第132話 『新・2番バッター、いきますなのだっ!』 後編
7月頭のヒマワリ城の舞踏会にて。
最後の曲が終わってから少しして、リン・ランがジュリとハナのところへと駆けてきて言った。
「聞いてくれ、ジュリ」
「リーナが、色々な島の、色々な王子と共にどこかへ瞬間移動したぞ」
そんな知らせに「え?」と小首を傾げたジュリの顔は、数秒して不安の色を浮かべた。
「どこかへって、どこに……」
「うーむ」と唸ったリン・ランが、声を揃えて答える。「他島の王子といえど城下に連れ出すわけにも行かず、ヒマワリ城の敷地内ではないか? たとえば、庭とか……」
それを聞いて真っ先に庭へ向かったのは、ジュリではなくハナだった。
ドレスの裾を持ち上げ、何度も躓きながらハイヒールで駆けて行く。
そして庭の片隅へとやって来ると、近くの木に身を隠しながら、後方から付いて来たジュリの顔を見つめて小声でこう言った。
「ジュリちゃんもよく見て、よく聞いておくだよ。リーナちゃんのその意思を、覚悟を」
ジュリは、ヒマワリ城の中央で王子たちに囲まれているリーナに顔を向けた。
そして耳を澄ましてその会話を聞き取る。
リーナは言った。
どんなに素敵な王子に、どんなに愛されようと、どんなに贅沢な生活が出来ようと、駄目だ。
この先どんなに辛い思いをしようと、どんなに苦しかろうと、どんなに血の涙を流すことになろうと、もう駄目だ。
ジュリじゃないと、幸せになれないと。
結局己は、ジュリの愛がないと駄目だと。
だからもう、過ちは繰り返さないと。
己はジュリだけを想って生きていくと、そう決めたと。
そして王子たちに向かって深く頭を下げ、泣きそうな声で謝るリーナを見た瞬間、ジュリは飛び出していた。
王子たちの手からリーナを守るように、背に庇う。
「お下がりください、王子さま」そして王子たちを睨むように見回して続けた。「リーナちゃんの返事が、聞こえなかったのですか?」
「貴様……」
ジュリと王子たちの間に流れる、緊迫した空気。
(ジュ、ジュリちゃんそんな、王子さま相手にっ……!)
と狼狽したリーナが口を開きかけたたとき、王子たちが一斉に声を上げて笑い出した。
リーナが「へ?」ときょとんとする一方、ジュリが相変わらず王子たちを睨むように見回して訊く。
「何がおかしいのです」
一人の王子の手が、ジュリの頭の上に重なった。
「そんなに怒るでない、ジュリ。まあ、怒った顔も美しいがな。余たちは、まことにリーナに惚れているわけではない。頼まれて演じただけだ」
という王子の言葉に「は?」と一瞬首を傾げたリーナであったが、すぐに察した。
(――って、まさかこれ新・2番バッターの作戦やったんか!? リンちゃん・ランちゃんの!? せや、そうなんや! いやまあ、まだその作戦の内容は分からへんのやけど……)
ともかく、
(だ・ま・さ・れ・たぁぁあぁあぁぁああぁぁああぁぁああぁあああぁああああーーーっ!!)
と愕然とするリーナの傍らで、訳が分からずきょとんとしているジュリを、ふと別の王子が抱き寄せる。
「近くで見ると本当に美しいな、おまえ。私は同性愛者ではないが、おまえなら抱ける気がする」
さらにまた別の王子が、ジュリの顔に優しく手を添えながら続く。
「ああ、本当に綺麗だね。今夜は僕と危険な冒険をしてみないかい?」
その上さらにまた別の王子が、ジュリの黒猫の耳を掴みながら続いた。
「I LOVE NEKOMIMI……!」
そして、王子たちに揉みくちゃにされるジュリ。
身体のあちこちを触られまくり、堪らず涙目になってリーナに助けを求める。
「ご、ごごご、ごめんリーナちゃんっ…! た、たたた、助けてっ…助けてくれるっ…!? ていうか、お願いだから助けてっ…! こ、こここ、怖いよぉぉぉーーーっ……!」
「…………………」
顔を引きつらせたリーナ。
(騙された上に、これってどうやねん。女のうちより、男のジュリちゃんの方が欲情されるってどうやねん。ああ、もう……)
がばっとドレスのスカートを捲り上げ、両脚に装備していた短剣を構え。
ブチ切れた。
「しばいてバラしてドラム缶に詰めて葉月湾に沈めてくれるわ、このガチホモ王子共がああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああぁぁああーーーっっっ!!」
とリーナが王子たちに切り掛かり、悲鳴が響き渡るヒマワリ城の庭。
それを止めたのは慌ててリーナを後ろから抱き締めたジュリと、そしていつの間にかやって来ていたハナだった。
「止めるだよ、リーナちゃん」
と矢鱈滅多に振っていた片方の短剣の刃をハナに指で摘まれて止められ、リーナははっと我に返ってハナの顔を見た。
「王子さまを傷つけたとなったら、葉月ギルドの評判も格も下がるべよ」
「――ご…ごめん…なさい……」
とリーナが萎れて短剣を両脚に戻したとき、新・2番バッター――リン・ランがやって来た。
王子たちの前に立って「ありがとうございましたなのだ」と礼を言った後、もう大丈夫だからと王子たちをその場から去らせる。
その後、ジュリへと顔を向けた。
「ジュリ、おまえもどこかへ行っているのだ」
「え?」
「姉上命令だぞ、早くするのだ」
「あ…は…はい、リン姉上、ラン姉上……」
と、リーナの方を気にして戸惑いながらも、素直なジュリがその命令に従ってその場から去っていくと、リン・ランがハナへと顔を向けて「さて」と訊いた。
「ちゃんと見てましたかなのだ、ハナちゃん?」
「は? なんのこと?」
と首を傾げたのはリーナであって、ハナではない。
リーナとは違い、リン・ランのその言葉の意味を察したハナは、リーナの顔を見つめながら答えた。
「うん……ちゃんと見せてもらっただよ」
そして、ふと微笑してリーナの頭を撫でると、ジュリに続いてその場から去っていった。
まだ意味が分からず首を傾げているリーナの一方、リン・ランが嬉しそうに声を揃えた。
「新・2番バッター、成功ですなのだっ♪」
「え?」
「ハナちゃんのあの様子だと成功に違いないぞ、リーナ♪」
「え?」
といつまでも意味が分かっていないリーナに、リン・ランが呆れたように溜め息を吐いた。
今さらだが、新・2番バッターの作戦を交互に説明する。
「だからだな、リーナ? 今回のわたしたち新・2番バッターの作戦はだな?」
「ハナちゃんに、リーナのその意思が本物かどうかを伝えるものだったのだ」
リーナが「意思?」と鸚鵡返しに訊くと、リン・ランは頷いて続けた。
「うむ。ジュリだけを思って生きていくと言った、その意志だ」
「うむ。ジュリだけを思って生きていくと言った、その覚悟だ」
「ああ……それで」と、リーナはようやく理解する。「色んな王子さまにうちを口説かせて、うちを試したってわけやんな?」
「うむ」と頷いたリン・ランが、声を揃えて訊く。「怒ったかなのだ?」
「ううん。まあ一瞬、騙されたぁぁぁぁぁぁって、めっちゃ腹が立ったけど……でも、良かった。これでハナちゃんに、伝わったやろ? うちがほんまに……ほんまにほんまに、ジュリちゃんだけを思って生きていくって決めたこと。それが嘘やないってこと」
「うむ!」と深く頷いたリン・ランが、もう一度嬉しそうに声を揃えた。「新・2番バッター、成功ですなのだっ♪」
「良かった……」と安堵の溜め息を吐いたリーナは、「せやけど」と続ける。「これでハナちゃんが、ジュリちゃんをうちに返してくれるってわけやないな」
「うむ。その意思・覚悟を継続しなければ、ハナちゃんの信頼を完全に取り戻すことは出来ないぞなのだ」
「せやな」
と、うんうんと頷いたリーナ。
ふと笑顔になると、ガッツポーズをして叫んだ。
「よぉぉぉし、一歩前進や! 次からの作戦も頑張るでええぇぇえぇぇええぇぇえええぇえええぇぇえええーーーっっっ!!」
それから約半月後――7月の半ば。
本日はジュリ宅のリビングで、シュンとミヅキの誕生日パーティー。
シュンは9歳に、ミヅキは29歳に。
「おっしゃー! ついにオレも9歳! 木刀卒業! 真剣デビューだぜぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
と、シュンが一同からのプレゼントの中で、祖父であり師匠であるリュウからのもの――真剣を、狂喜して振り回す傍ら。
ミヅキは己の顔を手鏡に映して、「うーん」と唸る。
「相変わらず童顔だなあ、ぼく。お客さまに舐められないように、ヒゲでも生やしてみようかなあ……」
「いや、止めとけよ」と、苦笑しながら突っ込んだのは、ミヅキの親友――シュウである。「美少女顔にヒゲはねーだろ、ヒゲは。なあ?」
と隣に座っていた者――リーナに同意を求めると、それはうんと頷いて続いた。
「ないわー、ミヅキくんにヒゲは。人形なんて可愛い顔したもの好きな人たちにとっては、今のミヅキくんのままがええやろ。ヒゲなんて生やしたら、きっとブーイングの嵐やで」
「それもそうか」
とミヅキが納得して手鏡を置くと、小声になって続けたリーナ。
「そんなことよりな? 新・3番バッター、誰…!? 作戦、まだなん……!?」
次の瞬間ミヅキに頬を抓られ、声を上げた。
「あだだだだだだーーーっ!?」
「新・3番バッターはぼくだけど? ぼくの真剣な悩みを『そんなこと』呼ばわりしたような子が、作戦立ててもらえると思ってるの? え?」
「ご、ごごご、ごめんなさいっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ! 許してぇな、ミヅキくぅぅぅぅぅん!」
とリーナが涙目になって謝ると、「よし」とリーナの頬から手を離したミヅキ。
「やっぱおまえもSだよなー……」
とシュウが苦笑してリーナの頬に治癒魔法を掛ける傍ら、その新・3番バッターの作戦について小声で話を続けた。
「まず、作戦を実行する日だけど。来月のお盆に、ぼくたち家族とリーナちゃん一家は葉月島の離島――ハナちゃんの出身地に旅行するでしょ?」
「ああ、うん」と、シュウが頷いた。「つまり、キャロルちゃんとタマ和尚がいる島にな」
「そう。それを逃すわけには行かないでしょう、やっぱ」
「せやな……」と同意したリーナの頬が染まる。「ジュ、ジュリちゃんと、3日間くらい一つ屋根の下なわけやし……」
「そうそう。まあ、作戦はまだ詳しいことは考えてないんだけど、とりあえず……」
と、ミヅキがリーナの肩を叩いた。
「ジュリ君に見せる可愛い水着、買わなきゃね♪」
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