第69話 クリスマス 後編


 リーナの自宅マンションのリビングへと、泣きじゃくるリーナの手を引いて連れて来たジュリ。
 エアコンをつけて部屋を温かくしつつ、リーナをそっとソファーに座らせた。
 キッチンでホットミルクを作り、マグカップにいれてリーナのところへと持ってくる。

「はい、リーナちゃん。温かいミルク飲むと、落ち着くよ」

 頷いたリーナ。
 マグカップの半分ほどホットミルクを飲んで、静かに溜め息を吐いた。

 それを見たあと、ジュリがリーナの隣に腰掛けながら訊く。

「それで、どうしたのリーナちゃん?」

 リーナは一瞬ジュリの顔を見たあと、涙の理由を話し始めた。
 それはジュリに話すには気が引ける内容で、何度か口を閉ざしてしまったのだが、ジュリが話の続きを催促してくるものだから結局全て話してしまった。

 そして一通り話を聞いたジュリが、再び口を開く。

「そっか……。ユナ姉上、あのときサンタさんとじゃなくて、ミカエル様とリーナちゃんのクリスマスプレゼント選びに行ってたんだ。それって……」と、みるみるうちにジュリの顔が驚愕していく。「どういうこと!? 僕、ユナ姉上はサンタさんとリーナちゃんのクリスマスプレゼント選びに行くって聞いてたのに! もしかして、もしかして、サンタさんはいないってこ――」

「い、いやいやいやいや!」

 と、ジュリの言葉を遮ったリーナ。
 狼狽しながらジュリを宥める。
 ここで大泣きされたら、リビングに置いてある物が全て破壊されてしまう。

「サンタさんはな、ちゃーんとおるんやで! ここに!」

 と、ジュリの胸元に手を当てたリーナ。
 それを見下ろしたあと、涙目になりかけていたジュリがふと微笑んだ。

「そっか…、サンタさんは僕の心の中にいるんだ……」

「せ、せやでっ……!」

 と言いながら、どうやらジュリはショックを受けなかったようだと安堵したリーナ。
 ジュリの胸元から手を離そうとしたとき、それはジュリの手に握られた。

 いつの間にか少し男っぽい手になった気がして、一瞬どきっと鼓動が高鳴った。

 ジュリが話を戻す。

「ねえ、リーナちゃん? ミカエル様はユナ姉上に、リーナちゃんへのクリスマスプレゼント選びを手伝ってもらったわけだけど……」

「う…、うん……」

「ミカエル様はリーナちゃんに、とってもとっても喜んでもらおうと思ったからそうしたんじゃないかなって……、僕は思うよ?」

「――えっ?」

 と首をかしげたリーナの顔を見ながら、ジュリは続ける。

「だってね、僕も『しゃも爺』――しゃもじ専門店の店主さんらしき人に訊いたんだ。おススメのしゃもじはどれですかって。リーナちゃんに、とっても喜んで欲しかったから。だからミカエル様も、ユナ姉上ならリーナちゃんがとっても喜んでくれそうなものを選んでくれるって思ったんじゃないかな」

「――」

 たしかに、とリーナは思った。

(ユナちゃんから選んでもらったって聞く前は、めっちゃ嬉しかった。ミカエルさまからっていうのももちろんあるけど、うちが前から憧れてた、デカい宝石ついとったリングやったから……)

 ジュリが続ける。

「だからそんなに傷付かないで、リーナちゃん。僕やっぱり、リーナちゃんの泣き顔は好きになれないや」

「えっ? あっ……!」

 と、慌ててまだ濡れていた頬を拭ったリーナ。

 ジュリに残酷なことをさせたと思う。
 ライバルのミカエルを、フォローするようなことはしたくなかっただろうに。
 このリーナに対するその優しさに、胸が締め付けられる。

 でも、申し訳なくて「ごめん」と謝るより、

「ありがとう、ジュリちゃん」

 そう言って笑うことが、まだマシなことくらいは分かった。

 リーナの笑顔に、

「うん」

 と頷いて、ジュリが笑った。

 それを見たあと、ホットミルクを飲み干したリーナは立ち上がった。
 キッチンへと向かって行き、炊飯器の釜に米を入れる。

「なあ、ジュリちゃん。うちと一緒に、新しいしゃもじでご飯をよそって食べていかへん? ジュリちゃんの好きなタラコもあるし!」

 そんなリーナの言葉を聞いたジュリは、嬉しそうに笑って頷いた。

 ご飯が炊ける間、久しぶりに長い間リーナと話をする。
 リーナのバッグの中の携帯電話がたびたび鳴っていたが、リーナが気を遣って出ないでくれているのだと分かった。

 リーナと2人だけの時間。

 以前までは当たり前だったそんなものが、とてつもなく幸せなことに思える。

 リーナが炊き上がった白米をジュリからもらった竹炭しゃもじを使ってかき混ぜ、2つの茶碗によそう。
 そしてそれを口に入れた途端、リーナから笑顔が溢れた。

「うわあぁ…、めっちゃおいしいっ……!」

 それを見たジュリからも笑顔が零れる。
 胸に手を当て、ジュリは心の中のサンタクロースに伝える。

(最高のクリスマスプレゼントをありがとうございます、サンタさん)

 リーナがタラコと一緒に白米を口に入れ、味わってから飲み込み、興奮した様子で言う。

「ジュリちゃんも、はよう食べてみぃや! ほんまにめっちゃおいしいで!」

「うんっ……!」と頷き、一口白米を口に入れたジュリの瞳が輝く。「うわあぁ…、本当だ、凄くおいしいっ……!」

 それはきっと、リーナと一緒に食べているが故に尚更なのだろうと、ジュリは思った。

 あっという間に2人でタラコと一緒に2号の白米を平らげたあと、リーナが満足そうに言う。

「あぁー、食べた食べた! ジュリちゃん、ほんまにええしゃもじありがとう!」

 と笑うリーナにジュリが笑顔を返したとき、インターホンが鳴った。
 ふと、2人の笑顔が消える。

「ミカエル様が来たよ、リーナちゃん」

「せ、せやろか……」

 案の定、それはミカエルで。
 玄関のドアの外から声が聞こえてくる。

「リーナ、ここか? リーナ? 私だ、ミカエルだ。頼む、開けてくれ」

 出ようか出まいか戸惑っているリーナを見、ジュリは立ち上がった。
 玄関へと向かって行き、そのドアの鍵を開ける。

 その直後、ドアが外から開けられた。

「リーナっ!」

 と、狼狽した様子のミカエルが姿を見せる。
 そしてジュリのジュリの姿を見るなり、目を丸くした。

「ジュリ……?」

「こんばんは、ミカエル様」

 ミカエルの青い瞳が困惑して揺れ動く。

「何故おまえがリーナの家に……?」

「リーナちゃんにクリスマスプレゼントを届けに来たんです」

「そうか……」

 と答えたあと、遠くにリーナの姿を見つけたミカエル。
 思わず玄関に上がりこんでしまいながら、声を上げた。

「リーナっ……! 聞いてくれ、リーナ! 私は――」

「ミカエル様」

 と、ジュリに言葉を遮られ、ミカエルはジュリに目を落とした。
 ジュリがミカエルを見上げ、確認しているかのように訊く。

「ミカエル様は、リーナちゃんにより喜んでもらうため、ユナ姉上にプレゼント選びを手伝ってもらったんですよね?」

「あ…、ああ、そうだっ…! もちろん、そうだ……! それに、ユナにアドバイスしてもらったことはたしかだが、私がリーナに似合いそうだと思って決めたんだ……あのペアリングは」

 そんなミカエルの必死な言葉を聞いたあと、ジュリはリーナに振り返って微笑んだ。

「ほらね、リーナちゃん」

 ジュリの顔を見、ミカエルの顔を見、再びジュリの顔を見たリーナ。
 うんと頷いて、靴を履き始めたジュリのところへと向かって行った。

「ジュリちゃん、帰るんっ……?」

「うん」と頷き、ジュリが外へと出る。「ご馳走さま、リーナちゃん。またね。明日のクリスマスパーティーや、今月末の父上と母上の誕生日パーティーに来てくれると嬉しいな」

「うん、行くっ…! 必ず行くでっ……!」

 そんなリーナの言葉を聞き、嬉しそうに「ありがとう」と笑ったジュリ。
 リーナの自宅マンションを後にする。

 去って行くその背を見ながら、ジュリを呼び止めたリーナ。

「ほんまにっ…、ほんまに、ありがとうジュリちゃんっ……!」

 そう心から思っていることを伝えた。
 それに続いて、ミカエルが口を開く。

「どうやら、今回はおまえに世話になったようだなジュリ。ありがとな」

「いえ、あなたのためじゃありませんから」

「分かっている。だが……、本当にありがとな」

 そんなミカエルの言葉を聞いたあと、再び歩き出そうとしたジュリ。
 ミカエルに「それから」と続けられ、再び振り返った。

「その……、ユナのことを頼む。もしかしたら、まだドールショップの中にいるかもしれない」

 そう言ったミカエルの瞳は、とても傷付いていた。
 それを数秒見つめたあと、ジュリは頷いて承諾した。
 レナ・ミヅキのドールショップへと向かい、再び歩き出す。
 ユナとミカエルの間に、何があったのか何となく察した。

(リーナちゃんにプレゼント渡せたし、喜んでもらえたし、一緒にご飯も食べてくれたし……、5番バッターの作戦、一応成功……かな?)
 
 
 
 
   ネズミー通り近くにある海でローゼを王に攫われ、0時を回り「メリークリスマス!」という言葉がいくつも行き交う葉月町を猛ダッシュで駆け抜け、ヒマワリ城の門の前に辿り着いたシオン。

 いつもは城門前には2人の兵がいるのだが、今日は8人になっていた。
 一斉に剣や槍の刃を向けられながら察する。
 このシオンを中に入れぬようにと、王が命令したのだと。

 その途端、己の中でブチッと何かが切れる音がしたシオン。
 父親・レオンが激怒するとそうなるように、青い髪が天へと向かって逆立っていく。

「どけ。死にたくねぇならな……!」

 シオンの半端ない殺気に、思わずたじろいだ8人の兵。
 小刻みに震えてしまいながらも、1人の兵が王の命令だからと声をあげる。

「だ、だ、だ、だだだ、駄目だ! あ、あなたを通すわけには行かない! お、おとなしく、ひ、ひひひ、引けぇっ!!」

 それに残りの兵も続く。

「そ、そ、そ、そうだ! ひ、引け引けぇぇぇっ!!」

「そうか、どかねぇのか」と、背に装備している剣を鞘から抜き、「じゃー死ね」

 とシオンが8人の兵に斬りかかろうか寸前のこと。

「何を騒いでいる」

 と響いた聞き覚えのある耳障りな声に、シオンの手が止まった。
 鋭く赤い瞳を、目の前の8人の兵の後方――王へと持っていく。

「……出てきやがったな、バカクソ王。さっさとローゼを返しやがれ」

「ローゼを返せ、だと?」と、短く笑った王が声を張り上げる。「笑わせるな! ローゼがいつおまえのものになった! 私はこの島の王であり、ローゼの父だ! 私の許可なしに、ローゼの傍にいられると思うな!」

「ふん。だったら、力ずくで取り返すまでだ!」

 と再び剣を振り回そうとしたシオンに、王は続けて言う。

「おっと、うちの兵に傷を負わせたら牢にぶち込むぞ」

「んなの、ぶっ壊して――」

「それだけではない。おまえがうちの兵に傷を負わせ騒動を起こせば、瞬く間に葉月町の人々の口の端に上るだろう。するとどうなる。葉月島を代表する超一流ハンター・リュウの名も、この世の英雄・キラの名も、おまえの父の名も母の名も、家族も仲間も、全てが穢れてしまうのだぞ」

「ぐっ……!」

 シオンの手が再び止まる。
 誇り高い一家に産まれた以上、そんなことだけは避けたかった。

「分かったら、愚かなことを考えるのはやめ、ローゼのことを潔く諦めるんだな」

 そう言ってシオンに背を向け、王が去って行く。

 その背を見送ったあと、携帯電話を取り出したシオン。
 ローゼが心配で電話を掛けるが、聞こえてきたのはついさっきまで聞いていた耳障りな声。

「諦めろと言っている」

「……うるせバカクソ王」

 と言うなり電話を切ったシオン。
 どうしようかと考え始めたとき、ポケットの中にしまおうとした携帯電話が鳴った。

 父親――レオンからだ。

「もしもし、シオン? もうちゃんと家に帰ったよね? ローゼ様もいるんだから――」

「攫われた」

「え?」

「バカクソ王に、ローゼが攫われた」

 少しの間の後、レオンが電話の向こうで苦笑したのが分かった。

「何か、よっぽどまずいとこ見られちゃったんだ?」

「キスしてただけだっつの」

「充分だよ、あの王を怒らせるには……。それで、ローゼ様は今ヒマワリ城ってことだね? シオンは? 今どこにいるの?」

「ヒマワリ城の門の前。あのバカクソ王、俺のこと中に通さねえつもりだ。いっそ、あの王を殺して俺が王になっかな」

「こ、こらこら……」

「ああ、駄目だ。王なんてやってられっか、面倒くせぇ。ここはやっぱ師匠が王になって――」

「バカなことを考えるんじゃない」と、レオンがシオンの言葉を遮った。「お父さんとお母さんもこれから帰るから、シオンも一旦家に帰ってきなさい」

 電話の向こう、

「ええっ!? イトナミ9回戦目しないの!?」

 と狼狽したサラの声が聞こえた気がしたが、レオンは念を押すように続ける。

「いいね、シオン。一度、家に帰ってきなさい」

「…………分かった」

 としぶしぶ承諾の返事をしたあと電話を切り、剣を背に戻したシオン。

(待ってろ、ローゼ。必ず迎えに来る)

 心の中、そうローゼに伝え、一旦その場を後にした。
 
 
 
 
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