第52話 シオンと王女の初デート 前編


 9月の半ば。
 本日はジュリ宅のリビングで、シオンとミーナの誕生日パーティーだ。
 シオンは10歳に、ミーナは41歳に。

 だが2人の主役のうち、シオンの方は朝っぱらから出掛ける準備をしていた。
 両親――サラとレオンの部屋の中、サラにあれやこれやといじくられながら、シオンはげんなりとした様子で溜め息を吐く。

「おい、お袋。また着替えろっつーのかよ……」

「やっぱこっちのパンツの方がカッコイイ気がしてさ。――って、読者の皆さま、パンツはパンツでも下着じゃなくてズボンの方です。勝負下着の話じゃないですよ、勝負下着の話じゃ」

「何でもいいから早くしろよ」

 と着せ替え人形状態のシオンは再び溜め息を吐き、壁掛け時計に目をやった。
 息子の初デートだからとサラにこの部屋まで引っ張られてきてから、約1時間が経つ。

「もうローゼ準備終わってんじゃねーの……」

 本日のシオンのデートの相手は、家族には恋人だということになっているローゼである。
 最近、本当の恋人のような気がしないでもないが、お互いはっきりとした気持ちを伝えていないので曖昧なところだった。

「まだ終わってないよ、ローゼも。女の子はデートの準備に時間かかるしね。それに、ローゼはローゼでお姉ちゃんやカレンにいじくられてるよ」

「ミラ姉とカレンに?」

「そそ。特に女の子らしいファッションを好むあの2人にいじくられてるから、きっとすごく可愛く仕上がるよ。楽しみにしてな」

「ふーん……」

 とサラから目を逸らし、シオンはローゼがどんな姿で現れるか想像する。

(ミニスカ希望)

 いじられっぱなしのシオンを見て笑いながら、ベッドに腰掛けているレオンが口を開く。

「今月のお小遣い、使わずにいたんだって? 今日のデートのために」

「女に金出させるなんてダセェからな。師匠からの小遣い10万と親父とお袋からの小遣い5万じゃ大したことできねーと思って、師匠に仕事手伝うからバイト代くれって願い出たんだが、おとなしく修行してろって拳骨食らったぜ、クソ」

「15万ゴールドって、10歳のデートには充分すぎると思うんだけどな、お父さんは……。ローゼ様、どんなデートしたいって?」

「普通のデートだってよ。ガキみてーに遊園地で遊んで、ネズミー通り行って、ネズミーバーガーで飯食って」

「それなら15万ゴールドもいらないじゃない……」

 と苦笑してしまうレオンの傍ら、サラが真っ青な顔をして声を上げる。

「シオンあんたまさか、ローゼをラブホに連れ込む気!?」

「連れ込まねーよ、まだ」

「10歳の王女を孕ませたなんてことになったら、大変だからね!?」

「だなあ」

「それ以上に大変なのは、ママが20代のうちにおばーちゃんになること!! あぁああぁぁあ、恐ろしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「どっちかというと、前者の方がやべーと思うんだが」

「まあ、そうだね」

 と、シオンに同意したレオン。
「えっ、レオ兄、アタシがもうおばーちゃんになってもいいって言うの!?」

 と狼狽した様子のサラを宥めたあと、シオンを見つめて続けた。

「これはリーナにも言えることだけど……。いくら恋人だって宣言しても、相手は王族。本当は身分差のある僕たちが、そう簡単に恋愛をしていい相手じゃないんだ。ローゼ様のお父上――王に認められるまでは、手出しをしてはいけないよ、シオン」

 シオンが不服そうに顔を顰めて言う。

「はぁ? 何だよ、親父。ローゼとのこと、あのセクハラ王に頭下げて頼めってのかよ」

「ローゼ様と、これから先ずっと一緒にいたいっていうならね」

「あの王相手に、バカらし……。つか、あの王だって、まだ王子のときにローゼの母親――元野生のホワイトキャット・マリアをペットにした挙句、孕ませたんだろ?」

「前の王は心の広いお優しい方だったからね。周りの意見はともかく、快く許してあげたんじゃないかな」

「見習えってんだ、あのセクハラ王……」

「ま、王以外の王族には嫌な顔されないだろうけどね。僕たちは王族にもっとも頼りにされている、リュウの家族だから。ただ、王だけはね……、リュウの永遠のライバルみたいなものだから難しいと思う。それでもローゼ様と一緒にいたいって言うなら、めげずに頑張るんだよ?」

 と、シオンの頭の上に、レオンの手が重なる。

「ガキ扱いすんなっつの」

 とレオンの手を振り払ったあと、シオンは愛用の剣を取った。
   それを背に装備し、戸口へと向かって行く。

「デートなのに、剣持っていくわけ?」

 そんなサラの質問に、

「『なのに』じゃなくて、『だから』だよ。あいつと俺の2人きりってことは、あいつのこと守れんのは俺だけってことだ。いざっていうときのため、剣あった方がいーだろ」

 と答え、シオンは両親の部屋を後にした。

 向かった先は、己とローゼが共に寝起きする部屋。
 そのドアの前、シオンは声を大きくして中にいる者たちに声を掛ける。

「おい、まだか」

 ミラ、カレンと交互に声が聞こえてくる。

「もうちょっと、もうちょっとだけだから待っててね、シオン♪」

「もうちょっとで、ローゼさまがとぉーっても可愛く仕上がるのですわ♪」

「ねえ、カレンちゃん? グロスはこのピンクが良いかしら?」

「そのピンクも可愛いわね、ミラちゃん。でも、こっちのもうちょっと自然な感じのピンクも可愛いと思うわ♪」

 やたら楽しそうな2人の声が続いて20分後。
 ようやく、シオンの目の前のドアが開いた。

「やっとかよ……」

 と、小さく溜め息を吐いたシオンの目に、ミラとカレンに背を押されるようにして出てきたローゼが飛び込んできた。

「お、お待たせしましたにゃっ……!」

 と、緊張した様子で声を上ずらせたローゼの全身を、シオンは見つめてみる。

 女の子っぽくハーフアップにされた、ピンクブラウンのウェーブヘア。
 くるんと上向きの睫毛に、きめ細かな頬にのせられたピンク色のチーク。
 つやつやの桜色の唇は少しだけ色っぽい。

 そして、

「おお」

 シフォン素材の白いミニ丈ワンピースに、声を高くしたシオン。
 思わずといったようにヒラヒラとしたスカートをめくってみたら、ハート柄パンツが見えると同時にローゼのビンタを食らった。

 べちんっ!

「にゃっ、にゃにするのにゃああぁぁぁあーーーっ!!」

「いーじゃねーか、減るもんじゃあるめーし」

「そういう問題じゃないでしょ、シオン。まったくもう」

 と、溜め息を吐いたミラ。
 そのあと、ふふ、と笑った。

「でも良かった、気に入ってくれたみたいで。パパがミニワンピ好きだから、シオンも好きだと思って」

「俺はワンピに限らず、ミニなら何でも」

 と言って、再びローゼのスカートをめくったシオン。
 またもや飛んできたビンタをひょいと避け、1階へと続く緩やかな螺旋階段の方へと歩いて行った。

「準備終わったなら行こうぜ」

 ローゼはミラとカレンに頭を下げて礼を言ったあと、シオンの後を小走りで着いていく。
 玄関で待っていてくれたキラに見送られながら玄関を出ると、シオンがふと手を差し出してきた。

「ほら」

「にゃ?」

「手ぇ繋いでやる」

「…つ、繋がせてくださいの間違いだろですにゃっ……!」

 と怒ったあと、ローゼはどきどきとしながらシオンの手に手を重ねた。
 
 
 
 
 まずは遊園地。
 初っ端からジェットコースターに7回連続で乗り。

「にゃああぁぁああぁぁあぁぁぁああぁぁあぁぁあっ!!」

 ローゼが絶叫して楽しんだあとは、お化け屋敷。
 お化けを演じる人が次から次へと襲って来、にゃーにゃーと騒いでシオンにしがみ付くローゼの一方。
 お化けに前方を塞がれ、シオンが苛立った様子で口を開く。

「おい、邪魔だ。客の通り道ふさいでんじゃねーぞ、コラ。おまえどういう指導受けてんだよ」

「…え…、えと――」

「さっさとどけ。真正面から顔面パンチ食らわせて幽霊マスク以上におっかねー顔にすんぞ」

「も…、申し訳ございませんでしたお客さまっ……!」

 精一杯頑張っているお化けを涙目にしたあとは、昔(NYANKO時代)グレルがハンドルを破壊したというコーヒーカップに乗ってみる。

「そ、そんなことが昔あったのですか」

「おう。だからもうそんなことねえように、ハンドルが強化されたらしいんだが……」

「ふーん?」

「あんまりそう見えないんだが、本当か?」

 と、シオンがハンドルを上下左右ににガタガタと動かした途端、

 バキッ!

 とまたもや折られたハンドル。

「やっぱり嘘じゃねーか」

 とシオンが顔を顰める一方、ローゼが狼狽する。

「ふっ、ふにゃあぁぁあぁぁああ!? な、ななな、何してんのにゃああぁぁあぁぁあぁぁあ!!」

「見ろよおまえ。何だ、このモロいハンドル。全く強化されてねーよなあ」

「ふ、普通の人は壊せないから何の問題もないのですにゃっ!」

「何言ってんだ。純猫モンスターだって遊びに来るんだから、ちゃんと壊れねえようにしなきゃダメだろ」

「にゃああぁぁあぁ、ど、どどど、どうしよぅぅぅぅぅぅ……!」

 とローゼがコーヒーカップのスタッフの姿を探すと、顔面蒼白しながらこちらを指差し、口をパクパクとさせている。
 コーヒーカップから降りてペコペコと謝ったあと、ローゼはシオンを引っ張って遊園地を後にした。

「おい、他に何か乗らなくていいのか」 

「申し訳なくてもうここにいられないのですにゃっ! まったくもう、信じらんないのにゃっ……!」

「何怒ってんだよ。悪いのは遊園地側じゃねーか」

「す、少しは反省しろですにゃっ!!」

「腹減ったな。ネズミー通り行ってネズミーバーガーで昼飯食うか」

「だから――」

「よし、決まりだな」

「ひっ、人の話を聞きやがれですにゃぁあああぁあああぁぁぁぁあぁぁああぁぁあぁぁあぁぁああっ!!」

 と声を張り上げて怒るローゼの手を引っ張り、シオンはタクシーを捕まえて猫モンスター大好きネズミー通りへと向かう。
 タクシーの中ではずっと不機嫌だったローゼだったが、着いた途端に上機嫌に。

「ふにゃあぁああぁああぁぁぁぁああ! あそこのお店もネズミ、そっちのお店もネズミィィィィィィィィィ♪」

 5kmに渡って、ネズミを好む猫モンスターが好む店が並んでいるこの通り。
 別にネズミを見ても何とも思わないシオンは、どっちかというとこの通りよりローゼの笑顔を見てる方が楽しい。

「あとで店回ってやるから、先に飯食うぞ」

 シオンに手を引かれてネズミーバーガーへと向かいながら、ローゼはふと思い出す。

(シオンさんへのお誕生日プレゼント、この通りにあるお店で買おうと思ってたのですにゃ)

 一歩前を歩くシオンの後頭部を見つめながら、ローゼの鼓動が少し上がった。

(ローゼがいいと思うアレ、シオンさんは気に入ってくれるかにゃ……)
 
 
 
 
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