第18話 いざ、迷宮へ
ジュリに加え、ローゼ王女とミカエル王子がリーナの仕事に着いて来るようになってから1週間。
午後3時の葉月町に、リーナの声が響く。
「ジュ、ジュリちゃんこんなところでテツオ召喚したらあかんっ! 周りの人びっくりしてまうやろ!? ローゼさまはもっとこっち来んかいっ! ガキが車道側歩くのは危ないんや! ――って、あれ!? ミカエルさま!? どこや!?」
と、辺りをきょろきょろと見回すリーナ。
後方3m地点で女子高生の行列に紛れているミカエルを見つけ、顔を引きつらせる。
「あんた、何してんねん」
「美味いんだ、ここのクレープ♪」
鼻をくんくんとさせ、漂ってくる甘い香りを嗅ぐジュリとローゼ。
笑顔になり、ミカエルのところに駆けて行く。
「僕も食べたいですーっ!」
「ローゼも食べますにゃ兄上っ!」
「はぁっ?」と眉を寄せたリーナ。「ああもう…、仕方あらへんなあ……」
と深く溜め息を吐いて脱力し、近くに置いてあるベンチに腰掛ける。
この一週間、仕事をしているんだか遊んでいるんだか分からなくなることが度々ある。
「リーナちゃーん」と、ジュリがリーナに笑顔を向ける。「リーナちゃんには、リーナちゃんの好きなイチゴが入ってるの買うねー♪」
「いや、うちはいらな――」
「へえ、ストロベリーが好きなのかリーナは」と、リーナの言葉をミカエルが遮った。「それを聞いたら私もストロベリーが食いたくなったな。よし、私もリーナと同じものを頼むぞ」
ミカエルの顔をちらりと見上げたジュリ。
何だかムッとしてしまいながら続く。
「僕もリーナちゃんと同じの食べる。バナナチョコ生クリームにしようと思ったけど、イチゴチョコ生クリームにする」
それを聞いたローゼが言う。
「じゃあローゼはジュリさんが食べようと思ってたバナナチョコ生クリームにしますにゃ♪」
15分後。
クレープ購入後、リーナの右隣にミカエルが、左隣にはジュリが、さらにその左隣にローゼが、ぎゅうぎゅう詰めになって座る。
再びリーナの顔が引きつる。
「おい、でっかいの」
「ん? 私か?」
と、ミカエルがリーナに顔を向ける。
「あんたの他に誰がおんねん。ベンチ狭いやないかい」
あはは、とミカエルが笑って言う。
「何だ、抱っこしてほしいのかリーナ」
「なんでやねんっ!」
ビシィッ!
とリーナにチョップされ、ますますミカエルの笑い声が響く。
再びムッとしたジュリ。
胸の中にもやもやとしたものが立ち込めてくる。
このもやもやが何なのかジュリには分からなかったが、それは心地良いものではなかった。
「ジュリさん、ジュリさん」
とローゼに顔を覗き込まれ、ジュリははっとして笑顔を作る。
「何ですか、ローゼさま」
「クレープ、食べないんですかにゃ?」
「あっ」と声を短くあげ、ジュリはまだ口にしていなかったクレープを一口食べる。「うわあ、イチゴチョコ生クリーム美味しいーっ」
「ローゼのバナナチョコ生クリームも美味しいですにゃ♪ ジュリさん、どうぞですにゃ」
と、ジュリの口元にクレープを近づけるローゼ。
「えっ、いいんですかっ? それじゃ、いただきますっ♪ あっ、ローゼさまも一口どうぞ♪」
とジュリもローゼの口元にクレープを近づけ、一口ずつ交換する。
それを見たリーナの顔が引きつる。
(おーちーつーけぇぇぇぇぇ…! 落ち着くんやうちぃぃぃぃぃぃぃ…! この程度のことで腹立つのは子供やぁぁぁぁぁぁぁ…! 落ち着くんやうちぃぃぃぃぃぃぃぃぃ……!)
と自分を宥め、リーナはポケットの中からこれから向かう仕事の依頼内容の書かれた紙を取り出した。
その紙を覗き込み、ミカエルが訊く。
「依頼人の家はこの近くなのか?」
「うん。あのマンションの403号室や」
と、リーナが50m先にあるレンガ造りのマンションを指差すと、ジュリとローゼ、ミカエルもそちらに顔を向けた。
ローゼがわくわくとした様子で訊く。
「どんなお仕事なんですかにゃ?」
「よう分からんから依頼人を訪ねてみるんやけど…」と、リーナは苦笑する。「ここに書かれとる依頼内容だけ見ると、何だかめっさ時間掛かりそうや……」
「リュウやシュウ、レオンなんかは戦ってばかりのイメージだが、二流ハンターは本当に色んな依頼が来て楽しいなっ♪」
と、ミカエル。
依頼内容を読み上げる。
「えーと、『長月島の北西部にある迷宮の中にしか生えていない魔法の花を採って来て』?」
「長月島って、隣の島ですにゃ」
とローゼ。
リーナが頷いて言う。
「うち、めっちゃ魔力あるわけやないけど、瞬間移動は大得意やねん。全12島のどこにでも届くで。せやから、こういう他島へ行かんとあかん依頼のときはリュウ兄ちゃんから大抵任されんねん」
「迷宮って、何だかワクワクするね!」
と言ったジュリと、それに同意したローゼとミカエルがはしゃぐ。
その傍ら、リーナは苦笑してしまう。
(この長月島の迷宮って、ハンターでも出て来れず中で死んでしまうって噂やで……)
午後9時。
仕事を終えたリーナは、瞬間移動でローゼとミカエルをヒマワリ城まで送り、そのあとジュリを家まで送り、そのままジュリと共に書斎へと向かって行った。
「――ってわけで、めっちゃ時間掛かるから明日のうちの仕事他の人に回しといてくれへん?」
「ふーん。分かった、ユナにでも回しておく」
と、リーナから話を一通り聞いたリュウ。
リーナに任せた『長月島の北西部にある迷宮の中にしか生えていない魔法の花を採って来て』という依頼は、どうやら迷宮の一番奥まで行かないといけないらしかった。
「ああでも」と、リュウが続ける。「その花、マナが持ってるかもしれねーな。以前採りに行ったことがあるから」
「マナ姉上が?」
と、ジュリ。
「ああ。ドライフラワーになってるだろうが、効力は生花と同じだ」
「効力……? って、もしかして魔法の花って魔法薬の材料なんですか?」
「そうだ、ジュリ。おまえは賢いな! 父上が抱っこし――」
「ほな、マナちゃんが持ってる可能性高いな!」
と、リーナはリュウの言葉を遮り、ジュリを引っ張って書斎を飛び出した。
2階へと駆け上り、向かって右から5番目の部屋へと入る。
以前はユナ・マナ・レナの3人部屋であったが、レナがミヅキと結婚してからはユナとマナの2人部屋になっている。
「ああ…、あの迷宮に生えてる花ね…」
「せや、マナちゃん。ドライフラワーになってるの持ってへん?」
とリーナが訊くと、机に向かっていたマナが立ち上がった。
魔法薬の材料やら完成品やらが並べられている棚の前へと歩いて行って、1つの空瓶を手に取って言う。
「あれ…、ないや…」
「ええ、ほんま? ほな、結局迷宮に行って取りに行かんとあかんやん……」
とがっくりと肩を落とすリーナの傍ら、ジュリがその表情通りの台詞を口にする。
「わくわくするね、リーナちゃん!」
「わくわくってジュリちゃん……。あの迷宮、ほんまに危険らしいで?」
「大丈夫…、あの迷宮の地図のコピーあるから…」
と、マナが机の引き出しを開け、それをリーナに手渡す。
折られていたそれを広げた途端、ジュリとリーナは驚いて声を上げる。
「うわあ」
その迷宮は地上1階から地下3階まであり、数え切れないほどの部屋があった。
入り口から一番奥だろう地下3階まで、一本の赤い線が引かれている。
「その赤い線の通りに進めば、魔法の花の生えているところまで行けるから…。それから…」
と、マナが袋の中に回復薬やら毒消しやら、色々と薬の入った瓶を詰め込む。
そしてそれをジュリに手渡した。
「ジュリもリーナも、王女さまも王子さまも、治癒魔法持ってないでしょう…? モンスター出るから、怪我したりしたらすぐに薬飲むんだよ…?」
「はい、マナ姉上! ありがとうございます!」
と、ジュリ。
1階の方から晩ご飯のお呼びが掛かり、そちらへと向かって行く。
リーナもついでにご馳走になって行こうとジュリに続いて部屋を出ようとしたとき、マナに呼び止められた。
「なんや? マナちゃん」
「魔法の花…、あたしにも少し摘んで来てくれる…?」
「合点承知之助やで!」
と再び部屋から出て行こうとしたリーナを、再びマナが呼び止める。
「まだ何かあるん? マナちゃん」
「リーナ苦手だから、大丈夫かなあと思って…」
「地図があるから大丈夫やって、マナちゃんもさっき言ってたやん。それにうち、カレンちゃんと違って方向音痴ちゃうで」
「そうじゃなくて…」
じゃあ何かとリーナが首をかしげると、マナが肘から下の両腕をすっと上げた。
手首から先の手をだらんとさせ、オバケのジェスチャーを取って言う。
「出るよ…」
「――!?」
一気に真っ青になったリーナを見ながら、マナが続ける。
「あたしも3回遭遇したんだよね…。あそこから抜け出せず命を落とした人の霊が、成仏できずに出口を探して彷徨ってるのに…」
猫モンスターの目というのは、普通の人間には見えないものまで見るときがある。
キラの子供たちや孫も純猫モンスターほど頻繁には見ないものの、稀に幽霊と言われるものを見る。
それはミーナの血を引くリーナもだった。
マナが続ける。
「でもまあ、悪さはしないと思うから大丈夫だよね…。出口まで案内してあげるとお礼言われるしね…」
「――って、あんたオバケに道案内したんや!?」
「だって困ってたから…」
「あんたほんまに大物やね!?」
「ともかく…」と、マナがぽんとリーナの肩を叩いた。「頑張ってね…」
「…………」
翌朝。
瞬間移動で長月島の北西部にある迷宮前にやってきた、ジュリとリーナ、ローゼ、ミカエル。
長月島は梅雨の真っ只中で、それぞれの片手には傘が握られていた。
もう片方の手や背負っているバッグの中には、マナからもらった色々な薬の他に、弁当やら菓子やらジュースやらビールやらデジカメやらが入っていてる。
「わあ、凄いね!」
とジュリに、
「凄いですにゃ!」
ローゼに、
「おお、凄いな!」
ミカエルの3人が、迷宮を目の前に瞳を輝かせる。
石の壁で出来たそれには、ところどころ苔がこびり付いており、蔓が這っていた。
入り口の奥に見える闇がとてつもなく不気味で、リーナは思わず後ずさってしまう。
他の3人が首をかしげてリーナを見た。
ジュリが訊く。
「どうしたの? リーナちゃん。早く行こうよ」
「…あ…あのさ……、や、やっぱりこの仕事、他の人に任せへんっ?」
「どうして?」
「マ…マナちゃんが言っとったんやけどな? ここオバケが出るんやてっ……!」
「オバケ!?」
と驚いた様子で声をそろえたリーナ以外の3人。
「な? 怖いやろっ? せやからこの仕事は他のハンターに任せることにして、早く――」
早く帰ろう。
と言おうとしたリーナの言葉を、ミカエルが遮る。
「会ってみたいぞ!」
同意して頷いたジュリとローゼが続く。
「僕も会いたいです!」
「ローゼも久しぶりに見てみたいにゃ!」
「ちょっ、えぇえぇえぇっ!?」
と驚愕するリーナの左手をミカエルが引いた。
あはは、と笑って言う。
「なんだ、オバケが怖いのかリーナ? 子供だな。大丈夫だ、いざというときは私が守ってやる。こう、幽霊をズバッと斬り捨ててなっ♪」
「いや、透けとるんやから斬れへんやろ!?」
あはは、と今度はジュリが笑った。
リーナの右手を取り、その手から傘が落っこちたことは気にせずに言う。
「大丈夫だよ、リーナちゃん。オバケさんがリーナちゃんに悪さしようとしたら、僕が守るから! こう、オバケさんにズバッと止めて下さいって言ってっ♪」
「いや、悪霊はジュリちゃんと違って素直に言うこと聞かへんちゃうかな!?」
あはは、とさらにローゼが笑った。
傘を投げ捨て、リーナの背を押す。
「だーいじょーぶですにゃ、リーナさん。いざとなったら逃げますにゃ♪」
「いや、でも――」
「こう、ズバッとリーナさん置いてにゃ♪」
「置いてくなやっ! この薄情者っ! ああもうっ、ズバッとズバッとって、ズバッとボケとんなや、このボケボケトリオ! うちは行かんっ! 絶対に行かへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」
と暴れるリーナをジュリとミカエルが引き摺り。
さらに後ろからローゼが押し。
4人は、いざ迷宮へ、
「イェーーーイ! ズバッとサーマターーーイムっ♪」
紛れ込んで行った。
「――いっ、嫌やぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁあぁあぁあぁぁああぁぁああぁぁぁああっ!!!」
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