第29話 城の中の王女 中編


 7月の頭。
 今月のヒマワリ城への舞踏会へは、いつも全体の警護の仕事で来るリュウの他にジュリとリーナ、チビリュウ3匹――シオン・シュン・セナでやって来ていた。

「リーナちゃん、本当に黄色とオレンジ色のドレス、すっごく似合うねー!」

「ほんまーっ?」

「うん! すっごく可愛いーっ!」

「ありがとう、ジュリちゃん! うちめっちゃ嬉しいわ!」

 なんて会話をジュリとリーナがしながら、リュウを先頭にダンスホールの入り口付近まで来たとき。
 ダンスホールの入り口に、ピンク色を中心とした煌びやかなドレスを身にまとったローゼと、いつもは舞踏会をサボりがちなミカエルの姿が目に入った。

 ミカエルの身体に隠れるようにして俯きがちに立っていたローゼが、ジュリの姿を見るなり白猫の耳をぴんと立たせて駆け寄る。

「ジュリさん! 待ってましたにゃっ! ジュリさん、ジュリさん、ジュリさあぁぁああぁぁあぁぁあん!」

 同時に、リーナの姿を見るなり顔を輝かせたミカエルも歩み寄る。

「おお、リーナ! 似合うな、ドレス! 可愛いな、待ってたぞリーナ!」

「おい」

 と、不機嫌そうに顔を顰めたリュウ。

 ビシッ

 とローゼにデコピン、

 ゴスッ!

 とミカエルにゲンコツをして言う。

「おまえらこの俺に挨拶はねえのか!」

 シオン、シュン、セナと続く。

「そーだ。俺たちもいるっつのに」

「そーだ。気づけっつの」

「そーだ。バーカ」

 ローゼは額を押さえ、ミカエルは頭を抱えて言う。

「ご、ごめんなさいですにゃ…。ジュリさんが来たから、つい嬉しくて……」

「わ、悪い…。リーナにあまりにもドレスが似合っていて……」

「というわけでジュリさん! 今日もローゼとたくさん踊ってくださいにゃーっ♪」

 とローゼがジュリの手を取ってダンスホールの中へと駆けて行く一方、

「な、なあ、ミカエルさま……」

 と、小声になるリーナ。
 辺りを見回しながら訊く。

「正室のお妃さまって、どの人やっけ」

「私の母か? それなら……」

 と、ミカエルがダンスホールの中を指差した。
 その先には、中央からやや右寄りに3人の女性が立っていた。

「あの3人の真ん中にいる、パープルのドレスを着ているのが母だ。左側は姉、右側は妹だ」

「あれが……」

 と呟き、その3人の姿を目に焼き付けるリーナ。
 その様子を見たリュウが、溜め息を吐いて言う。

「昨日の俺の言葉、忘れんじゃねーぞリーナ」

「う、うん……、分かっとるリュウ兄ちゃん。うち、王族内の内輪揉めには首突っ込まへんから」

 と言ったリーナだが、ミカエルと共にダンスホールの中に入るなり、正室の妃やその娘2人をちらちらと見つめて気になっている様子。

 今度はチビリュウ3匹が溜め息を吐いた。
 シオン、シュン、セナと、呆れたように言う。

「リーナの奴、首突っ込む気満々じゃねーか」

「あいつ、お人好しっつーか、何つーか……」

「バカだな」

「さすがリンクの娘だろ。ったく、あいつは……」

 と続いて、再び溜め息を吐いたリュウ。
 その顔を見上げて、シオンが言った。

「師匠は女たちのダンスパートナーの相手で忙しいんだから、気にすんな。リーナは俺たちが見ててやっからよ」

「そうか。んじゃ頼んだぞ、おまえら」

 承諾したチビリュウ3匹。
 ダンスホールの中に入って行き、端の方に並べられたテーブルの上に用意されている料理に食いつきつつ、リーナに目を光らせる。

 チビリュウ3匹のうち、1番年長のシオンはミカエルの母と姉、妹にも目を向けていた。

(さっそく陰口かよ、オバサン)

 ローゼの方を見つめ、ひそひそと小声で何やら話しているミカエルの母と姉、妹。
 その露骨に顰めている顔を見れば分かった。
 ローゼの陰口を叩いているのだと。
 特にミカエルの母はひどく嫌悪しているようだ。

 その視線に気付いているのか、ふとローゼを見れば、ジュリの腕を抱きながら俯いている。
 歩くたびにそのピンクブラウンの髪の毛から垣間見える横顔は、笑顔だった。

 とても、不自然な。

 恐怖を隠そうと、必死に作られた笑顔だ。
 今にも泣きそうにさえ見える。

(ったく、仕方ねーな……)

 溜め息を吐いたシオン。
 近くにあった料理を適当に皿に盛り、それをミカエルの母たちのところへと持って行って突き出す。

「やる」

「まあ、わたくしたちに?」

 と、頬を染めて声を高くしたミカエルの母が料理を受け取り、ミカエルの姉や妹と共にはしゃいだ様子で食す。
 ローゼからシオンへと移った、ミカエルの母たちの視線。

 ミカエルの母たちの相手をしながら、ちらりとローゼに目を向けたシオン。
 少しの間ミカエルの母たちの様子を見たあと、いつもの自然な明るい笑顔に戻ってジュリと踊り出したローゼを見て、小さく安堵の溜め息を吐く。

「世話の焼ける女だ……」

 その後方から、シュンの声。

「おい、何してんだシオン! 早くしろよ」

「あ?」

 と眉を寄せてシオンが振り返ると、女の子相手に踊っているシュンとセナの姿が目に入った。

「うわ、師匠だけじゃなく、おまえらも女の相手かよ。ご苦労だな」

「おまえもだ、バーカ」

 と、セナ。

「あ?」

 とさらに眉を寄せたシオン。
 はっとして首を横に傾けると、そこには小さなレディの列が。
 ちなみにシュンのところには一回り小さなレディの列が、セナのところにはさらに小さなレディの列が出来ている。

「…………」

 顔を引きつらせるシオンに、近くを通りかかったリュウが踊りながら言う。

「チビっ子は俺と踊りたくても身長差ありすぎて踊れねーからな。おまえら俺の代わりだろ」

「げ、何だよソレ」

「ダンスのステップ叩き込んでやっただろ。舞踏会を穏便に終えるためだ。分かってんな、シオン?」

「はぁ? ……ったく、俺はこんなメンドクセーことまでするつもりなかったっつーのに!」

 と文句を言いながらも、シオンは列を成していた先頭の小さなレディとダンスホールに出て行った。

 それを遠くから見ていたミカエルがおかしそうに笑う。

「シオンもシュンもセナも、モテモテだな」

「あそこの血族の男たちの運命や。うちのおとんみたいにモテへんのも哀れやけど、リュウ兄ちゃんたちほどモテてしまうともっと哀れに見えんで」

 と、ミカエルの傍らでシャンパンを飲んでいたリーナ。
 目線はさっきからずっと、ミカエルの母たちから外れていない。

「……なあ、ミカエルさま。もう大丈夫やろか」

「ああ。私の母たちの視線は、すっかりローゼから外れたな」

「せやな……、大丈夫やんな」

 と小さく溜め息を吐き、リーナは一緒に踊っているジュリとローゼに顔を向けた。
 2人の楽しそうな笑顔が目に入る。

(うちは今日ジュリちゃんと踊ってやらへんつもりやったけど…、やっぱりちょっと羨ましいなあ、ローゼさま……)

 そんな心境が顔に出てしまったリーナ。

「大丈夫か?」

 そんなミカエルの言葉に、はっとして笑顔を作った。

「うん、平気やで! ジュリちゃんにドレスめっちゃ似合うって言ってもらったし、今日はもうええねん! これで満足や! ……あっ、せや! ミカエルさま、ほんまにありがとな!?」

「何がだ?」

「うちに似合うドレス選んでくれて!」

「選んだって言っても、カラーだけだぞ」

「せやけど、うちジュリちゃんの言葉めっちゃ嬉しかったねん! ここに来るまで、何度も言ってくれたんやで! 黄色とオレンジのドレス似合う、可愛いって!」

 そう言って頬を染めて笑うリーナを見つめ、ミカエルは複雑な気持ちで微笑む。

「そうか……、良かったなリーナ」

「うんっ♪ ほんまにありがとな、ミカエ――」

 すっとミカエルの手が差し出されてきて、リーナは言葉を切った。
 首をかしげて訊く。

「なんや?」

「私と踊らないか? リーナ♪」

「え? あー、ミカエルさま、今日のうちがあまりにも可愛いんで惚れたんやろ!」

「ま、そんなところだ♪ 壁の花にしておくには勿体なくてな」

「まぁーったく、仕方あらへんなあ」

 と笑ったリーナ。
 ミカエルの手の上に小さな手を乗せ、ダンスホールへと出て行った。

 それから少しして、ジュリの黒猫の耳がぴくぴくと動く。

(あれ、リーナちゃんの笑い声……?)

 ローゼと踊りながら、それが聞こえた方へと顔を向けたジュリ。
 他のペアたちの隙間から、リーナの笑顔を見つけた。
 そしてリーナの身体を抱いて踊っている男を見るなり、むっと腹を立てる。

(ミカエルさま……)

 ローゼがジュリの顔を覗き込んで訊く。

「どうかしましたかにゃ? ジュリさん」

「あ、いえっ、ローゼさま」とジュリはローゼに顔を戻した。「ただ、リーナちゃんとミカエルさまも踊り出したなあと思って……」

「ああ」

 と、ローゼがちらりとリーナとミカエルに顔を向けた。
 白猫の耳をぴくぴくと動かして言う。

「楽しそうな声が聞こえてきますにゃ」

「は、はい……」

「あんまり認めたくないけど、今日のリーナさんとってもお綺麗ですにゃ」

「あ、はい、とても!」と、ジュリが笑う。「今日のリーナちゃん、ドレスがとっても似合ってて! 僕、見惚れちゃった! あっ、もちろんローゼさまもとってもお綺麗ですけど!」

「ありがとうございますにゃ、ジュリさん」と笑ったローゼ。「それで、リーナさんのあのドレスのことなんですけどにゃ?」

 と、続けた。

「はい?」

「ミカエル兄上が選んであげたそうですにゃ」

「……え?」

 と、ジュリの笑顔が消える。

「リーナさんにはイエローとオレンジが似合うって、兄上が言ったそうですにゃ。だからリーナさん、あのドレスを着てきたんですにゃ、きっと」

「…そ…そうですか……」

 と再び笑顔を作ったジュリ。

(もしかしてリーナちゃん、ミカエルさまのためにあのドレス着てきたのかな……)

 ふと、そんなことを思ってしまい、胸の中がもやもやとし始めた。

 黒猫の耳は、近くにいるローゼの声よりも、遠くにいるリーナの笑い声を聞き取り。
 大きな黄金の瞳も、目の前のローゼではなく、リーナの笑顔を捉えてしまう。

 ジュリはリーナの笑い声も、その笑顔も大好きだ。
 でも、今リーナにそうさせているのはミカエル。

 そう思うと、胸のもやもやは増して行く。

「ジュリさん、ジュリさん」と、今流れている曲が終わりに近づいたとき、ローゼが張り切ったように声を大きくした。「次の曲もローゼと踊ってくださいにゃ!」

「……ごめんなさい、ローゼさま」

 と、呟いたジュリ。
 曲が終わった途端、ローゼから離れて行った。

「僕、ちょっと……!」

「あっ、ジュリさんっ!」

 とジュリに手を伸ばし、追いかけようとしたローゼ。
 だが、ドレスの裾を踏んづけてしまって前のめりに転んでしまった。

「ふにゃっ」

 床にうつ伏せに倒れ、その際に片方の靴が飛ぶ。
 その瞬間、ローゼの後方から声があがった。

「きゃっ! わたくしのドレスが!」

 はっとしたローゼが倒れたまま振り返ると、パープルのドレスの裾の上に飛んだ靴が乗っかっているのが目に入った。

「あっ、ごめんなさいですにゃ!」

 とローゼが慌てて起き上がり、四つん這いになって靴を取る。
 そしてそのパープルのドレスを着た婦人の顔を見上げた途端、ローゼの青い瞳が恐怖に満ちていった――。

 いくつかのペアにぶつかってしまいながら、共に踊っているリーナとミカエルのところへと駆けて行ったジュリ。
 次の曲が始まろうか寸前、リーナの手を引っ掴んだ。

「リーナちゃんっ」

「ジュ、ジュリちゃんっ?」と、驚いたリーナの目が丸くなる。「ど、どうしたん?」

「…ド…ドレス……」

「ドレス?」

 と鸚鵡返しに訊いたあと、自分のドレスに目を落としたリーナ。
 そのあと、再びジュリの顔を見て頬を染め、嬉しそうに笑った。

「ああ、ジュリちゃん、また褒めに来てくれたん? ありが――」

「どうしてそれ選んだの?」

「え?」

 と首をかしげるリーナから、ジュリが顔を逸らして言う。

「僕、リーナちゃんには他の色の方が合ってると思う」

「――えっ……?」

 と消えてしまったリーナの笑顔。
 ミカエルが慌てたように言う。

「何言ってんだ、ジュリ? このイエローとオレンジのドレス、リーナによく似合っ――」

「似合ってないです! ミカエルさまはリーナちゃんのこと良く分かってないんです!」

 と言って、ジュリがミカエルを睨むように見上げる。
 その頬がぱんぱんに膨れ上がっていて、ミカエルは苦笑する。

「ああもう…、そういうことかジュリ……。ちょっと来い……」

 とジュリがミカエルにどこかへと引っ張られて行く一方、リーナは沈んでいた。
 ついさっきまで浮かれて空を飛んでいた気分だったのに、一気にどん底だ。

(なんや…、うち、このドレス似合ってなかったんや……。ジュリちゃん可愛い言ってくれたの、単なるお世辞やったんか……)

 肩を落としてダンスホールの端の方へと向かって行き、シャンパンの入ったグラスを手に取ったリーナ。

「はぁーーーっ……」と深く溜め息を吐き、「うおおぉぉぉおおぉぉぉお! ヤケ酒やあぁぁああぁぁああぁぁぁぁああぁぁああぁぁあぁぁぁあっ!!」

 シャンパン、一気飲み。
 次から次へとシャンパンのグラスを空けて行くリーナを、シオン・シュン・セナが踊りながら飽きれたように見つめる。

「なーにしてんだよ、リーナ…。ハーフだから人間よりもアルコール分解能力が高いとは言え、そんなにシャンパン飲んだら酔っ払うぞ……」

「放っておいてや、シオン! ヤケ酒でもせなやってられんわ!」

「ジュリ兄にフラれたのか」

「まだ振られてへんわ、シュン! せやけどっ、せやけどっ……! どうせうちなんてスッポンなんやあぁぁああぁぁあぁぁあ!!」

「だな」

「――って、絞め殺すでセナァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 と絶叫するリーナに、踊っているリュウが溜め息を吐いた。
 リーナとシオン・シュン・セナの顔を見ながら口を開く。

「何やってんだ、おまえら」

「せやから、ヤケ酒やって言うてるやん、リュウ兄ちゃぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁあん!」

 と泣き出すリーナ。

「ローゼも、正室の妃もその娘たちも、ダンスホールから出て行ったぞ」

 というリュウの台詞に、はっとして泣き止んだ。
 ダンスホールの中を見回し、ローゼとミカエルの母たちを探す。

「あれっ!? ローゼさま!? お妃さま!? どこや!?」

「だから出て行ったって言ってんだろ」

「あ…、あかん……!」

 顔面蒼白したリーナ。
 シャンパンの入ったグラスを床に落とし、ダンスホールの戸口へと向かって駆け出す。

「ローゼさまっ……! ローゼさまぁぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあっ!!」

 だが、リーナは途中で急停止した。
 目の前に、腕が伸びてきて。

「うっわ、なんや!?」

 とその腕の主の顔を見ると、それはシオンだった。

「シ、シオン!? ど、どいてや! ローゼさまがっ、ローゼさまがぁぁああぁぁあぁぁあ!」

「うるせーな、落ち着け。おまえは余計な首突っ込むなって師匠に言われてんだろ。おまえじゃ危ねーんだ」

「せやけど――」

「だから」とリーナの言葉を遮ったシオン。「俺が行く」

 と言うなり、まだダンスの途中だというのに、ダンスホールから駆け出て行った。
 
 
 
 
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