第72話 王女を奪還せよ 後編


 ヒマワリ城の1階にある部屋の窓を、拳で粉砕したシオン。
 シュンとセナ、カノン・カリンと共にヒマワリ城の中に潜り込んだ。

 幸い誰もいなかったその部屋の中、シオンは戸口に向かいながら小声で口を開く。

「恐らくここの部屋を出て右に行くと、すぐ階段がある。ローゼの部屋は最上階――4階だ」

 うんうんと頷きながら、シュンとセナ、カノン・カリンがシオンの話に耳を傾ける。

「4階まで一気に駆け上れればいいんだが、そうも行かないだろうな。階段にも1階にも2階にも3階にも警備兵がうじゃうじゃいそうだぜ」

「なあ、ここは1階ごとに手分けした方がいーんじゃねーか? オレたち5人まとめてつかまっちまったら、ローゼのこと助けらんねーよ」

 とシュンが言うと、「だな」と同意したセナ。
 竹刀を構えながら続けた。

「1階はおれがやる。おれがまず先にロウカに出ていってケイビ兵の目を引きつけるから、おまえたちはそのスキに2階に上れ」

「おう、分かった。なるべく長い間捕まるなよ」

 とシオンは言うと、一旦シュンとカノン・カリンを引っ張って物陰に身を隠した。
 それを確認したセナ。

 バァンッ!!

 と部屋の扉を蹴り開け、廊下に飛び出した。
 一斉に十数人の警備兵の注目を浴びる中、セナが口を開く。

「おー、おまえたちケイビごくろう。これからもしっかりな」

「はっ。お疲れ様です、セナさん」と、揃いも揃って頭を下げた警備兵たち。「――って、大変だ! 捕まえろぉおおぉぉぉおおおお!!」

 大慌てでセナに飛び掛った。

「ノリいーなあ、おまえたち」

 一斉に詰め寄ってくる、1階の廊下にいた警備兵と、1階と2階を繋ぐ階段にいた警備兵。
 その手を、足を、刃を潜り抜け、セナがシオンたちのいる部屋から遠ざかって行く。
 それにまんまと釣られて行った兵たちが近くからいなくなると、シオンたちは部屋から飛び出し、右に曲がって上へと繋がる階段を駆け上って行った。

 それを確認したあと、セナはぴたりと立ち止まった。
 慌てて急ブレーキをかけた警備兵たちに振り返り、その数を数える。

「なんだ、10人ちょっとか。思ったより少ねーな。まあ、上にはもっといそうだが」

「ここへ何しに来たのです、セナさん! 返答によっては牢に入れられることになりますよ!?」

「ぐもんだな。そんなん決まってんだろ」

「や、やはり、ローゼ様のこ――」

「おれだって目立ちてーんだよ!!」

 と声を上げたセナ。

 シオン・シュンと同様にリュウから火・水・風・地・光の力を受け継いでいる。
 その中でも、母親・レナの属性がそうだからか、もっとも得意なのは光魔法だった。

 ちなみに胃袋のでかさもレナを継いだ。
 1階には厨房がある故に、美味しそうな香りが鼻をくすぐり、

 ぎゅるぎゅるごーーーっ

 と腹が音を立てたセナ。

「あ、やべ。エネルギーチャージしねーと」

 こっそり持ってきていた巨大肉まんを胃袋に送ってやりながら、光魔法で雷を起こした。

 ズガァァァァァン!!

 と、頭上に雷を落とされた警備兵たち。
 みんな一流ハンター以上の力を持っているとはいえ、結構な衝撃が身体に走り、ふらりとよろける。

 そこへ今度は、あっという間に巨大肉まんを平らげてエネルギーのチャージを完了したセナの竹刀が降ってきた。

「っしゃあ! いくぜいっ!!」
 
 
 
 
 2階の廊下の手前、シオンとシュン、カノン・カリンは階段に伏せて身を隠していた。
 2階の廊下にいる警備兵たちの会話が聞こえてくる。

「なあ、ずいぶんと1階が騒がしいな。セナさんを捕まえるのに手間取っているんじゃないか?」

「かもしれないな。でもまあ、大丈夫だろ。リュウさんとキラさんのお孫さんとはいえ、たしかまだ4つの子供だ」

「そうだな。俺たちも1階に行く必要はないか」

 そんな警備兵たちの会話が終わったあと、シオンが小声で口を開いた。

「えらく舐められたもんじゃねーか。まあ、たしかにセナはまだ4歳だからすぐ捕まっちまうかもしれねーな」

 頷いて同意したシュンが言う。

「よし、次はオレが行く」

「1人で大丈夫かよ。結構警備兵いんぞ」

「心配すんな、シオン。おまえだけは必ずローゼのところに辿りつけよ!」

 そう言うなり、シュンが2階の廊下へと飛び出して行った。
 廊下の端を目掛けて、猛ダッシュで駆けて行く。

「――お、おい! セナさんじゃないぞ! 皆、シュンさんを捕まえろぉおおぉぉぉぉおおおっ!!」

 2階の廊下の警備兵と、2階と3階を繋ぐ階段の警備兵が、シュンを追いかけていく。
 その隙に、シオンはカノン・カリンの手を引っ張って3階へと向かって階段を上って行った。

 廊下の端まで来たシュン。
 ふんと鼻を鳴らしながら振り返った。

「おまえらって強いんだろうけど、すげードン足だな」

 リュウとキラの孫であるあなたと比べないでくれ、と突っ込みたい警備兵たち。
 やっとの思いでシュンに追いつきながら、シュンの通り道を塞いだ。

「行き止まりです、シュンさん!」

「見りゃ分かるっつの」

「王の元へ連行します!」

「出来るもんならやってみろ」と、再び鼻を鳴らしたシュン。「んーと、20人くらいか。上はもっと多そうだな」

 警備兵の数を数えたあと、木刀を手に取った。
 それを見、警備兵が警戒して一歩後ずさる。

「む、無駄な抵抗です、シュンさん。私たちは皆、一流ハンター以上の力を持っている」

「まあ、まだガキのオレじゃ、逆にやられちまうのがオチかもな」

「分かっているのなら、おとなしく――」

「それでも」と、警備兵の言葉を遮ったシュン。「オレはやられる気はねえ。ここでオレがあっさり捕まっちまうわけには行かねー理由があるんでな」

 そう言い木刀を構えた。
 それを見た警備兵も武器を構える。

「あなたがそういうつもりならば、仕方ない…! リュウさんとキラさんのお孫さんであるあなたを、傷付けたくはありませんが……!」

 再び、ふんと鼻を鳴らしたシュン。

「やられてもやられても、何度も立ち上がってきたオヤジの背中を見てきたオレは、はっきり言ってしぶといぜ?」

 警備兵たちに飛び掛って行った。
 
 
 
 
 3階の廊下の手前、さっきと同様に階段に伏せて身を隠しているシオンとカノン・カリン。
 3階の廊下にいる警備兵たちの会話に耳を傾ける。

「おい、セナさんじゃなくてシュンさんだったみたいだぞ。間違えたのか?」

「まあ、顔が一緒だし名前も混乱するさ。シュンさんはたしか8つだったか。それならまあ、捕まえるのに多少手こずるだろうな」

「俺たちはどうする? 2階に行って手伝うか?」

「いや、大丈夫だろ。1階の兵たちに加えて、2階の兵ともなればさすがに捕まえられる」

 警備兵たちの会話が終わったあと、シオンはカノン・カリンの顔を見て小声で口を開いた。

「俺が行って来るから、おまえたちはここに隠れてろよ?」

「ダメでちゅわ、シオンちゃま」と、カノン・カリンが声を揃える。「シオンちゃまは、ローゼちゃまのところへ行かないといけないのでちゅわ。だから、ここはあたくちたちが行くのでちゅわ」

「バカ言うなっ…! 2階より警備兵増えてんぞ……!?」

「大丈夫でちゅわ。あたくちたち、2人だもの。それに、あたくちたちは女の子よ? ひどいことはされないのでちゅわ。だってあたくちたちに何かちたら、女好きの王ちゃまにこっぴどく怒られてちまうもの」

「た、たしかにそれは言えるが――」

「それじゃ、シオンちゃま。早くローゼちゃまのところへ!」

 と、シオンが止める間もなく3階へ飛び出していったカノン・カリン。
 ぎょっとした3階の警備兵たちの注目を浴びながら、3階の廊下を歩いて行く。

「おシロの1階にはキッチンがあって、2階は使用人ちゃまたちのお部屋っぽかったわね。さて、3階には何があるのかちら? 楽ちみだわ」

「――ちょ、ちょちょちょちょちょ!? カ、カノンちゃん!? カリンちゃん!?」

 3階の廊下にいる警備兵たちと、3階と4階を繋ぐ階段にいた警備兵たちが困惑しながらカノン・カリンの後を着いて行く。

「危なくなったら逃げろよ、カノン・カリンっ……!」

 と小声で言ったあと、シオンはローゼの部屋のある最上階――4階へと向かって階段を駆け上って行った。

 カノン・カリンが散らばり、3階のあちこちの部屋のドアを開けて回る。

「まあ、石けんの香りがするわねカリン!」

「きっとバスルームがどこかにあるのでちゅわ、カノン!」

「王ちゃまがはいるお風呂だから、きっととても大きなバスルームに違いないのでちゅわ、カリン!」

「まあ、ステキ! バスルームを見つけるのでちゅわ、カノン!」

 カノン・カリンの後をついて回りながら、警備兵たちは困惑するしかなかった。
 2人に目を向けながら、小声で相談する。

「お、おい、どうすればいいんだ…! 捕まえるべきなのか……!?」

「つ、捕まえた方がいいんだろうが、下手な捕まえ方して泣かれでもしたら王に叱られるぞ……!」

「じゃ、じゃあ俺が王にお知らせに……!」

「バ、バカ、やめておけっ。先ほどマリア様とご入浴なされた王は、きっと今頃愛を育んでおられるに違いないっ……!」

「そ、そうか。邪魔したらそれこそ叱られるな…! って、じゃあ、どうすればいいんだよ……!?」

「俺に訊くなよっ……!」

 と警備兵たちが揉め始めたとき。

「あっ、見ちゅけたわ、カノン! このお部屋がバスルームよ!」

 カノン・カリンがバスルームの中へと駆け込んでいき、警備兵たちも慌ててバスルームの中に駆けて行く。

「こ、こらこらこらこら! 勝手に入っちゃダメダメっ……!」

 見渡すほど広いバスタブの目の前、カノン・カリンが大きな黄金の瞳を輝かせる。

「まあ、ステキ!」

「バラのお花がたくさんういているのでちゅわ!」

 と、湯の中の薔薇の花を取ろうとしたカノン・カリンの手を、一人の警備兵が掴んだ。
 カノン・カリンがぱちぱちと瞬きをしながら顔を見つめると、警備兵は苦笑しながら口を開く。

「…こ…これから、お后様がご入浴なさるから……ね?」

 カノン・カリンの頬が膨れる。

「あたくちたちの手が、きたないって言うのかちら。失礼でちゅわ」

「そ、そうは言ってないよ、そうはっ……!」

「じゃあ、その手をはなちてくだちゃらない?」

「そ、そういうわけにはいかないな。え、えーと、あっ…、そうだそうだっ……! 王のところへ遊びに行かない?」

「王ちゃまには、あとで会いにいくのでちゅわ。さっさと手をはなちて! セクハラよ!」

 祖母・キラそっくりな顔立ちをして生まれてきたカノン・カリン。
 キラから受け継いだ闇の力と、祖父・リュウか父親・シュウ、または母親・カレンから受け継いだ火の力を持つ。
 そしてその魔力はゼロに等しいカレン譲りではなく、リュウ譲りでもシュウ譲りでもなく、恐ろしいことにこの世で一番強いであろうキラ譲り。

 つまりそれは、チビリュウ3匹をも凌いでいるということ。

 ゴオォォォォォォッ!!

 とカノン・カリンを掴んでいた警備兵が一瞬にして炎に包まれ、他の警備兵たちが泡を食って消火した。
 だが、炎に包まれた兵はすでに重傷の火傷で。

 さすがにブチッと来た警備兵たち。

「つっ、捕まえろぉおおぉぉぉぉおおーーーっっっ!!」

 カノン・カリンに向かって一斉に飛び掛かった。
 そして次の瞬間、バスルームは火の海と化した。
 
 
 
 
 ヒマワリ城の最上階――4階まで駆け上ってきたシオン。
 ここまで来れば、もう隠れる必要はない。
 何十人も警備兵がいる4階の廊下、真剣を構えた。

「さて……、ローゼを返してもらうか」
 
 
 
 
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