第16話 求ム、ハンターの資格


 6月のヒマワリ城での舞踏会へ行ったのは昨夜のこと。
 ジュリ宅のキッチンの中、21人家族全員がそろう朝の食卓で、ミラとリン・ランが声をそろえた。

「一夫多妻制っ?」

「ああ。正式に決まった」

 とリュウが言うと、ミラ、リン・ランと頬を染めて声をあげた。

「きゃあぁぁああぁぁあぁあっ! これで私もパパと結婚できちゃうぅぅぅぅぅぅんっ!」

「これでわたしたちも兄上と結婚できますなのだああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁあっ!」

「はいはい」と、溜め息を吐いたサラが突っ込む。「近親結婚は無理だっつの。ってか、一夫多妻制とかってレオ兄にはまったく関係ないよね?」

 と夫に笑顔を向けたサラに続き、キラ、カレン、レナも夫に笑顔を向ける。

「おまえもまったく関係ないであろう? リュウ」

「あなたにも関係のない話よねえ、シュウ?」

「ミヅキくんも関係ないよね? もちろん」

 妻の顔を見つめ、あまりよく噛んでいない口の中のものを、ごくりと飲み込んだリュウとシュウ、レオン、ミヅキ。
 決して他に妻を作る気はないが、恐ろしさのあまり冷や汗を掻きそうになりながら頷く。

「う…うん……」

 それを見た妻たちが安堵する傍ら、ユナが口を開いた。

「でも王さまはどうしていきなり一夫多妻制なんて? 女からすれば、結構な迷惑だよね」

「迷惑?」と、首を傾げたのはジュリだ。「それはどうしてですか? ユナ姉上」

「どうしてって……。だって、ねえ?」

 とユナが隣に座っていたマナを見ると、マナが頷いて続いた。

「何だって人それぞれだから、全ての人がそうだとは言わないけど…」

「マナ姉上の旦那さまがグレルおじさんになって、グレルおじさんが他にも奥さんを作ったら、マナ姉上はどうしますか?」

「そうだなあ…」と呟いたマナ。「ここは家の中だから、実際の大きさの50分の1になるけど…」

 と、直径1mの岩を召喚し、

「こうするかな…」

 ズゴォッ!!

 とグレルの頭上に落下させた。
 そしてそれはパッカーンと真っ二つに割れ、床に落下。

「なんだあ? 今、何か振ってきた気がするぞーっと」

 と辺りを見回してきょとんとするグレルの傍ら、マナがジュリに訊く。

「一夫多妻制に賛成なの…?」

 笑顔で頷いたジュリが答える。

「リーナちゃんもローゼさまも、僕と結婚したいと言います。だから僕は、2人と結婚してあげたいと思います。そうすればリーナちゃんの願いもローゼさまの願いも叶えてあげられるし、僕も2人の笑顔を見れて幸せです」

「…………」

 数秒の間、キッチンの中に訪れた静寂。
 ジュリが一同の顔を見回して首をかしげる中、キラが溜め息を吐いて呟いた。

「2人の笑顔が見れる? だったらさぞかし凄いぞ……」
 
 
 
 
 その頃の葉月ギルドのギルド長室の中。

「ふあぁ……」と、大きな欠伸をしながら仕事をしているリンクがいた。「うー…、眠……」

 忙しいリュウに変わってギルド長の仕事をこなす副ギルド長のリンクは、早朝にギルドへとやって来て深夜に帰るという生活を送っている。
 同じく副ギルド長のレオンも手伝ってはくれるのだが、レオンもリュウと同様に忙しい身。
 毎日というわけには行かず、大半はリンク1人でやらなければならなかった。

 RRRRR…

 とギルド長室の電話が鳴り、リンクは目を擦りながらそれに出る。

「はい…、葉月ギルドで――」

「いっよーう、久しぶり!」

「は……?」

 とリンクは眉を寄せた。
 聞き覚えのない声である。

「あの、どちらにお掛けです?」

「どこって、そこ葉月ギルドだろ? 寝ぼけてんなよな、リンク♪」

 あはははは、と電話の向こうから響いてくる笑い声。

 名前を呼ばれ、リンクはますます眉を寄せた。
 間違い電話ではないということだ。

(となると、おれめっさ失礼やんっ…! 誰やっけ……!?)

 と、寝ぼけ眼を覚まし、頭をフル回転させて必死に相手の声を思い出す。
 だが、まるで分からない。

「あ、あの――」

 誰ですか?

 と聞こうとしたリンクは、ポケットの中で携帯電話が震えて言葉を切った。
 それを取り出してみると、王からの電話。

「あっ、すみません、ちょっと切りますー」

 とギルド長室の電話の受話器を置いたリンク。
 緊張に思わず立ち上がってしまいながら、王からの電話に出る。

「はい、もしもし! リンクですーっ!」

「私だ」

「はいっ、王さまですね! 聞きましたよ、リーナから。来月の半ばくらいから一夫多妻制になるようですな」

「う、うむ。リーナの様子はどうだ? 怒ったりしていないか」

「ああ、何ともなさそうですー」

「そうか、ならば良い……」

「で、本日はどういったご用件で?」

「うむ。前ギルド長に私がそうしてもらったように、顔パスで頼む」

「へ?」と、ぱちぱちと瞬きをするリンク。「何の話です?」

「何のって……、何だ、まだそっちに着いていなかったのか」

「? あの、王さま、一体――」

「おお、いかん。朝廷の時間だ。ではよろしくな」

 と言うなり、王が電話を切った。

「な、なんや? ブラックキャッツ宅配便で何か送ってくれたんか? あれ、でも、顔パスとか言ってたよな……?」

 とリンクが首をかしげていると、

 バァンッ!

 と大きな音を立てて開いたギルド長室のドア。
 リンクがびくっとしてそちらに顔を向けると、そこには、

「おー、ここか! ギルド長室は!」

 ブロンドの髪の毛にブルーの瞳をした、20代前半くらいの青年の姿。

「ちょ、ちょお、あんた一体――」

 誰ですか!

 と訊こうとして、はっとして言葉を切ったリンク。

(こ、この髪にこの瞳…! まさか……!?)

 声を裏返しながら訊いた。

「ミっ…、ミカエル王子っ!?」

「なーに驚いてんだよ、リンク? さっき電話しただろ」

 あはは、と笑う青年――ミカエル王子。
 机の前まで歩いてきて、数cm目線が下のリンクの顔を見ながら訊く。

「あれー? おまえ何か縮んだ?」

「縮んでへんわっ!」

 と思わず突っ込んだあと、リンクは慌てて自分の口を手で塞いだ。

(相手は王子さまやのに、おれ何てことっ……!)

 焦るリンクの一方、ミカエルが笑う。

「リーナの父親って感じだな」

「えっ?」

 何でリーナのことを知っているのかと、短く声をあげたリンク。
 そのあと、そういえば昨夜リーナがミカエル王子のことを話していたな、と思い出す。

「ああ…、昨夜はうちのリーナがどうも。…それにしても、ほんまに久しぶりですなミカエル王子」

 リンクがミカエルに会ったことがあったのは、もう15年も前のことである。
 久しぶりにリュウの付き添いで舞踏会に行ったときに会ったのだが、当時のミカエルはまだ7つと小さかった。

「元気そうだな、リンク」

「王子こそ……」とリンクは苦笑する。「リュウがいつだったか言ってましたよ? 王に似て暴れん○将軍みたいやと……」

 あはは、とミカエルが笑う。

「だって城の外の方が楽しいんだ。城の中の生活なんて私には退屈だ」

「少しはおとなしくしてください。今日もこんなところに来てどうしはったんです?」

「うむ!」

 と、腰に差していた剣を抜いたミカエル。
 剣の切っ先をリンクに向ける。

「私にハンターの資格をくれ!」

「はぁ?」

 と声を裏返したリンク。
 先ほど王が言っていた『顔パス』の意味をようやく理解した。

 ミカエルが続ける。

「昔、私の親父が顔パスで取ったらしいが、私にそんなことしなくて良いからな! 私はちゃんと試験を受けて資格を取ってみせるぞ!」

「い、いや、危ないですから顔パスで資格を――」

「ダメだ!」と、ミカエルが眉を吊り上げてリンクの言葉を遮った。「私は特別扱いされるのが好きじゃないんだ。試験官には、私が王子だということを明かさずに戦わせろ」

「し、しかし……」

 とリンクは戸惑ってしまう。
 王子に怪我をさせてしまったら大変である。

「ど、どうしてハンターの資格がほしいんです? モンスターのペットがほしいんですっ?」

「ああ、そういえばハンターの資格があればモンスターをペットに出来るんだったな。だが、そのためじゃない」

 じゃあ何のためかとリンクが訊く前に、ミカエルが続けた。

「一緒にいたいと思ったんだ」

「誰とです?」

「リーナ」

「は?」

「おまえの娘だ」

「わ、分かっとります!」と声をあげたリンクは、困惑しながら訊く。「リ、リーナと一緒にいたいって、ど、どういうことですっ?」

「まんまだ。私はリーナが好きだ。だからリーナと一緒にいたい」

「リ、リーナが好きって、どのへんがですっ?」

「ボケたらすかさず突っ込んでくれるところだな」

「は?(Mちゃうか、この人……)」

「最初は妹のローゼと同じ白猫の耳が生えてるなーと思って近寄って行ったんだが、ちょっと話してみたら止まらなくなった。リーナといると楽しいんだ」

 そう言って笑い、ミカエルが剣を腰に戻して戸口へと向かっていく。

「お、王子っ?」

「えーと、たしか試験会場はギルドの裏だったか」

「ま、待ってください!」

「何だ、リンク」

「…そ、その……、し、試験で合格点を取れなかったら、きっぱりハンターになること諦めます……!?」

「まあ、そうだな。顔パスで資格をもらったところで、リーナの足手まといになってしまうだけだしな」

「そ、そうですか……」と安堵したリンク。「ほな、こっちです」

 ミカエルをギルドの裏にある試験会場へと案内して行った。

(王子が取れるわけあらへんよな、ハンターの資格なんて。毎年どれだけ腕に自身のある人たちが落ちてると思ってんねん。そう簡単に取れると思ったら大間違いやで……)

 なんて思ったリンクだったのだが。
 試験官にミカエルが王子だと明かさず、試験を始めさせてからほんの5分後。

(――じょ、冗談だと言ってくれ……!)

 ミカエルの剣の切っ先が、試験官の鼻の先にあった。

(おれの可愛い娘がぁああぁぁああぁぁああぁぁあぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁあっ!!)
 
 
 
 
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