第21話 それはジェラシー
長月島の北西部にある迷宮から帰宅したジュリ。
ミラが玄関まで駆けてきて出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ジュリ。疲れたでしょ? お風呂に入る? それともおやつにする?」
「いえ、ミラ姉上」と言いながら、ジュリは玄関に目を落とした。「マナ姉上はもう学校から帰ってますか?」
「ええ、帰ってるわよ。お部屋で魔法薬の調合をしてると思うけど」
それを聞いたジュリは、2階へと上って行った。
向かって右側から5番目の部屋のドアをノックする。
マナの返事があったあと、ジュリはドアを開けて部屋の中に入った。
試験管やビーカー、フラスコなどを出して魔法薬の調合をしているマナに、採って来た魔法の花の入った袋を渡す。
「どうぞ、マナ姉上」
袋の中を見たマナが目を丸くした。
「どうしたの、こんなに…。ちょっとで良かったのに…」
「迷宮が崩れちゃって、もしかしたらもう採れなくなるかもと思って全部摘んできました」
「……。迷宮の中、破壊しながら進んだの…?」
「テツオがちょっとやっちゃったみたいです」
と言ったあと、マナのベッドに腰掛けたジュリ。
小さく溜め息を吐いたのを見て、マナが首をかしげる。
「どうしたの、ジュリ…? 疲れたの…?」
そう訊きながらマナもベッドに腰掛けると、ジュリがその膝の上に頬をつけた。
マナの優しい手を頭に感じながら口を開く。
「いいえ、マナ姉上…。疲れたとか、そういうんじゃなくて……」
「リーナと何かあった…?」
「僕、どこか悪いのかな」
「……(頭…)」
「最近よく、胸がもやもやとするんです」
「胸がもやもや…?」
「リーナちゃんとミカエルさまが仲良いな、と思ったときとか。むっとするし、胸の中がもやもやするんです。どうしてですか? マナ姉上」
とジュリが仰向けになり、マナの顔を下から見つめる。
「それはね、ジュリ…」
「はい、マナ姉上」
「焼きモチだよ…」
「美味しいですね」
「そうじゃなくて、嫉妬…」
「しっと?」
「ジェラシー…」
「じぇらすぃー?」
マナが頷いて続ける。
「本当にリーナのことが好きなんだね、ジュリ…。リーナのことが好きだから、リーナが他の男性と仲良くしてると腹が立っちゃうんだよ…。ミカエルさまのこと、憎いって思うの…」
「そ、そんなっ…! 僕、ミカエルさまのことだって好きですっ…! 憎いだなんて、そんな、僕はっ……!」
と困惑顔で声をあげ、ジュリが小走りでマナ(とユナ)の部屋を後にした。
(誰かを憎いと思うだなんて、世間に出るまでのジュリには無かったことだから信じられないのも無理はないけど…)
と立ち上がり、窓辺へと歩いて行ったマナ。
(そんな感情、何も珍しいことじゃない…。むしろ当たり前のことだ…。ていうかジュリの嫉妬なんて可愛いものだよね…。だって…)
と、早く帰ってきたと思った途端、裏庭でユナを抱っこして駆け回っているグレル目掛け、
(あたしなんて、この程度のことでこうしちゃうし…)
ズドドドドドドドドッ!!
と召喚した隕石を降らした。
ちなみにもちろん、
「おおーっと! 今日の天気は晴れのち隕石だぞーっと♪」
バケモノであるグレルは何ともない。
翌日。
昼時のジュリ宅のキッチンには、基本的に普段家事をしているキラとミラ、まだ子供のシオン・シュン・セナにカノン・カリン。
それから一時的に仕事から帰ってきたジュリとリュウ、シュウ、サラ、リン・ラン、ユナ、カレン、レオン。
さらにリーナとローゼ、ミカエルが集まって、一台のタコ焼き器を囲んでいた。
楽しそうにタコ焼きをピックでくるくると回転させて焼いているのはリーナである。
「なあ、みんな? 美味いやろ、うちのタコ焼き!」
ジュリ、ミカエルとリーナのたこ焼きを頬張りながら頷く。
「うん、おいしいーっ♪」
「ああ、美味いなっ♪」
「まあ、タコ焼きが得意なリンクと同じ味で不味くはねーんだが……」と、言ったリュウ。「もう少し早く出来ねーのか!」
と顔を引きつらせながら声をあげた。
「仕方ないやんかー、リュウ兄ちゃん。一度に24個焼けるのに対して、19人もおんのやからー」
「おまえ自分ん家でやってろよ」
「だって夜まで待ち切れへんかったんやもーんっ♪ ミカエルさま、ほんまにありがとな!」
と、リーナがタコ焼き器をプレゼントしてくれたミカエルに笑顔を向ける。
「ああ」
と短く答えたミカエル。
リーナがにこにことしながらタコ焼きを焼いているのを見つめて微笑む。
ジュリは大きな黄金の瞳を動かしてリーナとミカエルの顔を交互に見つめたあと、静かに箸を置いて立ち上がった。
「ごちそうさま……」
「えっ? ジュリちゃん、まだちょっとしか食べてへんやん。もうええんっ?」
「うん。僕、ちょっと用事思い出したから」
そう言い、ジュリがキッチンから出て行く。
その後をローゼが小走りで着いて行った。
(な、なんやろ…。ジュリちゃん、うちのタコ焼きまずかったんかな……)
と沈んだリーナの顔を見たあと、ミカエルがタコ焼き器に手を伸ばした。
出来上がったタコ焼きをひょいひょいと自分の皿に移して頬張る。
「おい、てーめえ、ミカエル……!」と、顔を強張らせたリュウ。「1人だけ食ってんじゃねえっ!」
ゴスッ!
とミカエルにゲンコツ。
「いってえぇぇっ! 殴らなくなっていいだろリュウ!」
「うるせえ! 俺とキラと俺の娘と孫娘を優先しろ! 何考えてんだ、てめえ!」
「だってリーナの作ったタコ焼きが美味いんだ」
と言ってそっぽを向き、タコ焼きを頬張るミカエル。
またリュウにゲンコツを食らったのを見て、リーナがおかしそうに笑った。
「1人占めしたらあかんで、ミカエルさま。大丈夫やで、うちちゃんとミカエルさまが鱈腹になるまで作るから」
「おお、そうか!」
とミカエルが嬉しそうに笑う。
ミカエルのはしゃぐ声が響く中、向かいでやり取りを見つめていたサラが小さく溜め息を吐いて口を開いた。
「あんたたち、複雑なことになってんね」
「え?」
と首をかしげたリーナ。
昼食後、ジュリ宅のキッチンでオニギリを握りながら考える。
(複雑って、何のことやろ……?)
オニギリの中身はタラコ。
タコ焼きがジュリの口に合わなかったのだと思い、新たにジュリのために昼食を作っていた。
(うちとジュリちゃんとローゼさまの三角関係のことやろか。たしかに複雑って言ったら複雑やしな)
出来上がった3つのオニギリを皿に乗せ、リーナがキッチンから出ようとしたとき、ミカエルが廊下からやって来て言った。
「なあ、リーナ。ジュリとローゼがどこにもいないんだが」
「え? 裏庭にもおらん?」
「いないぞ」
「ええっ? ちょ、どこ行ったんやろうっ!」
と慌てて皿を置くと、リーナはジュリの携帯電話に電話をかけた。
キッチンを出たジュリは、玄関から外へと出て行った。
裏庭に向かおうとしたときに、ローゼに呼び止められる。
「ジュリさんっ!」
「ローゼさま……。お昼ご飯はどうしたのですか?」
「ジュリさんが心配で着いて来たのですにゃ。ジュリさん、突然どうしたんですかにゃ?」
「……」
沈んだ顔で俯いたジュリ。
数秒して、口を開いた。
「僕ミカエルさまに、じぇらすぃーを感じているのでしょうか」
「じぇ、じぇらすぃ……?」
「焼きモチを焼いているんでしょうか」
「ああ、ジェラシー……」
「僕は何も悪くないミカエルさまのこと、憎いって思ってるんでしょうか。そうだとしたら、僕は自分のことが嫌いになりそうだ……!」
そう言って顔を歪めたジュリ。
ローゼはその手を取ると、にこっと笑って言った。
「お外にご飯食べに行きましょうにゃ。あれだけじゃお腹空いてしまうですにゃ」
ローゼの笑顔を見つめたあと、頷いたジュリ。
ローゼに手を引かれながら、葉月町へと続く一本道を歩いて行く。
「ジュリさん」
「はい、ローゼさま」
「ローゼだって、ジェラシー感じますにゃ」
「じぇらすぃーを?」
頷いたローゼ。
「リーナさんに……」
とジュリに聞こえないくらい小さく呟いた。
ジュリがミカエルに嫉妬していると思うと、胸が少しだけ痛む。
ジュリがリーナのことを好きだという証拠だから。
食事をしようと思って葉月町へとやって来たジュリとローゼ。
先日寄ったクレープ屋の甘い香りに誘われ、そちらへと足が勝手に進んでいく。
そしてクレープ屋の前、鼻をくんくんとさせながらそろって涎を垂らした。
「お昼ご飯、クレープにしましょうにゃジュリさん」
「そうですね、ローゼさま。僕が買ってくるので、ベンチに座って待っててください!」
そういうことになり、行列に並ぼうとしたジュリ。
はっとしてポケットから携帯電話を取り出す。
「あっ、リーナちゃんに電話しておかないと心配しちゃうかなっ」
「ローゼがしておきますにゃ」
と、ジュリに手を伸ばすローゼ。
じゃあ、とジュリはローゼに携帯電話を渡すと行列に並んだ。
一方のローゼはベンチに座り、ジュリの携帯電話からリーナに電話を掛けようとして指が止まる。
(リーナさんに知らせたら、瞬間移動ですぐ迎えにきそうにゃ……)
と戸惑っていると、そのリーナから掛かってきた電話。
仕方なく出た。
「はいはーい、ローゼですにゃー」
「ローゼさまっ? ちょお、ジュリちゃんとどこにおんねんっ!」
と狼狽しているようなリーナの声が返って来る。
その返答に戸惑っていると、行列に並んでいるジュリが声をあげた。
「ローゼさまぁっ! 見て見て、今月の限定クレープおいしそうーっ♪ 僕これにするけど、ローゼさまはどれにしますかーっ?」
「じゃあ、ローゼもそれでお願いしますにゃーっ♪」とジュリに返したローゼ。「ってわけで、ローゼとジュリさんはこれから仲良くお食事するんですにゃ。邪魔するなですにゃ」
そう言うなり、電話を切った。
ローゼに電話を切られたリーナ。
(なんや…、ジュリちゃん外でローゼさまと食べるんか……)
電話が切れたあとのツーツーツーという音を数秒の間聞いたあと、静かに携帯電話をポケットにしまった。
(オニギリ、無駄になってしもうた……)
皿に並べた3つのオニギリをラップに包み始めたリーナの顔を、ミカエルが身体を屈めて覗き込む。
「どうした……、リーナ。不機嫌そうだが、泣きそうだ」
「そんなことあらへんで」
と、リーナは笑顔を作る。
「そのオニギリ、どうするんだ?」
「うちの晩ご飯や。そのために作ったんやもんっ……」
そう言ってまた笑顔を作ったリーナの顔を数秒の間見つめたあと、ミカエルはリーナの手からオニギリを奪った。
そして頬張る。
「ああっ、ミカエルさまっ!?」
「うん、美味いな♪」
「あれだけ食べたのに、まだ食べるんっ!?」
「成長期なんだ♪」
「あー、なるほどなー! 成長期やったんかー、あははは――って、何でやねんっ!」
ビシィッ!
とリーナのチョップを胸元に食らい、ミカエルが咽込む。
「げほげほげほっ! お、おい、リーナ、変なところに米粒が入ったぞ」
「あんた今年で22やろ! 成長期なんて数年前で終わってるっちゅーねん!」
「私の心は永遠に少年だ♪」
「はいはい、そうかいな……」
と溜め息を吐いたあと、ミカエルがオニギリを頬張る様を、リーナはおかしそうに笑う。
そんなリーナの顔を見て微笑んだミカエル。
「それにしても…」と、呟いた。「羨ましいな、ジュリは……」
「え?」
とリーナが首をかしげたとき、キッチンへとリュウがやって来た。
「おい、リーナ。おまえこの仕事頼む――って、また食ってんのかよミカエル」
「うむ、美味いぞリーナの作った料理は♪」
「タコ焼き・お好み焼き以外は普通だと思うが」
「う、うっさいわ! キラ姉ちゃんたちが上手すぎんねんっ」と口を尖らせたあと、リーナはリュウのところへと寄って行った。「で、何の仕事や?」
「これだ」
とリュウが依頼内容の書かれた紙をリーナに手渡す。
「うーんと……?」
それを見つめたリーナとミカエル。
みるみるうちに、目が丸くなって行った。
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