第130話 『新・2番バッター、いきますなのだっ!』 前編
6月の中旬。
本日はサラの誕生日パーティー故に、ジュリ宅のリビングにいつもの一同が集結していた。
「皆ありがと! あたしも28かあー、大人の女性って感じぃ?」
なんて誇らしげに言うサラであるが、ハーフ故に外見年齢は20歳の頃と変化なし。
まあ、20歳の頃には実年齢よりも大人っぽい顔立ちと雰囲気をしていたせいか、現在は3、4歳ほど若く見られる程度だが。
「中身の幼さは抜けへんなあ」
と、リビング戸口から向かって左側にあるソファーの上、サラの右隣に座っていたリーナは思う。
左隣に座っているカレン――親友の膝に頭を乗せて耳掃除をしてもらいつつ、ソファーの足元に座っている旦那――レオンにビールの酌をしてもらい、酒の肴を次男――ネオンに口まで運んでもらっているサラを見て。
「ええかげん、自分で耳掃除して、自分で酒注いで、自分でツマミ食べたらどうやねん、サラちゃん? 甘えん坊やなあ」
「いーのー」
と、カレンの耳掃除に気持ち良さそうに目を細めたサラ。
カレンに「はい、終わり」と言われると、身体を起こしてリーナの首に腕を回し、そして強引に引き寄せて耳打ちした。
「それよりさ、リーナ? ジュリの隣に座って猛アタックしなくていいわけ?」
「いや、うちもそのつもりで来たんやけどな……?」と、リーナも小声になる。「ジュリちゃん、めっちゃドギマギするんやもん。何だか、近くに寄ったら悪い気してな」
「ドギマギ?」
とサラが首を傾げると、リーナは頷いて続けた。
「ジュリちゃん、戸惑ってるんやろうな。先日うちが、これからはジュリちゃんだけを想っていくって、言ったことに。だからなんやねん、おまえのことなんかもう知らん、どうでもええわ……なんて、優しいジュリちゃんは言えへんし、そんな態度も取れへんから。ただただ、戸惑ってるんやと思う」
「なるほどね」と、サラが呆れたように溜め息を吐く。「相変わらず中途半端な男だね、アタシの弟は」
「ううん、ちゃうよ。サラちゃんの弟は、めっちゃめっちゃ優しいだけなんよ」
そう言って笑うリーナを見て、また呆れたように溜め息を吐いたサラ。
だが、ふと微笑してリーナの額にキスをした。
「本来のあんたらしい、前向きな思考だね。好きだよ、あんたのそういうとこ」
「口説かんといてーな、サラちゃん。サラちゃんタダでさえめっちゃ美人でかっこええのに、そんなこと言われたら惚れてまうやん。うち、またフラフラ女やで」
と冗談を言いながら笑った後、リーナは「それで」と話を切り替える。
「新・2番バッターは決まったん……?」
「ああ、そのことだけど……」と言いながらサラが顔を向けたのは、部屋の隅で何やら小声でボソボソと話している双子の妹――リン・ランだった。「どんな作戦か、ジュリやハナちゃんには当然、あんたにも言う気はないらしいよ?」
「ええ? うちに言う気なし?」
と、リーナが驚きながら声を大きくしてリン・ランに顔を向けると、リン・ランがふと会話をやめてリーナに顔を向けた。
黒猫の尾っぽは生えているが、耳は人間のものを持っている2人にも、声を大きくしたリーナの言葉は聞こえたらしかった。
「うむ、言う気はないぞリーナ」
それは何故かと訊こうとし、口を開きかけたリーナ。
ふとリン・ランが立ち上がり、リーナの向かいのソファー――ジュリとハナのいるところへ向かって行ったのを見て、口を閉ざした。
(なんや…? リンちゃんランちゃん、作戦開始するんやろうか……?)
とリーナが首を傾げて見守る中、リン・ランが声を揃え、ジュリと楽しそうに他愛もない会話をしていたハナに話し掛ける。
「ちょっといいですかなのだ、ハナちゃん」
ハナが「ん?」と振り返ると、2人は交互に続けた。
「ジュリとカップル成立おめでとうございますなのだ」
「ラブラブなお2人さんに、舞踏会デートをオススメしますなのだ」
「あ、もちろん来月の頭の」
「ヒマワリ城での舞踏会ですなのだ」
そんなリン・ランの言葉に、ハナが首を傾げて訊く。
「舞踏会デートは素敵だと思うけんども……。突然どうしたんだべ、リンちゃんランちゃん?」
「えっ? そのぉ……」
と返答に困惑したらしいリン・ランが口篭ると、テレビの前で子供たち(チビリュウ等)のゲームの相手をしていたシュウが、慌てた様子で振り返った。
「その、あれだハナちゃん! え、えーと……毎月、舞踏会の警護には決まって親父と、それから交代でオレやレオ兄が行くだろ?」
「うん、そうだべねシュウ君」
「んで今月に引き続き、来月もレオ兄の仕事のスケジュールが空けられなくて、オレが行くことになってさ。そしたらリン・ランが、オレと踊りたいから来月の舞踏会に付いて行くって聞かなくってさ。……え、えーとほら、今月の舞踏会にはユナが親父に付いて行ったから? 羨ましかったらしくって?」
「ああ、なるほど。ユナちゃんはリュウ様大好きのファザコンだけんども、リンちゃんランちゃんはシュウ君大好きのブラコンだからね。いつもはリュウ様に『セクハラ王様に狙われるから』って理由で舞踏会に連れて行ってもらえなかったのに、どうしてユナちゃんばっかりーって感じだべね」
とハナが納得したように、うんうんと頷くと、シュウが「それで」と続けた。
「ブラコン歴の長い自分たちでもまだそうなんだから、きっと付き合いたてのジュリとハナちゃんはもっと舞踏会で踊りたいだろうって、ふと察したんだよ、リン・ランはっ……!」
「ああ、だからオラとジュリちゃんを舞踏会にって言ってくれただか! まあ、オラはいつ舞踏会に行ってもリュウ様怒らないけんども。でも、ありがとうだべ、リンちゃんランちゃん! 優しい子たちだべね」
とハナに笑顔を向けられると、「う、うむ」とぎこちなく頷いたリン・ラン。
本当は単に新・2番バッターとしての作戦のためであり、ハナにお礼を言われるようなことはしていないし考えていなかったのだが、シュウが咄嗟に吐いてくれた嘘に話を合わせる。
「付き合いたてのラブラブバカップルは、舞踏会というロマンチックな乙女デートでもっとバカップルになって下さいなのだっ……!」
「わたしたち、応援してますなのだっ……!」
もう一度リン・ランに「ありがとうだべ」と言ったハナ。
「ってわけで、ジュリちゃん! リンちゃんランちゃんがせっかく誘ってくれたんだし、来月の頭はオラと舞踏会デートしないべか?」
と、ジュリとわくわくとした様子で話し出した。
一方で、リン・ランの視線はリーナへと映る。
「それから、リーナ」
「…な、なんや? リンちゃんランちゃんっ……?」
「おまえも来月の舞踏会に来いなのだ」
とのリン・ランの言葉に、リーナは驚いて「へっ?」と声を裏返した。
とりあえず新・2番バッターの作戦を実行するのだろうとは察したが、その内容が分からなくて困惑する。
(な、なんやっ…!? ジュリちゃんとハナちゃんを舞踏会に連れて行って、さらにうちも連れて行って、何をしろって言うんやっ…!? ジュリちゃんのダンスパートナーの奪い合いかっ…!? いや、そんなことをしたところで、うちハナちゃんのお眼鏡にかなったりせえへんやろっ……!?)
リン・ランが、ふとにっこりと笑んで声を揃えた。
「しっかり頼むぞ、カメラマン♪」
リーナが再び「へっ?」と声を裏返すと、リン・ランが交互に続けた。
「以前、わたしたち家族全員とおまえで舞踏会に行ったときがあっただろう?(第6話から第8話参照)」
「あのときのおまえのカメラマンとしての腕は、なかなかのものだったぞ!」
「だから今回も頼んだぞなのだ♪」
「兄上とわたしたちをしっかり撮ってくれなのだ♪」
とりあえず承諾し、来月の舞踏会に行くことにしたリーナ。
どんなドレスを着て行こうかとはしゃぎ出したリン・ランを見つめながら、やっぱり困惑する。
(わ、分からん…! 新・2番バッター――リンちゃんランちゃんは、うちにどんな作戦を……!?)
そして約半月後――7月の頭。
夕方、自室で舞踏会に行く準備をしていたリン・ランは、色違いのドレスを身に纏い、全身が映る鏡の前に並んで立っていた。
「どこか変なところはないか? ラン」
「大丈夫だぞ、リン。爽やかなミントグリーンのドレスに、兄上のお口の中まで風が吹き抜けるぞ。わたしの方こそ、どこか変なところはないか?」
「大丈夫だぞ、ラン。清々しいスカイブルーのドレスに、兄上の心の中まで晴れ渡るぞ」
「よし、わたしたちは完璧だな」
「うむ、あとはリーナが瞬間移動で迎えに来るのを待つだけだな」
と準備完了した後、鏡の中の互いを見つめたリン・ラン。
同時に問うた。
「新・2番バッター――わたしたちの作戦、どうなると思う」
そして同時に答える。
「分からないぞ」
それから数秒おき、交互に話し出した。
「これはリーナにも秘密の作戦だからな」
「うむ。リーナに話していたのならば、きっと作戦は成功に終わるだろうが」
「それでは意味がない」
「うむ。それでは意味がない」
「それでは、リーナの本当の意思をハナちゃんに伝えられないのだ」
「うむ。それでは、わたしたちも確認することは出来ないのだ」
「リーナのその、嘘ではないという意思を……」
「リーナのその、嘘ではないという覚悟を……」
それから約10分後。
念のためドレスを身に纏い、ジュリ宅の玄関へとやって来たリーナ。
本日のヒマワリ城で行われる舞踏会へ行く一同――警護の仕事で行くリュウとシュウ、ヒマワリ城の王女であるローゼとそれに毎回付き添っているシオン、デートに行くというジュリとハナ、そして新・2番バッターのリン・ランを連れ、瞬間移動でヒマワリ城のダンスホールの前へと瞬間移動した。
途端に、
「ダンスホールでスタンバイするべよ、ジュリちゃん!」
とハナがジュリを引っ張ってダンスホールの真ん中辺りに駆けて行くのを見つめ、リーナは溜め息を吐く。
(一応リュウ兄ちゃんに新しいドレス買うてもろたけど……ジュリちゃんと踊れそうにないな。ハナちゃん譲ってくれなさそうやし、うちリンちゃんランちゃんのカメラマンで忙しいことになるし……)
と、デジタルビデオカメラの電源を入れてセットする。
(そして、新・2番バッターの作戦って、ほんまになんやろう? 教えてーな、リンちゃんランちゃん)
と、リン・ランのいた方向――後方へとカメラを向けたリーナだったが、忽然とその姿がなくなっていて「あれっ?」と辺りを見回した。
「リンちゃん、ランちゃんっ? どこ行ったんっ? もう舞踏会始まるでっ? シュウくんもリュウ兄ちゃんと一緒にダンスホールに入って行ったし、他のレディにダンスパートナー取られてまうでーっ? おーいっ? ええんかーいっ?」
と狼狽した様子のリーナを、廊下にいくつも立っている柱のうちの1つの影に隠れ、見つめているリン・ラン。
ダンスホールから舞踏会の音楽が聴こえてくると、傍らにいた一人の男――とある島の王子に顔を向けて声を揃えた。
「それでは予定通りにお願いしますなのだ」
うんと頷くなり、そのとある島の王子がリーナのところへと歩いていく。
そしてリーナの背後から、優しく声を掛けた。
「おや、これはこれは、なんと愛らしいレディだ。余とワルツを一曲願えぬか?」
「え? うちでっか?」
と振り返ったリーナ。
(――はっ…!? ちょ、なんでやねん……!)
と、そこに立っている、とある島の王子を見上げるなり目を丸くした。
思わず頬が染まる。
(ここ葉月島のセクハラ王やその王子は、付き合いが深いからともかくっ……!)
何故、
(見るからに庶民のうちが、まともに顔合わせたことも話したこともない、どこぞの超爽やかイケメン王子に誘われとんのやあぁぁぁぁぁーーーっ……!?)
新・2番バッターの作戦、開始――
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