第17話 これからは4人なんです
ジュリ宅のリビングの中。
風呂上り、ソファーの上で右手をリンに、左手をランに取られているジュリ。
爪を手入れしてもらいながら、向かいのソファーに座っているリュウが言った言葉を鸚鵡返しにして訊いた。
「ミカエル王子さまが、ハンターの資格を取ったんですか?」
「ああ。今朝ギルドに来て、取って行ったらしい。実力で」
「まあ」と声を高くしたのは、ジュリに風呂上りのビールを持ってきたカレンだ。「はい、ジュリちゃん♪」
と、ジョッキをジュリの口に近づけて飲ませてやったあとに訊く。
ちなみに何故未成年のジュリがアルコールを飲んでいるのかは、人間とモンスターのハーフの飲酒は12歳からOKだからである。
「じゃあミカエル王子さまってお強いのかしら? お義父さま」
「そこそこだろうな。城の中で一番楽しい遊びが剣稽古だって言ってたし」
「まあ、偉いのですわ。何だか王さまとは違うのねえ」
「それは言えるな。単なる女ったらしの王とは似てねーな、ミカエルは」
「って、お義父さま、そんな王子さまのことを偉そうに呼び捨てにして……」
「あ? 当然だろうが。俺はギルド長だぞ。それにあいつ自身、特別扱いされんのが嫌いだからいいんだよ。つーかおまえ、俺にキラとウィスキーとグラス持ってこい。氷入れんの忘れんなよ」
はいはいとカレンが溜め息を吐き、リビングから出て行く。
そのあと、リン・ランがジュリの爪の手入れを続けながら訊いた。
「でも王子さまは、どうしてハンターになったのですかなのだ父上?」
「ああ、そのことなんだが……」と言ったリュウは、ジュリの様子を見ながら続けた。「リンクいわく、どうもミカエルはリーナのことが好きらしくてな」
「え……?」
と困惑したジュリの顔。
「明日からジュリと一緒に、リーナの弟子ハンターだ」
「でも」と再びリン・ランが訊く。「リーナは二流ハンターなのに、良いですかなのだ父上? 普通は一流以上のハンターの弟子になりますなのだ」
「最初はリンクが反対したらしいんだけどな。じゃあジュリはどうなるんだって口論になって、リンクが負けたらしい。んで、リーナの弟子になることに許可出したんだと。……どうする、ジュリ」
「ど、どうするって……?」
「ミカエルが嫌なら、ギルド長であるこの父上が他のハンターの弟子にさせてやるぞ」
「…だ、大丈夫です、父上。僕だけリーナちゃんの弟子でいられるなんて、おかしいことだと思うからっ……」
「まあ、そうだな」
と言ったのは、リュウの命令によりカレンに連れて来られたキラである。
リュウの膝の上に抱っこされながら続ける。
「だが、良いのかジュリ? 快く思っていない顔をしているぞ?」
「そ、そんなこと……」
そんなことない、と言おうとして口を閉ざしたジュリ。
否定出来なかった。
そしてさらに、とリュウが言う。
「面倒なことに、おまえに依頼が来てるぞ、ジュリ」
「依頼? 誰からですか?」
「それはな」
と、リュウが手を持って行ったのは、膝の上のキラの胸である。
キラの顔が引きつる。
「……どこを触っている、リュウ」
「あれ、間違った」
「間違うなっ」
「さすが俺の手。エロイぜ」
とリュウはキラの胸から自分のシャツの胸ポケットに手を持っていくと、ジュリ宛の依頼の書かれた紙を取り出した。
そしてそれを広げ、ジュリに見せながら読み上げた。
翌朝、ヒマワリ城の門の前へとやってきたジュリとリーナ。
「ミカエルさま、そろそろやんな」
と、右手に持っている携帯電話で時刻を確認しながら言ったリーナ。
父親・リンクからミカエルがハンターの資格を取り、今日から弟子となることを聞かされたのはついさっきのこと。
ジュリを連れ、慌てて迎えに来た。
王子だと思うとやっぱり気を遣ってしまう。
「今朝になってからおとんから知らされたもんやから、焦ったでうちは。まあ、おとんが明け方近くになってようやく帰宅したから、仕方あらへんけど。それにしても、どうしてミカエルさまはいきなりハンターになったんやろう?」と、リーナが首をかしげる。「おとんに訊いたら、『ミカエル王子に気をつけろ』としか言わへんし……。なあ、ジュリちゃんはリュウ兄ちゃんから何か聞いてへん?」
「え…えと……」
と俯いたジュリ。
リーナの左手を取って、ぎゅっと握る。
「ジュリちゃん?」
とリーナがジュリの顔を覗き込んだときのこと。
「おおっ、リーナ!」
とミカエルの声がし、振り返ったリーナ。
城の外に行くのだから、バレないようにするための変装として当然と言えば当然だが、Tシャツにジーンズというカジュアルファッション+補助輪付きママチャリでご登場のミカエルに目が丸くなってしまう。
ママチャリの補助輪をガラガラと鳴らしながら門を潜り、2人の門番に頭を下げられ、リーナの前までやって来たミカエルがにこにこと笑いながら訊く。
「もしかして迎えに来てくれたのか?」
「はい、なんせ王子さ――」
「後ろに乗るか?」
「の、乗らへんわ……」
「爽やかに2ケツってやつしようぜ♪」
「恥かしいっちゅーねん……」
「照れ屋だなー、おまえっ♪」
「ええ大人が補助輪ガラガラガラガラさせとったら恥かしいに決まっとるやろ! 移動はうちの瞬間移動使うから、さっさ置いてこんかいボケっ!」
ビシィッ!
と額にリーナのチョップを食らったミカエル。
狼狽する門番を宥め、笑いながら補助輪付きママチャリを門の中へと戻しに行く。
そして戻ってきたと思ったら、
「ジュリさぁああぁぁああぁああぁぁああぁぁあぁぁあんっ!!」
ローゼ連れだった。
「ったく」と、溜め息を吐いたリーナ。「やっぱり出て来たんかいな、この痴女!」
と後腰部に装備している2本の短刀のうち、1本を抜いて逆手に持った。
そして刃を1回振るい、起きた風圧でローゼを押し返す。
「ふにゃっ」
と後方によろけ、ミカエルの腕に支えられたローゼ。
そのピンクブラウンの髪の毛が、数本はらりと地に落ちる。
「何しに来たんです、王女さま……!?」
と、顔を引きつらせながら訊いたリーナ。
ローゼがにこにこと笑いながら答える。
「何しにも何も、ジュリさんに仕事の依頼をしたのですにゃ」
「ハァっ?」
と声を裏返してリーナがジュリを見ると、ジュリがポケットの中から一枚の紙を取り出しながら言った。
「そうなんだ、リーナちゃん。ほら、これ見て」
それ――ジュリの手に持たれている紙を、リーナは見つめる。
それはハンター・ジュリに寄せられた依頼の内容が書かれた紙だった。
(は? 何? 『王女・ローゼと遊べ。期間はしばらく』? 報酬金額5000万!? うーわ、高っ! めっさおいしいやん! ていうか、は? 何やねん、この仕事……?)
と、リーナが眉を寄せながらローゼを見ると、ローゼが再び口を開いた。
「依頼人は私ですにゃ」
リーナは再び紙に目を落とした。
たしかに依頼人の名前のところには『ローゼ』と書かれている。
「どういうことやねん」
「そのまんまですにゃ♪」と、ジュリの腕を抱いたローゼ。「しばらーくの間、ジュリさんはローゼと遊ぶのがお仕事なのですにゃ。といっても、普段のお仕事を邪魔する気はないから安心してくださいにゃ。ローゼを一緒にお仕事に連れて行って、その途中でローゼがどこどこに行きたいって言ったら、ジュリさんはそこへローゼを連れて行って、ローゼと遊ばなければならないのですにゃ♪」
「ふざけんなや! こんな仕事、却下や却下! 邪魔する気はないって、それもろに邪魔してるやんか! 実力でハンターの資格取ったミカエルさまは有難いけど、あんたみたいな役立たずはいらん! すっこんでろや!」
「依頼を請けたのはリーナさんではなく、ジュリさんですにゃ」
「うちはジュリちゃんの師匠や! ジュリちゃんの仕事云々を決める資格を持ってんねん!」と、ジュリとミカエルの手を引っ付かんだリーナ。「どんな我侭もきく浮世離れした環境で育ってきたかもしれへんけどな、シャバはそう何でもかんでも思う通りに行くほど甘かないねん! 遊びたきゃ一匹で遊んでろや、このどあほう!」
ジュリとミカエルを連れ、瞬間移動でキラの銅像前――葉月町の中央へと移動した。
「さ、仕事行こか。ここの近くに依頼人おるから、詳細聞かんと。うちみたいな二流ハンターやと、凶悪モンスター討伐の他にも結構色んな種類の依頼が来んねんで」
と歩き出したリーナの手を、ミカエルが引く。
「ま、待ってくれよ、リーナ」
「なんやねん、ミカエル王子。文句あんならお城に送り戻して差し上げんで」
「文句じゃないんだ、文句じゃ」
「ほな、何です?」
「その……」
と、周りの目を気にして、それから先の言葉を言い辛そうミカエル。
リーナが人気の少ないビルとビルの狭間に引っ張って行ってやると、ミカエルが話を続けた。
「ローゼのことなんだが……。あいつ、たぶんリーナやジュリが思ってるような環境で育ってないぞ」
ジュリとリーナが顔を見合わせた。
「その……、ローゼの母親のマリアさんが、私の母に好かれてなくてな」
それはそうかもしれないな、とリーナは思った。
王の正室の妃はマリアではなく、ミカエルの母である。
王のペットだったマリアが腹の中にローゼを宿したとき、さぞかし気分が良くなかっただろうと思う。
「そのせいで、ローゼも私の母から好かれていないんだ」
「まあ……、無理もあらへんなあ。子供に罪はあらへんとはいえ、ミカエルさまのおかんからすれば、ローゼさまは愛する旦那はんの浮気相手の子供やからなあ」
というリーナの言葉に頷き、ミカエルが続ける。
「私も、私の兄も姉も妹も、母からローゼと口を聞くなって言われててさ。マリアさんは自分のことばかりでまるでローゼを構わないし、親父はローゼのこと可愛がってるけど、あれでも王だから忙しいしで、結構寂しい思いをしてるんだ。私が城の外へ遊びに行くのは単に楽しいからだが、ローゼの場合は違う。城の中の居心地が悪いんだ。だからしょっちゅう城の崖の下の森に行ったりしてるんだ、きっと……」
「リ、リーナちゃん……」と、ジュリが困惑顔でリーナの顔を見つめた。「ローゼさま可哀相だよ、リーナちゃん……」
「……」
リーナがジュリとミカエルに背を向ける。
「リーナ」と、ミカエルが話を続けた。「ローゼって、城の中じゃほとんど笑わないんだ。でも、おまえたちといると笑うんだ。凄く楽しそうなんだ」
「おまえ『たち』やないで。ジュリちゃんだけや」
「そ、そうか。でも…さ、その……私も我侭を言うようで悪いんだが……、その……」
とミカエルが口ごもる。
ふん、と鼻を鳴らしたリーナ。
「うちには関係のない話や。さっさ仕事行こー」
と歩き出してから3秒後、立ち止まる。
小さく溜め息を吐き、ミカエルに背を向けたまま訊いた。
「……あの王女さま、好きな色とかあるん?」
花々の香りが漂うヒマワリ城の庭。
見渡すほど広いそこにある、とある一本の木の枝のところにローゼが座っていた。
足をぶらぶらとさせ、空を飛んでいる小鳥を目で追いながら溜め息を吐く。
「あーあ、つまらないにゃ……」
ジュリとリーナ、ミカエルが去って行ったのは20分ほど前のこと。
ジュリに依頼を出した昨日から、わくわくとして待っていたローゼの心は一気に沈んでしまった。
「1人で遊ぶのは慣れてるけどにゃ……」
視界がぼやけ、手の甲で瞼を擦ったローゼ。
次から次へと涙が零れ落ちて来て、仕舞いには声を上げて泣き出した。
「ふにゃあぁああぁぁんっ……!」
「うーわ、泣き顔ぶっさいくやな自分」
と突然自分以外の声が聞こえ、ローゼははっとして目を落とした。
そこに紙袋を持ったリーナが、木の枝のところにいるローゼを見上げて立っている。
「リーナさんって、泣き顔不細工なんですかにゃ?」
「うちの泣き顔は美しいちゅーねんっ! この場合の『自分』っていうのは、あんたのこと指すのっ! それよりっ…」と、リーナが手に持っている紙袋をローゼに向かって突き出す。「ほらっ……!」
首をかしげ、枝の上から地に飛び降りたローゼ。
リーナから紙袋を受け取り、中を覗き込む。
「? なんですかにゃ、これ……?」
「TシャツとG短パン、ポイントのベルトや」
「庶民の皆さんが着る服ですかにゃ?」
「せや。ソレで城の外を歩くのは目立ちすぎるっちゅーねん」
と、リーナがローゼのドレスに目を向ける。
ローゼも自分のドレスに目を落としたあと、リーナの顔を見てきょとんとする。
「え?」
「わざわざうちが買って来てやったやで。しかもTシャツはあんたが好きやっちゅーピンク色や。有難く思いや」
「え?」
「せやからっ……」と、リーナがローゼから目を逸らす。「あんたも一緒に仕事に連れて行ってやるって言ってんねん」
「えっ? 私もっ?」
「門のところで待っといてやるから、さっさ着替えて来んかい。ハンターは暇やないんや」
「はいっ!」
と、顔を輝かせたローゼが、急いで城の中へと駆けて行く。
一方、城の門へと瞬間移動で移動したリーナ。
(ああ…、仕事中はうちとジュリちゃんの2人だけの時間やったのに…。これからは4人で仕事かいな……)
苦笑する。
加えて、
(ミカエルさまはハンターの資格あるからともかく、ライバルのローゼさまにまで何してんねんうちは……)
なんて、自分に呆れてしまう。
それから10分ほどしてローゼが駆けて来た。
「お待たせしましたにゃ!」
「って、どこにベルト巻いてんねん。ウエストやなくて腰で穿くパンツなんやから、腰んとこに巻かなあかんやろ」
「ふにゃ?」
「まったく世話の焼ける……」
と、ローゼにベルトを巻き直してやるリーナ。
そんな自分にまたもや呆れてしまう。
「ほな、さっさ仕事行くで」
「あっ、リーナさん!」
「今度はなんやね――」
「ありがとうございますにゃ!」
と笑い、ローゼが頭を下げる。
「ふんっ」
とローゼから顔を逸らしたリーナ。
その口元は、ふと微笑む。
(ま、えっか……)
というわけで、これからはジュリとリーナ、ローゼ、ミカエルの4人で仕事へと向かう日々が続くことになった。
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