第64話 クリスマスプレゼント 後編
飛行機で約8時間掛けてジュリとハナが睦月島に着くと、季節は夏だった。
コートを脱ぎ、ジュリとハナは半そでになって睦月空港から出た。
タクシーに乗って睦月町へと向かい、そこでショッピングをしつつ目的地へと向かう。
「んーと、『しゃも爺』さんはこの辺なんだけどな」
「……。…しゃもじ専門店とはいえ、もうちょっと捻るだよ作者……」
「あっ! ここだ! って、わあぁっ! お爺さん、お店閉めないでくださいっ!」
とジュリがしゃもじ専門店『しゃも爺』に駆け寄ると、そこの店主と思われる老爺が振り返った。
店のシャッターを閉める手を止め、ジュリを見て目を丸くする。
「おや…、これはこれは……」
驚かれるのは当然だった。
この世の英雄・キラと同じ顔をしているジュリだから。
「お店を閉める前に、買い物させて頂いてもよろしいですか?」
老爺は快く承諾すると、閉じかけたシャッターを再び開けてジュリとハナを店の中へと招き入れた。
ジュリはハナと共に様々なしゃもじの並べられた店内を回りながら、老爺に問い掛ける。
「おススメのしゃもじはどれですか?」
「そうですねぇ……、もちろん漆塗りの高級しゃもじもおススメですが。当店限定の竹炭しゃもじはいかがでしょうか」
「竹炭しゃもじ?」
「ええ。最近はご飯のくっ付かぬよう防止しているしゃもじを良く見かけますが、この竹炭しゃもじはよりくっ付かず、さらにご飯を美味しく保つことが出来ると好評を頂いております」
と老爺が黒いしゃもじ――竹炭しゃもじを取って、ジュリに見せた。
老爺の話を聞きながら「へえ」と声を高くしたジュリ。
それをリーナのクリスマスプレゼントにすることにした。
しかしプレゼント用のラッピングは行っていないということで、そのしゃもじを買って店を出てからラッピング専門店に向かう。
そして買ったしゃもじを可愛らしく華やかにラッピングをしてもらって、ジュリはそれを両手に持って見つめながら胸を膨らませた。
「リーナちゃん、喜んでくれるかなあ」
「きっと喜んでくれるだよ、ジュリちゃん」
とハナが微笑むと、ジュリも微笑んだ。
リーナが嬉しそうに笑う表情が瞼にちらつく。
「ハナちゃん、僕ね、リーナちゃんにはやっぱりクリスマス・イブにプレゼント渡したいんだ。いつもみたいに」
「うん」
「どこかで待ち合わせしたいんだけど、来てくれるかな。ユナ姉上が会えるように協力してくれるって言うし、クリスマス・イブにリーナちゃんにプレゼント渡せるかな……」
「うん、きっと来てくれるだよ」
と再び微笑んだハナの表情を見て頷いたあと、ジュリは空を仰いだ。
(イブじゃ駄目かもしれないけど……、サンタさん、僕のところにリーナちゃんを連れてきてください)
その頃の葉月島・ジュリ宅。
夕方、仕事を早めに終えたユナは、自宅屋敷に帰るなりシャワーを浴びた。
二流ハンターとて、戦闘は少なくない。
冬にも関わらずびっしょりと掻いた汗を流し、甘い香りのシャンプーで髪の毛と黒猫の耳を洗ってバスルームから出る。
同室のマナがまだ大学から返っていない部屋の中、ユナはクローゼットの中から大量に服を取り出してベッドの上に並べた。
(これからミカエルさまと2人で会うってなると、なんだかデートみたいだよねっ……! 何着て行こうっ……!)
と、あれやこれやと着替え、1時間後。
(初デートはやっぱりミニスカかな)
なんて思って、黒いツィード素材で出来たそれを身に着けた。
鎖骨まである銀髪を入念に櫛で整え、ミカエルの姿を思い浮かべながら、普段はほとんどしないメイクをドキドキとしながらしてみる。
もともときめ細かな肌がより綺麗に見えるようにパウダーをふんわりと叩いて、付け睫毛をつけているかのように長い睫毛にマスカラを塗る。
アイブロウで眉をなだらかなアーチ方に整え、可愛らしく見えるように頬に丸くチークを乗せた。
唇にはチェリーの香りのするグロス乗せ、マスカラの乾いた睫毛をビューラーでくるんと上向きにカールする。
(メイクが不慣れで、アイシャドウやアイラインは使えなかったけど……。ちょっとはミカエルさまに、いつもより可愛いって思ってもらえるかな)
そんな淡い期待を胸に抱きながら、ユナはお気に入りの腰に大きなリボンのついた可愛らしい白いコートを身にまとった。
小走りで緩やかな螺旋階段を下りて、足首にリボンの付いたブーツを履く。
そして見送りに来たキラやミラに向かって「いってきます」を言ったあと、自宅屋敷を後にした。
ミカエルとの待ち合わせ場所は、葉月町の中央ー―キラの銅像前。
葉月町へと続く一本道を早足で歩いて行ったユナは、ミカエルとの待ち合わせ時間に30分も早く着いた。
だが、こうしてまだかまだかと待っている時間も悪くない。
「あれ、早いなユナ」
とユナの背後から仕事帰りだろう姿で現れたミカエルは、待ち合わせ時間の10分前にやって来た。
「う、うんっ…、仕事が早く終わってっ……!」
「そうか。待たせて悪かったな」と言ったあと、ミカエルはユナの全身を見渡した。「ユナの後ろの方からやって来たから見ていたが、腰のリボンがシャレたコートだな。あ、今日はメイクもしているな。外出するとき、いつもそんな感じなのか?」
と訊かれ、ユナは頷いたあとに戸惑いながら訊いた。
「へ…変かなっ……?」
ユナはどきどきとしながら待つ。
ミカエルは、なんて言ってくれるだろう?
「いや、可愛いと思ってな」
そんなミカエルの言葉に、ユナは笑顔を咲かせた。
自分なりに頑張ってきて、良かったと思う。
リュウ以外の男に褒められて、こんなに嬉しいのは初めてのことだった。
照れくさくなってミカエルから目を逸らし、「えへへ」と笑ったあと、ユナは歩き出した。
「それじゃ、行こっか、ミカエルさまっ……!」
目的地――リュウご用達の、宝石専門店へ。
「いや、その、ユナ……」
「ん? どうしたの、ミカエルさま?」
「リーナへのクリスマスプレゼント――ペアリングはどういうものが良いか選ぶのを手伝って欲しいと言ったのは私なんだがな……?」
「うん?」
「高くないか!? この店!?」
とのミカエルの言葉に、ユナはそうだったかもと今さらになって思った。
「ご、ごめんなさい、ミカエルさま。パパはいっつもママやあたしたち娘、孫娘にジュエリー買うとき、いっつもここ来るからっ……!」
「そ、そうか、さすがリュウだな。とてもじゃないが、一般庶民が近寄れる店じゃないぞ……」
「って、そういうミカエルさまは王子さまじゃない?」
「そうなんだが、私は自分で稼いだ金でリーナに贈り物をしたいと思っている。ミラたちの誕生日パーティーの以降、リーナの仕事が終わったあとにリンクに仕事をもらって稼いで来たが、こんな大金は稼げなかったぞ……」
とミカエルの目線の先にあるのは、120万ゴールドのジュエリーである。
超一流ハンターにならばすぐに稼いでこれる額であるが、まだ弟子の身分で、さらに王子が故にリンクからあまり高額な報酬の仕事――危険な仕事が与えられないだろうミカエルには、とても厳しい値段だった。
「だ…大丈夫だよ、ミカエルさま……! このお店だって最近、10万ゴールド切るものだってあるみたいだし!」
「そうか、それならば良いが……」
と、ミカエルは小さく安堵の溜め息を吐いて、店内を物色するユナのあとを着いていった。
「リーナがより喜んでくれるようなペアリングを頼むぞ、ユナ?」
「うん」
と、笑顔を返したユナ。
正直一瞬、リーナのまったく好みじゃないリングを選んでやろうかと思った。
だけど、
「ああ、これもリーナに似合いそうだ」
そんなことを言いながら度々微笑むミカエルを見ていたら、そんなことは出来なかった。
不本意だが、胸を痛ませながらも懸命に選ぶ。
リーナに似合い、さらにリーナが喜んでくれそうなリングを。
「――あ……、これが良いんじゃないかな、ミカエルさま。このレディースの方に、大きめの黄色い石がついたリング。メンズ・レディース会わせて40万ゴールドで、お手頃でしょ?」
「おお、レディースにはシトリンがついてるのか。しかし、少し石が大きくないか?」
「ううん、これくらいでいいと思う。超一流ハンターで副ギルド長の娘であるリーナだけど、ミーナ姉のお陰で苦労してるから。大きな宝石に憧れてるみたい」
「そうか。よし! この綺麗なイエローはリーナによく似合うし、これにするぞ!」
と決めたミカエル。
店員を呼び、選んだペアリングを購入した。
クリスマス限定の包装紙でラッピングされているそれを見つめながら、優しく微笑む。
それを見ながら、
(リーナの喜ぶ顔を思い浮かべてるのかな……)
なんて思って、胸を痛ませたユナ。
今にも崩れてしまいそうな作り笑顔を隠すようにミカエルから顔を逸らし、店内のジュエリーを見て回る。
(いいな、リーナは……。いいな……)
そんなことを頭の中で繰り返しているうちに、ユナの目の前のジュエリーがぼやけ出した。
(やばい…、こんなところで泣くな、あたし……!)
と、とあるショーケースの前で立ち止まり、ユナが手の甲で涙を拭ったとき、頭の上に温かいものが重なってきた。
何かとユナが後方に振り返ると、そこにはミカエルの姿。
頭の上に乗っているのは、ミカエルの手だった。
ユナの顔を見て「ぷっ」と短く笑い、ミカエルは訊く。
「まったく……、どれが欲しくて泣いてたんだ?」
「えっ……!?」
と、声を上げたユナ。
別に欲しいジュエリーがあったわけでもないのだが、ここで泣いている理由を訊かれないようにと、狼狽しながら適当にショーケースの中を指差す。
「え…、えと、これっ……!」
と、ユナが指差したものは、ユナの年齢には少し幼いかもしれないネズミのデザインのネックレス。
それを見たミカエルが再び笑う。
「なんだかローゼと変わらないな。以前から思っていたが、もう一人妹を持った気分だぞ」
「いっ…、妹っ……!? や、やだ、ひどいっ! あたしの方がミカエルさまよりお姉さんなのにっ!」
と頬を膨らませるユナを見てさらに笑ったあと、ミカエルは手の空いている店員を呼んだ。
そして、ユナが適当に指したネズミのネックレスを購入する。
「すまない、これも包んでくれるか?」
店員が承諾してラッピングへと向かうのを見ながら、ユナは声を高くした。
「えっ? ミカエルさま、あのネックレス、もしかしてっ……?」
「もちろん、ユナへのクリスマスプレゼントだ。なぁに、気にするな♪ 10万ゴールドで、ぎりぎり間に合う。今日付き合ってくれた礼だ」
「――…う…うんっ、ありがとうっ……!」
とユナは頬を染めて笑った。
胸が歓喜に鼓動を上げる。
リーナへのプレゼントとは違い、決して深い想いが込められているわけではないと分かっているし、ネズミが好きなわけでもない。
それでも、ミカエルがプレゼントしてくれたというだけで嬉しかった。
店を出たあと、自宅に帰るまで待ち切れずネズミのネックレスの包み剥がしていく。
「子供か、おまえは」
とミカエルにおかしそうに笑われたユナだったが、包みを剥がしてバッグにしまい、そして現れた長方形の箱の蓋を開けて瞳を輝かせた。
ユナの表情を見たミカエルが箱の中からネックレスを取っていう。
「まったく仕方ないな。ほら、背を向けろ」
ユナは承諾すると、鎖骨まである後ろ毛を両手で上げた。
そしてミカエルにネックレスをつけてもらい、くるりとミカエルに振り返る。
「えへへ、似合う?」
「ああ、似合うな。……幼いおまえに」
「――って、一言余計っ! あたしの方がお姉さんなんだってば!」
と、再び頬を膨らませたユナ。
これからついでにローゼへのクリスマスプレゼントを買いに行くというミカエルに着いて行きながら、鼓動を高鳴らせていた。
やっぱり、とてもとても、ミカエルのことが好きだと思った。
(ねえ、ミカエルさま…? クリスマス・イブって特別な日に、少しだけでいいからあたしと会ってくれる……?)
次の話へ
前の話へ
目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ