第119話 『12番バッター、行くべよ』 前編


 ジュリとリーナ、ミカエルが次のオフの日を、ギルド長のリュウから知らされたのは、シュウ29歳の誕生日パーティーの日――5月半ばのことだった。

「おまえらの次のオフは、6月の頭な」

 と、食っちゃ飲みして騒ぐいつもの一同の中でリュウが言うと、ミカエルが「分かった」と承諾の返事をした後に確認する。

「頭って、1日でいいんだよなリュウ? 6月1日で」

「おう。1日休んで疲れを取れ。……つっても、ミカエルおまえは夜から舞踏会だな。ちゃんと出ろよ、不良王子」

「わ、分かって――」

 分かってる。

 と言おうとして、口をつぐんだミカエル。
 その日の夜――もろに舞踏会の時間に落ち合う約束をしているユナの方に、ちらりと困惑しながら目を向けた。

(舞踏会かぁ…。綺麗なドレス着て、ミカエルさまと舞踏デートっていうのも素敵だなぁ……)

 なんて思ったユナは、ミカエルにアイコンタクト――ウィンクしてそれを伝える。
 そしてそれを見たミカエルは、再びリュウの方を見て言い直した。

「分かってる。最近はちゃんと出てたし、来月の舞踏会もちゃんと出るさ」

 その一方でリーナは、

「分かった、リュウ兄ちゃん! 次のオフは来月の頭な!」と承諾の返事をするなり、隣にいたジュリの手を引いてキッチンの方へと小走りで向かって行った。「ジュリちゃん、ビール足らへんから持ってくるの手伝ってや!」

 と、席を外す言い訳に適当なことを言いながら。
 キッチンに着いてドアを閉めるなり、リーナがわくわくとした様子で口を開く。

「ジュリちゃん、ジュリちゃん! 次のオフ、来月の頭やって!」

「うん。半月先だし、リーナちゃんの行きたいレストランでも予約入れておくよ。どこがいい?」

「んとな、んとな、イチゴのデザートがめっちゃ美味しいとこ! たしかな、シュウくんがカレンちゃんにプロポーズした高級ホテルのレストランが、めっちゃ美味しいって聞いた!」

「ああ、あそこのホテルのレストランかあ。あそこのホテルのスィートルームって、夜景が凄く綺麗なんだよね」

「スィート! めっちゃ泊まってみたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!」

 と飛び跳ねて騒いだリーナは、はっとして頬を染める。

(ホ…ホテルに泊まりたいって、ジュリちゃんとイトナミしたいみたいやん、うち……。せ、せやけど、ジュリちゃんまだほんまのイトナミ知らへんよな……? いやでも、ジュリちゃん最近大人になってきたし、もう知ってたりして……? もしそうやったら、何もないなんてことないやろ!? なあ、ないやろ!? うちがよっぽど抵抗しない限り!? あっかーーーんっ、勝負下着どうしよぉぉぉおぉおぉぉおおぉぉおおおーーーっ!!)

 と、リーナが心の中で一人パニックになりかけていることなんて知らず、ジュリがにこっと笑って頷く。

「分かった、スィート取っておくね」

「あっ、いや、そのっ……!」

「え? やっぱり嫌?」

「う、ううんっ! めっちゃ泊まってみたい…け…ど……」

「じゃあ、決まりね」

 そういうことになってしまい、リーナは首まで赤く染めていく。

 一方のジュリは、複雑な動悸を感じていた。
 来月の頭――デートの日が来て欲しいような、来て欲しくないような。
 その日、リーナがミカエルじゃなく、このジュリを選んでくれたならば、そんなに嬉しいことはない。

 だが、もしリーナがまだ迷うようだったり、ミカエルを選んだそのときは……、

(リーナちゃんと、2度目の……ばいばい――)

 リーナがジュリと共にビールを腕に抱えてリビングに戻ると、隣同士に座っているミカエルとユナの姿が目に入った。
 ジュリとのデートのことではしゃいでいたが、一気に沈む。

 ミカエルは、ひそひそと小声でユナと何を話しているのか。
 ミカエルの微笑がとても優しい。

(ああ…、やっぱり……)

 感じる。
 ミカエルが離れて行ってしまうのを。

(前は、うちのものやったのに……)

 ミカエルの、あの優しい微笑は。

(取られる……ユナちゃんに。ミカエルさまが、取られてまう)

 先月のユナ・マナ・レナの誕生日パーティーの次の日以来、ミカエルと2人きりで仕事をしてきたリーナ。
 ミカエルはそれまでのようで、そうでなかった。
 リーナのところに、心がなかった。

 離れていても、ユナを見ていた。

(そんなこと、させへん……!)

 と、二人の間に割り込むようにして座ったリーナ。
 その途端、

「ああ、リーナ。話があるんだが」

 と言ってきたミカエルの方へと顔を向けた。
 リーナが「なんや?」と訊くと、ミカエルが続けた。

「次のオフの日――来月の頭、会えないか?」

「え?」

「舞踏会の時間になる前に」

「あ、えと……」

 もう約束が入っているから、と断ろうとしたリーナ。
 ふと、おかしなことに気付いて眉を寄せる。

(今、なんで堂々とユナちゃんの前で誘ってきたんやろう…? ユナちゃんが気にしないわけがないのに……)

 と思ってユナの方を見てみると、何ら気にした様子なくビールを飲んでいる。
 むしろその表情は機嫌が良さそうだ。

(おかしい。これは何か、ある)

 そう察したリーナは、ミカエルに顔を戻して訊いた。

「その日、うちに何の用?」

「ちょっと話したいことがあってな」

「どれくらいの時間必要なん?」

「そうだな……少しだけあればいい」

「少しだけ? 少しだけならええで、少しだけなら。ほな、舞踏会の時間が来る前に瞬間移動で会いに行くから、どこかで待っててや」

 と言って、ミカエルに承諾させたリーナ。
 料理を頬張りつつ、両脇にいるミカエルとユナをちらちらと見つめながら、嫌な動悸に襲われる。

(少しの時間で済む話って、何……?)

 まさか、

(別れ話……?)
 
 
 
 
 そして半月後――6月の頭。
 朝食後、自室の洗面台の前でデートの準備をしているジュリの顔を、後方から鏡越しに見つめながらハナは訊く。

「ジュリちゃん、何時からリーナちゃんと待ち合わせしてるだか?」

「10時だよ、ハナちゃん」

「まだ8時にもなってないべよ、ジュリちゃん。デート、張り切ってるだねえ」

 と言ったハナの顔を正面の鏡越しに見つめながら、ジュリは少し戸惑ってしまいながら訊く。

「お……怒った?」

 ハナが笑って首を横に振る。

「オラは、ジュリちゃんがリーナちゃんに振り向いてもらえたら、それが一番嬉しいべよ。それがジュリちゃんにとって一番幸せなことだからね。だからオラのためにも、今日のデート頑張ってけろ! ジュリちゃん!」

 ジュリが安堵して頷くと、ハナがジュリを後ろから抱きしめながら続けた。

「そのために、オラは今日12番バッターになるから……」

「え?」

「あ、万が一の話だけんどもな? リーナちゃんが、ジュリちゃんかミカエル様かまだ迷ってるようだったり、ミカエル様を選びそうだったそのときは、オラが12番バッターとして動くだよ。ジュリちゃんがリーナちゃんに振り向いてもらうための最後の作戦を、オラが……」

 ジュリが口を開く前に、ハナが「もし」と話を続ける。

「それでも駄目だったそのときは、ジュリちゃん……オラがいるから。オラがジュリちゃんのこと、ずっとずっと笑顔でいさせてみせるから。ジュリちゃんのこと、頑張って幸せにさせてみせるから」

 腰に回ってきているハナの腕に触れ、ジュリがふと微笑む。

「うん…、ありがとう、ハナちゃん……」

 その頃。
 玄関広間には、仕事に行った一同を見送ったキラと、本日仕事をオフにしてもらったユナの姿があった。

「……ママ、いつまでここにいるの?」

「ジュリがリーナとのデートに行くまでだぞ」

「それまで、まだまだ時間あると思うよ?」

「うむ。だが、どうも落ち着かなくてな……」

「そっか。実は、あたしも……」

 とユナが言うと、その顔を見てキラが笑った。

「なぁに、大丈夫だぞユナ! 今日の舞踏会には母上も参加して、ちゃーんとリュウの視線を独り占めにしておいてやるぞ♪ だからユナ、おまえは安心してミカエルと踊るのだ♪」

「うん、分かってる。お願いね、ママ。あたしが気になってるのは、そのことじゃなくて……」

「うむ?」

 とキラがユナの顔を覗き込むと、ユナがふと不自然な笑顔を作った。

「今日リーナと会ったミカエルさまが、あたしのところに来てくれなかったらどうしようって、思っちゃって…。今日リーナはジュリとデートのわけだし、ミカエルさまと会ってもすぐジュリのところに戻るって分かってるんだけど……でも……」

 と不安そうに顔を歪めるユナの頭を、キラが笑いながら撫でる。

「大丈夫だ、ユナ。ミカエルは必ずおまえのところに来るぞ? 今のミカエルは、誰が見てもおまえを想っているのだから」

「そ…そうかなっ……?」

「ああ」

 とキラが頷くと、ユナが小さく安堵の溜め息を吐いた。
 その後、2階――ジュリの部屋の方を見上げてキラが続ける。

「ユナ、私は別のことでそわそわとしているのだ……」

 今日、リーナはどっちの答えを出すのだろうか。
 それがどっちにしろ、明日からのジュリには笑顔が――幸せが待っているはず。
 それはリュウの――このキラの主の、幸せ。
 このキラの、幸せ。

(もうちょっとだ、リュウ。もうちょっとだぞ、リュウ……)

 とキラが微笑んだとき、ユナが今度は顔面蒼白した。

「――って、待ってママ…!? あたしミカエルさまと恋人同士になれたら凄く嬉しいけど、ミカエルさまどうなっちゃうの……!?」

「む?」

「パパに知られたら、どうなっちゃうの…!? ミカエルさま、パパに殺されちゃうの……!?」

 とのユナの言葉に、キラの微笑が消える。

「……し、しまった、そのことを忘れていたぞ!」

「ど、どうしよう、ママ!?」

「お、落ち着くのだ、ユナ。おまえはとりあえず、気にしないでミカエルと恋人同士になるのだ! 良いな? そしてしばらく、そのことを父上に隠しておくのだ!」

「わ、分かった!」

 とユナが承諾した後、溜め息を吐いたキラ。
 ユナがミカエルの嫁になったときのリュウの反応を想像して、思わず苦笑してしまう。

(もちろんミカエルも哀れだが……、気苦労が耐えないな、私の主よ)

 でも、

(まあ、とりあえず明日からしばらくは、疲れた心を休めてくれ。明日からは、ジュリが……)

 また、幸せになれるから――
 
 
 
 
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