第104話 第二王子の嘘
3月末。
約一年間やって来たハンターの弟子期間を終えることになり、ジュリとミカエルは一流ハンターへの昇格試験のため、葉月ギルドの裏にある試験会場へとやって来た。
試験会場の壁は全面が魔法に耐えられる特殊素材で出来ているが、リュウのようなバケモノが魔法をぶっ放してしまえば天井は呆気なく吹っ飛んでしまう。
「らしいから、魔法は使わないでくれよリュウ……」
と、試験会場の右半分にいるミカエル。
5メートルほど距離を置いて向き合っている試験官その1――リュウに向かって苦笑した。
「分かってんよ。おら、さっさと向かって来い。俺は暇じゃねーんだよ」
一方、試験会場の左半分ではジュリが試験官その2――リンクと向き合っていた。
「父上はどうしてミカエルさまの相手をしにやって来たんでしょう、リンクさん? いつも父上って試験官はやりませんよね」
「それはな、ジュリ。おまえが心配やから見に来てるんやで」
「心配? 僕が怪我しないか、とかですか? ハンターには怪我が付き物なんだし、そんな心配いらないのに」
「親としてはめっちゃ心配なんよ。ジュリはキラ似やし、特にな。そんなに心配ならおまえがジュリの試験官やればええやーんって突っ込んだんやけど、どうもあかんみたいや。おまえが男やって辛い現実を知らされてからも、やっぱりその見た目やからキラ相手に戦う気分になってしまうんやろ」
「僕、母上似でも男なのに、何だかなぁ……」
と、リュウを見ながら苦笑したジュリ。
ミカエルがリュウに向かって行き、試験を開始したのを見、はっとしてリンクに顔を戻した。
心を引き締め、一礼する。
「試験、よろしくお願いします!」
「ん。ほな、始めよかー」
ジュリは一度深呼吸をすると、武器であるチャクラムを両手に握り締め、リンクへと向かって飛び掛っていった。
昨夜は緊張して中々寝付けなかったジュリとミカエルであるが、試験終了は早いもので。
試験開始から1分でミカエルがリュウの足元に倒れ、5分でジュリの鼻先にリンクの剣先が突きつけられる。
「――よし、終了。おまえら、これからも気を抜くんじゃねーぞ。じゃーな」
と言いながらジュリとミカエルに治癒魔法を掛け、仕事だからと会場から去って行ったリュウ。
その背を見送ったあと、ジュリとミカエルは愕然として立ち尽くしていた。
「お…落ちた……」
そう思ったから。
だが、そんな2人の声を聞いたリンクが笑いながらこう言った。
「昔、超一流ハンター昇格試験を受けたときのシュウも、最初そう思ってたなあ。おまえら2人とも、合格やで。一流ハンターとしてやっていけるだけの実力はある」
「ええっ!?」
と、声を揃えて仰天したジュリとミカエルがリンクに詰め寄る。
「そ、そんなバカな! 僕が父上の子だからって贔屓しないでください、リンクさん! 僕、リンクさんに一撃も与えられなかったじゃないですか!?」
「おれやて一応超一流ハンターなんやから、それは仕方ないてジュリ」
「私が王子だからと言って贔屓など無用だぞ、リンク!? 私なんて、1分で瀕死になったんだぞ!?」
「リュウが相当手加減したとはいえ、あのリュウ相手に1分も持ったら大したもんやでミカエル王子」
リンクに宥められながら、ジュリとミカエルは困惑した顔を見合わせた。
何だかさっぱり実感が湧かないが、
「2人とも、一流ハンターに昇格おめでとう!」
どうやら試験合格というのは、夢ではないらしかった。
まだ困惑顔でいる2人を見ながら、リンクが続ける。
「今日、明日としっかり身体休めとくんやで! 明後日――4月の頭にギルドで身体測定および健康診断が終わった後、早速一流ハンター用の仕事を任せるからな! あ、リーナもおまえらに付いていくみたいやけど、あんま怪我とかさせへんでな……!?」
それはもちろんだと承諾した2人を見たあと、リンクもリュウに続いて仕事だからと試験会場を後にした。
2人だけになった試験会場の中、ジュリとミカエルは顔を見合わせる。
「ぼ…僕たち、一流ハンターになった……んですよね、ミカエルさま? まるで受かった気がしないんですが……」
「あ、ああ…、そのようだぞジュリ。本当にまるで受かった気がしないが……」
言葉通りの心境で、どうもはしゃげない2人。
とりあえずお互いに「おめでとう」を言ったあと、話を切り替えた。
「リンクさんに、今日と明日はしっかり休んでるように言われましたね。ミカエルさま、これからお城に帰るんですよね? 当然」
「……やけに私に城に帰って欲しそうだな、ジュリ?」
「はい。僕はこれからリーナちゃんに試験が合格したことを報告に行くから、あなたも一緒に来たら嫌だなあと思いまして」
「そうか、そういうことか。ならば私も一緒に行こう」
と言い、試験会場の出入り口に向かって歩き出したミカエル。
ジュリが「はぁ!?」とさも嫌そうに顔を歪めたとき、立ち止まって続けた。
「――と、言いたいところだが、私は他に行かなければ行かないところがある」
「そうですか。ああ、嬉しい。さて、僕一人でリーナちゃんに報告に行こうっと。リーナちゃんからの『おめでとう』が一番嬉しいし、聞けるといいな」
そう足取り軽く出入り口に向かうジュリを、ミカエルが呼び止めた。
そしてジュリが振り返るのを待ってから訊く。
「ユナ、今日家にいるか……?」
ジュリがミカエルの顔を見つめ、少し間を置いてから答えた。
「いますよ。部屋にこもって泣いてます」
ジュリの言葉通りだった。
試験会場を出たあとミカエルがジュリ宅を訪ねると、ユナは自室のベッドに潜って泣きじゃくっていた。
「ユナ」
ミカエルが呼ぶと、止まったユナの泣き声。
布団から顔を出し、ミカエルの姿を探し、見つけて駆け寄り、しがみ付いてまた泣きじゃくる。
「ミカエルさま…! 嘘だよ、あたしミカエルさまのこと、凄く好きだよ…! でも嘘を吐かなきゃ、ミカエルさまがパパに殺されちゃうと思って……!」
そう先日のトリプルデートの日に言ったことを弁解するユナに、ミカエルは分かっていると頷く。
「パパのことは大好き…、でも、あたし、ミカエルさまと一緒に働きたいよ……!」
その気持ちも、分かっている。
「そうやってミカエルさまの傍にいられるだけで、今のあたしは幸せなんだもん……!」
その純粋な想いも、分かっている。
だから、
(ああ…、やはり駄目だ…無理だ……)
リーナとの約束を守るためにやって来たが、どうやら守れそうにない。
(ユナにプレゼントしたものを返せだなんて、私には言えない……)
あげたものを返してもらうという、非常識ともいえる行動。
そんな行動を取って、ユナに嫌われるというのならば、リーナとの約束を守れていたかもしれない。
そんな行動を取ったところで、ユナの想いは変わらないと分かっているから言えないのだ。
深く傷付いても、目が溶けるくらいに泣いても、それでもこのミカエルを想い続けると分かっているから言えないのだ。
そんなユナの姿を見るのは辛くて、胸が痛くて、呼吸が出来なくなりそうなほど、苦しい――。
「一流ハンター昇格試験は、もう受けたのかユナ?」
そんな唐突なミカエルの質問に、ユナは「えっ?」と声を上げてミカエルの顔を見上げた。
「…う、ううんっ……。でも、パパが合格にしてくれた」
「ま、まったくリュウは、娘には本当に激甘だな……」と苦笑したあと、ミカエルは「でも」と続ける。「ユナも私もジュリも、4月からは晴れて一流ハンターか」
「あっ、ミカエルさまとジュリも合格したんだね! おめでとう!」
「ああ、ありがとう。おまえも試験は受けていないものの、一応おめでとう」
と言って笑い、ユナの頭を撫でたミカエル。
ユナが少し苦笑しながら「ありがとう」と返した後、続けた。
「リュウがアレだし、やはり4月からユナと私が一緒に働くことは難しいが……」
「……」
ユナの一時止まり掛けていた涙がじわりと瞳に浮かび、ミカエルはそれを指で拭いながら「でも」と続けた。
「仕事が終わったあと、私は毎日おまえに会いに来る。それでは不満か?」
「えっ?」と声を上げてから数秒後、ユナから笑顔が溢れた。「ううんっ…、嬉しいっ……! ありがとう、ミカエルさま! それならあたし、もう大丈夫だよ!」
という言葉を聞き、その笑顔を見つめ、安堵したミカエル。
「ちょっと待っててくれ、ユナ。他の皆にも、一流ハンター試験に受かったことを知らせてくるぞ♪」
と言い、一旦ユナの部屋から出た。
向かった場所は他の一同がいる一階のリビングではなく、玄関の外。
そして、ポケットの中から携帯電話を取り出した。
(私はこれから、リーナに嘘を吐く――)
(ジュリちゃん、突然会いたいやなんて、何の用やろう?)
と、山の中、仕事中のリーナは両手に持った短剣で蝙蝠型のモンスターを切り刻みながら考える。
(やっぱアレやろうか? もう4月になるし、一流ハンター昇格試験を受けて……)
斬っても斬っても、己の周りからいなくならない蝙蝠型モンスター。
それらが突然、後方から回転しながら飛んできた2つの円盤型の刃に斬られて地に落ち、リーナは振り返って声を高くした。
「ジュリちゃん!」
リーナが呼んだ通り、そこにいるジュリ。
戻ってきた2つの円盤型の刃――チャクラムを手でキャッチしたあと、リーナのところへと向かって歩いて行った。
「大丈夫? リーナちゃん」
「大丈夫やけど、腕とか首とかちょっと噛まれてもうたわ。情けないわー」
とリーナが苦笑しながらポケットの中からマナお手製の傷薬を出すと、それをジュリが「貸して」と手に取った。
蓋を開け、白いクリーム状のそれをリーナの腕や首に出来た傷に塗っていく。
一年前と比べて、少し男っぽくなったその手に触れられてリーナの頬が少し染まった。
「ありがとうっ…、ジュリちゃんっ……」
「うん」
と笑ったジュリ。
リーナに薬を塗り続けながら「あのね」と話を本題に切り替える。
「僕、さっき一流ハンター昇格試験を受けてきたんだ」
「やっぱり!」と声を高くし、リーナはもう答えが分かっていることを訊いてみる。「で、合否の判定は?」
「合格。何とかね」
「おめでとう、ジュリちゃん! 良かったな!」
とリーナがはしゃいだ様子で言うと、ジュリは再び「うん」と笑った。
やはりリーナからの『おめでとう』はとても嬉しい。
「ちなみに、ミカエルさまも合格したよ」
「あ、そうなんや。……って、あれ?」
と、リーナが周りをきょろきょろと見回した。
ミカエルの姿がない。
ジュリはこうやって知らせに来てくれたのに、ミカエルは来てくれないのだろうか。
少し寂しそうな顔になったリーナを見てジュリが再び口を開こうとしたとき、リーナのポケットの中で携帯電話が震えた。
その振動の音は、ジュリの黒猫の耳にも聞こえる。
「あっ…、ちとごめんな、ジュリちゃんっ……!」
そう言ってリーナはジュリに背を向けると、ポケットの中から携帯電話を取り出した。
それの画面に出ている名前を見、急いで出る。
「も…、もしもしっ……!?」
「もしもし、リーナ? 私……ミカエルだが」
「う、うんっ…、分かってるっ……!」
と言いながら、リーナはジュリを気にして少し離れた。
「一流ハンター試験、合格したぞ」
「お、おめでとうっ……!」と言ったあと、リーナはすぐに続けた。「そ、それで、今どこにおるん……?」
「リュウの屋敷だ。ユナに会いに来た」
「えっ……?」
とリーナが困惑した声を出すと、ミカエルが続けた。
「まだユナから、ネックレスとブレスレットを返してもらっていなかったからな」
「あ……ああ、そういうことな! せやから、うちのとこやなくて、そっちに行ったんやな!」安堵して声を高くしたリーナ。「ほな、うちとの約束守ってくれたんや!」
そう信じて疑わなかった。
ミカエルの返事も、
「ああ。ちゃんと……ちゃんと、約束は守った。ユナからネックレスとブレスレットを、返してもらった」
というものだったから。
「良かった! ありがとな、約束守ってくれて! うち、めっちゃ嬉しいわ!」
「ああ。それじゃ、またな」
「うん、またな!」
と、嬉々とした様子で電話を切ったリーナ。
後方から物凄くジュリの視線を感じ、はっとして顔を引きつらせる。
電話の相手がミカエルだったことなんて、当然バレているだろう。
ジュリは母親譲りの、よく利く黒猫の耳を持っているのだから。
慌てて振り返ったリーナ。
「ご、ごめんな、ジュリちゃん! ま、待った? え、えーとっ……」と、慌てて言葉を捜す。「せ、せや! 明後日から一緒に働くけど、その前に――」
が、リーナの言葉が途絶えた。
原因は、突然リーナの頭を引き寄せ、熱い接吻をブチかましたジュリである。
驚いたリーナが、離そうとするも離れず。
「んっ…!? んっ…んっ…んんんっ……!?」
だんだんとリーナの身体が海老反りになり。
ジュリは前のめりになり。
ドサっと大地の上に、2人で倒れ込んだ。
「…ジュ、ジュっ、ジュリちゃっ…………!?」
と茹蛸のように顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせるリーナを押し倒している状態のジュリが、にこっと笑う。
「あー、すっきりした♪」
「え!?」
「ミカエルさま、ユナ姉上のところに行くって言ってたから油断してたのに、ちゃっかり電話で邪魔してくれちゃったから仕返し♪ あーでも、目の前でしてやれば良かったかな」
「え!?」
「なーんてね。僕がリーナちゃんとキスしたかっただけだったりして」
と無邪気に笑うジュリの胸を押し、
「ま、まったくもうっ…! ジュ、ジュリちゃん、スケベデビューやっ……!」
と言いながら身体を起こしたリーナ。
怒ったように言ったが、想いを寄せる男相手故に正直まんざらでもない。
リーナの様子を見て「ごめんね」と笑ったジュリが、「それで」と話を戻した。
「さっき何か言いかけてたけど、何?」
「え、えーと……。…せや、明後日から一緒に働くけど、その前に身体測定および健康診断やな」
「あーうん、そうだね」
と返してから、数秒後。
ジュリが、今度はわくわくとした様子で笑った。
「僕、身長何センチ伸びたかな?」
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