第19話 迷宮 前編


 ジュリとリーナ、ローゼ、ミカエルの4人は、仕事の依頼で葉月島の隣の島の1つである長月島へ来ていた。
 その依頼というのは『長月島の北西部にある迷宮の中にしか生えていない魔法の花を採って来て』というもの。
 バッグの中にはマナからもらった色々な薬の他に、弁当やら菓子やらジュースやらビールやらデジカメやらを詰めて持ってきて、まるで遠足にでも来たようだ。

 ジュリとミカエルに手を引っ張られ、ローゼに背を押され、不気味な迷宮の中へと入っていくリーナが絶叫する。

「嫌やっ、嫌やあぁぁああぁぁああぁぁあっ! オバケ出るんやあぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあっ!!」

 以前ここに来たことがあるマナいわく、この迷宮には、中から抜け出せず命を落とした人の霊が成仏できずに出口を探して彷徨っているとか何とか。
 幽霊が滅法苦手なリーナに比べ、他の3人は平気そうだ。
 むしろ、幽霊に会わないかとワクワクしている。

「うーん、私には暗いな。ライトを持って来て良かったぞ」

 と、ミカエル。
 猫の目を持つジュリとリーナ、ローゼは中の様子がよく見えるが、人間のミカエルにとっては真っ暗だった。

「ライトなんて出さなくても大丈夫ですにゃ、兄上」

 と、ローゼが電気代わりに光の玉を作って天井辺りに浮かべ、部屋の中が明るくなる。
 ホワイトキャットの属性は光。
 それを継いで生まれてきたローゼは、光を操ることが出来た。

 同様に、それはリーナもである。
 ホワイトキャットの母親・ミーナも、人間の父親・リンクも属性は光。
 恐らくどちらからもそれを継いだリーナは、普段あまり使わないものの多数の光魔法を使うことが出来た。
 また最も得意とする瞬間移動は、ホワイトキャットなどの光属性のモンスターだけが持つ魔法だ。

「おお、ありがとなローゼ!」

 と、中を見回すミカエル。
 外観と一緒で、壁は一面石で出来ている。
 ところどころ苔が生えており、カタツムリやナメクジなどの生物が棲み付いていた。

「えーと、一番奥まで行くには……」と、迷宮の地図を取り出し、ジュリが道案内を始める。「まず入り口から入ったとき目の前に見える8つの分かれ道のうち、右から3番目の道に進んで行くみたいです」

「よし、では行くぞ!」

 とミカエルがリーナの手を引っ張り、地上1階から地下3階まである迷宮の中を突き進んでいく。
 ローゼは新しい部屋に立ち入るたびに光の玉を浮かべ、ジュリは地図に目を落としたまま道案内をする。

「次は左から2番目の道、その次は真ん中の道、さらにその次は一番右の道で……」

 なんてジュリの案内で進んで行って部屋から部屋へと渡り、約3時間後。
 オバケが出てこないかとびくびくしていたリーナだが、さすがにとあることが気になって来て眉を寄せる。

「なあ……、ジュリちゃん?」

「なぁに、リーナちゃん?」

「この道、さっきも来た気がするんやけど……」

「え?」

 と、リーナに顔を向けるジュリとローゼ、ミカエル。
 リーナは現在いる部屋の一角を指差して続けた。

「あそこに、殻に閉じこもって動きそうにないカタツムリが3匹縦に並んでるやろ? あれ見るの、もう5度目以上やで。それに、まだここ地上1階ちゃう? 地図にある階段下った記憶ないんやけど……」

「あれぇ? おかしいなあ」

 と首をかしげ、地図を再び見つめるジュリ。
 どこでどう間違ったのか分からず、3分後。

「ふみっ…ふみっ……!」

 しゃくり上げ始め、リーナが慌てて声を上げる。

「あーわわわわわ! 誰やってそういうことはあるで、ジュリちゃん! せや、そろそろお腹空いたやろ!? お弁当食べよか!?」

 弁当と聞き、己の手にぶら下げているバッグに目を落としたジュリ。
 瞳を輝かせ、まずは中からカブトムシ柄のシートを取り出して広げる。

 ローゼが訊く。

「ジュリさんはお弁当担当でしたにゃ。誰がお作りになったのですかにゃ?」

「父上です」と、にこにこと笑いながらジュリ。「父上が僕たちのために、早起きして作ってくれたんです♪」

 そう言いながら、四角形を作って座った一同の中心に3段のカブトムシ柄重箱を置いた。

(それって、なんだか嫌な予感……)

 なんて顔を引きつらせたリーナの前、ジュリが重箱の中身を公開していく。

 下段:最高級イクラの軍艦巻き。
 中段:最高級カズノコ。
 上段:最高級焼きタラコ。

 各段ごとにそれらがみっちりと詰まっており、リーナ嫌な予感は的中である。

「は…ははは…。さすがリュウ兄ちゃん…、ジュリちゃんのことしか考えてへんわ……」

 と苦笑してしまうのは、どうやらリーナだけのようだ。
 好きな食べ物ベスト3を目の前にしたジュリに加え、腹を空かしたローゼとミカエルもはしゃいでいる。

 ローゼはオレンジジュースが、ミカエルは焼酎が、ジュリとリーナはビールが入ったコップを片手に乾杯する。

「かんぱーいっ♪」

 と、光の玉が浮いていなかったら真っ暗闇の中に響き渡った、ジュリとローゼ、ミカエルの声。
 はしゃぐ3人の一方、リーナは辺りを見回してそわそわしてしまう。

(オ…オバケおったりして…! オバケっ……!)

 と、どうしてもそんなことが気になってしまって、弁当の味がよく分からない。

「お弁当おいしいね、リーナちゃん♪」

「せ、せやな、ジュリちゃん。とりあえず素材が最高級やし美味いやろな」

「うーん。リュウの奴、寿司のシャリの握り具合が絶妙だな」

「せ、せやな、ミカエルさま。リュウ兄ちゃん普段料理せえへんけど、器用やから」

「このタラコ、リーナさんの唇みたいですにゃ♪」

「せ、せやな、ローゼさま。こう、ぷくーっとパンパンに膨れ上がっとって、まるでうちの唇みたいやな――って、なんでやねんっ!」

 ビシィッ!

 とローゼの額に入ったリーナのチョップ。

「うちのどこがタラコ唇やねんっ! おおっ!?」

「ちっ…」と舌打ちをして、ローゼが唇を尖らせながら額を擦る。「いつも通りになりやがったですにゃ……」

「うちがいつも通りやったら悪いんか!」

「可愛くないですにゃ」

「うちのどこが可愛くないっちゅーねん! もういっぺん言ってみぃや、おおおっ!?」

 響くリーナの怒声を聞きながら、ローゼが小さく溜め息を吐いた。

「でもま……、ローゼはその方がいいですにゃ」

「え?」と、リーナはぱちぱちと瞬きをしてローゼを見つめる。「なんや……、ローゼさま。もしかして、うちのこと元気付けてくれてるんかいな?」

「だって……」

「だって?」

「オバケの方が怯えて逃げてくだろうから、とーっても便利なのですにゃ♪」

「いてまうぞゴルァッ!!」

 ビシィッ!

 ともう一発、リーナのチョップがローゼの額に入った。

 すっかりいつも通りになったリーナ。
 何だかあんなに怯えていたことがバカバカしくなり、弁当をさっさと食べて立ち上がる。

「よっしゃ、早く魔法の花取りに行くで! ジュリちゃん、地図貸してや」

「はい、リーナちゃん」

 リーナはジュリから地図を受け取ると、道の数や隣の部屋の作りから現在位置を見出した。

「あー、今たぶんココやな。地下1階に行く階段の近くまで来てたみたいや。えらいでー、ジュリちゃん。上出来や。ほな、行くで!」

 と、今度はリーナを先頭に、ジュリたちは迷宮の一番奥へと向かって歩き出した。

 ジュリのときとは違い、道に迷うことなく順調に突き進んでいく。
 30分もすれば、地上1階からあっという間に地下3階へとやって来た。

 地下3階へとやってきて最初の部屋のところ、リーナが地図に目を落としたまま一瞬立ち止まる。
 地下3階は特に複雑に作られていて、一瞬戸惑ってしまった。

「う、うーん。ここからちょっと時間掛かりそうやな。迷子にならないよう、うちから離れるんやないで?」

 承諾したジュリとローゼ、ミカエルの3人。
 リーナの後ろを縦一列になって着いて行く。

「次の部屋は真ん中の道な。そしてすぐに右に曲がって、突き当たったT字路を左。向かって右側の壁に並んでる9つの道のうち、手前から6番目に入って……」

 それから約45分。
 地図を見ながら先頭を歩いて道案内をしていたリーナが、ようやくぴたりと足を止めた。

「着ーいたっ! ここが迷宮の一番奥やで! 見てみい、あれが魔法の花や! うわあ、色んな色があるんやな!」

 と、あちこちに生えている沢山の八重咲きの花――魔法の花を指差したあと、リーナはそれに歩み寄って摘み始めた。

「ほな、依頼人とマナちゃんの分を摘んで帰るでー。帰りはうちの瞬間移動やから一瞬や。ほら皆、何ぼーっとしてんねん。花が綺麗なんは分かるけど、はよう摘みやー。ていうかローゼさま、大分前から道が暗いままやん。ちゃんと光の玉浮かべな、ミカエルさまが困るやろ? なあ、ミカエルさま?」

 しぃーん……

 と静まり返る部屋の中。

「あ、ジュリちゃんうちのリュックから花入れる袋取ってくれへん?」

 しぃーん……

「ローゼさまは、はよう光の玉浮かべてや」

 しぃーん……

「それにしても、この花ってどんな薬の材料にするんやろな?」

 しぃーん……

「帰ったらマナちゃんに訊いてみんとな」

 しぃーん……

「……」

 しぃーん……

「……」

 しぃーん……

「……」

 しぃーん……

「……え?」と、眉を寄せて振り返ったリーナ。「――どっ、どこ行ったんじゃワレェっ!!」

 ベシィッ!

 と、思わず摘んだ花を地に投げ捨てた。
 誰1人そこにはいなくて、顔が引きつってしまう。

「いつからうち1人で喋っとったんや! うちから離れるなゆーたのにっ! …ああもうっ、ジュリちゃーん!? ローゼさま!? ミカエルさまぁーっ!?」

 と踵を返そうと歩み出したリーナだったが、びくっと肩を震わせてすぐに足を止めた。
 部屋の出入り口の奥に、何者かの気配を感じる。

「だ…誰や? ジュリちゃん? ローゼさまっ? ミカエルさまかっ?」

 返事がない。
 急激にさっきまでの恐怖が舞い戻って来て、リーナの膝が震え出す。

「だ…誰やって訊いてんねんっ! へっ…返事せぇやボケっ! うちを脅かそうとしても無駄やでっ! ジュリちゃんかローゼさまかミカエルさまって、分かって――」

 リーナは、はっとして言葉を切った。
 真っ暗でも猫モンスターの目を継いだリーナには見える。

 出入り口の、右側の石の壁。
 そこから出て来た、長い黒髪の頭が。
 青白い血だらけの手が――。

「――ふっ…ふぎゃあぁああぁああぁぁああぁぁああぁああぁぁあああぁぁああぁぁああぁぁあっ!!」
 
 
 
 
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