第22話 それは勘違い
ジュリ宅のキッチン。
リーナとミカエルは、リュウから受け取った仕事の依頼内容の書かれている紙を見つめて目を丸くした。
ミカエルがそれを読み上げる。
「何? 『第2の妻を探してきてほしい』だと?」
「しかも」とリーナが続いた。「なんやねん、この依頼の数! 十数人おるやん! しかも人によっては第3の妻、第4の妻、ひどいのは第20の妻まで探してきてほしいやって?」
「今朝、全島で来月の半ばから一夫多妻制になることが発表されたからな」
と、リュウ。
溜め息を吐いて続けた。
「ハンターなんて、一部には金出せば何でもやるみてーに思われてっから、無視できねーほどギルドに依頼が殺到してんだ。これでもリンクが大分削った方らしいんだが、こんなくだんねー依頼で一流・超一流ハンターの重要な時間潰すわけにはいかねーから、おまえら頼むわ」
「た、頼むったって……」と、リーナは困惑しながら訊く。「こ、こんなん、あかんちゃうん?」
「俺やシュウ、レオン、ミヅキ、おまえの父親のリンクは最高の妻に巡り会えたんだろうが……。世の中にはそうじゃねえ場合もあんだろ。単なるハーレムが希望だなんてヤロウの依頼はリンクが請け付けなかったが、色々理由はあるってもんだ」
「せ…、せやな……。うちのおとんもおかんも何だかんだで仲ええから、こういう依頼が信じられへんけど……」
「んじゃ、頼んだからなリーナ」
リーナはぎこちなく頷いて承諾した。
翌日の夕方。
仕事帰りの葉月町をクレープを食べながら歩いているジュリとリーナ、ローゼ、ミカエル。
昨日リュウから渡された仕事は、まだ全て終わっていない。
あまりにも数が多かったから。
「今回のお仕事、思ったより容易じゃないですにゃあ」と、ローゼ。「私たちに半ば強引に連れて行かれた女性が相手を気に入らなかったならまだしも、依頼者の男性の方が女性を気に入らなかったり……」
「まあ、つまりはお見合いみたいなもんやからな。結婚となると、そう簡単に決められるもんやないやろ。でも……」と小さく溜め息を吐いたリーナ。「どんな理由であれ、うちには分からへんなあ……依頼者さんの気持ちが」
心の中で続ける。
(生涯愛すると誓ったはずの妻がおるはずなのに、他にもほしいなんて……)
頷いたジュリ。
「うん、僕も分からないや……」
と、リーナに続いて小さく溜め息を吐き、心の中で続けた。
(どうして自分との結婚を望んでくださった女性と結婚してあげないのか……)
そのあと、自分を挟んでいるリーナとローゼ顔を交互に見つめる。
(僕はリーナちゃんと、ローゼさまと、それから僕と結婚を望んでくださった女性たちと結婚して、皆で幸せになりたいって思うのにな……)
なんて思ってジュリが深く溜め息を吐いたとき、ミカエルが口を開いた。
「そうだな…、私は女ったらしの親父を見ているから、そういった男たちが珍しいという気はしないが……」
女ったらしって何だろう?
とジュリが首をかしげる中、ミカエルが続ける。
「私は妻は1人で良いな」
「ミカエルさま」
「なんだ、ジュリ?」
「ミカエルさまに、まずお1人ご夫人が出来たとします。他にもミカエルさまと結婚したいと思う女性がやって来ても、ミカエルさまは結婚なさらないということですか?」
「ああ、そうだが?」
当たり前だと言わんばかりのミカエルの返事を聞いて、ジュリの顔が困惑した。
「それはどうしてですか? 僕は――」
「ジュリ」
と、一瞬リーナを気にしたあと、ジュリの言葉を遮ったミカエル。
自分とジュリのクレープをリーナとローゼに手渡したあと、ジュリの腕を掴んで近くのコンビニへと向かっていく。
「連れションしようぜ♪」
「ぶっ! ちょ、ちょお、食っとるときにそういうこと言わんといてっ!」
なんてリーナの喚き声に笑いながらジュリと共にコンビニへと入り、中のトイレに入って鍵を閉めたミカエル。
「な、なあジュリ」と、ジュリと向かい合って訊く。「おまえもしかして、将来は多数の妻を持つ気なのか?」
「はい」
とさらりと答えたジュリに、ミカエルは苦笑してしまう。
「おまえがときどきおかしなことを言うときは、面白いなと思って見ていたが……」
「おかしなこと?」
と、ジュリが首をかしげた。
「将来の夢はカブトムシとか」
「めずらしいことですか?」
「かなり希少だと思うぞ」
「そうなんだあ」
「それでだな、ジュリ? 今回のおまえの発言には、私はあまり笑えないぞ……」
「ご、ごめんなさい。僕、面白い言い方って分からなくて」
「いや、言い方とかそういうんじゃなくてな? 多数の妻を持ったら問題が起きると思わないか?」
「僕はリーナちゃんとローゼさまと、それから僕と結婚したいって言ってくれる女性皆と結婚したいと思ってます。あ、同性同士で結婚できるようになったら、もちろん男性も♪」
「――って、ええっ!?」ミカエル、衝撃。「お、男もいけるのか!? す、凄いなおまえ……!」
「ところで問題ってなんですか?」
「ああ、そうそう問題……。色々あるが、結婚するってことは夜のイトナミもあるってことだ」
「イトナミ?」
とジュリが再び首をかしげる。
「子作りだ、子作り」
「へえー、(コウノトリさんを一緒に呼ぶことって)イトナミっていうんだあ」
「そんなに妻がいては、その……妻の欲求に答えられない日もあるだろ? ある妻とイトナミをしたが故に、他の妻とはしてやれなかった……とか。そうなると不平不満が出るだろうし……」
「大丈夫です、僕1日1回は全てのお嫁さんとイトナミしますから♪」
「――って、えええっ!?」ミカエル、再び衝撃。「ちょ、おま、そんなに出来るのか!?」
「それくらい出来ます♪」
「お…、おまえマジで凄いな…! さ、さすがリュウの子だ……!」
「ミカエルさまは出来ないんですか?」
「えっ!? しょ…、正直に言うとだな、その……。多数の妻がいたとしたら、たぶん3人目までしか……」
「ええ? たったそれだけ?」
「そ、そんな言い方しなでくれ…、凹むぞ……」
「あっ、ごめんなさい!」
それから数分話した後、ジュリがはっとしたように鍵を開けた。
ドアを開けながら言う。
「そろそろ行きましょう、ミカエルさま! リーナちゃんとローゼさまのこと、たくさん待たせちゃった!」
「ああ、うん…、そうだな……」
「あ、お詫びにリーナちゃんとローゼさまに何か買って行こうかな」
とジュリがコンビニの中を歩き回り始める。
その細い背を見つめながら、小さく溜め息を吐いたミカエル。
「おまえがそうしたいというなら私は構わないが…。リーナはきっと笑ってくれないぞ、ジュリ……」
と小さく呟いた。
コンビニの外でジュリとミカエルを待っているリーナとローゼ。
両手にクレープを持った状態で、コンビニのトイレの方を向きながら並んで立っている。
「うわ、ほんまに連れションかいな」とリーナの顔が引きつった。「ここのコンビニのトイレなんてめっちゃ狭いのに、よう2人仲良く入るなあ」
「普通コンビニのトイレって1人ずつ入る場合が多いはずなのにですにゃ。変なことしてたりしてにゃ」
「変なこと?」
とリーナが眉を寄せてローゼを見ると、ローゼもリーナの顔を見て続けた。
「一緒に用を足しに行ったと見せかけて、エッチなことを……」
「な、何考えてんねん! 10歳のくせにっ…! でも……」と、リーナが再びコンビニの中のトイレに顔を向ける。「た、たしかにコンビニの狭いトイレに2人で入るなんて変やしな……」
ローゼも再びそちらへと顔を向け、ごくりと唾を飲み込んで続ける。
「や、やっぱりエッチなことしてますにゃ……」
「え、ええっ? 男同士でっ?」
「どこかの島じゃ女性より男性の方が人気あるって聞いたことがありますにゃ。兄上、試してみたくなったのかも」
「え、えええっ? ほ、ほんまかいな……!」
「でもジュリさんが嫌がったなら、兄上は絶対無理矢理にはしないはずですにゃ」
「せ、せやな。――って、ジュリちゃんまだ出てこないやん! 嫌やないんか!?」
「ジュ、ジュリさんがそっち系に目覚められるのは、ちょっと困るかもですにゃ」
「ちょっとどころかめっちゃ困るっちゅーねんっ……!」
「じゃあ、止めるためにトイレに乱入しますかにゃ? もろに真っ最中かもだけど」
「う゛……」
「……」
「……」
「ジュリさん、やっぱり女役の方ですかにゃ」
「せ、せめて男役の方で……」
それから数分後。
コンビニのトイレのドアが開き、顔を強張らせて待っていたリーナとローゼは再び口を開いた。
「あっ、見てみぃやローゼさま! ジュリちゃんとミカエルさま出て来たで!」
「ちょ、ちょっと見てくださいにゃリーナさんっ! 兄上、なんだか肩を落として凹んでますにゃ! きっと振られたんですにゃ!」
「せやけど、小にしては長くて、大にしては短いようなこの微妙な時間…! やっぱりジュリちゃんとミカエルさまは……!」
「でも、エッチなことしてたにしては、ちょっと早い気もしますにゃ」
「それが原因で凹んでんのちゃう、ミカエルさま」
「ああ…、ジュリさんに『はやーい』って言われたんですにゃ兄上。可哀相に……」
「と、ともかく、何してたか訊いてみんと!」
強張った面持ちでコンビニのドアの方を向き、ジュリとミカエルが出てくるのを待ったリーナとローゼ。
2人が出てきて目の前にやって来るなり、声をそろえた。
「あ、あの…、トイレで何を……?」
「え?」
と首をかしげたジュリ。
にこっと笑って答えた。
「イトナミ(の話)♪」
「――!!?」
リーナとローゼ、大衝撃。
両手のクレープを地に落とす。
それをジュリが慌てて片付ける中、ミカエルに顔を向けるリーナとローゼ。
ミカエルが顔を逸らして言う。
「詳しいことは訊かないでくれ…! 凹んでんだ……!」
「……(『はやーい』って言われたのか)」
リーナとローゼはぎこちない動きで2人に背を向けると、猛ダッシュでその場から逃げ出した。
「うわあぁあああぁああぁぁあん! うちのジュリちゃんがあぁあああぁああぁぁあぁああぁぁああっ!!」
「ふにゃあぁあああぁぁあああん! ローゼのジュリさんがあぁあああぁぁああぁぁあぁあぁあああっ!!」
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