第61話 王子との初キスは強制的に


「城に帰る前にちょっとうちに寄って行かない?」

 そう電話の向こうのミカエルに言ったサラに、ユナは「ええっ!?」と声を上げて仰天した。
 ちょっと待ってくれと続けて言おうとしたが、サラに口を塞がれて言えず。

 サラがミカエルと二言、三言話して電話を切る。
 そのあとようやく口から手を離してもらい、ユナは狼狽しながら声を上げた。

「サ、サラ姉ちゃん!? な、何考えてるの!?」

「何って、別に? あんたの心境をアタシが伝えてやったっていうか?」

「そっ…そりゃ、ミカエルさまに会いたいし、話したいけどっ……!」

「じゃーいいじゃん。何慌ててんの。親父もまだ舞踏会から帰ってきてないことだし、今のうちにミカエルと2人きりになっときなよ」

「話すって何を!?」

「さあ。まあ、向こうから話振ってくるっしょ」

「…で…でも、その話ってたぶん……」

 ユナは困惑した。
 ミカエルがユナに話題を振ってくるとしたら、それはきっと今日の昼間のことだろう。
 きっと、今日の昼間にユナとリーナの間に何があったのか訊いてくるに違いない。
 さっきもそのことを電話で訊かれたばかりだし。

(訊かれたら、あたし何て答えればいいの? あたしの気持ち、まだミカエルさまにバレたくないよ……)

 ユナの表情を見て、サラが続ける。

「まあ、ミカエルは真っ先に今日あんたとリーナの間に何があったのか訊いてくるだろうね。そしたら、アタシが適当なこと言って誤魔化すよ。んでそのあとに、あんたと2人きりにさせるから頑張って。色々と」

「あ…ありがとう、サラ姉ちゃんっ……。って、色々頑張るって?」

「キスシーン見せ付けられてショックだったなら、あんたもミカエルとキスすればちょっとは傷が癒えるかと思って」

「――へっ!?」と、声を裏返し、ユナが赤面して声を上げる。「で、で、で、出来るわけないよ! そんなサラ姉ちゃんみたいに強引じゃないもん、あたし! パパ以外の男性と親しくするのだって、初めてなのにっ……!」

「冗談だって」と笑ったサラ。「あんたここで待ってな。ミカエルがやって来たら、ここまで連れてくるから」

 と言って、部屋の中にいたジュリとレオンを引っ張って部屋から出て行った。

(ちょ、ちょっと待って……! な、何話そうっ!? ミカエルさまと、何話そうっ!?)

 と、ユナがあれやこれやと考えながら、サラ・レオンの夫婦部屋をうろうろと歩き回って10分後。
 インターホンが鳴った音が、黒猫の耳に聞こえてきた。

「――き、ききき、来たぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁあっ!」

 と狼狽し、部屋の中をきょろきょろと見回し、逃げ込むようにサラ・レオンのダブルベッドに潜り込んだユナ。

(わぁあぁぁあぁ、何話せばいいのおぉぉおぉお!?)

 パニック寸前。
 一階の玄関の方から、サラ、ミカエルと交互に声が聞こえてくる。

「いよーう、ミカエル! 久しぶりだね! 急に呼び出してゴメーン♪」

「ああ、久しぶりだな。っていうか、あんまり悪いと思っていないだろう、サラ」

「やだな、思ってるって♪」

「まあ、いいが。私もユナと話したいことがあるんだ」

 そんなミカエルの言葉に、ユナの胸がドキッとした。
 サラが言う。

「ああ、それって今日のリーナとの出来事のこと?」

「ああ。リーナが何も話してくれなくてな。気になって仕方ないんだ。ハナはちょっとした喧嘩だろうと言っていたが、どうもそうは思えなくてな」

「別に心配するほどのことじゃないよ。ハナちゃんの言うとおり、本当にちょっとした喧嘩だし」

「そうか、それならいいんだが。……って、ユナもついさっきまで泣いていたみたいじゃないか。やっぱりちょっとした喧嘩じゃ――」

 あはは、とサラの笑い声がミカエルの言葉を遮った。

「知っての通り、うちのユナは泣き虫だからね。ご飯のとき嫌いなものが入ってるだけで泣くような子だし、気にしなくていいよ」

「そうか」

 と、今度はミカエルのおかしそうに笑う声。
 そのあと、ミカエルが「それで」と話を切り替えた。

「私を急に呼び出したのは、何の用なんだ? よっぽどのことか?」

「いやあー、あんた最近顔見せないものだから、どうしてるのかと思って。あんたはもう赤の他人じゃないし、アタシたち家族も長い間顔見れなかったら心配になるってもんだよ」

「そうか、嬉しいことを言ってくれるな。リーナの仕事が忙しくても、これからはちょくちょく顔を見せることにするぞ」

「うん、そうしてよ。ユナなんか、特にあんたのこと気にしてたし」

 とのサラの言葉を聞いたユナ。

(サ、サラ姉ちゃん、そんなあたしの気持ちがバレるようなことをぉぉぉぉぉっ……!)

 とますます狼狽したが、どうやらミカエルはそれに気付いていない様子。

「そうか。ユナとは結構接して来たからな。心配かけてしまったな」

「ユナ、今アタシとレオ兄の部屋にいるからさ、会って行って。おススメのビール持って行くからさ!」

 と、サラがキッチンの方へと駆けて行ったのが分かった。
 その後、ミカエルが2階へと続く緩やかな螺旋階段をゆっくりと上ってくる足音が聞こえてきて、ユナの鼓動が上がっていく。

(ミ、ミカエルさまが来るぅぅぅぅぅぅぅ! ど、どどど、どうしよぉぉぉぉぉう! 何話そぉぉぉぉぉぉう!)

 それから十数秒後。

 コンコン

 と、ドアをノックする音。

「はっ…、はいぃぃぃ!?」

 とユナが声を裏返しながら返事すると、ミカエルの声が返ってきた。

「私だ。ミカエルだ」

「ミ、ミミミ、ミカエルさまぁー!?」

「ああ。中に入ってもいいか?」

「どっ……、どどど、どうぞぉぉぉぉぉっ!」

 とのユナの返事を聞いて、サラ・レオン夫婦の部屋のドアを開けたミカエル。
 開けるなり、ベッドに潜っているユナを見てぱちぱちと瞬きをした。

「どうした、ユナ。具合でも悪いのか」

「えっ!? えと――」

 そうじゃない。

 と言おうとして、はっとして思い直したユナ。

「…う…うん……、少し」

 そう嘘を吐いた。
 少し罪悪感があった。
 しかし、そう言った方が会話が続きそうだったし、何よりミカエルが長い間傍にいてくれる気がしたのだ。

 案の定、

「何、大丈夫か?」

 と声を大きくし、ミカエルが心配顔になってユナの元へと寄ってきた。
 ミカエルの手が額に触れてきて、ユナの頬が染まる。

「熱はないようだが……」

「う、うん、ハーフだから、熱が出ることは滅多にないんだけどっ」

「そうか。でも顔が赤いな」

「えっ? き、気のせいっ」

 と言ったあと、ベッドの端っこに寝ていたユナは身体の位置を少しずらした。
 そしてベッドに出来たスペースを手でぽんぽんと叩いて言う。

「立って話すのも何だから、ここに座ってミカエルさま」

「それじゃ、少し邪魔するぞ」

 とミカエルがユナが叩いた場所――ベッドの端に腰掛けた。

 ベッドの中、少し膝を曲げて横臥しているユナの鼓動が心地良く波打つ。
 ブランケット越しではあるが、ミカエルの身体と己の脚が触れていて。

「お待たせー♪ はい、おススメのビール♪」

 と、2つの大ジョッキにビールを注いで持ってきたサラ。
 ユナを見るなり、ぼそっと呟いた。

「あー、なるほど。病気のふりして構ってもらおう作戦か……」

 それは人間の耳を持つミカエルには聞こえてなかったが、ユナの黒猫の耳には聞こえている。

(お願い、サラ姉ちゃん。協力してっ……)

 と目で訴えるユナを見、小さく頷いて承諾したサラ。
 ミカエルにビールの入った大ジョッキを渡したあと、ユナを見ながら訊いた。

「大丈夫? ユナ。起きられる? あんたの好きなビール持ってきたよ」

 ミカエルが口を挟む。

「なあ、アルコール飲んだらますます具合悪くならないのか?」

「酒は百薬の長って言うじゃん」

「そ、そういうものか?」

「そういうもの、そういうもの! ほら早くミカエル、ユナの身体起こしてやって」

 とサラに催促され、ミカエルが片腕でユナの身体をそっと抱き起こす。
 そしてミカエルが腕を離そうとしたとき、サラが言った。

「おおーっと! そのまま、そのまま。ユナから腕放さないで、ミカエル。ユナたぶん、支えられてないと倒れちゃうからさ」

「おい、そんなに体調悪いのか」

 とミカエルがユナに顔を向けると、ユナは戸惑いながらも頷いた。

「…う…うん…、そうかもっ……」

「そうか、可哀相にな。リュウが舞踏会から帰ってくるまで頑張れ」

 と、ミカエル。
 ユナの身体を片腕で支えつつ、もう片手に持っているビールを飲む。

(あたし、嘘吐きだ)

 と、再び罪悪感に苛まれたユナ。
 でも、

(嘘を吐くのが、癖になりそうだ)

 だって、

(嘘を吐けば、ミカエルさまが傍にいてくれる)

 そんなことを学んだから。

 ユナもビールを飲み始めると、サラが再び去って行った。

「んじゃミカエル、親父が帰ってくるまでユナのことよろしくね。アタシこれからやらなくちゃいけないことあるからさ」

 そう言い残して。

 何を話せば良いのか困惑していたユナだったが、サラが言っていた通りミカエルの方から話を振ってくれた。

「来月はクリスマスだな」

「あ、うん……、そうだね。ミカエルさまはやっぱり、リーナとデートするのっ……?」

「ああ。サンタクロースになって、リーナにプレゼントを届けてやるんだ」

 そう言って笑うミカエルの顔を見て、ユナは胸を痛ませる。
 リーナが、羨ましかった。

「へ、へえ。リーナは、サンタさんに何もらうの?」

「サンタクロースがリーナのために選んだものならば、何だって良いと言っていたからな。さて、サンタクロースは何を買えばいいものか。何だって良いと言っても、やはり喜んでもらえるものを送りたいからな」

 と悩んだ様子のミカエルを見た途端、ユナの口は言っていた。

「あたしがサンタさんのお手伝いするよ。リーナは妹みたいなものだし、リーナの欲しそうなものとか分かるから」

「おお、そうか! それは有難いな! それじゃ、リーナへのプレゼントを買いに行くときユナに電話かメールするからよろしくな」

「うん、任せて」

 と笑ったユナ。
 少し安堵した。

(またミカエルさまと会う約束が出来た)

 それから他愛無い話をして、20分後。
 玄関の方からリュウの声が聞こえてきた。
 ユナの黒猫の耳にははっきりと、ミカエルの人間の耳には微かに。

「今帰った。さあ、俺の可愛い黒猫に娘、孫娘よ。俺の胸に飛び込んで来い」

 その命令に従いキラやミラ、カノン・カリンが玄関へと駆けて行く一方、ミカエルがユナをベッドに寝かせ、腕を放した。

 それまで笑顔だったユナの笑顔が消える。
 帰って来た大好きなリュウにもちろん文句を言うつもりはないが、もう少しミカエルと話していたかった。

「リュウが帰ってきたし、もう大丈夫だな」

「う、うん……」

「それじゃ、私はそろそろ失礼するぞ。またな」

 と、立ち上がったミカエル。
 袖が引っ張られ、何かと目を落とすとユナに引っ張られている。

「ん? どうした、ユナ?」

「あっ、えとっ…、ごめんなさいっ……!」

 一体己は何をしているのかとユナが慌てて手を離したとき、再びサラが部屋に入ってきた。

「親父帰って来たよ。ユナの相手ありがとね、ミカエル」

「ああ。これくらいのこと構わない」とサラに言ったあと、ミカエルはユナに顔を戻した。「それじゃ、またな」

「うん……、また」

 と笑顔を見せながらも、少し寂しそうな目をしているユナ。

 それを見たサラが、にやりと笑い。

「おおーっと、転んだぁぁぁぁぁぁぁ!」

 と豪快に転んだ振りをし、前方に倒れて行くと同時にミカエルの後頭部をガシッと鷲掴みにし。

「うわっ!?」

 と仰天して声を上げたミカエルの顔を、ユナの顔目掛けて押し付けた。

「あ、ごめーん。わざとじゃないよ、わざとじゃ」

 と笑うサラの目の前では、ユナとミカエルの唇が重なっていた。
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system