第67話 『5番バッター、いきますっ……!』 後編


 正午前にミカエルと隣の島――文月島の、文月町に瞬間移動してきたリーナ。
 全12島の中で最も大きな島の中の、最も大きなその町でデートを楽しんでいた。
 己が暮らすいつもの葉月島葉月町でデートをしないで良かったと思う。

(ユナちゃんにまるで見つかりそうにあらへんからな)

 ユナどころか、猫科モンスターと基本的に犬猿の仲とされる犬科モンスターがペットとして多く飼われているこの町には、猫科モンスターの姿すら滅多に見ない。
 たびたび犬科モンスターに威嚇されるリーナであったが、正直どうでも良く。

(今日のうちとミカエルさまのデート、ユナちゃんに絶対に邪魔させへん)

 そんなことばかりが頭の中を占めていた。
 だから気付かなかった。
 携帯電話の電源を切って、気付こうともしなかった。

『今日の夜8時半に、リーナちゃんのお家の前で約束のクリスマスプレゼントを持って待っているので、来てくれると嬉しいです。あ、なるべくなら一人で来て欲しいな。去年までのように、2人きりのときにプレゼント渡したいから』

 そんな、ジュリからのメールを。

 文月町にやって来たらすぐに近くにあったファーストフード店で昼食を取って、文月町をあちこち遊び歩いて、夜がやって来たら予約しておいた高級レストランに入った。
 そこでアルコールを飲みつつフルコースを堪能しながら、リーナは口を開いた。

「ほんまに美味いなあ、この店! 評判通りやで!」

「ああ、美味いな!」

 と、同意したミカエル。
 ところで、と話を切り替えた。

「サンタクロースからリーナへのプレゼントを預かっているんだが、ここで受け取ってくれるか?」

「えー?」と、照れくさそうに笑って周りの客の目を気にし、リーナは言う。「な、なんか人前は恥ずかしいから、あとでっ……!」

「分かった。あとで、どこで渡せばいいんだ?」

「そ、そのぉ……」と、リーナは声を小さくして続ける。「……こ、高級ホテルとか旅館とか、色々悩んだんやけど、やっぱりそんなんお城には敵わへんからっ……、そのっ……、ミ、ミカエルさまの部屋でっ……」

 と、言い終わる頃には真っ赤になっているリーナの顔を見つめ、ふと微笑んだミカエル。

「いいのか?」

 そう、リーナの心の内を察しながら訊いた。

「…う…うんっ……!」

「そうか。今年のサンタクロースは、私に最高のプレゼントを運んできてくれたな」

 そんなミカエルの言葉に、首まで真っ赤になったリーナ。
 どきどきどきどきと高鳴っている鼓動を落ち着かせようと、ワインをがぶ飲みし始めた。

(こ、こここ、今夜はうちもカモォォォン&フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!)
 
 
 
 
 ローゼと共に朝から出かけ、今日一日ローゼの行きたいところ――ネズミー通りの店をあちこち見て回っていたシオン。
 左手にローゼの手を握り、右手に大量の荷物――ローゼが買った物をぶら下げながら溜め息を吐いた。

「おい、まだ飽きねーのか。もう半日以上この通りにいるぞ……」

「にゃ?」

 と、シオンの手を握りながら、ネズミー通りのクリスマス限定イルミネーションに見惚れていたローゼ。
 携帯電話で時刻を確認すると、23時を過ぎたところだった。

「いい加減帰らねえと、留守番組が心配すんだろ。俺だけならともかく、おまえもいるんだから」

「ですかにゃ、やっぱり。あーあ…、時間が経つの早いにゃあ……」

 と、それまではしゃいでいたのに、ローゼは急に元気をなくした。
 だが、

「ま、帰る前に少し海にでも寄っていくか」

 そんなシオンの言葉に、再び笑顔を咲かせた。

 シオンの誕生日のときにも行った海へと向かう。
 ネズミー通りには屋根がついているものだから気付かなかったが、いつの間にか雪が舞っていた。

「ホワイトクリスマスにゃ! ロマンティックなのにゃーっ!」

「まだイブなんだからホワイトクリスマスじゃねーだろ」

「いーのにゃっ! すぐ揚げ足とるんにゃから!」

 と頬を膨らませたあと、ローゼはシオンが浜辺の上に敷いてくれたダウンジャケットの上に腰掛けた。
 その隣に腰掛けたシオン。

「なあ、おまえのネズミ好きってよ」と、何となく思っていた疑問を口にする。「やっぱり純ホワイトキャットの母親――マリア似なわけ?」

「はいですにゃ。お母上もネズミー通りが好きで、葉月町に出てきたときは必ず遊びに行ってるみたいですにゃ」

「ふーん? 純猫モンスターとハーフの間に出来た俺のが猫モンスターの血が濃いのに、おかしなもんだな」

 ローゼがシオンの顔を覗き込んで訊く。

「シオンさんて、まぁーったくネズミに興味ないのにゃ?」

「ああ、まったく」

「これっぽっちも?」

「これっぽっちも」

「変にゃの、シオンさんて。まあ、もともと色々おかしいけどにゃ♪」

「うるせ」

 と返したあと、シオンは目の前のローゼの顔を見つめた。
 何かと首をかしげるローゼに訊く。

「なあ、おまえ、いつまで俺のこと『さん』付けで呼ぶの」

「えっ?」

 と、少し頬を染めたローゼ。
 シオンから目を逸らして言う。

「だ…だって、誰かを『さん』付けで呼ぶのはローゼの口癖みたいなものでっ……。そ、それに、今さら呼び捨てにするのも何だか恥ずか――」

「『様』付けで呼べっつの」

 とのシオンの言葉に、ローゼは顔を強張らせる。

「…なっ…、なっ、なっ、なっ、な・に・さ・ま・にゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「俺☆様」

「こっちは王女様にゃぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」

「おい、近所迷惑」

「あっ、ごめんなさいにゃっ……! ――って、誰のせいにゃっ!!」

 と、眉を吊り上げるローゼの頬に、手を当てたシオン。

「んで」と、話を戻す。「俺のこと、いつまで『さん』付けで呼ぶの」

「えっ…? だ、だから、それはローゼの口癖みたいなものでっ……! …ふ…不服なのにゃっ……?」

「不服」

「にゃ…にゃんでっ……?」

「俺がおまえの中の『特別』じゃないみてーだから」

「そ、そんなことっ……!」

 と狼狽しながら声を高くしたあと、ローゼは真剣な表情で待っているシオンから目を逸らした。

 照れくさい。
 照れくさいけど、『特別』な呼び方でその名を口にしてみる。

「あ…あの……、…シ…シオン……?」

 その瞬間、やっぱり照れくさくて頬を染めたローゼ。
 やっぱり『さん』を付け加えようかと思ったとき、

「何だ、ローゼ?」

 と、優しい声が返ってきて、シオンに目を戻した。
 そこにある嬉しそうな微笑を見て、笑顔になる。

「このローゼ様が、特別にキスさせてあげるのにゃっ♪」

「偉そうだな」

「だってローゼは、王女様だもん♪」

「そうかよ」

 と、短く笑ったシオン。
 ローゼの頭に手を回して引き寄せ、頬を染めながら目を閉じたローゼに唇を重ねた。

 そのときのことだった。
 砂浜の上をこちらへと向かって早足で歩いてくる足音を白猫の耳が察知し、ローゼはシオンにキスされながらも瞼をうっすらと開いた。

(あれ…? 何か知ってる人のようにゃ……?)

 と、こちらへとやってくる人物の顔を見つめる。
 そして数秒後、その人物の顔を己の青い瞳がはっきりと映し出し。

(――えっ!?)

 仰天して、シオンを突き飛ばしたローゼ。
 顔面蒼白しながら、叫んだ。

「おっ…、おおおっ……、お父上ぇーーーっ!?」
 
 
 
 
 あと30分もせずにイブから、クリスマスへと変わろうか時刻。
 リーナの自宅マンションの前。
 周りにうっすらと降り積もった雪の絨毯に足跡をつけて遊びながら、ジュリは手に持っているリーナへのクリスマスプレゼント――しゃもじを見つめていた。

(リーナちゃん、喜んでくれるかな)

 待ち合わせ時間をとうに過ぎていたが、リーナは必ず来てくれると信じているジュリの頭の中は、そんな期待でいっぱいだった。
 リーナの喜んだ顔を思い浮かべて微笑む。

 ふとポケットの中で携帯電話が鳴って取り出すと、それはユナからのメールだった。

 ジュリがリーナと待ち合わせている時間と同じ時間に、ミカエルと待ち合わせをしているユナ。
 待ち合わせ時間――夜8時半を過ぎてから、何度かジュリにメールを送ってきている。

 その内容は、決まって同じ。

『リーナ、来た?』

 一方のジュリも決まって同じ返事をするしかない。

『まだです、ユナ姉上。ミカエル様は来ましたか?』

 そしてユナも、また決まって同じ返事をするしかなかった。

『ううん、まだ来ない。ずっとずっと、待ってるのにな』

 本日は閉店しているレナ・ミヅキのドールショップの中。
 温かい色をした照明の元、端っこの方にあるテーブルに、ミカエルへのクリスマスプレゼント――クリスマスケーキと、スパークリングワインが置かれている。
 ジュリにメールを返信したあと、目の前のそれらを見つめながらユナは溜め息を吐いた。

「ミカエルさま、来ないなあ…。もうすぐイブ終わっちゃうよ……。もしかして、やっぱり……」

 ミカエルは来てくれないのだろうか。

 そう思った途端、泣き虫のユナの淡い紫色の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていった。

「はは…、ていうか、そうだよね。あたし、ミカエルさまの彼女じゃないもん。来なくて当然じゃないっ……」

 と、ユナが泣きじゃくり始めたとき。
 店の近く――キラの銅像前に、瞬間移動でリーナとミカエルが現れた。

 文月島のレストランでワインを中心に、相当なハイペースで次から次へとアルコールをがぶ飲みしたリーナ。
 すっかり出来上がってさっきまでの緊張は解けたが、お陰で瞬間移動が上手く出来ないでいた。

「あっれー? おかしいなあ、今度こそヒマワリ城の前にやって来たと思ったんにー」

「1度目はヨルガオ平原、2度目はトラックの荷台、そして3度目の正直のはずの今回はキラさんの銅像前……。まったく、相当酔っ払っているなリーナ?」

 そんなミカエルの言葉に、あはは、と笑ったリーナ。
 ミカエルの胸にしがみ付いた。

「ごめーんなー、ダーリンっ♪」

「まあ、良いが。たまには酔っ払っているリーナも悪くない。仕方ない、歩いて城へと向かうか」

 と、リーナの手を引き、ヒマワリ城の方向へと歩き出したミカエル。
 車道を結構なスピードで走って行った高級車を見、ぱちぱちと瞬きをして立ち止まった。

「今のは……、親父?」

「へ?」と、リーナがミカエルの顔を見上げる。「王さまが、どうしたん?」

「いや、親父専用の車が今走って行ってな。ナンバーも同じだったから、間違いないんだが……」

「だが?」

「いや……、一瞬ローゼも乗っていたような気がしてな」

「ローゼさま?」

 と鸚鵡返しに訊いたリーナ。
 数秒後、ポケットの中から電源を切っていた携帯電話を取り出した。

「そんなわけないやろー? せやかて、今日はシオンとラブラブデートのはずやもんー。どれ、メールしてみよ」

 と、携帯電話の電源を入れる。
 そしてローゼのメールアドレスを探していたとき、突然電話が鳴り響いた。

「――うっわ!? びっくりしたー、誰やねん!?」

「誰だ?」

「……おとんや」

 と苦笑したリーナ。
 嫌な予感を感じながら電話に出た。

「…も……もしもし?」

「あっ、やっと出よった! おとんやけど!」

「うん、知っとる……」

「今どこにおんの!? 周り騒がしいな!? ってことは、まだ家やないんやな!? 王子とどこほっつき歩いとんねん! はよ家に帰らんかい!」

「……。…おとん、今どこにおんねん。おかんとデートちゃうん」

「さっきまでデートしとったけど、もうギルドや! おかんも一緒に! 仕事しとんの、仕事! おまえはさっさ家に帰って自宅警備員にならんかいっ!」

「ああもう、うるさいわあ」

 と、その場から見えるギルドに顔を向けたリーナ。
 家に帰れ、帰れとうるさいリンクに溜め息を吐いたあと、苦笑しながらミカエルに「ちょっと待ってて」と言い残してギルドへと向かって行った。

 一方、残されたミカエルも苦笑してしまう。
 リーナが何しに行ったのか察しがついた。

(そういえばリンクは、私がリーナの傍にいたいがためにハンターの資格をくれとギルドに訪ねに行ったときから、私のことを快く思っていない風だったしな……。さらにミーナさんも、将来キラさんと同じ家に住みたいという夢のため、リーナとジュリの結婚を望んでいたようだしな……。リーナが私と会うとなれば、自由にさせないのは頷ける……)

 と溜め息を吐いたミカエル。
 さっきリーナがメールしそこねたローゼと連絡を取ってみようと思い、携帯の電源を入れた。

 先にメールの受信を済ませると、受信メールは1件。
 見る前から、誰からのものか分かった。

(昼間、ユナとメールをしている最中にケータイの電源を切ってしまったからな)

 案の定、そのメールの相手はユナ。
 そしてそのメールの内容を見るなり、ミカエルは「えっ」と声を上げた。
 ギルドの隣にある、レナ・ミヅキのドールショップへと顔を向ける。

 まさか、と思う。

(まさか、まだいる……なんてことないよな?)

 ミカエルは携帯電話を手に握ったまま、レナ・ミヅキのドールショップへと駆けて行った。
 ドアには『CLOSED』の札が掛かっていたが、ドアノブを手を掛けると、それはカチャッと音を立てて下がった。

 その、まさかだった。

「――ユナっ……!?」

 と慌ててドアを開けたミカエル。
 温かい色をした照明の店内の端っこにあるテーブルのところ、泣きじゃくっているユナを見つけた。

 ミカエルの声を聞き、ユナがはっとして顔を上げる。

「――ミ…、ミカエルさまっ……!?」

「…お…おい、何故まだいるんだっ……!」と、ミカエルは店内に入り、ドアを閉めるのも忘れてユナのところへと駆けて行った。「もう少しで0時を回るぞ!? 何故こんな時間まで待っていた!?」

「……」

 椅子に座ったまま、ミカエルの顔を見上げたユナ。

(来てくれた…、ミカエルさまが、来てくれた……!)

 涙は止まるどころか、さらに溢れ出てしまった。

「お、遅いよミカエルさまぁぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁあああっ!!」

「ケータイの電源を切っていて、ついさっきメールを見たんだ。ごめん……、ごめんなユナ?」

 とミカエルに頭を撫でられながら、涙を拭ったユナ。
 テーブルの上のミカエルへのクリスマスプレゼント――ケーキの入った箱を取り、ミカエルに手渡した。

「は…はいっ、これっ! これ渡したかったのっ……!」

「ん? 何だ?」

「ク、クリスマスケーキっ…! 見た目は良くないけどっ…! その、えっと…、この間このネックレスくれたから、そのお返しっ……!」

 と、首にかけているネズミのネックレスを指で触りながらユナ。
 それを見て、ミカエルが笑った。

「ずいぶんと気に入っているみたいだな、そのネックレス。ま、幼いおまえによく似合っているぞ♪」

「お、幼い言わないでっ!」

 とユナの頬を膨らませたあと、ミカエルはケーキの入った箱に目を落として続けた。

「ありがとな、ユナ。たしかにこれは生ものだから、今日中に渡さないとだもんな。おまえがこんな時間まで待っていた理由が分かった」

「う、うん……」

 と頷いたユナだったが、こんな時間までミカエルを待っていた理由は他にも色々とある。

(5番バッターとして、ジュリのため。リーナとミカエルさまの関係を、これ以上深くさせないため。それから……、クリスマス・イブっていう特別な日に、ただ単に凄く会いたかったから……)

 立っているミカエルの手を、左手で引っ張ったユナ。
 右手で、テーブルを挟んだ向かいの椅子を指して言った。

「座ってミカエルさま。スパークリングワインもあるの。ケーキ、食べて行かない?」

「あ……、悪いユナ――」

 これからリーナと、城に向かうから。

 と言おうとしたミカエルの言葉を遮るように、空きっぱなしだった出入り口のドアからリーナが姿を現した。

「あれ? 今日もお店やってんのかいな? ――って……?」

 と、リーナの視線がユナを捉える。
 目が合った瞬間、リーナもユナも嫌な意味でドキッと動悸がした。
 同時にリーナの酔いが醒め、ユナの笑顔も消えた。

 ユナの淡い紫色の瞳が揺れ動く。

(リーナ、まだ家に帰ってなかったんだ……!)

 一方のリーナのグリーンの瞳も揺れ動いた。

(ユナちゃん、まだ諦めずにミカエルさまのこと待ってたんや……!)

 ミカエルがリーナに振り返って訊く。

「早かったな。もうリンクに外泊許可は取れたのか?」

「う、ううん。家に帰る嘘こいて来たわ」

「い、いいのか……」

 とミカエルが苦笑してしまう傍ら、ユナの胸がずきんと痛んだ。

(外泊許可…? ってことは、リーナこれからもしかして、ミカエルさまと……?)

 店内に入り、店のドアを閉め、ユナとミカエルのところへとやって来たリーナ。
 ミカエルが手に持っているもの――ユナからのクリスマスプレゼントに目を落とした。

「……なあ、ミカエルさま。それ何? ユナちゃんからもらったん?」

「ああ。ユナがクリスマスケーキを作ってくれたみたいなんだ」

「へーえ、ありがとうユナちゃん。うちもあとで一緒に頂いてええやろ?」

 と、リーナがユナに作り笑顔を向ける。

 本当は、ユナがミカエルと2人で食べるために作ったケーキだ。
 リーナとミカエルが2人で食べるために作ったケーキではない。

 だけど、ユナは頷いてしまった。
 ミカエルも、そのつもりのような表情をしてユナの返事を待っていたから。

「…う…うん……。ちょうど2人分くらいあるから、良かったらリーナもミカエルさまと一緒にっ……」

「ありがとう、ユナちゃん。あとでおいしく頂くわ」

 と、もう一度ユナに作り笑顔を向けたリーナ。
 ミカエルの顔を見上げ、「せや」と続けた。

「やっぱり、ここでくれへん? サンタクロースからの、うちへのプレゼント」

「え? 城でじゃなく、ここでか?」

「うん。何だか、今ここで欲しくなったわ。サンタクロースが、うちのために選んできてくれたプレゼントが」

「――」

 俯いていたユナの胸が、再びずきんと痛んだ。
 リーナがワザとやっているのだと分かった。

 ミカエルに愛されているのはこのユナではなく、己なのだとリーナが訴えてきている。

 リーナに「分かった」と返事をしたミカエルが、左ポケットの中から小包――プレゼントを取り出した。
 中には、2人のペアリングが入っている。

「それじゃ、サンタクロースに代わって私が言おう。メリークリスマス♪」

 と、ミカエルが言いながらリーナにプレゼントを渡すと、リーナが笑顔になって声を高くした。

「ありがとう! なあ、開けてもええ!?」

「ああ、いいぞ」

 リーナがプレゼントの包装紙を剥がし、現れた箱の蓋を開け、そのグリーンの瞳を輝かせる。

「うわあぁ…! この黄色い宝石がついた方が、うちのやろっ? あかーん、めっちゃ嬉しいわ! うちな、こういうデカい宝石に憧れてたん!」

「そうか」

 と、ミカエルがリーナの顔を見つめ、とても嬉しそうに笑った。
 その横顔を見つめ、ユナは複雑な気持ちで微笑む。

(良かったね…、ミカエルさま……)

 リーナがはしゃいだ様子で箱の中から2つのリングを取り出し、レディースの方をミカエルに渡しながら言う。

「なあなあ、指輪、はめっこしようや!」

「ああ」

 とミカエルが承諾したあと、2人がお互いの右手を取って指輪交換をする。
 それを見つめているうちに視界がぼやけ、顔を背けたユナ。

(ダメだ、もう見てられない)

 テーブルの上に、店の鍵を置いた。

「あ…あたし、そろそろ帰るねっ……。スパークリングワインもあることだし、良かったらここでケーキ食べて行って。鍵は明日の朝にでも、レナかミヅキくんに届けてくれればいいから」

「うん、分かったー」

 というリーナの返事のあと、ミカエルが嬉しそうな笑顔で続いた。

「本当にありがとな、ユナ」

「うん……」

 と2人から顔を逸らしたまま返事をし、ユナは店の戸口へと向かって行く。

(ごめんね、ジュリ。5番バッター――あたしの作戦、失敗に終わっちゃった。しかも、リーナはこれから、ミカエルさまと……)

 ずきん、ずきんとユナの胸が痛む。
 その間も、2人の会話は続いていた。

「ユナちゃんにありがとうって、ケーキのこと?」

「もちろん、それもある」

「他には何があるん?」

「実は、サンタクロースがリーナにプレゼントを選ぶ際、ユナに世話になってな」

「え?」

「よりリーナが喜んでくれそうなものを、ユナがアドバイスしてくれたんだ」

 ぼやける視界の中、ユナが店のドアを開け、閉めようとしたそのときのことだった。

「な…なんやねん…、それ……!」

 リーナの声色が代わり、ユナは手を止めた。
 何事かと、閉じかけたドアを開ける。

「聞いてへんわ、そんなの! こんなもの、いらへん!」

 その瞬間、リーナが己の右手から外したペアリングを床に投げつけた。
 固い床の上をバウンドしたそれから、シトリンが外れて飛ぶ。

「――なっ……、何するの!?」

 と叫び、再び店の中へと入ったユナ。
 壊れた指輪を慌てて拾う。

 一方、呆然としているミカエルに向かって、真っ赤な顔をして続けるリーナ。

「うちは、サンタクロース――ミカエルさまが、うちのために選んできたものが欲しいって言ったんや! 他の女に選んでもらったものなんかいらへんわ! どあほう!!」

 そう怒鳴るなり、その場から瞬間移動で消えてしまった。

「お、おい、リーナっ……!」

 と、慌ててリーナを追いかけようとしたミカエルの手を、ユナが引っ張る。

「行かないで、ミカエルさま」

「ユナっ……?」

「行かないでっ……」

 手の平の上、壊れた指輪を見つめるユナの声が震える。

 たしかにこの指輪は、ユナがミカエルにアドバイスしたものだ。
 だが、最終的に決めたのはミカエルだ。

  (この綺麗な黄色い石がリーナに似合いそうだって、ミカエルさまが選んだものなのに…! リーナのために、ミカエルさまが……!)

 それなのに、何故なのか。
 何故、こんなことをしたのか。

 シトリンの上に、涙をいくつも落としながら、ユナは泣き叫んだ。

「リーナのところになんか、行かないで! こんなことする子に、ミカエルさまに愛される資格なんかないわ!」
 
 
 
 
 自宅マンション付近に瞬間移動してきたリーナ。
 頭に血が上って眉は吊り上がり、顔は真っ赤だった。

(いつの間に…!? ユナちゃん、いつの間にミカエルさまと会ってたん…!? ミカエルさまも、何でや……!?)

 自分の足元を見たまま、うっすら積もった雪の上を早足で歩き、自宅マンションのロビーに向かっていく。
 混乱していて、前方から軽い足取りで寄ってくる足音に気付かなかった。

 だから視界の自分の靴以外にもう一つ靴が見えたとき、はっとして頭を上げた。

「あっ、すみませんっ……!」

 と慌てて避けようとしたリーナの目の前に移った、ガラスのような長い銀髪。
 大きな黄金の瞳に真っ白な肌、黒猫の耳。
 絶世の美少年――ジュリが、そこにいた。

「――ジュリ…ちゃん……?」

「ちょうど0時かあ。やーっぱりサンタさんは、クリスマスになってからプレゼントをくれるんだなあ」

 と笑うジュリの肩には、雪が積もっていた。

「え…? ジュリちゃん、いつからここに……?」

「8時半から。昼間メール送ったんだけど、見なかった?」

「えっ……?」

 と、携帯電話を取り出そうとしたリーナ。
 視界に綺麗にラッピングされたビニール製の袋が飛び込んできて、手を止めた。

 ジュリが言う。

「はい、リーナちゃん。約束のプレゼント」

「え?」

 リーナは首をかしげる。
 何のことか思い出せず、ラッピングのリボンをほどいて袋の中を覗く。

「しゃ、しゃもじ……?」

 と眉を寄せたあとになって、リーナはようやく思い出した。

(せや、先月のミラちゃんたちの誕生日パーティーの日、うちジュリちゃんにクリスマスプレゼント何がいいか訊かれて……)

 ジュリが笑顔で続ける。

「あのね、それね、飛行機で睦月島のしゃもじ専門店に行って買ってきたんだよ♪」

「――」

「これね、とってもいいしゃもじらしいんだ! たくさん使ってくれると嬉しいな♪ あっ、でも、もし気に入らなかったら、また新しいの買いに行くからねっ?」

「――…ふ…っ……」

 と短く笑って、俯いたリーナ。
 さっきまでの怒りが、嘘のように消えて行った。

(こんなもののために、遠い睦月島まで? こんなもの、適当に言っただけなんに。たった今まで、言ったことすら忘れとったのに……)

 しゃもじの上に涙をぽたりぽたりと落とし、そして、

「リ、リーナちゃんっ……? ど、どうしたのっ? しゃもじ、気に入らなかった?」

 と困惑した表情で訊くジュリに抱きついて、泣きじゃくった。
 
 
 
 
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