第51話 まさかの恋をしてはイケマセン


 ユナの言葉に、ミカエルはきょとんとしてしまう。

「何?」

 だから、とユナは赤面しながらもう一度言う。

「ひ、暇だから、あたしと踊ってくれないかなっ……?」

「それは私に言っているのか?」

「う、うんっ……」と頷いたあと、ユナははっとして付け加えた。「あっ、えとっ、嫌ならいいの、嫌なら! ご、ごめんなさい。あたしとなんか、嫌だよねっ……」

 と泣き虫のユナが涙ぐむのを見て、ミカエルは慌てて続ける。

「違う、そうじゃない。嫌と言ってるんじゃないんだ。ただ、意外というかなんというか…な……?」

「意外って?」

「ほら、おまえはファザコンだろ? さっきもリュウと踊るために今日の舞踏会に来たと言っていたし」

「あ…、ああーっ、そういうことねっ……! た、たしかにパパと踊るために今日の舞踏会に来たけど、あたしパパに最初に踊ってもらったし、パパはもう忙しいし、暇で暇でっ……」

「なるほどな」

「だ、だから、その……、ダンスの相手してくれませんかっ……?」

 とおどおどとした様子のユナを見、ミカエルは笑って応える。

「ああ。私で暇つぶしになるならな」

 とミカエルが差し出してきた手に、ユナはどきどきとしてしまいながら手を重ねた。
 同時に曲は、ワルツへと変わる。

(えっ、またワルツっ……?)

 ヒマワリ城ではワルツが一番多いとは知っていたが、男女が密着して踊るその曲にユナは赤面してしまう。
 ミカエルの片手はユナの片手を取り、ミカエルのもう片手はユナの背を支える。

(今思えば、この間離島のモンスターと戦ったときもそうだったけど、あたし家族や仲間以外の男の人とこんなにくっ付くのって、ミカエルさまが初めてなんだよねっ……!)

 己の黒猫の耳に、己の動悸が聞こえてくる。
 それはあまりにも激しくて、背に当たっているミカエルの手に伝わってしまいそうだった。

 ミカエルがユナの顔を見下ろし、ぱちぱちと瞬きをする。

「どうした、ユナ」

「な、ななな、何がぁーっ……!?」

 と裏返ったユナの声を聞いたあと、ミカエルが続ける。

「顔が真っ赤だぞ」

「え、ええとっ…、そのっ……、さっきパパと踊ったこと考えたら、興奮しちゃってぇーっ!?」

 そんなユナが咄嗟に考えた返事を聞き、ミカエルが笑いを吹き出した。

「おまえ、本当にファザコンだな! ミラにも劣らないんじゃないか?」

 と、さもおかしそうに笑っているミカエルの顔を見上げ、ますます動悸が増していくユナ。

(そ、そそそ、そんなバカなぁーっ……!?)

 と困惑する。

(あたしがミカエルさまにときめくなんてこと、ないよね……!? ないよね、ないよね、ないよね!?)

 だって、

(ミカエルさま、パパより顔は劣るし、大してセクシーでもないし、凄く強い方なんだろうけどパパと比べるとミジンコ並みだし……!)

 それなのに、

(何であたしドキドキしてるの!? えっ、まさかの恋!? ダ、ダメだよ、そんなの! ミカエルさまの外見や中身云々の前に、ミカエルさまはリーナの――妹と変わらないリーナの、大切な恋人なんだからっ……!)

 やっぱりミカエルと踊るのは止めようとユナが思ったとき、ミカエルがびくっと身体を震わせた。

「な、何だ……!? 急に物凄い寒気が……」

 と辺りを見回したミカエル。
 いつの間にか周りをぐるぐると回るように踊っていたリュウに殺気を送られていることに気付き、顔を引きつらせる。

「お、落ち着け、リュウ……」

「てーめえ、ミカエル! リーナだけでは飽き足らず、うちのユナにまで手ぇ出す気か!」

「ち、違うのパパ!」と、ユナは慌てて口を挟んだ。「そ、その、パパが忙しいから、あたし暇でっ……。だからミカエルさまに相手してもらったの」

「そうだったか、ユナ。よーしよしよし、ダンスの相手してやるから今すぐパパのところへ来い」

 とそれまで踊っていた婦人の相手を止め、両腕を広げるリュウのところへと駆けて行ったユナ。

「ミカエルさま、踊ってくれてありがとうっ……!」

 と言ったあと、ミカエルが笑顔を返しつつダンスホールの脇へと向かって行くのを見送った。
 そのあともミカエルをちらちらと見てしまうユナに、頭上から声が掛かる。

「ミカエルがどうかしたのか、ユナ」

「う、ううんっ……!」と首を振ってリュウの顔を見上げ、感嘆の溜め息を吐いたユナ。「はぁ……、やぁーっぱり、パパが一番カッコイイなぁ。あたし、パパ以外でこんなにカッコイイ男の人見たことないよ」

 そう思うのに、やっぱりミカエルの姿を探してしまっていた。

 そんな姿を離れたところで見ていたのは、舞踏会が開始したときからローゼと踊っているシオンだ。
 ユナがミカエルをダンスに誘ったときから、何となく気になってずっと見ていた。

「何だかややこしいことになりそうだな……」

 と呟くように言ったシオンの顔を見、ローゼが訊く。

「何がですかにゃ? シオンさん」

 シオンがローゼに顔を向けると、そこには満面の笑み。
 ローゼが苦手とするミカエルの母や姉、妹の姿が見えないせいか、ローゼは怯えた様子なく楽しそうにシオンと踊っている。

 ミカエルの母や姉、妹が姿を見せないのは、シオンが舞踏会にやって来たからだろうとローゼは思う。

(ローゼが虐待受けたのを見たシオンさんに、きついこと言われたからにゃ。顔合わせづらいんでしょうにゃ)

 ローゼの質問に「いや」と一言返し、シオンは話を切り替える。

「にしても、いつまで踊る気だよ、おまえ。そろそろ何か食おうぜ」

「まーだまだ踊るのですにゃ♪」

「ったく……、そんなに楽しいか」

「はい――」

「俺と踊るのが」

 そんなシオンの言葉に、ローゼは動揺して声を上ずらせる。

「そ、そんなんじゃないのですにゃっ……!」

「素直じゃねーなあ。ジュリ兄とリーナの会話を聞くのも忘れるくらい、俺とのダンスに夢中になってたクセに」

「――あっ!」

 と声をあげ、ローゼは慌ててジュリとリーナの姿を探す。
 3番バッターのカレンの作戦が上手く行くかどうか、白猫の耳をきかせてジュリとリーナの会話を聞こうと思っていたのに、すっかり忘れてしまっていた。
 シオンの言う通り、シオンと――恋をしている少年と踊るのに夢中になってしまったが故に。

「ふにゃあぁぁあぁあ、ジュリさんとリーナさんは一体どうなってぇええぇぇえぇぇえ……!」

「まあ、大丈夫だろ」

 と、シオンは言っておく。
 ジュリが泣いていただなんてことを言ったら、ローゼがまた泣いてしまいそうだったから。

 ローゼが口を開く前に、シオンは再び話を切り替える。

「ところでおまえ、最近やたらと頻繁にリップ塗ってね?」

「――へっ?」

 と裏返ったローゼの顔を見、シオンはにやりと笑って続ける。

「今月の俺の誕生日に、俺にキスしてもらうからって唇整えてんの?」

 ローゼの顔がぼっと赤く染まる。

「そ、そそそそそそそんなんじゃ――」

「心配しなくても、ハーフなんだから荒れたりしねーだろ」

「だ、だからローゼは――」

「え? キスだけじゃ嫌? バカおまえ、10歳なんだから我慢しろよ。まあ俺、もうイトナミできるけ――」

「ふにゃあぁあぁあぁぁあぁぁあっ! だ、だだだ、誰がそんなこと言いましたにゃ! このドスケベーーーッッッ!!」

「こんなところで騒ぐなよ。恥ずかしい王女だな」

「だ、誰のせいですにゃっ……!」

 と、周りを気にしながら小声で怒ったローゼ。
 目の前のシオンの顔をちらりと見たあと、顔を逸らしながら話を戻した。

「そ、その……シオンさんのお誕生日の日のことなんですけどにゃっ……?」

「おう」

「い、いつもみたいに、皆さんでパーティーするんですかにゃ、やっぱりっ……?」

「……」

 ローゼの横顔を数秒の間見たあと、シオンはリュウの方に顔を向けた。
 ユナと踊っているリュウに声を掛ける。

「なあ、師匠」

「何だ、シオン」

「俺とミーナ姉の誕生日パーティーの日、俺とローゼと出掛けてくるわ」

「――えっ?」

 と、ローゼはシオンに顔を戻した。
 リュウの承諾をもらったあと、シオンがローゼに顔を戻して訊く。

「で、どこに行きたいって?」

 途端に、ローゼから笑顔が溢れた。
 
 
 
 
 ヒマワリ城と自宅屋敷を繋いでいる森の中を通り、皆より一足早く舞踏会から帰宅したジュリとハナ。
 玄関の前、ちょうど仕事帰りのサラと出会った。

「あれ? ジュリとハナちゃん、もう帰って来たんだ。どうだった? 3番バッター・カレンの作戦は?」

 と、わくわくとした様子のサラ。
 ジュリがふと笑顔を作って答える。

「すみません、サラ姉上。僕、失敗しちゃったみたいです」

 そんなジュリの返事を聞き、「そっかあ」と小さく溜め息を吐いたサラ。

「ま、落ち込まないで次の作戦頑張んな」と、ジュリの頭を撫でた。「このアタシ、4番バッター・サラ姉上の作戦をね!」

 ジュリはハナと顔を合わせてぱちぱちと瞬きをしたあと、首をかしげながらサラの顔を見た。

「どんな作戦ですか? サラ姉上」

「来月行われる、毎年恒例のギルドイベントはなーんだ」

 毎年10月にはギルドイベントが行われる。
 スポーツのときもあるが、大抵は『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』である。
 その場合賞金等はなく、参加は自由。

「今年もトーナメントバトルなんですか? サラ姉上」

「そそ。賞金も出ないこのギルドイベントには、今年も自分の力に自信と誇りを持ってるハンターが参加してくるだろうね」

「わあぁ、そっかあ。皆さん強いんだろうなあ」

「ってわけで、ジュリ。あんたも参加しな。親父がうるさいようだったらアタシが黙らすから」

「えっ、ぼ、僕もですかっ?」

 と困惑してしまうジュリに、サラは頷いて言う。

「あんたも、ライバルのミカエルもハンターとなれば、これしかないっしょ。ミカエルもそこそこ自分の力に自信があるみたいだし、絶対に出てくるよ。トーナメントバトル初日の新人ハンター級でミカエルと戦って、そして勝ってリーナにカッコイイとこ見せてやりな」

「ミ、ミカエル様と戦うだなんて、そんなっ……!」

「列記としたギルドイベントで戦うんだから、遠慮なんかしてないで思いっきり行くんだよ?」

「え、えと……」

「いいね?」

「…は…はい、サラ姉上っ……」

 と、半ば強引に来月の『全島ハンター・各階級別トーナメントバトル』に参加させられることになったジュリ。
 そうと決められてしまっては仕方がないし、ミカエルには負けたくないというのが正直なところだった。

(よ…、よしっ……! トーナメントバトル、頑張るぞっ……!)
 
 
 
 
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