第27話 (一応)知りました
晩ご飯後のジュリ宅のリビング。
そこにはジュリを除いた家族一同が集まっていた。
「ジュリが性教育の本を?」
とリュウの言葉を鸚鵡返しにしたのはシュウである。
「おう。バカエルが、コウノトリは赤ん坊を運んで来ないということをジュリに教えやがってよ」と、さも不機嫌そうに言うリュウ。「仕方ねーから、現実を教えるハメになったんだ」
「バカエルじゃなくて、ミカエルだろ…。相手は王子様だってのに、なんて失礼なんだうちの親父は……」
と苦笑してしまうシュウの傍ら、ソファーの上に腰掛け、我が子である次男のネオンを抱っこしているサラが言う。
「へーえ、子供向けの性教育の本かあ。ジュリが読み終わったら、ネオンに貸してもらおうかな」
「おい、サラ」
「何、兄貴?」
「まずはネオンよりシオンじゃねーの? 年齢的に……」
「何言ってんだよ、シュウ」
と呆れたように口を挟んだのは、サラ・レオン夫妻の長男シオン(9歳)である。
シュウの顔が引きつる。
「お、おまえな、いつも言ってるが伯父さんのオレを呼び捨てにするんじゃないよ……」
そんなシュウの言葉を聞いているのか聞いていないのか、シオンが溜め息を吐いて続ける。
「ガキ向けの性教育の本なんて、この俺が今さら読むかってんだ」
「はぁ?」
とシュウが声を裏返したあと、シュウの息子で長男のシュン(7歳)がうんうんと頷いて続く。
「オレも今さらそんなガキ向けのエロ本なんてキョーミねえよ、オヤジ」
「って、エロ本じゃなくて性教育の本で――」
「そうそう」と続いたのは、レナ・ミヅキ夫妻の長男であるセナ(3歳)である。「おれもいまさら、そんなのつまんねえっつーの」
チビリュウ3匹――シオン・シュン・セナがフンと鼻を鳴らすのを見て、シュウは驚愕してしまう。
「お、おまえらガキのクセに、いつの間にそんなこと……!」
「そんなに驚くことはないわ、あなた」と、カレンが溜め息を吐く。「だってシオンもシュンもセナも、お義父さま似なのだもの」
「そういうこと」
と同意したサラ。
膝の上のネオンの灰色の猫耳をいじりながら続ける。
「でも性教育した途端に女の子に興味持って、ネオンがいきなり彼女作っちゃったりして」
「あら、嫌なの? サラ?」
「だってさ、カレン。ママとしてはちょっと寂しいじゃん」
「おい、お袋」と、シオンが口を挟む。「俺はいーだろ? 女作って、んで将来は結婚しても」
「あー、うん。ママはあんたに訪れる性欲を止める自身はまるでないからね。好きにしな」
「おう」
「でもどうせなら、将来は親友(カレン)の子と結婚してくれるのがいいなあ……」
なんてサラの言葉にギクッとしたのは、シュンである。
赤い髪は母親のカレン譲りなものの、キラそっくりな顔立ちをした妹のカノン・カリンを背に庇って声をあげる。
「お、おい、サラ叔母さん!」
「シメられたくなかったらサラ姉さんって言いな」
「オレの妹は、ぜったいヨメになんかやらねえ! あきらめてくれ!」
「おまえこそ諦めろ」と、シオンがにやっと笑って言う。「カノン・カリンは俺の嫁! 素晴らしいぜ一夫多妻制! 俺マジハーレム!」
「けっ、なにいってんだ」と口を挟んだのはセナである。「カノン・カリンはおれのヨメだ!」
「んだとガキが!」
「てめーだってガキじゃねーかシオン!」
「ガキにガキって言われたくねえっ!」
「つか、オレの妹はヨメになんかやらねえって言ってんだろ! おまえらあきらめろ!」
とチビリュウ3匹が揉め始めると、それを止めようと割り込んでくるのがネオンである。
「ああもうっ、兄さんもシュンもセナもやめなよ! カノンとカリンがだれと結婚するかなんて、2人の自由でしょ!?」
「そうそう」
と同意したリュウ。
カノン・カリンに笑顔を向けて訊く。
「大きくなったら誰と結婚したいんだ? ん?」
にこっと笑ったカノン・カリン。
「もちろん、おじいちゃまなのでちゅわ♪」
とリュウのところへと駆けて行き、リュウの膝の上に腰掛けた。
顔を引きつらせるチビリュウ3匹に、リュウは勝ち誇ったかのようににやりと笑って顔を向ける。
「つーわけで、おまえらご愁傷様」
「…っ……!!」
ボカボカとリュウに殴りかかるチビリュウ3匹だが、もちろんリュウにとってそんなもの痛くも痒くもない。
その傍ら、マナが話を戻す。
「さて…、性教育の本を読み終わったジュリはどんな顔してここに来るかな…」
「はい」と、ユナが手を上げた。「顔真っ赤にして来ると思う」
「そうかなあ」と、サラ。「読ませてんのは子供向けの性教育の本でしょ? なーんの躊躇いもなくママやアタシたち姉、婚約者の身体洗うジュリだよ? どうやって子供が出来るかは分かっても、なんていうか…、性的な感覚がまだついて来てないっていうかぁ……」
「それって」とミラが口を挟んだ。「俗に言うエッチなことが分からないってこと?」
「そそ。つまりまだ子供なんだよ、ジュリは。だから恥かしくなって赤面してくる、なーんてことはないと思うなあ。刺激を与えてくれそうなエロ本ならまだしも、子供向けの性教育の本だし」
同意して頷いたマナ。
でも、と続けた。
「その性的感覚を覚える日も近いかも…。だって、最近になって嫉妬を覚えたし…。ちょっと心配してたけど、ちゃんとジュリはリーナに恋してるんだよ…」
「恋!」と、鸚鵡返しにたのはミラである。「そうね、恋をすれば、自然とキスしたい、触れ合いたい、抱き合いたいって思うものね! そしてそれから……! あぁーん、私を抱いてパパァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」
と卒倒しそうな勢いのミラに、リン・ランも続く。
「わ、わたしたちのことも抱いてくださいなのだ兄上ぇぇぇぇぇええぇぇえぇぇぇええぇぇぇえぇぇぇぇぇええっ!!」
「…………」
リュウとシュウ、冷や汗。
何もしてないし何も言っていないのに、何故か妻の視線が激しく痛い。
それに哀れんだレオンが、
「え、えーと、ジュリはまだかなー?」
と苦笑しながら話を逸らしたときのこと。
階段を下りてくる軽快な足音に、猫の耳を持つ一同が反応した。
リビングの戸口に顔を向ける。
「来たぞ」
とキラが知らせると、人間の耳を持つ一同も戸口に顔を向けた。
そしてやがて、
「読み終わりましたーっ♪」
と笑顔で登場したジュリ。
(ジュリが『顔を真っ赤にして来る』っていう、あたしの予想は外れたな)
なんて思いながら、ユナが訊く。
「どうだった?」
「僕、また1つ大人になりました!」と、ジュリは顔を輝かせながら言う。「赤ちゃんは、男の人と女の人が合体することによって出来るのですね! そして男の人の身体の中からオタマジャクシが出て、女の人のお腹の中で成長するのですね!」
「なあ、ジュリ…」シュウ、苦笑。「それってオタマジャクシじゃなくて精子だろ? オタマジャクシが成長したら、おま……」
「カエルが出てくるね…」と続いたマナ。「それから、ジュリ…? あと分かったことは…?」
「サラ姉上やレナ姉上、カレンさんのお腹が大きかったときは、赤ちゃんが入っていたのですね!」
ミヅキが首を傾げながら訊く。
「何だと思ってたの?」
「メタボ!」
「ぶっ」
と一斉に飲み物を吹き出したサラとレナ、カレン。
顔を引きつらせながらティッシュで口の周りを吹く。
一方のジュリ。
「僕、リーナちゃんやローゼさまとのイトナミ頑張らなくっちゃ♪」
と言って、再び軽快な足取りで2階へと駆けて行った。
サラが呆れたように溜め息を吐いて言う。
「あの様子だとアタシの予想が当たったね。性的興奮などを感じた気配はまるでなし。そんなんじゃオタマジャクシは出てこないよ、ジュリ」
「ていうか…」と、サラに続いて溜め息を吐いたマナ。「リーナが心配だよ…」
と呟いた。
翌日。
いつも瞬間移動で弟子のジュリとミカエル、おまけのローゼを迎えに行くリーナ。
普段ならばジュリを迎えに行ってから、ヒマワリ城にローゼとミカエルを迎えに行く。
だが、今日は先にヒマワリ城へと向かって行った。
ヒマワリ城の前へとやってくると、いつものように門番に挟まれてローゼとミカエルが待っていた。
朝の挨拶を交わしたあと、ローゼが訊く。
「ジュリさんはどうしたのですかにゃ?」
「これから迎えに行くんや」
「めずらしいですにゃ、先に私たちを迎えに来るなんて」
「うん……。なあ、ローゼさま」
「はい?」
「ジュリちゃん、何て言うと思う」
「何てって?」
「本当のイトナミ知った今、あんさん振られるかもしれんで」
フン、とローゼが鼻を鳴らして言う。
「自惚れるなですにゃ。振られるのはリーナさんの方ですにゃ!」
続いて、リーナもフンと鼻を鳴らす。
「自惚れてんのはどっちや。うちがジュリちゃんに振られるわけないやろ!」
「どこからその自信が出て来るのか不思議で仕方ないですにゃ! ローゼより可愛くないのに!」
「何やてゴルァ! そっちこそどこからその自信が出て来るのか分からへんっちゅーねん! うちより乳ないクセに!」
「ローゼはこれから成長するのですにゃ! リーナさんのバストなんてすぐに抜かしてやるのですにゃ!」
と始まった口喧嘩に、ミカエルが笑いながら口を挟む。
「まあまあ、おまえたち! そう喧嘩するなよ。ジュリが待ってるんだから早く行こうぜ」
「せ、せやな、ミカエルさま」
と同意したリーナ。
ジュリ宅の玄関へと瞬間移動した。
「ジュリさぁーん、お迎えに来ましたにゃーっ♪」
とローゼが言うと、屋敷の奥の方から小走りで駆けてくる足音。
きっとジュリだろう。
その姿が見えるのを、リーナは複雑な動悸を感じながら待つ。
(ジュリちゃん、何て言うやろう。本当のイトナミ知って、何を思ったやろう。やっぱり婚約者はうちだけやって言ってくれるよな…? まだローゼさまも婚約者だなんてことを言われたら、うちは……)
不安に揺れているリーナのグリーンの瞳を、横目に感じたミカエル。
「リーナちゃん、ローゼさま! 僕ね、どうやって赤ちゃんが出来るか知ったよ!」
と明るい笑顔で目の前にやって来たジュリを見た瞬間、その口を手で塞いでいた。
察した。
ジュリがリーナにとって、良くないことを言おうとしていると。
(心優しいジュリのことだ。フィアンセはリーナだけだ、なんてことを言うなら、ローゼに申し訳なくて泣きそうな顔をしてくるはず。こんなにも明るい顔で来るってことは、ジュリは……)
ジュリがぱちぱちと瞬きをし、一体何かとミカエルの顔を見上げた。
にこっと笑ってミカエルは言う。
「騒いでないで、早く武器を持って来ないとダメだろ? ジュリ」
ミカエルのそんな言葉に、ジュリが慌てて2階へと武器を取りに行く。
緩やかな螺旋階段を駆け上る細いその背を見つめながら、ミカエルは嫌な動悸に襲われていた。
やばい、と思った。
(リーナが、泣いてしまう……)
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