシオンの耳まで響いてきた。

「シオン! ローゼはここですにゃ! シオン!」

「ああ…、待ってろローゼ。今行く……!」

 とシオンがローゼの部屋へと向かって一歩踏み出すと同時に、何十人もの警備兵たちが一斉にシオン目掛けて駆け出した。
 床が抜けるのではないかと思うほどの地響きが城中に渡る中、シオンは一歩踏み出したまま立ち止まっていた。
 後方にはすぐ下りの階段がある。

(いくらなんでも、何十人もの警備兵をまともに相手してらんねーからな)

 物凄い勢いで押し寄せてきた警備兵たちの先頭の刃が飛んできた瞬間、シオンはぴょんとジャンプした。

 人間のクォーターであるシオン。
 身体に流れる4分の1の血だけが人間で、あとの4分の3の血は猫モンスター。
 その飛躍力や敏捷度は、純猫モンスターとそう変わらない。

 ほぼ一瞬で、ヒマワリ城の高い天井すれすれまで飛んだ。

「――!?」

 シオンが突然目の前から消えたものだから、驚愕した警備兵たち。
 勢いが止まらず、もろもろと階段を転げ落ちて行く。

「う、うわぁああぁぁああぁぁあぁああぁぁあぁぁああーーーっっっ!!」

 一方、急ブレーキを掛けて止まった警備兵たちの頭上には、シオンが落っこちてくる。

「ぐえっ!」

「ぐはっ!」

「ぐほっ!」

 と、シオンの通り道にいる警備兵たちは頭を踏んづけられ、頭を抱えたり、よろけたり、転んだり。
 腕を伸ばし、武器を振るい、必死にシオンを捕まえようとするが、これがすばしっこくてなかなか掴まらない。

 床に落ちてきたところを狙っても、ひょいと交わされ、背後からシオンに斬りつけられる。
 皆一流ハンター以上の力を持っているが故に致命傷にはならないが、痛いことには変わりなく……。
 警備兵の戦闘力が、だんだんと落ちて行く。

 そんな中、どんなに刃を向けられようが、時には刃が身体を掠ろうが、シオンは変わらぬ勢いでローゼの部屋目掛けて猛進して行った。
 
 
 
 
 一方、その頃のジュリ宅。
 これからクリスマス・パーティーだというのに、チビリュウ3匹とカノン・カリンの姿がなくて、皆そわそわとしていた。

「ああ、おせえ…、おせえぞ……!」と、リュウが声を上げる。「シオン・シュン・セナの奴、いつまでカノン・カリンを連れまわしてやがる! カノン・カリンの門限――3時を4時間も過ぎてんじゃねーか! 携帯は通じねーし! ま、まさか俺の可愛いカノン・カリンに何かあったんじゃあぁああぁぁあ――」

「大丈夫だぞ、リュウ」と、リュウの膝の上のキラ。「カノン・カリンは私の魔力を継いでいるし、何かあってやばいのは魔法食らった相手の方だぞ。というか、シオンだけはローゼを返してもらいにヒマワリ城へと向かったのだろう?」

 とキラが顔を向けたのはレオン。
 パーティーが始まる前だが、すでに飲んでいるサラに酌をしてやりながら、口を開いた。

「うん、シオンがヒマワリ城へ行ったのはたしか。だけど、シュンとセナ、カノン・カリンも一緒に出て行ったのがどうしても気になるんだよね。シュンたちは葉月町へ行くって行ってたけど、本当かどうか……」

 ネオンが続く。

「ぼ、ぼくも実は不安で……。兄さんたち、もしかしてヒマワリ城になぐり込みに行ったんじゃないかって……」

「な、殴り込み……」ミカエルの顔が引きつった。「や、やっぱりそういう手段に出たのか、シオン……!」

「ええっ?」とジュリが声を上げ、リュウに顔を向けた。「だとしたら大変です、父上! ヒマワリ城へ行ってみましょう!」

「殴り込み……か。俺似なだけに、98%の確立で有り得るぜ」

「うっわ、あかんわ! うち、ちょっと見てくる!」

 と、ヒマワリ城の庭に瞬間移動したリーナ。
 庭で気を失ったり悶えている警備兵や、城の3階の窓からもくもくと黒煙が出ているのを見て絶叫した。

「ぎっ、ぎゃあぁぁああぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁああ!? た、大変や、リュウ兄ちゃぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁああんっ!!」
 
 
 
 
 己の部屋の中、白猫の耳をぴくぴくと動かし、4階の廊下にやって来たシオンの声を聞き取ったローゼ。
 扉をどんどんと叩き、声を上げて己の居場所をシオンに伝えたあと、シオンと共に逃げ出す準備を始めた。

 いくつも繋いだネックレスを紐代わりにして、ミカエルからもらった巨大ネズミのぬいぐるみを背に括り付け。
 走りやすいようにヒールを脱ぎ、ドレスの裾をまくって結ぶ。

(ごめんなさいにゃ、お父上…! お父上のことは大好きだけど、ローゼがいたい場所はここじゃないのですにゃ……!)

 逃げ出す準備万端でローゼが戸口に立ってから、約10分。
 シオンが扉の前までやって来たのが分かった。

 すぐ近くから聞こえてくる。

 刃を交える音。
 壁に何かが激突した音。
 誰かが床に倒れこむ音。

 警備兵の呻き声。

 シオンの乱れた呼吸。

 扉越しでも見えた、シオンのその微笑。

「いよう、捕らわれの王女。迎えに来てやったぜ」

 ガシャンッ

 破壊された、錠の音。

 開けられた扉の先にあるのは、傷だらけになってしまった愛しい少年の顔。

「白いお馬さんがいないのにゃ」

「俺に似合うか、そんなもん」

「まぁーったく、こぉーんなに柄の悪い王子さま初めて見たのにゃ」

 と、笑ったローゼ。

「うるせーよ」

 そう言って手を伸ばしてきたシオンにしがみ付いた。
 堰を切ったように涙が溢れ出てくる。

 怖かった。
 この腕の中が、恋しくて仕方なかった。

「悪い、遅くなって。さあ、俺たちの――」

 俺たちの家に帰ろう。

 そう言おうとしたシオンの言葉が遮られる。

「シオン、おまえという奴は……!」

 シオンとローゼがはっとして振り返ると、そこには顔を真っ赤にして眉を吊り上げている王の姿があった。

「あ、やべ。逃げろ」

 と、ローゼの手を引いて逃げ出そうとしたシオンの前に、突然どーんと立ちはだかった大きな壁。
 シオンとローゼが驚いて見上げると、それはリュウだった。

「――し、師匠っ?」

「ったく……、派手にやったなおまえ」

 さらに、その傍らにはキラ。

 後方にはジュリとリーナ、ミカエル、サラ・レオン夫婦、シュウ・カレン夫婦、レナ・ミヅキ夫婦。
 それからシオンの弟の、ネオンがいた。

 ネオンがシオンのところへと駆けてきて、狼狽した様子で声を上げる。

「な、なんてことしたの、兄さん! 話がちがうじゃない!」

 シュウ・カレン夫婦と、レナ・ミヅキ夫婦も狼狽した様子で4階の廊下を見渡す。

「うっわあぁぁあ! 何だこりゃっ……! ど、どこだシュン! カノン・カリン!?」

「下に行ってみましょう、あなたっ……!」

「あ、ああ、そうだなカレン!」

「ぼくたちも下に行ってみよう、レナ! セナがいるかもしれない!」

「う、うん、そうだねミヅキくん! まったくもう、セナってば信じられないっ!」

 と、シュウ・カレン夫婦とレナ・ミヅキ夫婦が下の階へと向かって駆けて行く一方。

 4階の廊下では、シオンを見下ろすレオンの髪がゆらゆらと逆立ち始めていた。
 レオンの低い声が響く。

「どういうことだ、シオン。誰がこんなことをしていいと言った」

 キラの怒声が響く。

「何をしているのだ、シオン! リュウの名を汚すようなことをするな!」

 警備兵の怪我を見て回る、ジュリとリーナ、ミカエルの狼狽した声が響く。

「皆さん、大丈夫ですか!?」

「とりあえず皆生きとるみたいやけど、はよう治してあげんと……!」

「ああ、そうだな! おい、リュウ、治癒魔法を頼む!」

 4階で倒れている警備兵に一斉に治癒魔法を掛けるリュウと、呆れた様子でいるサラから溜め息を響く。

「シオンおまえ、どんだけ俺似」

「シオンあんた、どんだけアタシ似」

 キラを目の前にした王からも、恍惚とした溜め息が響く。

「ああ…、キラよ……! そなたに会えるとは思ってもいなかった……! いつ見ても、この世に並ぶ者がいないほど美しいな……!」

「――って、何勝手に俺の可愛い黒猫の手ぇ握ってやがる、このセクハラ王!」

 とリュウ。
 いつの間にかキラの手を取っていた王を引き剥がす。

 王が声を上げる。

「だっ、誰がセクシャルハラスメント王だ! おまえのそういう腹立つところが、ぜーんぶシオン・シュン・セナに継がれてしまったではないか!」

「だなあ」

「だなあ、ではない! ちゃんと孫の教育をせぬか! まるでなっていないぞ! に・く・に・く・に・く・た・ら・し・いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ……!!」

「憎たらしいのはお互い様じゃねーか。何で現在の葉月島の王はこんなんなんだか。死んだ前の王が恋しくなるぜ」

「なっ、なんだとっ!? もっ……、もおぉぉぉ、許さんっ! 私を侮辱しよってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 と、顔を真っ赤にして声を上げた王。
 シオンと手を繋いでいるローゼをぐいっと引っ張って、シオンから引き剥がした。

「ローゼは絶っっっっっっっっっ対に、おまえそっくりな孫になんかやらぬ!! 帰れ!!」

 一方のリュウもシオンの腕を引く。

「ふん。俺だってあんたと親戚になるのはごめんだぜ。帰るぞ、シオン。カノン・カリンは下か?」

「――あっ……!」

 と、互いに手を伸ばしたシオンとローゼ。
 それは触れることなく、離れていく。

 見つめる互いの姿が、たんだんと小さくなっていく。

「はっ…、離してくれ師匠っ! ローゼを連れて帰る! 離せ! 離してくれっ!!」

「はっ、離してくださいにゃお父上っ! 離してっ! 嫌にゃっ…、嫌にゃあぁぁぁぁぁぁ!!」

 離れていく2人を交互に見つめていたジュリとリーナ、ミカエルの胸が痛む。
 あまりにも、悲痛な声だった。

 ジュリがリュウのところへと駆けて行く。

「待ってください、父上! お願いです! 父上! シオンにもローゼ様にも、お互いが必要なんです! 父上! 待ってください!」

「おまえの頼みとはいえ、駄目だジュリ。見たかあの王を。何しようがローゼを渡す気はねえんだ。俺の血筋をバカにしやがって、こっちから願い下げだ」

 リーナとミカエルが王のところへと駆けて行く。

「王さま、待ってや! 王さま! ローゼさまには、シオンがおらんとあかんのや!」

「そうだ親父! 親父のしていることはローゼを不幸にしているだけだ! 何でそれが分からないんだ!」

「案ずるな、2人とも。ローゼには私がもっと良い男を見つけてやる。駄目だ、シオンは! とてもではないが、ローゼのためを思っているとは思えぬ!」

 止まろうとしないリュウと王。

 シオンの姿がとても小さくなってしまい、ローゼは泣き叫ぶ。

「シオンっ……! シオンっ! シオンっ! 助けて、シオンっ!!」

 ローゼの声を聞いたシオンの顔が歪む。
 今すぐ行ってやりたいのに、リュウの力にはまるで敵わなくて、ただずるずると引き摺られていく。

「…ちっくしょうっ……! ちくしょうっ、ちくしょうっ、ちくしょうっ!!」

 結局己は、ローゼを助け出せないのか。
 ローゼを守ってやることはできないのか。
 ローゼと一緒にいることは、許されないのか。

 食いしばった牙がぎりぎりと音を立て、口の端から血が流れ出す。

 そこへレオンの手が、シオンの腕を掴んでいるリュウの手の上に重なった。

「待って、リュウ。シオンはまだ、やれるかもしれない」

「やれるって、何をだ」

 と、リュウが眉を寄せて立ち止まると、レオンの手はシオンの頭へと重なった。

「出来るね、シオン。可能性がある方法は、もう他にないよ?」

 ネオンがシオンの顔を覗き込んで続ける。

「そうだよ、兄さん! もう他にないよ! ローゼさまと、いっしょにいたいんでしょっ……!?」

「……」

 レオンの顔を見、ネオンの顔を見、シオンは目を閉じて深く深呼吸をした。
 リュウたちが一体何かと首を傾げる中、シオンだけは2人の言っていることが分かっている。

(そうだ…、まだ1つだけ、ローゼを助け出せる方法がある……)

 目を開けたシオン。
 リュウの顔を見上げた。

「離してくれ、師匠。王のところに行って、やらなきゃならねえことがある」

 そう意を決したような顔で言ったシオンを数秒の間見つめたあと、「そうか……」と呟くように言ってリュウは手を離した。
 リュウたちが見守る中、シオンが王のところへと向かって駆けて行く。

 もう泣きじゃくるしかなかったローゼ。
 シオンの姿が大きくなってきて、「あっ」と声を上げた。

「シオンっ……!」

「シオン!」

 と続いてリーナとミカエルも声を揃えると、王がはっとして振り返った。
 ローゼを背に隠し、向かってくるシオンを睨み付ける。

「何の用だ! とっと帰れ!」

 王の数歩手前、立ち止まったシオン。
 王の顔を見つめ、そして突然頭を下げた。

「――シ、シオン……!?」

 と、ローゼとリーナ、ミカエルは思わず驚愕してしまう。
 シオンがどれだけ誇り高いか知っているが故に。

 一方の王は、「ほう?」と声を高くした。

「何か頼みごとがあるようだな。私は王だぞ。膝を着け、もっと頭を低くしろ」

「な、何を仰るのですにゃお父上!」

「そうだぞ、親父!」

 とローゼとミカエルが喚く中、シオンが王に従って膝を折り、大理石の床の上につけた。
 両手をつけ、額が床の上についてしまうくらい、頭を深く下げる。

「――シオ…っ…………!」

 その光景があまりにも衝撃的で、ローゼが両手で口元を押さえて声を失う。

 そして、顔にできた傷口からぽたりぽたりと床の上に血を垂らしながら、シオンが口を開いた。

「…お願い…します……!」

「……とりあえず、聞くだけ聞いてやる。言ってみろ」

 という王の言葉のあと、シオンが続ける。

「ローゼと、一緒にいさせてください……!」

「何故、おまえなんぞとローゼを。分かっているのか。ローゼは王女だぞ」

「分かってる。俺は身分も違うし、王族みたいに品があるわけでもない。ふさわしくないのかもしれないけど、ローゼを守ってやることくらいは出来る。ここはローゼにとって辛く居心地の悪い場所だ。俺はこんなところにローゼをいさせたくない」

 ふん、と王が鼻を鳴らす。

「ローゼが守れるか。子供のおまえに」

「守れる」

「どうだかな」

「……守るっ! 絶対にだ!」そう声を上げたシオン。「死んだって、あの世に行ってからだって、守ってやる! 何があろうと、どんなことがあろうと、絶対に何が何でも守ってみせる! それくらい俺は、ローゼのことが好きだ! 大切だ!」

 ローゼの涙が幾つも床に零れ落ちる中、「だから」と声を詰まらせて続けた。

「…お願いします…! ローゼを…、俺にくださいっ……!」

 流れる静寂。

 どれくらい経ったか。
 土下座をしたままのシオンを見つめていた王が、ローゼに顔を向けて口を開いた。

「今までシオンといて、幸せだったかローゼ?」

 涙で声が出ず、ローゼは頷いた。
 必死に頷いた。
 幸せじゃなかった日なんてない。

 それを見て、「そうか……」と呟いた王。
 シオンに顔を戻し、

「立て」

 そう命じた。
 シオンが立ち上がると、王はシオンの手元を見て続けた。

「ずいぶんと安っぽいペアリングだ。ローゼには似合わぬ」

「これは――」

「将来はもっとちゃんとしたものをローゼに贈れ。良いなシオン?」

 そんな言葉と、ミカエルにも受け継がれているその優しい微笑が王から零れたとき。
 それは、シオンとローゼの願いが叶えられた瞬間だった。
 シオンはローゼにふさわしい男だと、認められた瞬間だった。

 突如込み上げてきた喜びに、胸がつまったシオン。

「――御意っ……!」

 と、感謝の意味を込めて深々と頭を下げた。
 一方、リーナとミカエルが舞い上がってローゼに抱きつく。

「良かったやん、ローゼさまぁぁぁぁぁぁ! これからもシオンと一緒におられんのやで!?」

「しかも一生だぞ、ローゼ! シオンの奴、結果的にプロポーズしたことになるからな♪」

 ますます泣き出したローゼが、頭を上げたシオンに抱きついた。

「ローゼ……」

 と、ローゼを腕に、シオンが微笑んだ瞬間のこと。

「――シ、シオン!?」

 シオンが後方にふらりとよろけ、ローゼとリーナ、ミカエルは声を上げた。
 倒れ掛かったシオンの身体は、こちらへと向かって歩いてきていたリュウの腕に支えられた。

 顔を見れば、気を失っている。

「貧血だ、バカ……」

 とリュウが治癒魔法を掛けるシオンの足元は、水溜りならぬ血溜まりが出来ていた。

「こっちも……」

 と、下の階から戻ってきたシュウ・カレン夫婦と、レナ・ミヅキ夫婦。
 シュウの腕にはシュンが、ミヅキの腕にはセナが気を失った状態で抱かれていた。
 カレンの手に引かれているカノン・カリンだけは、無傷だったが。

 レオンがリュウからシオンを受け取り、腕に抱いて微笑む。

「よくやったね、シオン。誇らしいよ、お父さんは」

「ふん……、守ると宣言した途端に情けない」

 と溜め息を吐いた王。
 リュウの顔を見て続けた。

「……とまあ、特別にシオンとローゼの仲を許してやった。おまえの孫に、ローゼを任せたからな。しかしシオンもまだ子供だから、いざというときは――」

「分かってんよ」と王の言葉を遮り、リュウは仕方なさそうに溜め息を吐いて言う。「いざというときは、俺が出て行く。ローゼの心配は無用だ」

「そうか、ならば良い」

 と安堵したあと、王はキラに顔を向けた。
 念のために訊いておく。

「シオンはリュウ似だそうだな」

「はい。それが……?」

「キラ、おまえはリュウと共に居られて幸せか?」

 王のそんな質問に、キラがふと微笑んだ。

「正直なところ、まったく苦労しないとは言いません。しかし、愛されなかった日はありません。大切にされなかった日はありません。もちろん泣く日だってあるけれど、笑った日はそれの何百倍以上。私は、この世一の幸せな黒猫です」

「そうか……」

 と、微笑んだ王。
 改めて、シオンならばローゼを任せられると安堵した。

「今日のことは、外に漏らさぬよう城の者全員に命じておく。おまえたち、今日はクリスマス・パーティーなのだろう? もう帰って良いぞ」

 承諾した一同。
 リーナが瞬間移動でジュリ宅に戻ろうか瞬間、ローゼが嬉しそうに笑って口を開いた。

「ありがとうございますにゃ、お父上! これからもずっと、ローゼはお父上を愛しています」

「ああ、私もだローゼ。これからは舞踏会の日だけではなく、もっと顔を見せてくれ……おまえの柄の悪い王子と共にな」

 承諾したローゼ。
 気を失っているシオンの手を握り、愛する父に向かって手を振りながらジュリ宅へと戻って行った。
 
 
 
 
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