第15話 王からの重大発表


 6月に入って初日の昼間。
 仕事で凶悪モンスターを探している最中、ジュリはリーナの顔を覗き込んだ。

「リーナちゃんどうしたの?」

 ジュリの大きな黄金の瞳に映る、リーナの顔。
 それには眉が寄り、とても機嫌が良さそうには見えなかった。

「ぼ、僕、もういきなりリーナちゃんのおっぱい触ったりしないよっ?」

 というジュリの言葉に、リーナの頬が染まる。

「そ、そのことはうちも悪かったから気にせんでええって言ったやろ? ほ、ほんまに殴ってごめんなっ……」

「でもリーナちゃん、凄く怒ってたし」

「お、驚いただけやっ…、驚いただけっ……!」

「じゃあ、触っていいの?」

「えっ!? い、いや、そのぉ……」

 と口ごもったリーナ。
 咳払いをして話を逸らす。

「せ、せや、ジュリちゃん! 今日、舞踏会に行くんやろっ?」

「うん。何だか、王さまの命令らしくて」

「うちも行くわ、一緒に」

「リーナちゃんも?」

「うん。気になることがあってん」

「ふーん?」と首をかしげたあと、ジュリが笑った。「今日はこの前よりいっぱい踊ろうね」

「うん、踊ろな」

 と笑ったリーナだったが、心の中は複雑な気持ちだった。
 先日皆で公衆浴場へ行ったとき、リュウに来た王からのメールを見て以来ずっと嫌な予感がしっ放しなのだ。

(王さま重大発表があるって、なんのことやろう……?)
 
 
 
 
 そして夜。
 ジュリとリュウ、シュウと共にヒマワリ城のダンスホールへとやって来たリーナ。
 にこにこにこにこと嬉しそうに笑っているローゼを見た瞬間に嫌な予感が的中した気がして、顔を引きつらせた。

「ちょお、ローゼさま?」

「なんですかにゃ? リーナさん」

「今日の王さまの重大発表て、あんさんが得することやろ」

「そうですにゃ」ときっぱりと答え、ローゼがジュリの腕に抱きつく。「先月の舞踏会でローゼが提案したことが、叶うことになったのですにゃ」

「先月の舞踏会で提案したことって、一体なんやねん」

 とリーナがローゼをジュリから引き離しながら訊くと、ジュリが声を高くした。

「わあ! もしかしてあのことですかローゼさま?」

「あのことですにゃ、ジュリさん」

 だからそれは何なのかとリーナが再び聞こうとしたとき、リュウが口を挟んだ。

「ま、俺には関係ねーことだ」

 うんうんと頷いたシュウが続く。

「オレも関係ない。今のままで幸せだし」

 リーナはリュウとシュウの顔を交互に見つめた。
 王から重大発表をされる前だというのに、いかにも知っている風だ。

「な、何なん? 王さま、何を重大発表するんっ?」

「いやまあ、強制じゃねーよ。それでも可ってことになるんだろうな」と言ったあと、シュウが苦笑しながらリーナの肩を叩いた。「と、とりあえず王から発表されたとき、おとなしくしろよリーナ? ここには一応仕事で来てるんだからな?」

「つまりうちが暴れそうなことなんやな?」

 とリーナが顔を顰めながら訊いたとき、背後の方から王の声が聞こえてきた。

「…リ…リーナも来ていたのかっ?」

 振り返ったリーナ。
 顔を引きつらせている王に歩み寄り、その顔を見上げて訊いた。

「うちが来たら都合悪いんですか、王さま!?」

「えっ!? そ、そんなわけがないであろうっ? 可愛らしいレディのそなたに会えて私は嬉し――」

「それで!?」と、王の言葉を遮ってリーナは訊く。「重大発表てなんなんです!?」

「そ、そ、そ、そのぉ……。…お、おっといけない! 私は急用を思い出したぞ! で、ではリーナ、舞踏会を楽しんでくれ!」

 と早歩きでダンスホールの戸口へと向かっていく王を、リーナは追いかけて行く。

「ちょお、王さま!? 待ってくださいっ!」

 そしてしつこく追いかけて行くと、やがて人気のない廊下へと出た。
 リーナの声が響き渡る。

「王さまっ! 王さまってば! 重大発表てなんなんです!? なあ、王さま!?」

「い、忙しい忙しい。ああ、忙しい。私は今、とても忙し――」

「聞いとんのかい、ワレっ!!」

 スッコーン!

 とリーナの靴が後頭部に飛んできて、思わず頭を抱えて蹲った王。
 目の前へとやって来たリーナの顔を見上げ、苦笑しながら立ち上がった。
 もう、観念するしかない。

「その…、重大発表というのはだな、リーナ……」

「はい?」

「わ、私は最初リーナの気持ちを考えて反対したのだ、反対っ……! し、しかし、ローゼがしつこくて…な……?」

「だから」と、声を大きくし、リーナは眉を吊り上げる。「なんなんです? さっさと言ってください!」

「わ、分かった」と唾をごくりと飲み込み、リーナから顔を逸らした王。「…その……、来月の半ば頃から、い、いいい、一夫多妻制が可となって……な?」

 と、苦笑しながら答えた。
 リーナの反応が恐ろしくて顔が見れない。

「一夫多妻制?」

「う、うむ。1人の夫に対し、複数の妻を持っても良いということにしたのだ……」

「重大発表ってそれです?」

「う、うむ」

「そうですか」

 と、どうでも良さそうに返し、リーナが背を向けてダンスホールの方へと向かっていく。
 あまりにも意外な反応に、王は戸惑ってしまう。

「リ、リーナっ? お、怒らないのかっ?」

「何でうちが怒るんです?」と、リーナが振り返って再び王を見た。「うちには関係のない話です」

「し、しかしジュリがローゼと――」

「有り得ません」と、王の言葉を遮ったリーナ。「ジュリちゃんは、うちとしか結婚せえへんのです」

 そうきっぱりと言って、ダンスホールへと戻って行った。

(そんなん当たり前やん。一夫多妻制がなんやねん。ジュリちゃんがうち以外の女とも結婚するわけないやん。ジュリちゃんはうちだけ見ててくれてるはずや)

 そう信じているリーナ。
 ダンスホールへと辿り着いた瞬間、目の前に広がる光景にぎょっとした。

 例えるならば、3つの飴玉に蟻が集っている状態。
 蟻は舞踏会に集まったご婦人たちで、飴玉はリュウとシュウ、それからジュリだった。

 ご婦人たちの声に白猫の耳を傾ければ分かった。
 リュウかシュウか、はたまたローゼか、一夫多妻制のことを口にして、それがご婦人たちの耳に入ったのだと。

「リュウさま、わたくしを第二婦人にしてくださいな!」

「シュウさん、私とも結婚してください!」

「ジュリちゃん、18歳になったら是非わたしと……!」

 そんな必死なご婦人たちにより、もう舞踏会どころではないようだった。
 舞踏会に集まった紳士たちが遠巻きになっている。

「キラ以外の女に興味はねえ」

 なんて、ずばっとご婦人たちを振っているリュウに、

「す、すみません、すみませんっ…! オ、オレも嫁は1人でいいって言うか、そのぉ……」

 ぺこぺこと頭を下げているシュウ。
 それから、

「はい、皆で幸せになりたいです♪」

 なんて逆プロポーズを承諾し、笑顔を振りまいているジュリに、リーナの顔が引きつった。
 思わず怒鳴りそうになったリーナだったが、ここには一応仕事で来ているということを思い出して、開きかけた口を閉じた。
 そして深呼吸をして冷静さを取り戻す。

(大丈夫やんな。ただのファンサービスやんな、ジュリちゃん。舞踏会を穏便に終えるために、ああやって思っても無いこと言っとるんやな)

 そう信じて、うんうんと頷いたリーナ。
 どうやら今回も結局ジュリとほとんど踊れそうにないので、料理を堪能しようと端っこの方へと向かっていく。
 その途端、あっという間に紳士たちに囲まれた。

(あれ、今日うちずいぶんとモテるんちゃう? 先月はそんなことあらへんかったけど……って、そうか。先月はキラ姉ちゃんたちも来とったせいで騒然としとったしな。それにキラ姉ちゃんと並ぶと、うちなんてスッポン並やし……)

 と苦笑したあと、ジュリに倣って紳士たちに笑顔を振りまく。
 そんなリーナを見つめながら、ジュリの腕に抱きついているローゼが口を開いた。

「リーナさん、凄いですにゃ。囲まれて」

「え?」とリーナに顔を向けたジュリ。「わあ、本当ですね。リーナちゃん、男の人たちに囲まれてる。どうしたんだろう?」

「きっと『一曲願えますか』とか『今度お茶でもしませんか』とか『お付き合いしていただけませんか』とか『お嫁さんになっていただけませんか』とか言われてますにゃ」

「え…?」

 突然、胸にもやもやとものを感じたジュリ。
 顔が曇った。

「ちょ…、ちょっと失礼しますっ……!」

 と、ローゼや婦人たちの中から抜け出して、リーナのところへと小走りで向かう。
 そして、リーナを囲んでいる紳士たちに声をかける。

「あ、あの……」

 だがその声は小さく、聞こえていないようだった。
 ジュリは息を吸い込み、声を大きくしてもう一度声をかける。

「あの、そこ退いてくださいませんか?」

 ようやくジュリの声に気付き、リーナを囲っていた紳士たちが振り返る。
 そしてジュリの顔を見るなり、すぐさまジュリに従った。

 1人を除いて。

(誰だろう……?)

 リーナの近くから離れようとしないその人物を見て、ジュリは首をかしげる。
 分かったのは、周りにいる紳士とは違うということだった。
 燕尾服を着ていなかったから。

「あの、すみません」

 とジュリが声を大きくしてもう一度言うと、ようやくその人物が気付いて振り返った。

「ん? ……おお、おまえキラさんの息子か。噂通り瓜二つだな」

 と、笑い頭を撫でてくるその人物の顔を、ジュリは見上げた。

 年齢は20代前半くらいで、身長は180cm弱だろうか。
 ブロンドの髪の毛に、ブルーの瞳。
 やんちゃな雰囲気や顔は似ていないものの、それらは王と一緒だった。

「もしかして王子さまですかっ?」

「そうみたいやで、ジュリちゃん!」と、リーナ。「王さまの正室のお妃さまの、ご次男なんやて。名前はミカエルさま」

「わあ、凄い! 王子さまだ! ミカエルさま、初めまして。ジュリです」

 とジュリがにっこりと笑うと、ますます王子――ミカエルがくしゃくしゃとジュリの頭を撫でた。

「可愛いな、おまえ! あの横暴な男の息子っていうのが信じられないな。昔、私はおまえの父上にゲンコツを食らったことがあってな?」

 なんて、ミカエルは楽しそうに話す。
 そこへやって来たリュウ。

「あれは、おまえがいきなり俺の背に膝蹴り入れたから悪いんだろうが」

 と、ミカエルの頬を抓った。

「って、リュウ兄ちゃん王子さまに何てことしてんねん!」

 とリーナが慌ててリュウの手をミカエルから離すと、ミカエルがリュウの顔を見上げて笑った。

「よう、久しぶり!」

「まったくだ、この不良王子が」と、リュウは溜め息を吐く。「庶民の中に紛れて遊んでばっかいるんじゃねーよ」

「ええっ?」

 と、思わず声をあげたジュリとリーナ。
 ジュリが訊く。

「ミカエルさま、お城のお外で遊んでいるんですかっ?」

「おうっ!」と、笑ったミカエル。「城の中より、外の方が面白いからな! 舞踏会とか、もうダルイのなんのって。今日は親父に捕まったから仕方なく参加したけど……」

 と、リーナの手を取った。

「たまにはいいこともあるもんだな」

「へ?」

 と、ぱちぱちと瞬きをするリーナに、ミカエルが言う。

「なあ、リーナ?」

「はい?」

「私と踊れ」

「あ…ああ、はい、王子さまのご命令な――」

「ま、踊れないけどな♪」

「って、踊れへんのかいっ!」

「必ず足踏ん付けるけど気にしないでくれ♪」

「気にするわっ!」

「痛いの痛いの飛んでけーって言うと痛くないぞ♪」

「痛いわっ!」

「冗談だ、リーナ。ステップくらい私も踏める」

 楽しそうに笑いながら、ミカエルがリーナの手を引いてダンスホールに出て行く。
 それを見てリュウが言う。

「リーナの奴、すっかりミカエル王子に気に入られてんな」

「え?」

 とジュリがリュウの顔を見上げると、リュウが続けた。

「リーナのこと嫁にでもする気かもな」

「――えっ……?」

 困惑し、ジュリはリーナとミカエルに顔を戻した。

 楽しそうに笑っているミカエルと、何やら突っ込みまくっているリーナ。
 やがてそのリーナも、楽しそうに笑い出す。

 ジュリはリーナの笑顔が好きだ。
 だからそれが見れたとき、とても嬉しい。

 でも、今は何だか複雑な気持ちだった。
 また胸の中がもやもやとする。

(この感じ、知ってる……)

 これはたしか、

「ペットショップでほしかったカブトムシが目の前で他の人に買われて行ったときと一緒だ……」

 そう呟いて涙ぐんだとき、ローゼが駆けて来てジュリの手を握って言った。

「さっきの話の続きですけどにゃ、ジュリさん。一夫多妻制になるのだから、ちゃーんとローゼとも結婚してくださいにゃ♪」

「はい」

 とにっこりと笑い、頷いたジュリ。
 これで自分もローゼも、そしてリーナも幸せになれると、本気で思っていた。
 
 
 
 
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