第59話 ライバル宣言 前編


 文月島の『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』が終了したのは、約半月前のこと。
 只今11月の頭、ジュリ宅に度々溜め息が響く。

(やっぱりあたしが原因だよねえ……)

 その溜め息の主=ユナ。
 トーナメントバトルの二流ハンター級が終わった次の日――一流ハンター級のトーナメントバトルの日から今日までずっと、元気がない。
 優勝したにも関わらず。

「はぁ……」

 と、また溜め息を吐いたユナ。
 自宅のキッチンで、一時仕事から帰って来たハンターの一同やキラ、ミラ、甥・姪らと共に、昼食を取っている。

「最近、やたらと溜め息が多いな、ユナ」と、隣に座っていたリュウがユナの顔を覗き込んだ。「ハンターの仕事のことで、悩みでもあるのか」

「ううん、パパ。そうじゃないの。ハンターの仕事のことじゃないんだ」

「そうか。それじゃ、何の悩みだ?」

「えと……」

 と、ユナは何て返答しようかと困惑してしまう。
 リュウに正直に「恋の悩み」だなんて言ったら、大変なことになると分かっているから。

 ユナの様子を見たサラが口を開く。

「親父が格好良すぎるんで、困っちゃうんだとさ」

 それを聞いたリュウが、

「おう、そうか! そうだろうな、ユナ。パパはこの世で一番格好良い男だからな!」

 と単純に喜ぶ一方、ユナは再び小さく溜め息を吐く。

 ファザコン歴24年。
 決して、リュウの言葉に異議があるわけではない。

(今でもパパはこの世で一番格好良い男性だって思ってるし、あたしはパパのことが大・大・大・大好きだよ。だけど……)

 もう1人、ユナの頭に浮かぶ男がいる。

 父親譲りのブロンドの髪の毛に、澄んだブルーの瞳。
 明るく優しい笑顔をした――、

(ミカエルさま……)

 ここ葉月島の、第二王子。
 8月に離島に旅行へ行き、帰ってきて以来、幾度となく己に言い聞かせてきた。

(そんなわけがない、そんなことはいけないって)

 だが、己を誤魔化し、抑制するのはもう限界だった。

  (あたし、やっぱりミカエルさまのことが好きなんだ)

 そして、そんな気持ちは隠し切れなかった。

(よりによって、ミカエルさまの恋人――リーナに気付かれちゃうなんて……)

 一体これからどうすれば良いのか。

 再びキッチンの中に溜め息が響く。

「はぁ……」

 しかしそれは、ユナではなくジュリだった。
 壁のカレンダーに顔を向けている。

「最近顔見せてくれないなあ、リーナちゃん……」

 その原因はきっと己にあると思っているユナが謝ろうとしたとき、シオンが口を開いた。

「今日の舞踏会に行けば会えるんじゃね。ミカエルが出ればの話だが」

 と、シオンが隣に座っているローゼを見ると、ローゼが首を横に振った。

「ううん。兄上は今日の舞踏会にはでないって、メールがありましたにゃ」

「ったく、不良王子が……」

 とリュウが溜め息を吐く一方、ジュリがローゼを見て訊いた。

「ミカエル様が舞踏会に出ない理由は何ですか?」

「リーナさんのお仕事が、たーくさん入ってるかららしいですにゃ」

「そうなんですか? 父上」

 とジュリがリュウに顔を向けると、リュウがそういえばそうだったと頷いた。

「3日前だったか。来月の舞踏会の日の仕事――まあ、つまりは今日の分の仕事をもっとくれ、もっとくれってうるさくてよ、リーナの奴。ミカエルと2人で仕事しても、終わるのは深夜だろうな」

「そうですか。どうしたんだろう、リーナちゃん……。お金に困ってるのかな」

「まあ、ミーナ姉のおかげで家計は火の車だろうけどね、リーナの家は」

 と、口を挟んだサラ。
 でも、と続けた。

「リーナが今日仕事詰め込んでるのは、それが理由じゃないだろうね」

「ああ」と、同意したシオンが続く。「もしかしたら、今月のミラ姉とレオン、グレルおっさんの誕生日パーティーの日も仕事詰め込む気かもな」

「あら、それじゃパーティーに来れないわね。寂しいわ。ねえ、ジュリ?」

 と、ミラに頭を撫でられながら、ジュリは困惑する。

「な、なんだろう……、僕に会いたくないのかな」

「そ、そうじゃないよ、ジュリ!」

 と、声を上げたユナ。
 一同の注目を浴び、はっとして声を小さくした。

「…お…お昼ご飯食べたら、あたしとマナの部屋に来て……」
 
 
 
 
 ユナとマナが使っている部屋は、二階の向かって右から5番目の部屋――ジュリの隣の部屋。
 昼食後、ジュリはハナと共に、ユナに言われた通りその部屋へと向かって行った。
 中に入ると、部屋の中央でユナが1人緊張した面持ちで立っていた。

「ユナ姉上、何か大切なお話ですか?」

 と訊くジュリの顔を見ながらユナが口を開こうとしたとき、ドアがノックされた。
 ユナが返事をすると、再び開いたドア。
 顔覗かせたのは、サラとシオン、ローゼだった。

「アタシたちもいい? ユナ」

「う、うん……、サラ姉ちゃん。サラ姉ちゃんもシオンも、気付いてるみたいだしっ……」

 サラとシオン、ローゼが部屋の中に入ると、ユナは再びジュリを見た。
 そして、話を切り出す。

「あ…あのね、ジュリ……、リーナとミカエルさまが最近あたしたち家族に顔見せてくれないのって、たぶんあたしが原因なの。ごめん」

「ユナ姉上が?」

 と、ジュリが鸚鵡返しに訊いた。
 ハナが首をかしげながら訊く。

「なんでユナちゃんなんだべ?」

「う、うん……、あのね、あたしね、そのっ……」

 と口ごもるユナの代わりに、サラが溜め息を吐きながら続けた。

「ミカエルのこと、好きになっちゃったんだってさ」

「ええっ?」

 と、驚いて声を高くしたジュリとハナ、ローゼ。
 ユナが赤面して俯く一方、サラが続ける。

「まあ、アタシもシオンに言われるまでは気付かなかったんだけどさ。リーナがミカエルと共にうちに来ないのは、ユナの気持ちに気付いたことが原因っぽいね。ユナとミカエルを会わせたくないんじゃないかな、リーナは」

 そういうことだったかとジュリとハナ、ローゼが納得していると、シオンが口を開いた。

「もしかしたら、俺がリーナを不安にさせるようなこと言ったせいかもしれねえ」

「ふ、不安にさせるようなことって?」

 とユナが訊くと、シオンが続けた。

「俺はどっちの味方とか、片方だけを応援する気はないんだが……。トーナメントバトルの二流ハンター級の日、リーナに思ったことを言ったんだよ。ミカエルを自分以外の女と2人きりにさせねー方がいいんじゃねーのって。それであいつ、不安になってユナ姉とミカエルを会わせねーようにしてんのかも」

「そ、そっか……」

「何か悪い、ユナ姉」

「ううん、気にしないでシオン」

 とシオンに笑顔を向けたあと、ユナは姉であるサラの肩にうな垂れた。
 サラの身体に抱きつき、声を上げる。

「あぁぁぁぁ、もうどうしようサラ姉ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ……!」

 いつもは困ったことがあると父・リュウに頼ったり相談したりするが、恋の悩みとなったらそうもいかなかった。
 サラがユナの頭を撫でながら訊き返す。

「どうしようって、何が?」

「何がって、ミカエルさまはリーナの恋人なんだよ?」

「それが?」

「それがって……」

 とユナが困惑してサラの顔を見ると、サラが続けた。

「ユナ、アタシも息子(シオン)と一緒で、どっちかの味方をしたりはしない。だから、アタシは自分があんたの立場になったときのことを言わせてもらうよ?」

「う、うんっ……?」

 何だか緊張してしまい、ごくりとユナの喉が鳴った。

「アタシがもしユナの立場だったら、アタシは堂々とリーナにライバル宣言をして、そしてミカエルに振り向いてもらえるよう頑張るよ」

「俺も」

 と、シオンが口を挟んだあと、ユナは訊いた。

「じゃ、じゃあ、サラ姉ちゃん。逆にリーナの立場だったら?」

「リーナの立場でも同じこと。ライバルが現れたというなら、アタシはミカエルに愛し続けてもらえるように必死に頑張るだけ」

 数秒ほど間を置き、サラは続けた。

「最初から諦めて、自分は我慢して身を引きます、お二人ともお幸せにー、だなんて思ってもいない綺麗事は言えないねアタシは。相手の男のことが好きなら好きなほどそう。誰かの幸せは、誰かの不幸の上に成り立っているというなら、アタシは自分の幸せを第一に考える。それの何が悪い? アタシは誰かの幸せを優先してあげられるほど、強い女じゃないんだ」

「サ、サラ姉ちゃ――」

「それに」と、サラはユナの言葉を遮って続ける。「選ぶのはミカエルだ。ミカエルは誰のものでもないんだよ、ユナ。あんたの好きになった男に、偶然リーナという恋人がいただけの話。遠慮なんか、いらない」

 ユナが困惑し、俯いて黙り込む。
 それを見ながらサラがさらに続けた。

「ていうか、相手の男もアタシとくっ付いた方が幸せになれるし」

「そうそう、相手の女も俺とくっ付いた方が幸せになれるし」

 と、うんうんと頷きながらシオン。

「え? なんで?」

 と、ユナがぱちぱちと瞬きをしながら訊くと、それが当然だといわんばかりに2人が声を揃えた。

「なんでって、なんで」

「………………」

 何だろう、この自信に満ち溢れた親子……。

 と、思わずジュリとハナ、ユナ、ローゼが無言になってしまう中。
 ぽん、とサラがユナの頭の上に手を乗せた。

「分かったら、早速リーナにライバル宣言してきな」

「――って、ええっ!? いきなり!?」

「いきなりでもないっしょ。もうリーナにバレてんだし」と言ったあと、サラがジュリに顔を向けた。「あんたも一緒に行ってくれば? ジュリ。ハナちゃんと一緒にさ。まあ、もうあんたはミカエルにライバル宣言済んでるんだろうけど。ユナとリーナが2人で話せるよう、その間ミカエルの相手してやって」

「はい、サラ姉上」

 と承諾すると、ジュリはハナと共にユナの手を引っ張って部屋を後にした。
 
 
 
 
 自宅屋敷から出てから20分。
 リーナとミカエルが今日仕事をしているらしい場所を、ジュリとハナ、ユナはテツオに乗って回っていた。

「うーん。今どこで仕事してるんだべねえ、リーナちゃんとミカエル様は」

 と、地上を見渡しながらハナ。
 ユナがポケットから携帯電話を取り出しながら言う。

「やっぱりリーナに電話してみた方が……」

「止めておいた方がいいべよ、ユナちゃん。何だか、リーナちゃんに逃げられそうな気がするだよ」

「か、かなぁ、やっぱり……」

 と、ユナがポケットの中に携帯電話をしまったとき、ジュリが地上――葉月町の一角を指差しながら声を上げた。

「あっ、いた! テツオ、もっと下がって!」

 ジュリの命令によりテツオが地上に向かって下がって行く。
 地上まであと5メートルというときにハナがいち早く飛び降り、リーナとミカエルの前に立ちはだかった。

「見つけただよ、リーナちゃん♪」

「のわぁっ!? ハ、ハナちゃん!?」

 と、急にハナが降ってきたものだから、仰天して傍らのミカエルにしがみ付いたリーナ。
 続いて周りを囲むようにジュリ、ユナと降ってきて、驚きは困惑へと変わる。

「…ジュ…ジュリちゃ…、ユナちゃ……」

 リーナへと向かって一歩進み、ユナがその手を取った。

「仕事の移動中にごめん、リーナ。ちょっと、来てくれるかな」
 
 
 
 
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