第53話 シオンと王女の初デート 後編
猫モンスター大好き『ネズミー通り』にある、ネズミーバーガーの中。
昼時なものだから、店内は猫モンスターやその主、ハーフなどで込み合っているが、なんとか2階の窓側のテーブル席を確保できたシオンとローゼは、食用ネズミ肉で出来たハンバーガーを食べていた。
別にネズミが好きというわけでもないシオンは『美味くも不味くもない』といったところだが、どうやらネズミが好きらしいローゼは夢中になって頬張っている。
「美味いか」
そんなシオンの質問に、
「はいですにゃっ! お城のお料理より、ずぅーっと美味しいのですにゃ!」
とにこにことしながら答えたローゼ。
「そうか」
と、ふと微笑んだシオンの顔を見てドキッとしてしまう。
普段は無愛想なのに、突然そんな表情をしないでほしい。
何だか急に食べているところを見られるのが恥ずかしくなって、テーブルの端に置いてある紙ナプキンを取って口の周りについたソースを拭う。
そのあとローゼはこほんと咳払いをし、話を切り替えた。
「あ、あの、シオンさん? ローゼ、このネズミー通りでシオンさんへのお誕生日プレゼント買いたいと思ってるのですけどにゃっ……?」
「いらねーよ」
とあっさりと言い退けたシオンに、ローゼは狼狽してしまう。
どうしても買いたいもので。
「そ、そんなこと言わないで、おとなしくローゼに買ってもらうのですにゃっ……!」
「はぁ? 何をそんなに俺に渡したいってんだよ?」
と眉を寄せながら訊くシオンから顔を逸らし、ローゼはネズミーバーガーを一口頬張ってから照れくさそうに続けた。
「あ…、あとのお楽しみですにゃっ……」
あとのお楽しみ。
それは一体いつなのか。
ネズミーバーガーを出てから、約4時間。
ローゼはネズミー通りに並ぶ店という店を回ってはしゃいでいる。
ローゼの笑顔が続くものだからシオンは悪い気はしないが、よく飽きないなと呆れてしまう。
「見てくださいにゃ、シオンさん! このネズミのキャンディ! とぉーっても可愛いのですにゃあぁぁぁっ♪」
「そうか?」
「はいですにゃ♪ ああ、見てるだけで牙がうずうずするのですにゃぁぁぁぁぁ……!」
「……。…おまえ、本当に可愛いと思ってる?」
「はいですにゃ♪」
「そうか……、ちょっと待ってろ」
と、シオンはローゼの手からネズミの形に模られた棒つきキャンディを取り、店のレジへと向かって行く。
会計を済ませて戻ってくるなり、包装を取ったネズミ型キャンディをローゼの口の中に入れる。
「ほらよ」
「美味しいですにゃーっ♪」
「ガキ」
「にゃ、にゃにおう!?」
と頬を膨らませたあと、ローゼは店内にあった時計に目をやった。
外はまだ明るいものの、時刻はいつの間にか夕方になっている。
「あ…、えと、シオンさん――」
「お楽しみってやつか」
とシオンが訊くと、ローゼがこくんと頷いてシオンの手を取った。
「は、はいっ…、ジュエリーネズミにレッツゴォォォォなのですにゃっ……!」
ジュエリーネズミ――ネズミー通りにある、ジュエリー専門店。
そこへとシオンを引っ張って行きながら、ローゼの胸は鼓動を上げている。
(シオンさん、どんな反応するかにゃっ……! 喜んでくれるかにゃ、それとも……?)
ローゼの足に合わせて歩いて15分後。
ジュエリーネズミに到着。
ローゼがこれだと指差したショーケースの中の物を見た瞬間、シオンの顔が強張った。
「……ふざけてんじゃねーぞ」
と低い声で言ったシオンに、ローゼの胸がずきんと痛む。
「ロ、ローゼはふざけてなんかないのですにゃっ……!」
「何で俺がこんなの」
と吐き捨てるように言い、店の出入り口へと向かって行ったシオン。
自動ドアの数歩手前、立ち止まって小さく溜め息を吐く。
振り返らずとも、あとを着いて来ないローゼがどんな顔をしているのか分かった。
「……それ――ペアリングすんのが嫌って言ってんじゃねーんだよ」
「――え……?」
「もう少しデザイン考えろよ、おまえ」
デザイン。
と聞き、ローゼは再びシオンの誕生日プレゼントに買おうと思っていたもの――ペアリングに目を落とした。
目がくりくりとした可愛らしいネズミのモチーフがついたデザインである。
「おまえ、それが俺に似合うとでも思ってんのか?」
「え?」
とぱちぱちと瞬きをしてシオンの顔を見たあと、ローゼは思わず笑いを吹き出しながら謝ってしまう。
シオンは10歳というまだ子供の年齢だが、その大人っぽく凛々しい顔つきや、同年齢の子よりも大きく鍛えられた身体には、可愛らしすぎてあまりにも不似合いなものだった。
少し零れかけた涙を指で拭い、ローゼはシオンのところへと駆けて行ってその手を握った。
「ここのお店はネズミのデザインのものばかりだけど、きっとそうじゃないのもあるのですにゃ! 探してみましょうにゃ!」
「かっけーのかシンプルなのにしてくれよ……」
ローゼは再び笑いながら承諾すると、シオンと共に店内を回り始めた。
ジュエリーネズミを出たあと、ネズミー通りから近いこともあって、シオンとローゼは海へとやって来た。
すっかり空が茜色に染まり、残暑の厳しい昼間とは打って変わって涼しい微風が2人の頬を撫でている。
浜辺に座るローゼの下には、「仕方ねーな」なんて溜め息を吐きながらもシオンが貸してくれたジャケットが敷かれている。
さっき買ったばかりのペアリングの包みをいそいそと開け、ローゼが瞳を輝かせる。
買ったものはシオンの希望通り、シルバー製のシンプルなデザインのもの。
メンズ・レディースともに5mm幅のもので、メンズのリングの中央には一周ぐるりとブラックのラインが、レディースのリングの中央にも一周ぐるりとピンクゴールドのラインと、それから小さなダイヤモンドが一粒埋め込まれている。
シオンは何と言ってもシンプルなところが、ローゼは小さくともダイヤモンドが埋め込まれているところが気に入って決めた。
シオンの誕生日だからとローゼが全額支払う予定だったのだが、シオンがやたらと抵抗するものだから、結局半分ずつ支払った。
ローゼのリングの分をシオンが、シオンのリングの分をローゼが。
「ところで今さらだが、安いシルバー製なんかで良かったのかよ?」
と、シオンが訊くと、ローゼが笑って答えた。
「はいですにゃ。素材は何であろうと、ローゼは嬉しいのですにゃ」
「ふーん。……ま、どーせそう長くねえうちに外すことになるだろうし、別にいいか」
とのシオンの言葉に、ローゼの頬が膨れる。
「それって、どーゆー意味ですにゃ!?」
「別におまえに飽きるって言ってんじゃねーよ」
「じゃあ、何ですにゃ!?」
シオンが溜め息を吐いて言う。
「ちょっと考えれば分かんだろ、おまえ……。一応少し緩めの買ってきたが、俺は男なんだぜ? 成長期の。すぐにでかくなるし、そうなりゃ手もでかくなって指も太くなる。そしたら今のサイズなんか入らねーだろ」
「あー、なーるほど」
と、ローゼは納得した。
数ヶ月前はローゼより少し目線が下にあったシオンだったのに、いつの間にか目線が並んでいる。
きっと、このリングもすぐに小さくなってしまうだろう。
「それじゃあ、来年のシオンさんのお誕生日にも新しいペアリング買うのですにゃ! 再来年も、その次の年も、次の次の年も、次の次の次の年も、ずっとっ……!」
「リングばっかかよ」
「いいのですにゃっ」
と声を大きくしたあと、ローゼは手に持っているペアリングに目を落とした。
シオンの顔をちらりと見たあと、レディースのリングの方をシオンに突き出す。
そしてシオンから目を逸らし、頬を染めながらボソッと小声で言った。
「…は…はめてくださいにゃっ……」
「10歳の女のクセに卑猥なこと言うなあ」
「だっ、誰が下ネタなんか言ってますにゃ! ローゼは、指にリングをはめてって言ってるのにゃ!」
「分かってんよ」
と短く笑い、ローゼからリングを受け取ったシオン。
「まったくもうっ、ドスケベにゃんだからっ……!」
と、顔を真っ赤にして怒るローゼの右手を引っ張る。
その薬指にリングをはめようか寸前、ローゼが少し手を引っ込めた。
「なんだよ?」
とシオンがローゼの顔を見ると、今度は何だか不服そうに頬を膨らませている。
「なぁーんで、右手の薬指ぃー?」
「左手の薬指じゃエンゲージリングみてーじゃねーか」
「ファッション雑誌のペアジュエリー特集では、恋人同士の2人が左手にペアリングしてましたにゃっ……! だからローゼも左手がいいのですにゃっ……!」
「おまえは王女なんだから我慢しろよ。舞踏会とかで城に戻ったとき騒がれんぞ」
「むうぅ」
と、さらに頬を膨らませたローゼ。
「……ま、左手の薬指にはいつかな」
そんなシオンの言葉に、どきっとして頬が染まってしまう。
右手の薬指にはめられたリングを見つめたあと、
「……っ……はいですにゃっ……!」
と、声を詰まらせながら頷いて、笑った。
そしてメンズのリングをシオンの右手の薬指にはめ、シオンの右手を握り、ローゼの鼓動が上がっていく。
シオンの赤い瞳を見つめ、
「あ…、あのっ……」と、再び口を開いたローゼの声は、緊張で少し震えていた。「こ…、こんなペアリングなんてものをしてから、訊くことじゃないかもしれませんけどにゃっ……?」
「ああ」
「あ…、あのっ…、あのっ……!」
緊張が増し、ローゼの声が上ずる。
どうしても知りたいことがある。
そのことを教えてもらうために、今日という日を待っていた。
正直、もし期待通りの答えが返ってこなかったらと思うと、物凄く怖い。
だけどもういい加減、本当のことを知りたい。
その気持ちを、たしかめたい。
「ローゼのこと、好きっ……?」
「……」
黙ったまま、シオンがローゼの顔を見つめる。
返事が返ってこなくてローゼが不安に涙ぐんだとき、シオンがふと微笑んだ。
「さっさと目ぇ閉じろよな、バーカ」
「…バッ、バカは余計なのですにゃっ……!」
と、怒りつつも慌てて目を閉じたローゼに、聞こえてきた。
その返事が。
知りたかったことが。
たしかめたかった気持ちが。
その柄には似合わない、とても優しいキスから。
(――好きだ……)
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