第26話 本当のことを教えます
多くの人々が行き交う葉月町の中央。
赤ん坊はコウノトリが運んでくるものではないと知らされたジュリが、衝撃のあまり大泣きする。
「ふみゃあぁぁあああぁぁあああぁぁああぁぁあぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁあんっ!!」
「ジュリちゃんっ!!」
ジュリの中の魔力が爆発する寸前、慌ててジュリとローゼ、ミカエルを連れて瞬間移動したリーナ。
場所はジュリの自宅屋敷の裏庭。
着いた瞬間、裏庭に面している屋敷の窓が一斉に粉砕する。
飛ばされかけたリーナを左腕に、ローゼを右腕に抱き締め、ミカエルが踏ん張りながら声をあげる。
「おい、ジュリ! 落ち着いてくれ!」
「コウノトリさん赤ちゃん運んでこなぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁあぁぁぁぁああぁぁあぁぁぁぁぁぁあいっ!!」
「わ、私が悪かった!」
「ずっと運んできてくれると思ってたのにぃぃぃぃぃいぃぃいいぃぃいいぃぃいぃぃぃいぃぃぃいぃぃぃぃいぃぃいいっ!!」
「そ、そのぉ…、あれだ。も、もしかしたら赤ん坊を運んできてくれるかもしれないぞ!? コウノトリ!」
「ふみゃあぁぁああぁぁぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあああぁぁぁぁああぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁぁあんっ!!」
「ああもう、頼むから泣き止んでくれ!」
このままでは3人まとめて飛ばされ、リーナとローゼに怪我をさせてしまうかもとミカエルは狼狽する。
そこへやって来たのはキラである。
リーナとローゼ、ミカエルの3人は今にも飛ばされそうだというのに、まるで微風の中にいるのではないかと思うくらい普通に歩いてくる。
「どうかしたのか?」
「あっ、キラ姉ちゃん! 冷蔵庫の中にタラコかカズノコかイクラあらへん!?」
「ちょうど切らしてしまってないぞリーナ」
「ええっ!?」
「ついさっきリュウに電話したから、あと1分後には買って持ってくるから大丈夫だぞ」
と、必死に踏ん張っているミカエルの前方へと回ったキラ。
「うわあっ!」
と後方に飛ばされかけたミカエルの片方の足首を引っ掴む。
「大丈夫か? おまえたち? コイノボリみたいだな♪」
あはは、とキラが笑う。
キラの言葉通り、宙を(強)風に吹かれたコイノボリのように舞っているリーナとローゼ、ミカエルは顔面蒼白しているが。
それで、とキラは相変わらず大泣きしているジュリに顔を向けて訊く。
「どうしたのだ? ジュリ。母上に言ってみるのだ」
「コウノトリさんは赤ちゃんを運んできてくれなかったのです、母上ぇぇぇええぇぇえええぇぇええぇぇえぇぇえぇぇぇえぇぇぇええぇぇええぇぇぇえぇえっ!!」
「ギクッ…! いや、えーと、そのぉ……、だ、黙ってて悪かったぞ」
と謝ったキラだが、悪いのはジュリの夢を壊さないために黙ってろ、なんて一同に命令したリュウである。
「えっ…!? 母上も知ってたんですか、コウノトリさんが赤ちゃんを運んできてくれないこと……!?」
と驚愕し、一瞬泣き止んだジュリ。
リーナたち3人の身体が地に着こうか瞬間、再び泣き出す。
「ふみゃあぁぁあああぁぁああぁぁあんっ! どうして教えてくれなかったんですか母上ぇぇええぇぇええぇぇええぇぇえぇぇぇえっ!!」
リーナたちが再びコイノボリ状態になる中、キラは苦笑してジュリに謝る。
「わ、悪かったぞジュリ……」
「コウノトリさんじゃないなら、誰が赤ちゃん運んで来るんですかあぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁぁあぁぁああっ!!」
「えっ!?」と、声を裏返したキラ。「そ、そ、そ、その……だな? え、ええとぉ……」
と助けを求めるように、宙を舞っているリーナたちに顔を向けた。
「えっ!?」と、続いて声を裏返したリーナの頬が染まる。「そ、そんなんキラ姉ちゃんがジュリちゃんに教えたってや!」
「そ、そうですにゃ。ローゼだってまだ未経験だし……」
とローゼが続き、
「た、頼んだ……キラさん。私はその、リーナと妹の前でそれを説明するのはちょっと……」
ミカエルも続いた。
「わ、わ、わ、私だって恥かしいぞ!」
とキラが赤面したときのこと。
「ジュリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!!」
手に高級タラコの入った袋をぶら下げたリュウが登場。
足の速くなる魔法を掛けているが故に、時速約480kmで駆けて来て、ジュリの脇で急停止。
「ち、父上っ?」
「よーしよしよし、父上がタラコ買って来てやったぞー。さあ、食え!」
と、リュウがジュリの口の中にタラコを放り込む。
よって、とりあえずジュリが泣き止み、リーナとローゼ、ミカエルの身体が地の上に落ちた。
「おいしいです、父上ー♪」
「そーかそーか、良かったなー♪ ジュ――」
「ところで」とリュウの言葉を遮り、ジュリは訊く。「赤ちゃんは誰が運んで来るのか教えてください」
「ん? だからな、それはコウノトリが――」
「運んでこないって聞きました」
「え?」
「コウノトリさんは赤ちゃんを運んでこないって聞きました」
「え」
と笑顔のまま一瞬固まったリュウ。
ギギギっとロボットの動きで、キラたちにその顔を向ける。
「(ジュリにコウノトリが赤ん坊運んでこないこと言った奴)挙手しろ」
顔を引きつらせたミカエル。
リーナとローゼに注目される中、恐る恐る片手をあげた。
その瞬間、消え失せたリュウの笑顔。
「てめえか、コノヤロウ!!」
ゴスッ!!
とリュウのゲンコツを食らい、ミカエルが頭を抱えて蹲る。
「わ、悪かったリュウ…! ま、まさかこんなにショックを受けられるとは思わなかったんだ……」
「思わなかっただと!? ショック受けるに決まってるじゃねーか! いいか、俺のジュリは一点の穢れも持ってねえんだ! それはもう、純粋なんだ! 心の底から、ピュアなんだ!」
「あんさんと違ってな」
と突っ込んだのはリーナである。
「そういうことだ」
「認めるんかい」
「それはもうケダモノだと胸を張って言えるんだぜ俺」
「自慢すんなや」と苦笑したリーナ。「それで」
と話を戻した。
「もうええ加減、ジュリちゃんにほんまのイトナミを教えるべきやと、うちは思うで」
ローゼ、ミカエルと続く。
「ローゼもそう思いますにゃリュウさん」
「私もだぞ、リュウ。もうコウノトリは赤ん坊を運んで来ないとバレてしまったし、ここは仕方ないんじゃないか?」
「はぁ!?」
ふざけるなと言わんばかりに顔を顰めたリュウに、キラが言う。
「リーナたちの言う通りだぞ、リュウ。さすがにいい加減、ジュリも知っておくべきだ。……ってことで、頼んだぞリュウ?」
「は……?」
と、眉を寄せてキラたちの顔を見回したリュウ。
数秒後、驚愕した。
「――おっ、俺がジュリに本当のイトナミ教えろだと!? バカ言ってんじゃねえ、キラ!」
「だ、だって私もリーナたちも教えづら――」
「ジュリの前でおまえを抱けるわけねーじゃねーか!」
「は? だ、誰が実践して教えろと言っ――」
「んな優しくしてるわけじゃあるめーし!」
「な、何!? そうなのか!?」と声をあげたのはミカエルである。「リュ、リュウおまえ、キラさんのこと優しく抱いてるんじゃないのか!?」
「何言ってんだおまえ。色々えげつねーぞ俺。俺に抱かれてるときのキラの泣き声が可愛くて仕方ねー」
と、身体をゾクゾクっと震わせるリュウに、赤面するキラ。
こほんと咳払いをして、話を戻した。
「と、ともかく、ジュリには本当のイトナミというものを教えなければならぬっ…! どうやって教えるか考えようぞ」
そういうことになり。
ジュリがテツオと遊んで暇つぶしをする一方、半ば口論となりながらそれぞれ案を出して話し合うリュウとキラ、リーナ、ローゼ、ミカエル。
1時間後、リーナが声をあげた。
「ああもう! これでええんや、これで! 最初は子供向けの性教育の本で! なーんも知らんジュリちゃんは、まずどうやって赤ちゃんが出来るか知ることが先やねん! 何で風俗嬢に初・イトナミ任せるとか出てきてんねん! ふざけんな、どあほうっ! もううちの案に決定や!」
「分かったよ、キャンキャンキャンキャンうるせーな」と溜め息を吐いたリュウが、財布の中からお金を取り出してリーナに渡す。「だったら、おまえがいいと思う性教育の本買って来い」
というわけで、リュウからお金を受け取ったリーナ。
瞬間移動で何でも揃う大きな本屋へと向かい、子供向けの性教育の本を買いあさってジュリ宅へと戻った。
そして買って来たそれらをジュリに押し付ける。
「はい、ジュリちゃん! ちゃんと読むんやで! 大切なことやからな!?」
「う、うん、リーナちゃん。――って、わあっ!」
と自分の部屋の中に押し込まれたジュリ。
「ぜ、全部読み終わるまで出てきたらあかんからな!」
そんなドアの向こうからのリーナの命令を聞いたあと、首を傾げながらベッドに寝転がった。
とりあえず何冊も重ねられていた本のうち、1番上のものを手に取る。
「へえ、『赤ちゃんができるまで』かあ♪」
なんて興味津々と、本の表紙を開いた。
ジュリが性教育の本を読み出した一方、再び仕事へと向かって行ったリーナとローゼ、ミカエル。
海の中から現れたという凶悪モンスターを、防波堤の上に立って待つ。
「これでジュリさんは本当のイトナミというものを知りますにゃあ」
と言ったローゼ。
「せやな」
と同意したリーナと目を合わせる。
少しの間見つめあったあと、リーナの方が目を逸らして小さく溜め息を吐いた。
(ジュリちゃん、どうするんやろ…。本当のイトナミ知ったあとも、ローゼさまとイトナミしようとしたりしたら大衝撃やで、うち……。ジュリちゃんがローゼさまともコウノトリ呼んだって知ったときやて、ショックやったのに)
胸が痛んで顔が歪んでしまい、リーナは俯いてそれを隠す。
(イトナミがどんなものであれ、ジュリちゃんはうち以外の女の子とも出来るってことか…? それって、うちだけが好きってわけやないってことか…? ミカエルさまはそんなことないって言ってくれはったけど、やっぱり……)
リーナのことをじっと見つめていたローゼが、再び口を開いた。
「リーナさん、知ってましたかにゃ? リーナさんだけではなく、ローゼもジュリさんのフィアンセだってこ――」
「ローゼっ……!」
とローゼの言葉を遮ると同時に、慌ててその口を手で塞いだミカエル。
「――え……?」
と耳を疑って、呆然としているリーナに笑顔を向ける。
「なんでもないぞ、リーナ♪」
「い、今、たしかに『フィアンセ』って聞こえ――」
「おー、今日も良い天気だなリーナ♪」
「雨降っとるやないかい」
「カタツムリは大喜びだ♪」
「うちは嬉しくないっちゅーねん。仕事しづらいし」
「そういえば凶悪モンスターはどこだ?」
「せやから出てくるの待ってるんやて」
「おー、そうだった――」
「ええから」と、ミカエルの言葉を遮ったリーナ。「ミカエルさまはちょっと黙っとってや」
と、ローゼに目を向けて言う。
「ローゼさま、さっきの言葉、もう一度言ってや」
まだミカエルに口を塞がれているローゼ。
ミカエルの手を剥がして、再び口を開いた。
きっぱりと言った。
「リーナさんだけではなく、ローゼもジュリさんのフィアンセですにゃ」
「……それ、ほんまか?」
「本当ですにゃ。ジュリさん、ローゼとも結婚してくれるって約束してくれましたにゃ」
「……ふ、ふん、そんなん冗談に決まってるで。せやかて、ジュリちゃんはうちのことだけが好きなんやからなっ」
と言い張り、ローゼに背を向けたリーナ。
そのグリーンの瞳は不安に揺らいでいた。
(なあ、そうやろ? ジュリちゃん…。うちとだけ、結婚してくれるんよな……?)
きっとそうに決まっている。
そう思いたい。
だが、不安になってしまっているせいか、何なのか。
リーナは嫌な予感がしてならなかった。
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