第55話 『4番バッター、行くよ!』 後編
4番バッター・サラの作戦で、『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』に参加しているジュリ。
審判のリンクの前、決勝戦でミカエルと戦い、辺りに金属音を響かせていた。
一時2人見詰め合い、それは止まったと思ったが、そう間を置かず再開された。
それを遠くから見つめているジュリの家族や、仲間たち。
2人のとても新人ハンター級とは思えぬほどの戦いぶりに、感嘆しっぱなしだった。
たった1人、リュウだけはジュリが心配で心配でハラハラしているようだが。
「あまり甘やかすのは良くないぞ、リュウ。ジュリならば大丈夫だ」
と、キラや、
「大丈夫だべよ、リュウ様! いざとなったらオラがジュリちゃんを助けますだ!」
ハナがリュウを頻繁に宥める一方。
口を閉ざしてジュリとミカエルを見つめているリーナのところへと、サラが歩み寄って行った。
「まったく、カッコイイねあんたの彼氏」
そう言ったサラの顔を見たあと、リーナが「ははっ」と笑った。
「せやろせやろー?」
「うん。本当、リーナの前だからって特に頑張ってるのがよく分かるね」
照れくさそうに、再び「ははっ」と笑ったリーナ。
「ジュリも」
続けられたサラのそんな言葉に、笑顔が消えた。
サラから顔を逸らす。
「ジュ…、ジュリちゃんはちゃうやろ……」
「いーや、違わないよ。リーナの前だからって、凄く頑張ってる。だから、ちゃんと目を逸らさずに見てやりな。ジュリはあんたを再び振り向かせようと、とても必死だよ」
「……」
恐る恐るといった様子で、ジュリに顔を向けたリーナ。
言われなくても、本当は分かっている。
その、ジュリの心情が――。
(負けたくない! ミカエル様にだけは、負けたくない! 僕はミカエル様に勝って、リーナちゃんに再び見てもらうんだっ……!)
通常はそのリング状の刃を指で挟み、敵に向かって投擲して戦うチャクラム。
ジュリのチャクラムの場合は持ち手も付いていて、近距離でも戦えるようになっている。
チャクラムを両手に握り、飛んでくる剣の刃を受け止め、弾き、火花を散らし、ジュリは猛然とミカエルに向かって行く。
普段の可愛らしい雰囲気はどこへやらで、バトル開始の笛から時間が経つほどに牙をむき出しにして攻め立てていく。
その姿は猫ではなく、まるで虎のようだった。
キンキンと金属音が辺りに響く度に、ミカエル手に、腕に、身体中に強い衝撃が走る。
必死に防御するが、それでも身体に出来て行く切り傷。
今にも剣ごと叩き切られてしまいそうだった。
少しずつ押されて行き、踏ん張っている足が大地に砂埃を舞い立たせる。
正面のジュリの形相を見つめつつ、ミカエルは悔しさに奥歯を噛み締めた。
(くそっ…、やはり強いなジュリ……!)
だが、
(私とて負けられぬ!!)
ミカエルの反撃が始まった。
今度はジュリが押されて行くのを遠くから見ながら、キラが口を開く。
「ふむ。本当、ミカエルは王子のくせに強いものだな。腕力はジュリより劣るものの、巧みに剣を操っている」
リーナがキラに顔を向け、笑顔を作って言う。
「せ、せやろっ……? 強いやろ、うちのダーリン!」
「ああ。しかし、どうあがいてもミカエルはジュリには勝てぬ」
キラのそんな言葉を聞き、リーナはキラから顔を逸らして言った。
「そ…そんなこと、あらへんわっ……」
キラは続ける。
「ああ、ミカエルは強い人間の男だなリーナ。幼少の頃から剣稽古に励み、鍛えてきただけの力はある」
と言い、ミカエルを見つめて感心したように微笑んだキラ。
だが、とリーナに顔を戻して続けた。
「今程度のミカエルでは、私そっくりに生まれ、さらに父親にリュウを持つジュリに勝つことはできぬ。ジュリが必死になっているのならば、なおさらだ。何よりも誰よりも愛するおまえに再び振り向いてもらおうと必死になっているのならば、なおさらだ」
「ほ…、ほんまにそうやって言うならそうかもしれへんけど、そんなわけないやんか? ジュリちゃんが、そんなこと――」
と、再び口を開いたリーナの声を遮るように、身体の芯にまで響き渡るようなミカエルの雄たけびが響いてきた。
「うおぉおおぉおおおおぉぉぉぉおおお!!」
次の瞬間、
ガキキンッ!!
と大きな金属音と共に、ジュリとミカエルの間に2回派手に咲いた火花。
そして、ジュリの後方へと弾き飛ばされた2つのチャクラム。
本日見る二度目のそれは、一度目よりもなお高く空を舞った。
「ジュリ!」
とリュウが声を上げると同時に、ハナは戦場へと向かって駆け出した。
ミカエルが二度もジュリに武器を取りに行かせてくれるとは思えなかった。
テツオを使えば良いものを、何が何でも1対1で戦いたいのかジュリはまるで召還しようとしない。
リンクの傍らに並び、ジュリが危なくなったらすぐに飛び出す態勢でいるハナを見つめながら、リーナが再び口を開く。
「ほ、ほらなっ、キラ姉ちゃん……! 結局はミカエルさまの――」
ミカエルの勝ち。
そう言おうとしたリーナの言葉を遮るように、今度はジュリが雄たけびを響かせた。
「うあぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああっ!!」
聞いたことのない獣のようなその声に、びくっと肩を震わせて驚いたリーナ。
ジュリに目をやると、その左手がミカエルの剣の切っ先を握り締めていた。
己の白い腕に、掴んでいる白刃に鮮血を滴らせながら、ジュリは絶叫する。
「僕はリーナちゃんが好きだ! だから、あなたには負けたくない! 負けられない!」
「――」
正直聞きたくなかったその言葉に、リーナの胸が痛む。
(だから駄目なんよ、ジュリちゃん。うちはもう、他の人のところに逃げてしまったんよ、ジュリちゃん。うちのことなんか、お願いだから、もう……)
忘れて。
幸せになって――。
バキッ!!
と、振り下ろしたジュリの右手がミカエルの剣を真っ二つに叩き折った。
「――なっ……!?」
目を丸くしたミカエル。
飛んできたジュリの爪を、慌てて半分無くなった剣の刃で防御する。
武器がなくなってしまったというのに、ジュリの勢いは衰えようとしない。
それどころか、己の爪を使うことによってその真の力が解放されたようにさえ見えた。
まるで、元野生のブラックキャット――母親・キラのように。
ミカエルは必死に防御するものの、目にも留まらぬ速さで飛んでくるその爪に顔面を引っかかれ、胴体を守る防具を破壊され、腹に衝撃を感じ吐血する。
「ガハッ……!」
己の顔にミカエルの生温かい血が降りかかろうとも止まらないジュリを見、見守る一同が異変を感じると同時にキラが声を上げた。
「まずい! リンク、ジュリを止めろ! リンク!」
「――ジュ…、ジュリちゃ、止め……!」
成す術もなく一方的にやられていくミカエルを見、返り血を浴びながらも牙を向いて攻め立てて行くジュリを見、膝を震わせるリーナ。
周りの声がまるで聞こえた様子のないジュリに向かって、泣き叫んだ。
「止めてやっ……、ジュリちゃんっ!!」
「――」
激しく乱れた己の呼吸の音に支配されていた黒猫の耳の中、突然鼓膜を貫くように響いてきたリーナの声。
誰よりも愛しい女の、涙交じりの声。
それを聞いた途端、振るっていたジュリの爪が止まった。
(リーナちゃん――)
次の瞬間、半分になったミカエルの剣が、ジュリの胴体を深く切り付けた。
「――ぐぁっ……!」
と呻き声を上げながら後方によろけたジュリの頬をミカエルが殴り飛ばし、ジュリが仰向けの形で大地に倒れる。
ジュリと同じように激しく呼吸を乱しているミカエル。
倒れたジュリの上に跨り、トドメを刺すようにもう一撃目掛けて剣を振り下ろした――。
途端、
「はぁーい、ストップだべ♪」
と、明るい声が聞こえ。
ミカエルの剣の刃は、ジュリに届く前に細い2本の指――親指と人差し指に、軽々と摘まれ。
「――へっ?」
我に返り、一体何事かとぱちぱちと瞬きをしたミカエルが、剣の刃を摘んでいる者の顔を確認した途端、
「もう勝負はついてるだよ!」
そんな怒声を浴びせられると同時に、物凄い力によって押し戻されてきた剣の柄に顎の下を突き上げられ、後方にぶっ倒れた。
「いってえぇ……! さ…さすがは、ここ葉月島本土より強いらしい離島生まれのブラックキャットで、さらに年を重ね力を増してきたモンスターなだけあるな、ハナ……。す…、済まなかった……」
ミカエルの言葉を聞いているのか聞いていないのか、ハナが治癒役のケリーを呼んだ。
高い治癒力を持つケリーにより、傷を治してもらったジュリとミカエル。
駆け寄ってきた家族や仲間一同と共に、審判のリンクに顔を向けた。
ジュリとミカエルの顔を見、勝者はどちらにしようかと迷って難しい顔をしているリンクに、リュウが言う。
「当然、ジュリの勝ちだろ? リンク。てめえ、返答によっては殺――」
「いえ、父上」と、ジュリがリュウの言葉を遮った。「僕の負けです。さっきハナちゃんが止めてくれなかったら、僕は完全にやられていましたから」
「だが、ジュリ――」
「僕の負けです。新人ハンター級の優勝者は、ミカエル様です。ミカエル様、おめでとうございます」
とミカエルに笑顔を向けたあと、ジュリは遠くに飛ばされたチャクラムところへと向かって歩き出した。
擦れ違ったリーナの顔は見ることが出来なかった。
途中からは、仁王立ちしていたサラに手を引っ張られながら歩き出す。
「ごめんなさい、サラ姉上。せっかく作戦を考えてくれたのに……」
「ミカエルに勝てなかった=4番バッター、失敗……か」
「ごめんなさい……」
そんなジュリの小さな声から少し間を置き、サラは訊いた。
「あのとき、どうしてミカエルを倒してしまわなかったの? あのまま攻めてたら、完全にあんたの勝ちだったのに。これは列記としたギルドイベントの上なんだから、遠慮なんかするなって言ったよねアタシ」
ジュリも少し間を置いたあとに、答えた。
「あのとき――ミカエル様を追い詰めていたとき、リーナちゃんの声が聞こえたんです。僕に向かって、『止めて』って、リーナちゃんが叫んだんです」
「うん、そうだね」
「あのとき、ミカエル様を倒してしまったら、何だか……何だかとても、リーナちゃんを泣かせてしまう気がしたんです。そう思った途端、僕はミカエル様に勝ちたかったハズなのに、とても勝ちたかったハズなのに、何が何でも勝ちたかったハズなのに、それなのにっ…、おかしいなぁ…っ……」
と、声を詰まらせたジュリ。
顔を隠すように俯き、涙を落として続けた。
「ミカエルさまを倒すことが、出来なかった……!」
その顔は見えないものの、小刻みに震えている細い背を見つめ、ジュリが泣いているのだと察したミカエル。
(本当は私ではなく、おまえの勝ちになっていたというのに。あのとき私を倒さなかったのは、やはり……)
小さく、呟いた。
「リーナのため……か」
「――」
ずきん、とミカエルの傍らにいたリーナの胸が痛む。
その呟きは、はっきりと白猫の耳に聞こえた。
だけど、必死に聞こえなかった振りをする。
聞きたくなかったその言葉を、認めてしまいたくないその事実を。
「あ…ああっ、ほらミカエルさま! おとんが優勝カップ持ってきたで! 賞金はでぇへんけど、カップはもらえるんやで!」
「ん? ああ、そうなのか。しかし、あまり勝ったという気はしないから受け取りたくないな」
「そ、そんなこと言わんと、受け取りや! うち、ダーリンが優勝カップ掲げるとこ見たいわ!」
「そ、そうか?」
と、リーナに背を押されながらリンクの前に立ち、優勝カップを受け取ったミカエル。
本日集まった者たちから拍手されながら、それを掲げる。
ユナが口を開いた。
「優勝おめでとう、ミカエルさま!」
「ああ……」
と苦笑したミカエルに、ユナは言う。
「勝ちは勝ちだよ、ミカエルさま。もっと喜ばなきゃ」
「しかしなあ……」
「あたしも頑張らなくちゃっ……!」
そんなユナの言葉を聞き、ミカエルはそうだったと思い出す。
「次は二流ハンター級に出るユナの番だったな。逃げ出さないように見張っているから、頑張るんだぞ!」
と笑ったミカエルの顔を見、頷いたユナ。
「うん、あたし頑張るね、ミカエルさま!」
と、頬を染めて笑顔を返す。
そんなユナを見たリーナは、首をかしげた。
(あれ…、ユナちゃん……? 今、なんか……)
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