第68話 クリスマス 前編


 もう少しでイブからクリスマスになろうか時間。
 ネズミー通りで一日中遊んでいたシオンとローゼは、そこの近くにある海へとやって来た。

 砂浜に並んで座り、シオンにキスしてもらったローゼ。
 シオンの後方からこちらへと向かってきている足音に気付いて、キスしながらもふと瞼を開けた。
 そして近づいてきている人物の顔を見た途端シオンを突き飛ばし、顔面蒼白しながら叫んだ。

「おっ…、おおおっ……、お父上ぇーーーっ!?」

 次の瞬間、シオンの真後ろへとやってきた人物――葉月島の王が、普段は飾りにしている腰の剣を鞘ごと抜き。

「おっ、お父上、止めてくださいにゃっ!」

 とローゼが慌てて止めようとする中、

「貴様ぁぁぁぁあぁぁぁぁあああっ!」

 シオンの脳天に向かってそれを振り下ろした。

 ――が。

「やられちゃいますにゃっ!」

 そんなローゼの直後、鞘を片手で受け止めたシオンにより剣が押し戻され。

 ドスッ……!

 と腹を剣の柄で突かれて呻き声をあげた。

「ガハァァァァッ……!?」

「だから言ったのに……」

 と苦笑するローゼの傍ら、シオンが顔を顰める。

「てめえ、セクハラ王じゃねーか。いきなり何てことしやがる」

「わっ、私の台詞だ、このバカ者おぉぉーーーっ!」

 と、ずきずきと痛む腹を両腕で押さえながら怒声を上げた王。

 その後方の方から、ローゼの母親――純ホワイトキャットのマリアが姿を見せた。
 ローゼと同じピンクブラウンのウェーブ掛かった髪の毛を揺らし、ぴょんぴょんと跳ねながらやってくる。

「ねーえ、マリアお腹空いちゃったから、早く帰りたいにゃん♪」と言って王の腕に抱きついたあと、マリアがぱちぱちと瞬きをしてローゼを見つめる。「にゃ? ローゼ、こんなところで何してるのかにゃ?」

 とマリアが訊き終わるか訊き終わらないかのうちに、シオンがローゼを背に隠すようにして立ちはだかった。

 ローゼを産んでくれたマリアを、嫌いだとは言わない。
 だけど、ローゼを放ったらかしにしてきたマリアを間違っても好きだとは言えない。

「何だっていいだろ。てめーらこそ、何でこんなところにいるんだよ」

 王が声を上げる。

「シオン、なんっっっだ、その口の聞き方は! ネズミー通りを歩いていたらおまえたちの姿を見つけ、何をしているのかと様子を見に来ただけだ! そしたら――」

「尾行かよ。王とあろうものが」

「う、うるさいっ、黙れ! ローゼに手を出しよって! 貴様、分かっているのか!? ローゼは私の娘なのだぞ!?」

「それがどうした」

「な、何だと……!?」

「そーれーがーどーうーし――」

「聞こえてるわっ! 私は耳の遠い年寄りか!」とシオンの言葉を遮ったあと、王は続ける。「ローゼは私の娘――王女なのだぞ!? 身分差のあるおまえが手を出すとは、何たる不埒千万だ!」

 シオンから小さく溜め息が漏れる。

「自分は元野生のモンスターに手ぇ出しておきながらよく言うぜ……」

「う、うるさいうるさいっ、黙れ! おまえがあの、にくにく憎たらしい男――リュウそっっっくりだからこそ、余計気に食わぬのだっ!!」

「まだ師匠にばーちゃん取られたこと根に持ってんのかよ。小せぇ男だな」

「う、うるさいうるさいうるさいっ、黙れっ…、黙れ黙れ黙れーーーっ!!」と絶叫して息を切らせたあと、「もぉぉぉぉぉぉぉ、許せんっ……! ローゼ、城に帰るぞっ!!」

 とローゼに手を伸ばした王。
 ローゼに触れる手前、腕をシオンの手に掴まれた。

「何をする、離せ!」

「うるせぇ、ローゼに触んな。セクハラ王が」

「だっ、誰が娘にセクシャルハラスメントをす――」

「バカ王が」

「なっ、なん――」

「クソ王が」

「…きっ、きっ、きっ、き・さ・まぁぁぁぁぁぁ……!」

 と、完全に頭に血が上って顔を真っ赤にし、顔を引きつらせた王。
 再び怒声をあげようかと思った瞬間、それはシオンに先を越された。

「ローゼが腹違いの后や王女たちに何をされてきたか気付いてやれなかったてめーは、バカクソ王で充分だろうが!」

「う゛っ……」

「俺はてめーなんかの城にローゼを帰させねえ! 失せろ!」

 と王に向かって怒鳴りつけるなり、シオンがローゼの手を引っ張って歩き出す。
 その瞬間、王がシオンを指差しながら声を上げた。

「マリア!」

「はぁーい♪」

 と、承諾の返事をしたマリア。
 ぴょんと飛び跳ね、シオンの前に立ちはだかった。

 マリアの顔を見つめ、シオンの眉が寄る。

「あ……? 何のつもりだ」

「こういうつもりにゃんっ♪」

 と両腕を広げ、拳を握ったマリア。
 シオンがローゼから手を離し、咄嗟に防御の態勢を取った途端、ぐるんと回転してダブルラリアット。
 優れている防御力に比べて攻撃力はそうでもないマリアだが、年齢はシュウの1つ上である29歳。
 何もしなくても年々強くなる純モンスターで、しかも最強を謳われるモンスターの一種・ホワイトキャットとはれば、その力は相当なものである。
 防御の上からとはいえ、マリアの右拳を食らい、さらに左拳も食らい、シオンの身体が後方によろける。

 その隙に、ローゼを腕に抱いた王が言う。

「よし、マリア頼む!」

「――!?」

 しまった、とシオンがローゼに振り返った瞬間のこと。

「ばいばーい♪」

 マリアがローゼと王を連れてその場から瞬間移動で消え去った。
 ローゼの視界が、シオンから王の専用高級車の車内に変わる。

 途端に、ぞくっと恐怖が走ったローゼ。
 普段は滅多に使わない瞬間移動で逃げようかと思ったが、普通は上手くなるまでに相当の練習をしなければならないそれを使うのは不安だった。
 ミーナなんて、上空4000mに飛んだこともあるらしいし……(NYANKO第8話参照)。
 よって、王の腕の中で暴れるしかなかった。

「はっ、離してっ……! 離してくださいにゃ、お父上!」

「駄目だ、おとなしくするんだローゼ」

「ローゼは、お城になんか帰りたくないのですにゃ!」

「大丈夫だ。もう二度と以前のようなことは起きさせない」

「嫌ですにゃっ! 離してっ…、離してくだ――」

「ローゼ!」

 と、ローゼの言葉を遮った王。
 ローゼがびくっと肩を震わせた中、ローゼを睨むように見下ろして続けた。

「おまえは王女だ。将来、身分の釣り合う男と結ばれなければならない」

「だけど以前お父上は、ジュリさんを婿養子にしようと考えていたではないですか! ジュリさんは良くて、どうしてシオンさん駄目なのですか!」

「キラと同じ顔をしたジュリの美しさは罪なのだ。どんな王族とて、目が眩んでしまうっ……!」

 と顔を恍惚とさせた父親を目の前に、ローゼの顔が引きってしまう。
 そのあと、同様に顔を引きつらせた王。

「だが、シオンは駄目だシオンは! に・く・に・く・に・く・た・ら・し・いぃぃぃぃぃぃ……!」と奥歯が折れそうなくらいの歯軋りをしたあと、再びローゼを睨むように見下ろして続けた。「良いな、ローゼ!? シオンのことは忘れるんだ! 良いな!? お父上は、絶っっっっっっっっ対に! シオンのことなど認めぬぞ!!」

 時刻は午前0時――クリスマスになったばかり。
 そう声を上げてそっぽを向いた父の腕の中、ローゼは声を上げて泣きじゃくった。
 
 
 
 
 レナ・ミヅキのドールショップの中。
 瞬間移動で消えてしまったリーナを追いかけようとしたミカエルは、ユナに手を引かれながら困惑した。

「リーナのところになんか、行かないで! こんなことする子に、ミカエルさまに愛される資格なんかないわ!」

 そう泣き叫んだユナの涙は、ユナの手の平の上の壊れた指輪――ミカエルからリーナへのクリスマスプレゼントを濡らしていく。

 それを数秒の間見つめていたミカエル。
 店の掛け時計の鐘の音にクリスマスになったことを知らされながら、ユナの頭の上に手を乗せてふと微笑んだ。

「私のために怒ってくれてありがとな、ユナ。本当、可愛い妹をもう1人持った気分――」

「言わないで、ミカエルさま」

 と、ユナがミカエルの言葉を遮った。

「え?」

 とミカエルが首をかしげる中、ユナは続ける。

 今までミカエルには隠してきた。
 胸に抱えている想いを。
 でももう、黙っていられないと思った。

「あたしのこと妹なんて言わないで。そういう風に思わないで」

「ああ、悪い。しかし姉っぽくも――」

「そうじゃないの。あたし、ミカエルさまの妹でも、お姉ちゃんでもないよ」そう言ってユナは、溢れ出てくる涙を手の甲で拭いながら、声を詰まらせた。「1人の女だよっ……!」

「――」

 一瞬声を失ったミカエル。
 ユナが言葉を続ける前に、その想いに気付いた。
 ようやく。

「あたし、ミカエルさまのことが好きなの」

 あの日、葉月町の一角で、ユナと話したリーナが突然泣き出した理由が分かった。
 その晩、突然リーナが不安を口にした理由が分かった。
 リーナが舞踏会や、ジュリ宅で行われる誕生日パーティーを避けるように仕事を詰めていた理由が分かった。
 リーナが、楽しみにしていてくれたはずのクリスマスプレゼント――ペアリングを壊した理由が分かった。

 何もかも、分かった。

「だからお願い、ミカエルさま…! 行かないで……!」

 そう言って胸元に擦り寄ってきたユナを見下ろし、青い瞳を揺れ動したミカエル。

(ああ…、愚かだな私は。愚かだ……。リーナのことを傷付け、その上――)

 ぎゅっとユナのことを抱き締めた。
 貫かれるような胸の痛みに、腕が、声が震える。

「ごめん、ユナ。ごめん…! 私はリーナのことを、本当に愛しているんだ……!」

「――」

 呆然とするユナにもう一度「ごめん」と声を震わせて言ったあと、ミカエルはリーナのところへと向かっていった。

 そっと閉められていくドアを、立ち尽くして見つめていたユナ。
 静寂が訪れた店の中、手から落ちた指輪が虚しく音を響かせた。
 
 
 
 
 リーナに何度も電話を掛けつつ、ギルドの中と葉月町を一通り駆け回ってリーナを探したミカエル。
 最後にリーナのマンションへとやって来た。
 息を切らせながら、インターホンを押す。

「リーナ、ここか? リーナ? 私だ、ミカエルだ。頼む、開けてくれ」

 と願ってから少しして、鍵の開く音がした。

「リーナっ!」

 と急いでドアを開けたミカエルの視界に飛び込んできたのは、リーナではなく――、

「ジュリ……?」
 
 
 
 
 その頃の、ヒマワリ城の門の前。
 8人の兵に剣や槍の刃を向けられているシオン。

 怒髪天を衝く。

「どけ。死にたくねぇならな……!」
 
 
 
 
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