第5話 家族全員+リーナで行くんです


 ジュリ宅の書斎の中にいるリュウとリーナ。

「ぜひジュリをローゼの婿にして、城に迎え入れたいぞ!! 良いであろう、リュウ!? なあ、良いであろうっ!?」

 リュウに掛かってきた、そんな電話の相手――現在の葉月島を担う王の言葉に、

 ブチブチブチィっ…!

 と、己の中で何かが切れる音がした。
 ガタガタと窓ガラスが揺れ、触れてもいないのに粉砕する。

「却下に決まってんだろうが!!」

 とリュウが声をあげるとほぼ同時に、リーナも声をあげる。

「ええわけあるかいなボケェェェエエエェェェェエエェェエエェェエエェェエェェェエっ!!」

「おや? どこの子猫ちゃんかな?」

 と、王。

「ジュリちゃんと結婚するのはうちって決まっとんのやっ! いくら王さまの頼みとて許さへんでっ!!」

「リーナっす」と、リュウが王の質問に答えた。「リンクとミーナの娘の」

「リンクとミーナの?」王が、興味津々と訊く。「何だ…その、ミーナ似だったりするのか…!? 年はいくつだ……!?」

「白猫の尾っぽはねーが、ミーナと瓜二つっすね。身長も同じだし。年は20歳」

「お……おおお!」と声を高くした王。「なんと愛らしいのだ! ぜひ会ってみたいぞ私は!」

「じゃー、リーナを1日レンタルする代わりにジュリの婿養子話を諦め――」

「って、なんでやねん!」とリーナがリュウの胸元をどつく。「うちを犠牲にすんなっ!」

「チッ、駄目か……」

「当たり前やっ!」

 とリュウをもう一発どついたリーナ。
 リュウの手から携帯電話を奪った。

「ちょお、もしもし!? 王さまです!?」

「おお、リーナか!」

「そうです、リーナです! ジュリちゃんの婚約者はうちです! せやからジュリちゃんのこと諦めるよう、ローゼさまに言っといてくださいっ!!」

「そうか、そなたはジュリのフィアンセであったか。それは失礼した」

「まったくやで!」

「そう怒らないでくれ、子猫ちゃん。残念だが、私からローゼに伝えておこう。だが……」

「だが?」

 リーナは眉を寄せた。
 王が続ける。

「次の舞踏会に顔を見せてくれると嬉しいのだが? 子猫ちゃん?」

「うちが舞踏会に……?」

 ここ葉月島で毎月始めにヒマワリ城で行われる舞踏会。
 それには毎月警護の仕事でリュウと、交代で代わる代わるシュウとレオンが行っている。

(ここは断ったらあかんよな……、王さま、ローゼさまに諦めるよう言ってくれるし)

 それに、

(ジュリちゃんも連れて行ったら、うちジュリちゃんと踊れるやろか……)

 ドレスを身にまとった己と、燕尾服を身にまとったジュリが踊っている姿を想像して、リーナの胸が動悸をあげる。

「わ…分かったで、王さま! うち、次の舞踏会でリュウ兄ちゃんに着いて行くで!」

 王が歓喜に声を高くしたのを聞いたあと、リーナは電話を切った。
 そこへ書斎のドアが開き、シュウが眉を寄せながら姿を現した。

「こら、リーナさっきからうるせーぞ。何したんだよ。子供たちもう寝たから静かにしてくれ――って、窓ガラスねーし……」

「シュウくん、次の舞踏会にうちも行くで! あと、ジュリちゃんも!」

「はぁ!?」と不機嫌そうに声をあげたのはリュウだ。「おまえはともかく、何でジュリもなんだよ!? 王がジュリと踊りたいとか抜かしたらどうすんだ!」

「いくらなんでもそれはないやろ、リュウ兄ちゃん。ジュリちゃん男の子なんやから。うち、ジュリちゃんと踊ってみたいのや!」

「あら、舞踏会に行くの? リーナちゃん」

 と、姿を現したのはカレンだ。
 傍らにサラの姿もある。

「うん、うちもついに舞踏会とやらに行くで!」

「まぁ、羨ましいわ。あたくしも久々に行きたいわ」

 と、カレンがちらりとシュウを見る。

 びくっとしたシュウ。
 慌てて首と手を横に振る。

「だ、だだだ、駄目だハニーっ! あのセクハラ王に狙われる!」

「あたくしだってあなたと久々に踊りたいのですわ」

「で、でも――」

「お願い、ダーリン♪」

 と上目遣いでカレンに頼まれたシュウ。

「OKっ♪」

 思わず許可。
 その後、しまったと頭を抱えて絶叫する。

「カレンも行くならアタシもー」

 とサラも言い出し、リュウが慌てて声をあげる。

「だっ、駄目だサラっ! 王に狙われる!」

「レオ兄もご婦人たちから人気あるから、ずっとっていうわけには行かないだろうけどさ? それでもなるべくレオ兄と踊ってるから大丈夫だって」

「それはそれでムカつく!」

 と騒いでいるところへ。
 今度はリン・ランが登場し、声をそろえる。

「えーっ? カレンちゃん、舞踏会に行って兄上と踊るのですかなのだーっ!?」

「ええ、そうよ♪」

「わっ、わたしたちも行きますなのだっ! カレンちゃんばっかりズルイですなのだっ!!」

 おまえたちまで何を言い出すのかと、リュウが声を上げようとしたとき。

 さらに三つ子――ユナ・マナ・レナが登場。
 ユナ、マナ、レナの順に言う。

「えっ、お姉ちゃんたち舞踏会に行くのっ? いーなあ、あたしもパパと踊りたい!」

「あたしもグレルおじさんと踊る…」

「あたしもミヅキくんと踊りたいなあっ!」

 さらに、ミラも駆けつけて来。

「ええっ? みんな舞踏会に行くのっ? あぁん、パパぁんっ! 私を腕に抱いて踊ってぇぇええぇぇええぇぇええぇぇぇええぇぇえっ!!」

 極めつけに、

「何っ!? おまえたち舞踏会に行くのか!? なら私も行くぞリュウ!」

 キラときたもんだ。

「バっ…!」溜まらず座っていた回転椅子から立ち上がったリュウ。「キラ、おまえだけは絶対に駄目だ!」

「何故私だけは駄目なのだ!」

「王が未だにおまえのこと狙ってるからに決まってんだろうが!」

「王が心配なら、リュウがずっと私と踊ってれば良いではないか!」

「俺だってそうしてーけどな、俺は舞踏会に集まった婦人の相手もしなきゃいけねーんだよ!! んなこと、おまえだって分かってんだろうが!」

「ああ、分かっている! だけどな、私だって……」

 と始まったリュウとキラの口喧嘩。
 断固として折れないにリュウに、やがてキラが泣き出す。

「ふ…ふにゃああああああああああん! 私だって、たまにはリュウと踊りたいのだあぁあああぁああぁああぁぁあああぁぁあああぁぁああぁぁあっ!!」

「が……我慢しろ」

「ふにゃああああああああああああん! 今夜は絶対抱かせてやらないのだあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああっ!!」

「――!!?」驚愕したリュウ。「バっ…!? イ、イトナミお預けだと!? 俺を病気にする気か!!」

 と激しく狼狽してしまう。

 加えてキラの涙。
 それは骨肉の争いを巻き起こす恐れがあるもの。

 ファザコンのミラとユナを除き、ギロリと一斉にリュウに視線を突き刺す一同。

 そしてその一同を見回したリュウ。
 顔を引きつらせたあと深く溜め息を吐き、

「孫――チビたちだけ残してくわけには行かねえから…、次の舞踏会家族全員で行くぞ……」

 ということにしてしまった。
 
 
 
 
 4月の半ば過ぎ。
 今日は三つ子――ユナ・マナ・レナの24歳の誕生日パーティー故に、ジュリ宅のリビングは賑やかだった。
 毎月行われる誰かの誕生日パーティーには、ジュリとその家族の21人に加え、リンク一家――リンクとミーナ、リーナも加わる。

 ジュリは母や姉たち、姪、リーナを見回して、瞳を輝かせた。

「わあ、母上も姉上たちも、カノンとカリンも、リーナちゃんもとっても綺麗ーっ!」

 三つ子にそれぞれプレゼントを渡し終わり、食っちゃ飲みしようとしたところへ、特注で頼んでいた舞踏会用のドレスが届いた女たち。
 食っちゃ飲みして騒ぐのは後にし、早速試着していた。

「ジュリちゃん、ほんまっ? うち、この淡いグリーンのドレス似合っとる?」

 と、リーナ。
 ジュリがにこっと笑って言う。

「リーナちゃん、とっても似合うね。お姫様みたい」

「おっしゃ!」と、右拳を握ったリーナ。「こうして綺麗なドレス着たうちなら、王女さまにやって敵うはずやで!」

「ローゼさまがどうしたの?」

「ううんー、なんでもないでー」

 とジュリに笑顔を向けたあと、ソファーに座っているリュウに顔を向けて苦笑したリーナ。

「ちょお、リュウ兄ちゃん…、ものっそ暗いけど大丈夫かいな……?」

 と訊いたあとに愚問だと思った。

 ドレスを身にまとい、タダでさえ美しいというのにいつもより輝きが8割増しなった妻や娘、孫娘たちを目の前に、それはもう深い溜め息を吐いている。
 普段はシュウと年の近い兄に思えるほど若いのに、一気に老けたように見える。

 手に持っていたウィスキーの入ったグラスを床に落とし、リュウが突然頭を抱えて発狂する。

「ぐああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあ!! 俺の可愛い黒猫(キラ)が、娘が、孫娘がセクハラ王のターゲットになるうぅぅううぅぅううぅぅうぅうううぅううぅぅうぅぅう!!」

「お、落ち着きや……」

「すでにキラはターゲットだがぁぁああぁぁああぁぁああぁあぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあ!!」

「せ、せやな……」

「そしてジュリまでもがあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁあ!!」

「いくらなんでもジュリちゃんは王さまのセクハラのターゲットにはならんやろ、男の子なんやから」

「ジュリが男!? 男だと!?」

「男の子やん……」

「そんなバカなっ…! ジュリは股間に生えてないっ…! ヤロウの印であるモノなんか、生えてねえんだあぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあ!!」

「いや、生えとるの知っとるやろ?」

「認めたくねーんだと」

 と、言ったのはシュウだ。
 苦笑して続ける。

「ジュリが男だって認めたくねーんだとよ、親父。何を今さらって感じだけど……。ジュリが成長するにつれ、ジュリと風呂入らなくなって行ってさ。今では何が何でも絶対にジュリとの風呂は避けてんの」

「ああ、そうかいな……」

 呆れて溜め息を吐いたリーナ。
 母や姉、姪たちのドレスに見惚れているジュリをちらりと見たあと、リュウの隣に腰掛けた。

「な、なあ、リュウ兄ちゃん……?」

「ぐああぁぁあぁぁああぁぁあぁぁあっ!! カノン・カリンもキラ似だっつのにぃぃぃいぃぃいいぃ――」

「ああもうっ! うちの話聞いてやっ!」

 とリーナがリュウの言葉を遮ると、リュウが振り返った。

「あ? なんか言ったか?」

「言っとるわ!」

「何だよ」

「その……」

 と、言い辛そうにもう一度ジュリの方に目を向けたリーナを見て、リュウが小声になって訊く。

「何だ、リーナ。ジュリのことか」

 頷いたリーナ。
 ジュリの方を気にしながら、リュウの耳元に口を近づける。

「この間、うちが言ったこと覚えてるか? ジュリちゃん、ハンターやっていくのキツイかもしれんって……」

「ああ、そのことか」

 リュウはその理由をまだリーナから聞いていなかった。

「ジュリちゃんがハンターになって2週間経つけど、やっぱりうち思ったわ。ジュリちゃん、ハンターには向いてへんかもしれん……」

 何故なら、とリーナが話を続けようとしたとき、シュウ・カレンの娘である6歳の双子――カノンとカリンがリュウの足元へと駆け寄ってきた。
 髪の毛は母親・カレンを継いで赤いものの、キラそっくりなその顔立ちを微笑ませ、声をそろえてリュウに訊く。

「おじいちゃま? あたくちたち、ドレスにあうかちら?」

「おお、可愛いぞカノン、カリン!」

 とカノンとカリンを抱っこし、すっかり鼻の下を伸ばしてしまったリュウ。
 にやにやと笑いながら、リーナに顔を戻す。

「で、何だってリーナ」

「せやからな? ジュリちゃ――」

 と話しを続けようとしたリーナの言葉を、

「おい」

 と、チビリュウ3匹――サラとレオンの長男・シオン(9歳)と、シュウとカレンの長男・シュン(7歳)と、レナとミヅキの長男・セナ(3歳)が遮った。
 大きい方から髪の毛の色は青、赤、茶。

 リュウそっくりな凛々しく整った顔立ちを不機嫌そうに歪ませてカノンとカリンの手を引き、シオン、シュン、セナの順に言う。

「師匠から離れろ。襲われるぞ」

「そうだ、師しょーからはなれろ。汚れるぞ」

「ししょーからはなねろ。はらむ」

 その3つの頭に、

 ゴスゴスゴスっ!!

 とリュウのゲンコツが1発ずつ。
 チビリュウ3匹が声をそろえて喚く。

「いってーな!! なにすんだよ!?」

「何すんだじゃねえ!! 何でそう可愛くねーんだよ、てめーらは!!」

「あんたそっくりだからじゃねーか!!」

「んだとコラ!!」

「やんのかコラ!!」

 とリュウとチビリュウ3匹が騒ぎ始めたところへ、

「ああもう、止めなよリュウ! 大人気ないな!」

 レオンと、

「兄さんもシュンもセナも、おじいさまに逆らっちゃダメだよ!」

 その次男・ネオン(7歳)が止めに来るものの、騒ぎは収まらず。

「もうええわ……」

 リーナは深く溜め息を吐き、リュウの隣から立ち上がった。
 ジュリのところへと向かって行って、今度はその隣に腰掛ける。

「もうちょっとで舞踏会やなあ、ジュリちゃん。ダンスのステップ、もう覚えたん?」

「うん、覚えたよ!」

 初めて行く舞踏会が楽しみなのか、わくわくとした様子のジュリ。
 リーナの手を取って微笑む。

「一緒に踊ろうね、リーナちゃん!」

「うん…、一緒に踊ろな、ジュリちゃん」と、微笑み返したリーナ。「でもその前に…、やらなあかんこともあるよな? ジュリちゃん」

「え?」

 と首をかしげたジュリ。

「ジュリちゃんは、ハンターなんやから」

 そんなリーナの言葉を聞いて、その先の言葉を察した。
 困惑し、大きな黄金が揺れ動く。

「リーナちゃん、僕は…………」
 
 
 
 
 その頃のヒマワリ城。
 王とその娘――ローゼは、向き合って会話をしていた。

「だ、だからだな? ローゼ……」

「嫌ですにゃ、お父上」

「し、しかしな? ジュリにはもうフィアンセがいて……」

「関係ないですにゃ、お父上」

「だ、駄目だローゼ。ジュリを奪ってしまったら、フィアンセのレディが涙に暮れてしまうのだ……」

「このままじゃローゼが涙に暮れますにゃ、お父上」

「うっ……」

「お父上はおとなしく、娘の幸せのために動けばいいのですにゃ」

 そう言い、去っていく娘・ローゼの背を見送りながら、王は苦笑した。

(す…すまぬ、リーナ……。来月の舞踏会までにローゼを説得できそうにもないぞ……)
 
 
 
 
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