第65話 『5番バッター、いきますっ……!』 前編


 クリスマス・イブの前夜。
 仕事も学校も休みの明日は、朝から最愛の人とデートということで、ジュリ宅の夫婦や恋人同士たちは今からわくわくとしていた。
 特に女たちは明日何を着ていこうかと、それぞれの部屋の中で早くも準備している。

 リュウ・キラ夫婦の部屋の中。

「なあ、リュウ? 明日の私の服は、どれが良いのだ?」

「そうだな。クローゼットの右端にある赤いコート……」

「分かっ――」

「の下に、裸リボン」

「はっ!?」

「水着・エロ下着と並んでおまえに似合うファッションだ」

「ちょ――」

「ああ、たまんねえぜ……!」

「待っ――」

「ほら見てくれ、ただでさええげつねー俺の金メダルを!」

「おいっ――」

「想像するだけで更にえげつねーことになっていく!」

「こらっ――」

「え? 早く突っ込んで?」

「言ってな――」

「ったく仕方ねーな、俺の可愛い黒猫はよ」

「リュ――」

「とりあえず明日のデートの時間が来るまでだが、足りないだなんてワガママ言わずに我慢しろよ」

「――いっ…、いっ、いっ、いっ、色々と待てぇぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇえぇぇええぇぇえええっ!!」

 シュウ・カレン夫婦の部屋の中。

「ねえ、アナタ? あたくしの明日のお洋服、どれがいいかしら?」

「何でもいいぜ。オレのハニーは何着たって可愛いからな。ぐふふ」

「あんもうっ、アナタったら! そんな本当のこと言われたら嬉しいじゃないっ♪ ヘイ、カモォォォン……♪」

「フィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」

 サラ・レオン夫婦の部屋の中。

「ねー、レオ兄。アタシの明日の服、このショーパンでいいかな?」

「うんうん。似合う似合う」

「明日の下着はこれなんてどう?」

「うんうん。可愛い可愛い」

「明日のピアスとネックレスはこれにしようかと思ってるんだけど?」

「うんうん。綺麗綺麗」

「明日のイトナミは正午前には始めるんだよね?」

「うんうん。その予定その予定――って、え……?」

「よし、決ーまりっ♪」

「――!!?」

 レナ・ミヅキ夫婦の部屋の中。

「ねえ、ミヅキくん。出来た出来たっ? 明日のあたしのお洋服っ……」

「ちょっと待ってね。…………はい、出来たよ」

「きゃーっ、可愛いーっ! 着てみようっと♪」

「試着しなくても、ちゃんとレナにぴったりに作ってあるから大丈夫だよ」

「分かってるけど、いーの♪ 着てみたいんだもんっ♪ …………えへへ、どうかな。似合う?」

「うん、凄く似合うよ。ああ……、ぼくのお嫁さんはなんて可愛いんだろう。もうダメ。おいで、レナ」

「えっ…!? い、今着たばっかりなのに、脱がさなっ…、あっ、ミヅキく――」

 と、夫婦たちがバカ全開になっている頃。
 シオン・ローゼの部屋の中。

「明日のローゼのお洋服、どーれがいいっかにゃあぁぁぁぁぁぁんっ♪」

 とクローゼットの前、寝巻き姿ではしゃいでいるローゼ。
 それを見ながら、もう寝る準備万端でベッドに入っているシオンが口を開いた。

「ミニスカ希望」

「もうっ」と、ローゼが少し赤面しながらシオンの顔を向けた。「ミニスカ、ミニスカって! ドスケベにゃんだからっ!」

「まあな」

 と返したあと欠伸し、瞼を閉じたシオンを見てローゼはぱちぱちと瞬きをした。

「今日はもう寝るのにゃ?」

「ああ…、明日の分の修行もやって疲れた……」

 ローゼはそうかと頷くと、シオンの希望通りミニスカートとそれに合わせたカットソー、コートをクローゼットから取り出し、ハンガーで壁に掛けた。
 そのあと電気を消しベッドの中に入ると、シオンが一瞬瞼を開いて片腕を伸ばした。
 いつも通りそれに頭を乗せ、ローゼは再び口を開く。

「ねえ、シオンさん。ジュリさんもユナさんも、明日はどうするのかにゃ」

「さあ…? 例の作戦で、ユナ姉がミカエルと会ってる隙に、ジュリ兄はリーナと会うみてーなこと言ってたけど……」

「ユナさん、兄上と無事に会える約束できたのかにゃ」

「どうだろうな…、リーナがそう簡単にはいかせねーんじゃねえか……」

「そうかにゃあ、やっぱり」

「ああ……」

 と返事をするなり、夢の中に誘われていったシオンが規則正しい寝息を立て始める。
 それを見て少しムッとして唇を尖らせたローゼ。

「忘れてるのにゃっ」

 と、シオンがいつもしてくれる『おやすみのキス』をしてから瞼を閉じた。
 その後、シオンを追って夢の中に入っていく。

(明日……、ジュリさんがまた落ち込むような結果にならないといいにゃ……)
 
 
 
 
 ユナとマナの部屋の中。
 マナが恋人・グレルとの明日のデートへ行く服を選んでいる一方、ユナもミカエルと会えた場合のことを考えて服を選びつつ、たびたび携帯電話を見つめていた。
 その傍らには、ジュリとハナの姿もある。

「ミカエル様からのメールの返信、まだですか? ユナ姉上」

 とジュリが訊くと、ユナが焦った様子で答えた。

「もうちょっと、もうちょっと待ってねジュリ! 明日のイブと、明後日のクリスマスの分の仕事もやってるみたいだから、きっと仕事が忙しくて返信できないんだと思う」

「そーかあ。早く連絡ほしいだね」と、ハナ。「早くリーナちゃんとミカエル様が明日何時から会うのか教えてもらわないと、ユナちゃんの作戦が前に進めないだよ」

 5番バッター・ユナの作戦――ユナがミカエルを呼び出して会っている隙にジュリはリーナと会い、クリスマスプレゼントを渡してリーナを喜ばせ、そして少しでもリーナに近づいてくる、というものである。

 ハナが続ける。

「つまり、ジュリちゃんがリーナちゃんにプレゼントを渡せるだけの時間があればいいだね? なら、何とかなるかもだべ」

「うん、そうなんだけど……」

「だけど?」

 と、ジュリとハナが声を揃えてユナの顔を覗き込んだ。

「あたしとしては、長い間ミカエルさまと会っていたいな……って。クリスマス・イブっていう特別な日だからってのもあるし、そんな日だからこそリーナとミカエルさまは…その……」

 首をかしげるジュリの傍ら、ユナの心境を察したハナがうんうんと頷いた。

「リーナちゃん、素敵なホテルとか、ミカエル様のお部屋に泊まることになりそうだべね」

「う、うん…、もしかしたら、二人はもうすでにそういう関係なのかもしれないけど、阻止したいっていうか……」

「だべねえ……。でも、難しそうだべ」

 頷いたユナ。

「とりあえず、明日ミカエルさまがあたしとの待ち合わせ場所に来てくれたら嬉しいな……」

 そう言って、再び携帯電話に目を落とした。
 ジュリ・ハナと共に、ミカエルからの連絡を待つ。

 が、先にマナが眠り、0時を回り、深夜になっても、夜明け間近になっても連絡が来ず。
 そのうち3人とも眠りに落ち。

「そろそろ起きなくていいの…? ジュリ、ユナ、ハナちゃん…。あたしももう出かけるよ…」

 とマナに身体を揺すられて3人がはっとして飛び起きると、時刻は午前11時半だった。

「――!?」

 仰天し、一斉にユナの携帯電話に目を向ける。

「わぁあぁぁああ、どうしてこんな時間にぃぃぃぃっ! ユナ姉上、ミカエル様からのメールは!?」

「今日は朝から出かける人たちが多くて、朝食は揃って食べられねえもんだから、それぞれ好きな時間に起きるってこと忘れてただよ! なあユナちゃん、寝てる間にミカエル様から電話来てたりしてねえべか!?」

「ちょっと待って、今確認するっ……!」

 と、ユナ。
 眠っているうちに手から離れていた携帯電話を手に取り、メールや着信履歴をチェックする。
 そして困惑した。

「…ま…まだ着てない……。も、もしかして、今日中に連絡来ないんじゃ……」

「ええっ!?」

 とジュリとハナが声を上げたときのこと。
 手の中で携帯電話が震え、「あっ」と声を上げたユナ。

「き、来た! 来たよメール! ミカエルさまから!」

 なんて返信が来たのかとジュリとハナから訊かれる前に、メールを声に出して読む。

「えと…、『返事が遅れて済まない。リーナとは今から会うが、それがどうかしたか?』……って、ええ!? 今から!? 夕方辺りからリーナと会うっていうなら、ミカエル様と待ち合わせ時間とか色々相談できたけど、今からじゃもう……!」

「まだ分からないべよ、ユナちゃん!」と、ハナ。「ジュリちゃんのためにも、早くミカエル様にメールするだよ、メール! 電話でなくて、メール! 今電話かけたら、リーナちゃんに聞かれる可能性も高いからね!」

「う、うんっ……!」と頷いたあと、ユナは狼狽しながら訊く。「ね、ねえ、ジュリはリーナと何時頃に会いたい!?」

 ジュリが少しの間考えたあとに答える。

「そ、そうだなあ、僕いっつもイブ――クリスマスの前夜にリーナちゃんにプレゼント渡してたから、今日の夜ならいつでもいいです」

 それなら、とハナが続く。

「夜の8時とかどうだべ、ユナちゃん?」

「ディナー食べてる時間のような気もするっ……!」

「んだば、8時半は?」

「よ、よし…、まだディナー中の気がしないでもないけど、夜の8時半にしようっ……! ちょっとくらい待たされてもいいやっ……! あたしは8時半にミカエルさまに来てってメールするから、ジュリも同じ時間にリーナに来てってメールして!」

 頷いて承諾したジュリ。
 リーナとの待ち合わせ場所はどこにしようかと考える。

「う、うーん……。ユナ姉上は、どこでミカエル様と待ち合わせする予定ですか?」

「レナとミヅキくんのドールショップの中。今日は閉店してるから、鍵を借りてあるの。そこなら、2人きりになれるから」

「そうですか。僕も、リーナちゃんと2人きりになれる場所でプレゼント渡したいなあ……。…そうだ、それじゃあ僕は、リーナちゃんのお家の前で待ち合わせすることにします」

「分かった。それじゃ、5番バッター、いきますっ……! ジュリ、早くリーナにメールを! あっ、待ち合わせ場所にはちゃんと『一人で来て』ってことを書いておいてね?」

「はい、ユナ姉上」

 と、頷いて承諾したジュリ。
 ユナがミカエルにメールを送信してから数秒後、リーナにメールを送信した。

(どうか、リーナちゃんが来てくれますように……)
 
 
 
 
 リーナのことは0時前には家へと帰したが、自分は朝方まで仕事をしていたミカエル。
 城へと帰ってきて自分の部屋に入るなりバタンキュー。
 リーナと会う約束の時間の30分前に目が覚め、慌ててシャワーを浴び、服を身にまとった。
 コートの左側のポケットにリーナへのクリスマスプレゼントをしまったあと、右側のポケットに携帯電話をしまおうと思ったときのこと。

(そういえば、昨日は忙しさのあまり返信出来なかったが、ユナからメールが来ていたな)

 と思い出し、もう一度ユナからのメールの内容を見た。

『明日、リーナと何時から会うの?』

 ミカエルはリーナが瞬間移動で迎えに来る城門へと走って向かいながら、ユナへの返信メールを作成。
 そして送信すると同時に、城門へと辿り着いた。

 遅刻したわけではないが、リーナは先に瞬間移動でやって来ていたようだ。

「悪い、待たせたか」

「ううん、うちもついさっき来たところや。昨夜はうちが帰ったあとに仕事一人で引き受けて、大丈夫やった?」

「ああ、大丈夫だから気にするな。それにしても、今日は一段と可愛いなリーナ」

「ほんま? ありがとう」と嬉しそうに笑ったあと、リーナはミカエルの携帯電話へと手を伸ばした。「なあ、ケータイ貸してや。さっき、誰とメールしてたん?」

「ん? ああ、ユナだ。昨日メール着てたんだが、忙しくて返信できなくてな」

 と言いながらミカエルがリーナに携帯電話を渡した。
 それを受け取るなり、電源を切ったリーナ。

「デートなんやから、電源は切っといてーな♪ ほら」と、自分の携帯電話を見せて続ける。「うちも電源切ってあるから」

「ああ、分かった」

 と承諾したミカエル。
 電源の切られた携帯電話を右ポケットの中にしまった。

「それで、まずはどこに行くんだ? 今日のデートプランはリーナが考えてくれるというから、楽しみにしていたんだが?」

「あのな、隣の文月島の文月町でデートすんねん!」

「文月町で? てっきり葉月町で遊ぶのかと思っていたぞ」

「いっつも葉月町でデートなんやから、たまには他の島の町でもデートしてみたいやん♪」

「それもそうだな」と同意して笑い、ミカエルはリーナの手を取った。「それじゃ、行くか!」

「うんっ!」

 と笑顔を返したリーナ。
 ミカエルの手を握り返し、次の瞬間には隣の島――文月島の文月町に移動した。

 リーナが葉月町ではなく、文月町を選んだ理由。
 たまには他の町をデートしてみたいからというのも本当だが、

(葉月町でデートしとったら、ユナちゃんに見つかって邪魔されそうやから)

 それが真の理由だった。

(きっとミカエルさまと会う約束でもしようと思ったんやけど、そうは簡単にいかせへんで、ユナちゃん……)
 
 
 
 
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