第37話 「1番バッター行くぜーっと♪」 前編


 己の過ちで大切なリーナを失ってしまい、自分の部屋の中で丸1日泣いていたジュリ。
 突然父親・リュウの師匠兼、姉の次女・サラの旦那であるレオンの飼い主であるグレルが部屋に入ってきて、突っ伏していた枕から顔をあげた。
 毎日見ていても、その外見は一瞬熊かと錯覚してしまう。

「おいおい、ジュリ。いつまでも泣いてんじゃねーぞーっと♪ おまえの家族であるオレたちが、またリーナを取り戻せる作戦を考えてやるからよ♪」

「えっ……?」

「ってわけで、1番バッターはオーレ♪ きっと一発でリーナを取り戻せるぞーっと♪ ほーら、早く涙を拭えよ!」

「は、はいっ……」

 と手の甲で涙を拭い、身体を起こしたジュリ。
 グレルの話に耳を傾けた。

「いいか、ジュリ」

「は、はい、グレルおじさん」

「まずおじちゃんが思うに、おまえには男らしさが足りねーよ」

「お、男らしさ……ですか?」

「そうだ、男らしさだ。おまえは男らしくねーから駄目なんだぞ、おじちゃんと違って! いいかー、女が男のどこに惚れるかってな?」

 と、着ていた衣類を脱ぎ捨てパンツ一丁になるグレル。
 全身を覆っている黒々とした体毛が現れてますます熊に見える中、両腕の上腕二等筋肉をムキムキっと盛り上がらせ、

「この、肉・体・美! だぞーっと♪」

「わあ、そうなんだあ」

「加えて豊富な知識!」

「知識って?」

「おまえ、おじちゃんのこのポーズ何ていうか分かるかーっ?」

「筋○マンのポーズ……」

「ノン・ノン! フロントダブルバイセップスだ! そして、後ろ姿を見せれば、バックダブルバイセップスって言うんだぞーっと♪ そしてこれがフロントラットスプレッドで、後ろ姿を見せればバックラットスプレッド。これがサイドチェストで、こうするとサイドトライセップス。んでさらにこれがアドミナブル・アンド・サイで、一番強そうに見えるこの格好がモスト・マスキュラーだぞーっと♪」

 と、次から次へとボディビルのポージングを取るグレルに、ジュリは興奮したように声を高くする。

「わあぁ! すごいですグレルおじさん! 知識が豊富ですーっ!」

「がっはっは! そうだろそうだろ! そしてさらに女を惚れさせるのに極めて重要なのが……って、あれぇー?」と、ジュリを見つめ、ぽりぽりとコメカミを掻くグレル。「なあ、ジュリ。おまえよ……?」

「はい、グレルおじさん」

「知識と筋肉は頑張って身につければいいと思うが……」

「はい?」

「女を惚れさせるのに1番重要なアレがねーんじゃねーか?」

「――えっ?」
 
 
 
 
 ジュリの姉であり、三つ子の真ん中の子――六女・マナは、魔法薬専門の大学に通っており、現在6年生だ。
 今日は午前中で学校が終わり、自分の部屋で魔法薬の調合をしようと早くに帰宅した。

 その途端、2階から響いてきたジュリの泣き声。

「ふみゃあぁああぁぁああぁぁああぁぁあん!」

 もしかしてまだ泣き止んでいなかったのかと心配しながら、2階へと上って行ったマナ。
 泣き声はジュリの部屋からではなく、その隣の自分とユナの部屋からだった。

「ジュリ…? どうしたの…? あたしの彼――グレルおじさんは…?」

 とマナが部屋の中に入ると、マナのベッドに突っ伏して泣いていたジュリが駆け寄ってきた。

「グレルおじさんはお仕事に行きましたっ……! それよりマナ姉上、助けてくださいぃぃぃっ!」

「どうしたの…?」

「僕、知識も筋肉もまだないけど、リーナちゃんにまた好きになってもらうための一番重要なものを持ってなかったんです!」

「一番重要なものって…?」

 とマナが首をかしげながら訊くと、ジュリがしゃくり上げながら答えた。

「け、毛ですぅっ……」

「け…?」

 とマナがきょとんとする中、ジュリが続ける。

「おっ…おヒゲぇっ……!」

「え…?」

「むっ、胸毛ぇっ!」

「は…?」

「スネ毛ぇっ!!」

「へ…?」

「ギャランドゥッッッ!!!」

「………………」

 十数秒の間、ジュリの泣き声だけが響く。

(正気だろうか…)

 そうであることは知っているのだが、思わず疑問に思ってしまうマナ。
 再び口を開いた。

「それどうかと思うんだけど…」

「女の子を惚れさせるのに一番重要だって言われたんです!」

「誰に…?」

「グレルおじさんです!」

 なんてジュリの返答を聞いた数秒後。
 ぽっと頬を染めたマナ。

「そうだね…、必要だね…。さすがあたしの彼…♪」

 前言撤回。
 棚に並べてある材料を手に取り、いそいそと魔法薬の調合を始めた。

「待ってて、ジュリ…。あたしが全身ムキムキ&ふさふさになれる薬を作ってあげるからね…」
 
 
 
 
 それは3日後の朝食後のこと。

 絶世の美少年・ジュリ。
 現在15歳。
 身長160cm・体重42kg。

 突然筋肉隆々90kgになりました。

 加えて鼻から下の全身には黒く艶めいた剛毛が生え。

 自分の部屋の中、パンツ一丁のジュリは全身鏡に映る己を見てその大きな黄金の瞳を輝かせる。

「わあぁぁぁ…! 僕に念願のおヒゲがっ…! 胸毛が、スネ毛がっ…! ギャランドゥがっ……!」

「うんうん、カッコイイぞーっと♪」

 とジュリの全身を見渡し、満足げに頷いているグレル。
 その左肩に抱っこされているマナが、続いてうんうんと頷いて口を開く。

「さすがあたしの彼…」

「がっはっは! おじちゃん、さらにマナを惚れさせちゃったぞーっと♪」

「ジュリ、リーナのところへ行っておいで…」

「頑張れよな、ジューリっ♪」

「はい、グレルおじさん! マナ姉上! ボディビルのポーズも覚えたし、リーナちゃんのところへ行ってきます!」

 と張り切ったジュリ。
 部屋から飛び出して1階へと続く緩やかな螺旋階段を駆け下り、両親の寝室へと向かっていく。

「父上ぇぇぇぇ! リーナちゃん今日どこでお仕事してますかぁぁあぁああぁあぁぁあ!?」

 とジュリが叫びながら両親の寝室に入ると、そこにはリュウの姿もキラの姿もなかった。
 そのとき、備え付けのバスルームの中で洗面台を使っていたリュウ。

「リーナなら、今日はまずアサガオ平原にいるんじゃねーか」と答えてバスルームから出た瞬間、驚愕して飛び退る。「――なっ…!? ジュ、ジュジュジュ、ジュリ……!?」

「アサガオ平原ですね! 分かりました!」

「お、おおお、おま、そそそ、その身体と、け、けけけけけけけ毛、どうし……!?」

 えへへ、と照れくさそうにジュリが笑う。

「どうですか? 父上! 僕、男らしくなったでしょ?」

「……っ……!?」

 あまりの衝撃に、パニックに陥るリュウ。

(い、一体何がどうなっている…!? こ、こんなのジュリじゃねえっ…! 俺の可愛いジュリじゃねえ! 夢だっ…、夢なんだっ…! 誰か夢だと言って……く…れ……!!)

 バタッ…

 失神。

「父上っ!? どうしたんですか!? た、大変だ! 父上が倒れちゃった! 早く兄上のところに連れて行かないと!」

 と、仰向けに倒れたリュウの片足を片手で掴んだジュリ。
 リュウをずるずると引きずりながら、再び2階へと駆けていく。

 ズゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!

 と後頭部ぶつけまくりのリュウだったが、バケモノだから大丈夫だろう。
 向かって一番右端のシュウ・カレン夫妻の部屋のドアをバンバンと叩き、ジュリは叫ぶ。

「兄上、大変です! 父上が倒れたから早く治癒魔法を!」

「――えええっ!!?」

 と驚愕し、慌ててドアを開けたシュウとカレン。

「親父っ!?」

「お義父さまっ!?」

 ジュリの姿が目に入り、

「――って……!?」

「――ちょ……!?」

「ぎっ、ぎゃあぁぁあああぁぁああぁあぁあぁぁああぁぁあっ!!」

「きっ、きゃあぁあぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」

 抱き合って絶叫した。

「兄上! 早く父上に治癒魔法を!」

「わ、わわわ、分かった、掛けとくっ…! そ、そそそ、それよりジュリおまえ、一体どうし……!?」

「かっこいいでしょ♪」

「かっこい……!?」

「僕はこれから出掛けなきゃいけないので、父上のことは頼みました兄上! それじゃっ! ……あっ、雨降ってるからレインコート着て行かないとっ!」

 と、一度自分の部屋に戻り、襟が高く足首まであるレインコートを身にまとい、そのあとドスドスと足音を立てながら元気良く1階へと駆けて行くジュリ。
 靴を履いて屋敷から飛び出し、アサガオ平原へと向かって行った。
 
 
 
 
 葉月島には3つの平原――アサガオ平原とヒルガオ平原、ヨルガオ平原がある。
 そのうちの1つであるアサガオ平原で、リーナとミカエルは雨の中で凶悪モンスターが出てくるのを待っていた。

「うーん、なかなか目当ての凶悪モンスターが出てこないな。巨大スライムでいいんだよな、リーナ?」

「うん。体長5mもあるスライムやから、出てくればすぐに分かるんやけど……」

 と言ったあとに、リーナが口元を手で押さえて大きな欠伸をした。
 それを見てミカエルが溜め息を吐く。

「だーから早く寝ろと言ったじゃないか、リーナ?」

「せやかて、ミカエルさまとの長電話が楽しいんやもん」

 とリーナが笑ったときのこと。

「リーナちゃん!!」

 と突然ジュリの声が聞こえ、リーナはドキッとしながら振り返った。
 ミカエルもその声に顔を強張らせながら振り返る。

 すると2人の前方10mのところに、ジュリの姿があった。

「…ジュ…、ジュリちゃ……」

 と困惑しながら名を呼んだあとに、リーナは違和感を感じて眉を寄せた。
 ミカエルも眉を寄せる。

 襟が高く、鼻の下から足首まであるレインコートを着ていて身体が見えない状態のジュリであるが、何だかおかしい。
 身体が今までよりも一回りも二回りも大きく見える。

「リーナちゃん! 僕、男らしくなったよ!!」

 と言うなり、ジュリがレインコートを脱ぎ捨てた。
 
 
 
 
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