第71話 王女を奪還せよ 中編


 クリスマス。
 喧嘩したリーナの自宅マンションを訪ねてから、約1時間。
 仕事からリンクとミーナが帰宅し、リンクに半ば追い出されたミカエルは帰路へと着いていた。

(ああ…、やっぱり私はリンクに気に入られていないな……。まあ、娘を大切に思う父親からすれば当然なのだろうが……)

 そんなことを思って苦笑しながらヒマワリ城へと着くと、城門のところに8人もの兵がいる。
 いつもは2人だけのはずなのに。

 ミカエルは首をかしげた。

「おい……? 何かあったのか」

「おかえりなさいませ、王子」

 と、1人の兵が言うと同時に、兵が8人そろって頭を下げた。
 口を開いた兵が続ける。

「その…、何かあったと申しますか……、警備を強化するようにとの王の命令にございます」

 ミカエルは眉を寄せたあと、城の中へと入って行った。
 己や父、母、兄、妹たちの部屋、それから玉座のある最上階――4階へと向かって行く。
 その途中、1階と2階、3階の廊下、階段に多数の兵がいた。

 そして、4に階辿り着いても多数の兵。
 さらにローゼの部屋の前には、10人もの兵が立ちはだかっているのを見て、再び眉を寄せたミカエル。

「おい、何事だ」

 と訊いたとき、

「開けてっ……! 開けてくださいにゃあぁぁぁぁっ!!」

 とその部屋の中からローゼの泣き声が聞こえてきて、慌てて駆け寄った。
 ローゼの部屋の前に立ちはだかっている兵を掻き分け、扉のノブに手を掛けて開けようと試みる。
 だが、扉には錠が掛けられていた。

「なっ…!? どういうことだ……!」

 とミカエルが兵を見ると、兵が口を開いた。

「シオンさんを入れぬようにとの、王の命令にございます」

「何、シオンを……!?」

「お下がりください、王子」

「……下がれぬ。錠を外せ」

「なりませ――」

「外せっ!!」

 とあがったミカエルの怒声に、兵が肩を震わせた。
 普段、穏やかなミカエルからこんな声を聞くのは初めてで。

「ローゼの兄である私を拒む理由がどこにある! さっさと錠を外せ! おまえたちは私の命令に背く気か!」

 城の外に遊びに行ってばかりとはいえ、その周りに漂う王子の風格にたじろいだ兵。
 恐る恐るといったように、ローゼの部屋の扉に掛かっている錠を外した。

 すぐさまローゼの部屋に入ったミカエル。
 ドアを閉め、泣きながらしがみ付いてきたローゼを抱き締める。

「兄上ぇぇえぇぇえぇぇぇぇええっ!!」

「大丈夫か、ローゼっ……! 一体何があったんだ? シオンとのことが、親父にバレたのか?」

 そうだと頷き、悲痛な泣き声をあげるローゼにミカエルの胸が痛む。

「ローゼはここになんかいたくないのですにゃっ…! 早くっ…、早く帰りたいっ……! シオンさんのところに!」

「ああ、分かっているローゼ。おまえにとって、どれだけシオンが必要か。待っていろ。私が親父を説得してくる」

 と言いながら、ミカエルはポケットの中から携帯電話を取り出した。
 シオンの番号を探し、電話を掛ける。

 すると、1度目のベルが鳴り切る前にシオンの声が聞こえてきた。

「頼む……、ローゼに代わって。王の奴、ローゼのケータイ取り上げてやがんだ」

「ああ、分かっている」

 と答え、ミカエルはローゼに携帯電話を渡した。
 ミカエルがローゼの部屋から出て王のところへと向かう一方、

「おい、ローゼ? 大丈夫か?」

 そんなシオンの優しい声を聞き、ローゼはますます泣き出した。

「…ふ…ふにゃぁぁあぁぁあん、シオンさぁぁあぁぁあぁああんっ……!」

「泣くな。今から寝て起きて、日が暮れてからそっちに行く」

「日が暮れてからっ?」

 とローゼが鸚鵡返しに訊くと、シオンが「ああ」と返事をして続けた。

「本当は今すぐにでも行ってやりたいんだが、まだ警備が厳しいだろ?」

「は、はいっ…、ローゼのお部屋の前は特にっ……!」

「だから悪い。シュンやセナに協力してもらうとはいえ、明日になっちまう」

 たしかにリュウとキラの孫で恐ろしく強いとはいえ、まだ10歳のシオンには多数の兵を潜り抜けてここまで来るのは厳しかった。
 城の兵は皆、一流ハンター以上の力を持ち合わせている故に。

「わ…、分かったのにゃ……。ローゼ、泣かないで待ってるのにゃシオンさ――」

「おい」

 とシオンに言葉を遮られ、ローゼは首をかしげる。

「は、はい……?」

「俺のこと『さん』付けで呼ぶなって言っただろ」

「あっ」

 そうだったと、短く声を上げたローゼ。
 言い直す。

「…ローゼ、泣かないで待ってるから、早く迎えに来て…、シオンっ……!」

「ああ……、待ってろ。必ず迎えに行く」

 さっきまで、恐怖や寂しさで眠れそうになかったローゼ。
 ベッドの中に入り、シオンの声を聞きながら夢の中に誘われていった。
 
 
 
 
 ローゼの部屋を出たあと、真っ直ぐ父の――王の部屋へと向かって行ったミカエル。
 王は后――母と共に眠っていたが、容赦なく声を上げる。

「おい、親父!!」

 驚き、目を覚ました王と后。
 后が先に身体を起こし、口を開いた。

「何事です、ミカエル」

「お休みになっているところ申し訳ございません、母上。父に大切な話があるのです」

 そう言いながらミカエルが王へと顔を向けると、王がゆっくりと身体を起こしながら溜め息を吐いた。

「こんな時間に帰宅か、ミカエル。相変わらずだな、おまえは。もう少し王子らしくあらぬか」

「今は私のことなどどうでもいい。ちょっと私の部屋まで来てくれ」

 眉を寄せた王。
 ベッドから出ると、ミカエルの後に着いて行った。

 己の部屋の中、ミカエルは王と向き合って再び口を開く。

「どういうことだ、親父」

「何のことだ」

「ローゼのことに決まってるだろ。何故城に連れて帰って来たんだ」

 王の眉が釣りあがった。

「何故もクソもあるか! シオンの奴、いつから私の可愛い娘に手を出していたんだ!? 全くもって信じられん!」

「そのことは、私も黙っていて悪かったと思ってる。だが、ローゼはシオンと共にいるようになって、とても幸せそうだったんだ」

「ふん。素直なローゼは上手く誑かされたのだ、シオンに」

「シオンはそんな奴じゃない。リュウがキラさんに対してそうなように、シオンもローゼのことを本当に大切に想ってくれているんだ」

「どうだかな。仮にそうだとしても、私はシオンのことなど認めん。認めんぞ……!」と、王が身体をわなわなと震わせる。「王の私に向かって、なんっっっっっだあの態度は! バカ王だと!? クソ王だと!? セークーハーラーおーうーだーとぉぉぉぉぉぉぉぉう!?」

 ミカエル、苦笑。

「…当たらずといえども遠からずって感じだぞ、親父……」

「うるさいっ! おまえも偉大な父に向かって何だそれは!」

「わ、悪い。つい本音が……」

「本音だと!?」

「いや、その……」

 こほん、と咳払いをしたミカエル。
 話を戻した。

「と、ともかく、シオンのことを認めてやってくれよ親父。あいつ、口は悪いけどいい奴なんだ。なんやかやとローゼのためにしてくれてるんだぞ?」

 王が、ふん、と鼻を鳴らして言う。

「ローゼのためを思うなら、ローゼの父である私にあんな態度は取らぬはずだ。奴はローゼのことなんか考えていない。自分さえ良ければそれで良い、自己中だ」

「ちが――」

「そんな奴に」とミカエルの言葉を遮った王。「可愛い娘は絶対にやれん! おまえは下がっていろ!!」

 そう怒声を上げるなり、ミカエルの部屋から出て行った。

 王が出て行ったあと、溜め息を吐いたミカエル。
 ローゼへのクリスマスプレゼント――ネズミの巨大ぬいぐるみを抱え、再びローゼの部屋へと向かって行く。
 本当は、本日夕方辺りからジュリ宅で行われるパーティーで渡すつもりだったが、そうはいかなそうだと思った。

 さっき泣いていたローゼを少しでも元気付けようと、

「メリークリスマス♪」

 なんてネズミの巨大ぬいぐるみの手を振りながら、ローゼの部屋に入ったミカエル。
 普段だったら大喜びしそうなローゼの反応がなくて、首をかしげながらぬいぐるみの後ろから顔を覗かせた。

「ローゼ……?」

 キングサイズのベッドの、真ん中のところ。
 ローゼが横臥して規則正しい寝息を立てていた。
 顔の横に置いてある手には、さっき貸したミカエルの携帯電話が握られている。

 ローゼを起こさぬよう、ミカエルがそっとベッドに膝をついて携帯電話を取ると、まだ通話中のようだった。

「もしもし、シオン?」

 返事が返ってこないことから、シオンも眠ったのだろうと思って電話を切ろうとしたミカエル。

「…ローゼ、寝たか……?」

 そんな掠れたシオンの声が聞こえてきて、離しかけた携帯電話を再び耳に当てた。

「悪い、起こしたか」

「いや、眠りかけてたとこ」

「そうか。ローゼなら眠ってるぞ」

「ならいい」

 と、シオンの小さな安堵の溜め息を聞いたあと、ミカエルは話を切り替えた。

「悪い、シオン……」

「何が」

「親父のこと説得しようとしたんだが、駄目だった。だが、待っててくれ。私が必ず親父を説得してみせる」

「いや、いい。明日――いや、もう今日か。俺さ……」

「ああ?」

 と、シオンの返事を待ったミカエル。

「……いや、何でもねえ」

 そんなシオンの言葉に、首をかしげた。

「今日、何だっていうんだ?」

「何でもねえよ」と再び言い、シオンはミカエルが口を開く前に続ける。「それよりおまえ、うちでやるクリスマスパーティーに来るんだろ?」

「ああ…、その予定だったが、ローゼは行けそうにないし、私も行かないかもな……」

「ローゼのことが心配なのは分かるが、自分のことも心配した方がいいんじゃね」

「何のことだ」

「明日、リーナもパーティーに来るんだろ? 俺がミカエルだったら、俺のいないところでジュリ兄とリーナ会わせねーな、と思って」

 そんなシオンの言葉を聞き、ミカエルは「そういえば」と思い出す。

「…さ…さっきジュリとリーナが2人きりになっていたんだが、何だか少し仲が良くなった気がしないでもないな……」

「やるなあ、ジュリ兄。明日おまえがいねーうちに、リーナ持っていかれるんじゃね?」

「……。…や…やっぱりパーティー行くぞ……」

「そうしとけ。ローゼのことは心配しなくていい」

 そう言ったシオンに、ミカエルは再び首をかしげた。

「心配しなくていいって、何か考えているのか? シオン」

「じゃ、おやすみ」

「って、おいシオ――」

 ブツッと電話が切られ、ミカエルは苦笑しながら携帯電話をポケットにしまった。
 ローゼの頭をそっと撫でながら考える。

(きっとシオンは考えているんだろうな、ローゼを助ける方法を。しかし、どうやって? さっきの電話から察するに、今日何かしようと考えているんだろうが……)

 数分後、何だか嫌な予感がして苦笑した。
 シオンの性格からして、物凄く穏やかではないことをしそうで。

 だけど、

(シオンは、最終的にはローゼのことを考えた行動を取ってくれるはずだ……きっと)

 そう信じて、ローゼのことはシオンに任せることにしたミカエル。
 微笑みながら、眠っているローゼに囁いた。

「もう少しの辛抱だ、ローゼ。もう少しで、おまえの王子が助けに来てくれるぞ……」
 
 
 
 
 そして、これからジュリ宅でクリスマスパーティーが行われようか、夕刻過ぎ。
 チビリュウ3匹とカノン・カリンは、すっかり暗くなった森の中にいた。
 自宅屋敷の裏庭とヒマワリ城の庭を繋いでいる森の中だ。

 5人揃って、目の前の崖を見上げる。

「ねえ、シオンちゃま?」

「何だ、カノン・カリン」

「どうちて、おシロの門からじゃなくて、お庭の方からいくのかちら?」

「たぶんだが、門より庭の方が警備甘いからな」

「なーるほど」

 と声を揃えた2人のうち、カノンの方をシオンが、カリンの方をシュンが背にぶら下げた。
 そのあと、チビリュウ3匹はなるべく音を立てぬように崖をよじ登って行く。

 そして崖の淵から顔を半分覗かせ、柵の向こうにあるヒマワリ城の庭を見ると、案の定、城門よりは警備が甘いようだった。
 5人よく効く夜目で、警備兵の数を数える。

「こっちが5人に対して、あっちも5人か」

「いや、こっちは3人だろシオン。カノン・カリンはあぶねーから戦わせねえ」

 というシュンに、カノン・カリンが言う。

「あたくちたちもたたかいまちゅわ、お兄ちゃま。5人の兵のうち、2人はあたくちたちに任ちぇて。そして、あたくちたちが5人の兵の目を引きつけてるスキに、お兄ちゃまたちはのこりの3人の兵をおねがいね♪」

 と言うなり、カノンはシオンの背から、カリンはシュンの背から這い上がり、2人で柵の方へと駆けて行く。

「お、おい、待てっ……!」

 と慌てて小声で止めたチビリュウ3匹だったが、カノン・カリンは止まることなく、柵をよじ登り始めた。

「む!? 誰だ!!」

 と、柵の付近にいた2人の兵がカノン・カリンに駆け寄る。
 そして、ぴょんと柵から飛び降りてヒマワリ城の庭に足を着けたカノン・カリンに、槍の刃を向けた。

「きゃっ」

 とカノン・カリンが声を上げて抱き合うと、兵の眉が寄った。

「ん…? キラさんそっくり…ってことは……」

 2人の兵はお互いの顔を見合ったあと、カノン・カリンの目線の高さに合わせて膝をついた。
 片方の兵が口を開く。

「ええーと、君たち……」

「あたくちはカノンでちゅわ」

「あたくちはカリンでちゅわ」

「カノンちゃんにカリンちゃん、どうしたんだい? こんなところにやって来て」

 と兵に訊かれると、カノン・カリンはスカートのポケットの中から小さな包みを出した。

「昨日、王ちゃまにクリちゅマちゅプレじぇントをいただいたから、おかえちをわたちに来たのでちゅわ」

「そうか、王のためにこんなところまで。偉いね」

 とカノン・カリンの頭を撫でたあと、2人の兵は顔を見合わせて相談する。

「おい、どうする」

「う、うーん…、ここで帰してしまったら、後々王にこっぴどく怒られる気がするな……」

「やっぱりそうだよな。王の美女・美少女好きは尋常じゃないしな。よし、王のところに連れて行こう」

 そういうことになり、2人の兵がそれぞれカノン・カリンの手を引っ張って城の門の方へと向かって歩いて行く。

「お、おい、おまえたち、その子たちを城の中に入れて大丈夫なのか?」

 と、残りの3人の兵の目もカノン・カリンに注目する。

 それを見たカノン・カリンが、ちらりとチビリュウ3匹に振り返ってウィンクした。

 そんなカノン・カリンの合図を察し、すぐさま柵へと駆け寄ったチビリュウ3匹。
 ぴょんとジャンプして柵を乗り越え、それぞれ兵の背後へと駆けて行く途中。

「お兄ちゃまたち、今でちゅわあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああああっ!!」

 とカノン・カリンが声を上げながら、手を繋いでいる兵の股間目掛けてアッパー。

「――ぐっ、ぐあぁああぁぁああぁぁぁぁあぁぁああっ……!!」

 とまるで断末魔のような声を上げて蹲る2人の兵の一方、チビリュウ3匹の足が思わず止まる。

(うっわ、すっげえぇ……!)

 同時に、残りの3人の兵が仰天してカノン・カリンに駆け寄って行く。

「こ、こら君たち! 突然、何をするんだ!」

 それを見たチビリュウ3匹は、はっとして止まっていた足を再び動かした。

 それぞれ背に装備している武器を手に取る。
 シオンは鞘をつけたままの真剣を、シュンは木刀を、セナは竹刀を。

 足の速さから、最初にシオンが兵に辿り着き、その後頭部を鞘つきの真剣で殴りつけて気を失わせた。
 その次にシュンが木刀で殴って兵の気を失わせる。

 さらに兵が2人倒れたものだから、仰天して振り返った残りの1人の兵。

「…シオンさん……!? た、大変だ! お、おい、誰か王に知らせろ! 誰か!」

 そう声を上げながら城門の方へと駆けて行く。
 それを見たシオンが、まだ兵に辿り着いていなかったセナをぶん投げた。

「ほらよっと」

「おう、サンキュ」

 と、返事をしたセナ。
 城門へと駆けて行く兵の方へと、猛スピードで飛ばされて行き。

 空中で兵の後頭部を、

 ビシィッ!!

 と竹刀で殴りつけた後、さらに、

 ドガッッッ!!

 と回し蹴りを兵の頭にかましてから、地に足を着けた。
 そして、その兵も気を失い倒れこむ。

 それを見たあと、カノン・カリンが城の1階にある窓へと駆け寄って行った。

「お兄ちゃまたち、はやく今のうちに!」

「おう」

 と返事をしたチビリュウ3匹。
 シオンの拳で窓ガラスを粉砕し、カノン・カリンと共にヒマワリ城の中へと潜り込んで行った――。
 
 
 
 
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