第66話 『5番バッター、いきますっ……!』 中編


 正午前、ジュリはリーナに、ユナはミカエルにメールを送った。
 本日の夜8時半に、ある場所に来て欲しいという内容のメールを。
 そのある場所というのは、ジュリはリーナの自宅前、ユナは本日閉店しているレナ・ミヅキのドールショップの中。
 しかし、結局その日の夜――クリスマス・イブになっても、返信はなかった。

 待ち合わせ時間に、2人は来てくれるのか、来てくれないのか。
 来てくれなかったら、5番バッター・ユナの作戦はそこで失敗に終わってしまう。

 夜8時、ジュリがユナとマナの部屋のドアをノックした。

「ユナ姉上、僕はそろそろリーナちゃんとの待ち合わせ場所――リーナちゃんのお家の前に行きます」

「あっ、待ってジュリ! あたしも一緒にお家出る!」

 と、返事をしたユナ。
 ちょうど選んだ服に着替えたところだった。
 首に先日ミカエルから買ってもらった、ちょっと幼いネズミのネックレスをつけ、部屋から出る。

「玄関で待ってて」

 というなり、ユナは1階のキッチンへと駆けて行った。
 冷蔵庫の中から、ミカエルへのクリスマスプレゼント――ちょうど2人で食べきれるサイズの手作りクリスマスケーキの入った箱を取り出し、玄関へと向かう。
 当然ミカエルがリーナと食べるためのケーキではなく、ユナ自身とミカエルが食べるためのケーキだ。
 普段そんなに料理や菓子作りをしないものだから色々と苦戦し、見た目も良くないが、ミカエルの笑顔が見たくて頑張って作った。
 ミカエルが待ち合わせ場所――レナ・ミヅキのドールショップの中へと来てくれたら、そこで一緒に食べられたらいいなと、ユナは胸を膨らませる。

「お待たせ、ジュリ」

 とユナが玄関へやってくるなり、ジュリが口を開いた。

「ユナ姉上は、ミカエル様が待ち合わせ場所に来てくれると思いますか?」

「え?」とぱちぱちと瞬きをしたあと、ユナは答えた。「しょ…正直言うと、分からないの……。メールの返事、返ってこなかったし……」

 そうですか、と頷いたあとにジュリは続ける。

「僕は、リーナちゃんはきっと来てくれるって信じてるんです。ミカエル様が、ユナ姉上のところに行かなったとしても。もう何度も何度も、サンタさんに頼んだから。あ、でも、イブじゃ駄目かもしれませんけど。もしそうだったら、僕は明日のクリスマスもリーナちゃんが来るまで待ってます。そして僕がクリスマスプレゼントを渡したら……、リーナちゃん喜んでくれるかなぁ……」

 と、両手に大切そうに持っているしゃもじに目を落としたジュリ。
 リーナの喜んだ顔を思い浮かべ、胸を膨らませて微笑んだ。

「うん……、大丈夫。サンタさんはきっとリーナを連れて来てくれるし、ジュリからのプレゼントも喜んでくれるよ」

 とユナがジュリを抱き締めたあと、2人は見送りの留守番組――ハナとミラ、リン・ラン、ネオン、シュン、セナ、カノン・カリンに見送られながら自宅屋敷を後にした。

 そのあと、留守番組がリビングで食っちゃ飲みをしてから30分後。
 インターフォンが鳴り、ハナが黒猫の耳をぴんと立たせて立ち上がった。

「デートに行った皆が帰って来るには早い時間だね。皆、リビングから出たらならねーだよ? 悪い人かもしれねーだ」

 と言うなり、リュウに自宅屋敷の警備を頼まれていたハナは玄関へと駆けて行った。
 玄関の扉の前、右手の爪を光らせながら問い掛ける。

「どちらさんだべ?」

 帰って来た声は、男性のものだった。

「おや、初めて聞くレディの声だな」

 眉を寄せたあと、ハナはもう一度訊く。

「どちらさんだ!?」

「怒らないでくれ、レディ。ヒマワリ城からやってきた者だ」

「ヒマワリ城からっ?」

 と鸚鵡返しに訊いたあと、ハナは玄関の扉に背を向け、リビングにいる一同に向かって声を高くした。

「なあー、ヒマワリ城からのお客さんが来たみてえなんだけども! この人の声知ってるだかー!?」

 呼ばれたリビングにいる一同が玄関にやって来るなり、外の者の声に耳を傾ける。

「皆いるのか? 久しぶりだな、私だ」

「あっ」

 と、ミラやリン・ラン、ネオン、カノン・カリンが声を上げる一方、シュンとセナが声を揃えた。

「知らねーな。フシンシャだからドアあけるんじゃねーぞ」

「おんやまあ、お城の者だと名乗っておきながら不審者だか! これはすぐにリュウ様に連絡を――」

「おい、待て!」と、外にいる者が声を上げた。「貴様ら、にくにく憎たらしいリュウそっくりの孫だな!? 王に向かって、ふ、不審者とはなんだ、不審者とは!!」

「王様ぁっ?」

 とハナが声を裏返すと、ミラが慌てた様子で玄関の扉の鍵を開けた。

「あっ、ミラちゃん! 開けちゃ駄目だべよ!」

 とハナが止める前に、ミラが扉を開ける。

 するとそこに立っていたのは、ハナ以外の一同が想像していた人物――この葉月島の王。
 つまり、ミカエルやローゼの父親だ。
 ウェーブ掛かった長いブロンドヘアに、ブルーの瞳。
 甘い顔立ちを微笑ませ、ミラの手を取ってキスした。

「久しぶりだな、ミラ。リン・ランも、カノン・カリンも、相変わらず花も恥じらうほど美しく、愛らしい」

「イヤなのがきやがった」

 とシュン、セナが舌打ちする一方、頭を下げているミラとリン・ラン、ネオン、カノン・カリン。
 それを見たあと王の顔を見、ハナは目を丸くする。

「本物の王様だっただか! 言われてみれば、髪の毛と目の色はミカエル様と同じだし、声も似てるだよ!」

「これはこれは……、可憐なレディだな」

 と、王の視線がハナへと移った。
 ハナの手を取り、

「私はこの島の王だ。お見知りおき願う」

 と、ハナの手にキス。
 ハナはぼっと頬を染めながら、手を引っ込めて声を裏返した。

「は、ははは、はいですだっ! オ、オラの名前はハナですだっ……!」

「そうか、ハナか。ああ、済まないハナよ。そなたのような可憐なレディがいるとは知らず、私はそなたへのプレゼントを用意してこなかった」

「え?」

 とハナが王の手元に目を落とすと、荷物をぶら下げていた。
 中身はジュリたち家族へのプレゼントが入っているのだと察する。

「あっ、オラいりませんだ王様!」

「そんな悲しいことを言わないでくれ、ハナ。明日にでもそなたに似合うジュエリーを届けさせる。受け取ってくれるか?」

「えっ? えとっ……、あっ、ありがとうござますだっ!」

 と、ハナは困惑しながらも頷いた。
 王からの贈り物をいらないなんて言ったら、失礼極まりないことくらいは分かった。

 王はハナに笑顔を向けたあと、手にぶら下げている荷物の中からプレゼントを取り出し、それをミラとリン・ラン、カノン・カリン一人一人に手渡して行った。
 どうやらネオンとシュン、セナにはないらしい。
 もしかしなくても、この様子ではネオンとシュン、セナ以外の男たちにもプレゼントはないだろう。

 屋敷の中を見渡しながら、王は訊く。

「キラやサラ、ユナ・マナ・レナ、カレンはどうした? それから、私の可愛い娘――ローゼはどこだ? 今夜は葉月町に出て来れたからクリスマス・プレゼントを用意してきたのだが」

「申し訳ございません。皆出かけております」

 とミラが言うと、王が落胆したように溜め息を吐いた。

「そうか…、遅かったか。皆、男共に連れて行かれてしまったか……」

「申し訳ございません」

 と、今度はミラに加えてハナとリン・ランも声を揃えた。

「良い、気にするな。……って、ローゼは誰とどこへ行ったのだ?」

「えっ?」

 と、ハナとミラ、リン・ランはギクッとして声が裏返った。
 ここでシオンとデートへ行ったなんて本当のことを言ったら、まずいことになると察して。

 4人なんて答えようかと数秒の間考えたあと、ハナが答えた。
 もちろん、嘘の答えを。

「…シュ…、シュウくんとカレンちゃんが美味しいと評判のレストランに行くというから、着いて行きたいと言って着いて行きましただ、王様!」

「そ、そうそう!」

 とミラとリン・ランがハナに会わせると、王が再び溜め息を吐いた。

「そうか……、月に一度の舞踏会で顔を見れるだけではさすがに寂しくてな。ローゼが毎年喜んでくれるクリスマスプレゼントを用意してやってきたが、残念だ……。仕方ない、ローゼと、それからキラたちにも私からのクリスマスプレゼントを渡しておいてくれ」

 と、荷物をハナに手渡した王。
 車を待たせてあるからと中に上がらず、ジュリの自宅屋敷を後にした。

 その様子を玄関のドアから覗き込むようにして見送ったハナとミラ、リン・ラン。
 リン・ランが眉を寄せながら口を開く。

「ミラ姉上」

「何? リン・ラン」

「今、むかーし兄上のペットだった女が王さまの車に乗ってませんでしたかなのだ?」

「ええ、乗っていたわね、お妃さま――マリアちゃん。いえ、マリアさまね。ローゼさまのお母さま」

「ああ、ローゼ様の! どうりで髪の毛の色が一緒だと思っただよ!」

 と声を高くしたあと、はっとしたハナ。
 ミラとリン・ランの顔を見ながら疑問を口にした。

「…王様…、これからお城に帰るんだべか……?」

「それはないと思いますなのだ」と、リン・ラン。「今日はイブだし、マリアとデートするだろうですなのだ」

「だべか…、やっぱり……」

「それがどうかしましたかなのだ? ハナちゃん」

「いんや…、葉月町は広いし、大丈夫だと思うんだけんども……」

 シオンとローゼは、王に見つかったりしないだろうか……――?
 
 
 
 
 そろそろ時刻は8時半になろうか頃。
 ジュリとユナは、今か今かと愛しい人を待っていた。

 ジュリはその人のマンションの前、クリスマスプレゼントのしゃもじを握り、舞い始めた雪の中で白い息を切らせながら。

 ユナは本日閉店しているレナ・ミヅキのドールショップの中、端っこに置いてあるテーブルの上にクリスマスプレゼントの手作りケーキと、レナとミヅキが気を利かせておいて冷蔵庫の中に用意しておいてくれたスパークリングワインを用意して。

 待ち合わせ時間の8時半が回ったとき、2人は小さく溜め息を吐いた。

「来ないなあ……」

 だからと言って、帰る気にはならない。
 引き続き愛しい人が現れるのを待ちながら、2人は願う。

 愛しい人が、

(どうか、来てくれますように……)
 
 
 
 
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