第70話 王女を奪還せよ 前編


 電話で父親・レオンから一度家に帰るよう言われ、ヒマワリ城の城門前を後にしたシオン。
 帰路の途中、ジュリとユナに会った。

 ジュリに手を引っ張られているユナは、泣きじゃくっていた。
 ユナがミカエルと何かがあったことは、何となく察した。

「あ、シオン。僕とユナ姉上、これからお家に帰るところなんだけど、シオンも?」

「ああ」

「そう。って、あれ? ローゼ様は?」

「バカクソセクハラ王に攫われた」

「えっ?」

 と、ジュリとユナが同時に声を上げた。
 今度はシオンが訊く。

「ジュリ兄とユナ姉の方はどうだったの。まあ、ユナ姉は最悪だったと察するけど」

「そうだよ、最悪だよ」と、ユナが再び泣きじゃくる。「ミカエルさまに振られたぁぁぁぁああぁぁぁぁああ!」

「僕の方は」と、ジュリが続く。「リーナちゃんにプレゼント渡して喜んでもらえたし、ご飯一緒に食べれたし、二人きりになれたし――」

「5番バッター・ユナ姉の作戦成功か」

「うん、僕はそう思ってる。喧嘩したリーナちゃんとミカエル様の仲直りを、手伝っちゃった結果になったけど」

「……それって成功って言えんの?」

「うん。だって、リーナちゃん僕に笑顔をくれたんだ」

 と言って嬉しそうに笑うジュリを見、「そうか」と小さく溜め息を吐いたシオン。

「ジュリ兄だけ、いい思いしたのか」

 そう言いながら、泣きじゃくるユナの涙を袖で拭った。
 ジュリが苦笑する。

「そ、そんな言い方しないでよ……」

「別に憎いわけじゃねーよ」

「そ、そう」

「ああ」

 と短く答えたあと、シオンはユナから手を離した。
 2人よりも先に、走って自宅屋敷へと向かう。

(親父は俺に何の用なんだ。早くヒマワリ城に戻らねえと……)

 ユナと同様に、きっと、

(ローゼも泣いてる……)
 
 
 
 
 シオンが自宅屋敷に着くと、サラとレオンは先に帰宅していたようだった。
 緩やかな螺旋階段を上って2階へと向かい、2人の夫婦部屋のドアを開ける。

「おい親父、何の用だよ――って、これからイトナミかよ」

「ちっ、もう帰って来たか。シャワー浴びてこようっと」

 と、サラ。
 襲い掛かっていたレオンから離れ、乱れた服を直しながらバスルームへと向かって行った。

 それを見送ったあと、ベッドに押し倒されていたレオンが苦笑しながら身体を起こした。
 こほんと咳払いをし、己の隣を手でぽんぽんと叩いてシオンを呼ぶ。

「ここ座って、シオン……」

「ラブホでシャワー浴びてこなかったのか。だよな、もう帰って来てるし」

「……い、いいからここ座って」

 とレオンが再び己の隣を手でぽんぽんと叩くと、シオンがそこにすわった。
 レオンの顔を見、シオンが訊く。

「んで? わざわざ俺を家に帰させた理由って何だよ」

「何だじゃないよ」と、レオンが溜め息を吐いた。「ローゼ様を助けるために、ヒマワリ城に殴り込もうとしたね?」

「おう」

「コラ」と、レオンは眉を吊り上げて続ける。「そんなことは駄目だよ、絶対に。いいね?」

「……」

 むすっとし、レオンから顔を逸らしたシオン。

 言われなくても、本当は分かっている。
 実行に移してしまったら、大切な家族や仲間の名が穢れてしまう。
 そんなことは避けたい。

 だけど、それ以外の方法も思いつかなかった。

「じゃー親父は、どうやってローゼを取り返せって言うんだよ」

「前にも言ったでしょ?」

 再びレオンの顔を見たシオン。

「それって、ローゼとのことを、あのバカクソセクハラ王に頭を下げて頼めってやつか?」

 レオンがそうだと頷いた瞬間、短く鼻で笑った。

「何で俺が、あんな奴に頭を下げなきゃいけねーんだっつの」

「言ったでしょ? ローゼ様は、あくまでもあの王の娘――王女様だ。身分差のある僕たちが、自由に恋愛をしていい相手じゃないんだ。そうやってシオンはローゼ様を攫われたって怒っているけど、どちらかと言ったら今までの方おかしかったんだよ? 王の許可もなしに、王女様とお付き合いするなんて。向こうからすれば、娘が誑かされたって思うよ」

「うるせ」

「うるさくない。その態度を改めて、王に頭を下げて許可をもらって来なさい」

「嫌だ」

「嫌じゃない。ローゼ様だって、自分の好きになった人が大切なお父上に認められた方が嬉しいに決まってるでしょ?」

「んなこと……」

 そんなことない。

 と言い切ることが出来ず、シオンは閉口した。
 たしかに、ミカエルだけではなく王もローゼを可愛がって来た一人で、さらにローゼの血の繋がった父親なのだ。
 ローゼからすれば、大切な人に違いなかった。

「だからローゼ様のためにも、王の許可をもらって来なさい」

 ローゼのため。

 そんな言葉に、シオンはますます閉口する。
 あの王になんか、頭を下げたくない。
 だけど、ローゼのためにしてやれることはしてやりたい。
 しかし、頭は下げたくない。
 でも……。

「分かったね、シオン? 今日はもう遅いから、明日の昼間にヒマワリ城に行って来なさい。そして、ローゼ様を連れて帰ってきて、皆でクリスマスパーティーをしよう」

 相変わらず黙ったままのシオン。
 レオンに背を向け、その場を後にした。

 サラ・レオンの部屋から出ると、そこには己とそっくりな顔をした従兄弟であるシュンとセナ、弟のネオンの姿があった。
 シオンがドアを閉めるなり、レオンそっくりな顔をしたネオンが心配顔で口を開く。

「兄さん、だいじょうぶ?」

「まだ寝てなかったのか、ネオン。ローゼは大丈夫とは言え――」

「そうじゃないよ。ううん…、ローゼさまのことも心配だけど……。兄さんは、だいじょうぶなのかなって」

「俺……?」

「だって、ローゼさまといっしょにくらし始めてから、とっても幸せそうに見えたから……」

 そんな弟の言葉に、同意して「ああ」と小さく答えたシオン。

「だから取り返しに行くんだろ」

 と言って自分の部屋へと向かって行く途中、シュンとセナに呼び止められた。

「おい、シオン」

「何だ」

 とシオンが振り返ると、シュンとセナがサラ・レオンの部屋の方をちらりと見た。
 そのあと、シオンの方へと駆けて行き、その腕を引っ張ってシオンの部屋へと向かって行く。
 それを見たネオンも、慌てたように後を着いて行った。

 そして4人でシオンの部屋に入ると、シュンが口を切った。

「レオンとの話は聞いてた。おまえ、あの王に頭さげるのか?」

 シオンが答える前に、セナが続く。

「やめろよな、そんなこと。おれたちはあの王よりも、ずっとハヅキ島の人々のヤクにたってる、ししょーのマゴなんだぞ。あの王なんかより、ずっとたよりにされてるししょーのマゴなんだぞ。ばーちゃんなんて、この世の英ゆーなんだぞ。あの王なんかに、アタマなんてさげるなよ」

「王さまのこと、そんなふうに言っちゃダメだよシュン、セナ」と、ネオンが2人に向かって言ったあと、シオンに顔を向けた。「兄さん、ぼく、お父さんのいうことをきいた方がいいと思う」

「なんで」

 とシオンが訊くと、ネオンが「だって」と困惑したように続けた。

「シュンとセナもだけど、兄さんはおじいさま似で、どうがんばっても好青年に見えることはないんだよ? その上、タイドだって最悪だし。おじいさまやおばあさまのマゴっていう肩書きがなかったら、王さまどころか世の中のお父さんにも受け入れてもらえないよ。それくらい分かってるでしょ?」

「ネオンおまえって、おとなしい顔してひでーよな」

 チビリュウ3匹、さすがに傷心。
 ネオンが「だから」と続ける。

「お父さんのいうことをきいて、王さまに頭をさげなきゃ、兄さん。この人なら娘をまかせられるって、王さまに思ってもらえられるようにならなきゃ。ローゼさまのためにも――」

「うるせーな、おまえは黙ってろ!」

 と、シュンがネオンを突き飛ばした。
 シオンのベッドの上に倒れこんだネオンが「わっ」と声を上げた後、セナが続いた。

「そうだ、おまえはすっこんでろ。あの王なんかに、シオンはアタマをさげるひつようなんかねーんだ」

「…ダ…ダメだよ、そんなタイドじゃ! そんなことじゃ――」

「分かった、ネオン。分かったから、おまえはもう寝ろ」とネオンの言葉を遮り、その腕を引いて立たせたシオン。「いつもはとっくに寝てる時間だろ。心配かけて悪かったな」

 ぽんと軽くネオンの頭を叩き、戸口の方に向かって背を押した。

「う…、うん、兄さん。それじゃ、ぼくはもう寝るね。お城になぐり込みなんかしちゃ、ぜったいダメだからねっ……!」

 と、ネオンが部屋から出て行ったあと、シュンとセナがシオンに顔を向けた。
 声を揃えて訊く。

「で、どうすんだ」

「……」

 シオンが考え込んだ様子でベッドに腰掛ける。
 それを見て、シュンとセナは眉を寄せた。

「まさかおまえ、あの王に……」

「下げたくねーよ、頭なんか」

「だよな」

 とシュンとセナが安堵の溜め息を小さく吐いたあと、シオンが「でも」と続けた。

「親父やネオンの言うことも、分からなくもねえ」

 再び眉を寄せたシュンとセナ。
 顔を見合わせた後、シュンはシオンの右手を、セナはシオンの左手を握って声を揃えた。

「シオン! そんなこと言うんじゃねえ!」

「…シュン、セナ……」

「あの王が何と言おうと、ローゼにふさわしいのはおまえだ! おまえだけだ……!」

「…おまえら……」

「だから頭なんか下げる必要はねえ! 城に殴りこみに行って、ローゼを取り返しに行こうぜ!」

「…そんなに……」

「なーに大丈夫だ、おまえを1人で行かせやしねえ! オレたちもおまえといっしょに戦う! そう、オレたちも――」

「そんなに出番が欲しいのかよ」

「おう! ――って、やべ、バレた」

「……」

 ゴスゴスッ!!

 と、シュンとセナの頭に、シオンの拳が炸裂。

「いってーな! てめーばっかり目立ちやがって、ずりーんだよ!!」

「うるせえ、おとなしく順番待ってろ!!」

 ドタバタと大騒ぎしながら喧嘩して、30分後。
 ようやく落ち着き。

 3人呼吸を整えたあと、シュンが口を切った。

「マジで止めろよ、あの王に頭さげるのなんかっ…! おまえのそんな姿、見たくねえんだよっ……!」

 セナが続く。

「そうだ、みたくねえ。そんなの、ししょーといっしょでおまえにもにあわねーよ」

 シュンとセナの顔を見つめ、シオンが言う。

「けど、俺たちが殴り込みに行って怪我人を出したら、俺たち家族や仲間の名が穢れるんだよ」

「そんなこと言いやがったのか、あの王……」と、シュンが顔を引きつらせる。「大丈夫だ、シオン。一般人は普段ヒマワリ城に近づかねえし、城の誰かが葉月町に行ってバラさなければ」

「そうだ、だいじょーぶだ」と、セナが続く。「王がバラさないよう城のやつらに命れいすれば、いっぱん人の耳に入らねーよ」

「そんなこと、どうやってあの王に命令させんだよ?」

 と訊いたシオン。

「ばーちゃんが一番いいんだろうけど、ばーちゃんにたのんだらレオンの耳に入って止められそうだし、ジュリ兄でもいいんだろうけど、殴り込みに反対するだろし……ってことで、カノン・カリンを利用だろここは」

 と親指を立てた2人を見たあと、「そうだな……」と呟いた。
 その程度のことならば、キラそっくりなカノン・カリンがちょっとお願いすれば、あの大のキラ好きのセクハラ王はあっけなく従いそうである。

「これから……と言いたいところだが、さっきの今じゃ城の警備厳しいか、やっぱ。かと言って昼間じゃ目立ちすぎるし……」

 うんうんと頷きながら、シュンとセナがシオンの言葉に耳を傾ける。

「明日、日が暮れてから俺たち3人とカノン・カリンで城に殴り込みに行く。いや、カノン・カリンは流れ弾食らわないよう安全なとこに置いておくが。そしてクリスマスパーティーが終わらないうちに、ローゼを連れて帰って来る」

 そういうことになった。
 
 
 
 
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