第103話 後継者 後編


 家出してから5日後。
 セナとミカエルは黒いウィッグを被り、黒いサングラスを掛け、葉月町に新しく出来たというドールショップへとやって来た。

「おい、ミカエル。なんでヘンソウするひつようがあんだよ?」

「おまえは当然、最近は私もサラの弟子として顔が知れてる可能性が高いからな。変装しないと、偵察に来たと思われるだろう。いやまあ、偵察みたいなものだが……。それにしても、ずいぶんと混んでるな」

 本日はオープン初日ということもあって、店内は混み合っているようだった。
 客が店内に入りきれず、店の外に行列が出来ている。

 それに並びつつ、ミカエルに肩車をしてもらったセナ。
 行列に並んでいる誰よりも高い位置から、店内の様子を覗こうと試みる。
 すると、客が溢れかえっている戸口からはまるで見えないものの、ピンクの壁に付けられた白い枠の窓から店内を見ることが出来た。

「客がジャマでよく見えねーが、あれは……」

「どうした、セナ? どんな人形が売ってるのか見えたのか?」

「手だけな。キャクがむらがってて手だけしか見えねーけど、ありゃオヤジとおなじキャストドールだぜ」

「そうか。それじゃあ、本当にミヅキとレナの店のライバル店になりそうだな」

 ちっ、と不機嫌そうに舌打ちをしたあと、地に降ろしてもらったセナ。
 ゆっくりと進む行列に付いて行きながら、店から出てきた客の声に耳を傾ける。

「とても綺麗なお顔のお人形さんたちだったわよね! ミヅキさんのお人形にも劣らないんじゃないかしら!」

「そうよね。メイクはミヅキさんほど美しくはないけれど、造形は素晴らしいものだわ!」

 そんなバカな、とセナは思う。

(人形づくりのサイノーは、おれのオヤジがだれよりもあるんだ。オヤジにならべるドールをつくれる者がこの世にいるとしたら、それは…………)

 ぽん、とミカエルに頭を叩かれたセナ。
 ミカエルの顔を見上げると、ミカエルが前方を指差しながら言った。

「進んでるぞ、列」

「あ……」

 いつの間にか突っ立ってしまっていたセナは再び足を進め、ゆっくりと流れる行列に付いていく。
 もう少しで店内に入れそうだ。

 ドアの貼り紙を見、ミカエルが言う。

「何か書いてるぞ、セナ」

「なんだって? 前のやつがジャマで見えねー」

「今日はドールの予約のみ、だぞうだ。つまり今店にあるのは、サンプルの人形だけで、持って帰ることはできないようだな」

「なんだそりゃ。オープンまでに現物をよういできなかったのかよ。オヤジみたいにチュウモンがこみあってるわけじゃねーのに、ダメな店だぜ」

 ふん、とセナが鼻を鳴らしてから数分。
 セナとミカエルは、ようやく店内へと入ることが出来た。
 と言ってもミカエルはまったく進めないが、まだ小さなセナは客の足元を通って商品の人形があるところまで進んで行く。

「あっ、こらセナ! 待てっ……!」

 ミカエルの声が聞こえているのか聞こえていないのか、止まらないセナ。
 並んでいる4体の前へとやって来ると、立ち上がってその顔を見上げた。

 瞬間――

「――なっ……!?」

 驚愕せざるを得なかった。
 視界の暗くなるサングラスを投げ捨て、目に掛かる邪魔なウィッグを投げ捨て、ぴょんぴょんとジャンプしながら探す。
 目を皿にして、必死に店員の姿を探す。

 あまりにも、衝撃的だった。

(おい、どういうことだ…! このドールたちは……!)

 やがて天井から『CASHIER』の看板がぶら下がっているのを見つけ、その方向へと身体を向けたセナ。
 騒がしい店内の中、誰よりも大きな声をあげる。

「どけっ!!」店内がしぃんと静まり返ると、セナは続けた。「レジまでの道、あけろ!!」

 セナに近くにいた者たちが、顔を顰めてセナを見下ろす。
 その途端、セナのその栗色の頭を見、リュウそっくりなその顔を見、慌てた様子で脇へと避けていく。
 そしてあっという間に出来上がった、レジまでの一本道。

 レジに立っている人物の顔を見るなり、カッと頭に血が上ったセナ。

「やっぱりてめーか、コノヤロウ!!」

 いつも背に装備している竹刀を取って飛び上がり、レジに立っている店員に向かって振り下ろす。

「やめろ、セナ!」

 と、客を掻き分けながらセナのところへとやって来るミカエルが声を上げると同時に、

「うっ、うわあぁあああぁあっ!」

 と慌てて頭を抱えてしゃがみ込んだ、レジに立っていた店員――タナカ。

 竹刀が激しい音を立ててレジ台に当たって折れ、店内から悲鳴が上がる。
 それでも再びタナカに殴り掛かろうとするセナを、ミカエルが背後から抱すくめた。

「おい、セナ! やめろ!」

「はなしやがれ、バカエル!」

「バカ言うなっ……! 一体どうしたっていうんだ!?」

「このドールはっ……、このドールのヘッドは、オヤジがつくったものだ!! おれが見まちがうわけがねえっ!!」

「えっ!?」

 とミカエルが耳を疑うと、セナがしゃがみ込んでいるタナカを指差して続けた。

「こいつが、オヤジからぬすんできたんだ!!」

 再び静寂が訪れた店内。
 客から一斉に白眼視され、タナカが狼狽した様子で口を開く。

「ちっ、違います! ボクはそんなことしてませんっ! ほ、本当です、信じてくださ――」

「ともかく」とミカエルがタナカの言葉を遮り、ポケットの中から携帯電話を取り出した。「君とセナ、どっちの言っていることが正しいのか、ミヅキにここに来て見てもらおう」
 
 
 
 
 電話でミカエルから、「たしかめたいことがあるから、新しく出来たドールショップまで来てくれ」と呼び出されたミヅキ。
 その場所を知るジュリとサラに、妻・レナと共に案内してもらっていた。

 移動は渋滞や人混みに巻き込まれなくて済む、ジュリの召還カブトムシ・テツオに空を飛んでもらって。
 6本あるテツオの足の内の1本に座り、ゆらゆらと揺られながら、ミヅキは戸惑った様子で口を開く。

「たしかめたいことって、何だろう……」

 続いて、隣の足に座っているレナも戸惑った様子で口を開いた。

「ミカエルさまの話によると、セナもいるみたいだね。しかも暴れてるみたい…。…も、もしかして、タナカ君もいたりして……」

「いるだろうね、タナカ」と、テツオの頭に乗っているサラが溜め息を吐いた。「察するに、ミヅキが新作として出すはずだったドールヘッドが売られてて、セナがタナカにブチ切れたってとこじゃないのー?」

 サラの隣、新しく出来たドールショップまでの道をテツオに指示して操縦しているジュリが苦笑する。

「サ、サラ姉上。それじゃタナカさんが、ミヅキさんの作ったドールヘッドの型を盗んだ犯人確定みたいじゃないですか……」

「確定だって、この展開は。それにアタシたち家族が型を盗むわけがないし、他に家に出入りしてた人物っていったらタナカだけだしさ。さて、タナカはどうしてくれようかね、ミヅキ?」

 とサラに問われてから、少し閉口したミヅキ。
 とりあえず、とジュリに言う。

「例のドールショップまで急いでくれるかな、ジュリ君」

「はい、分かりました。テツオ、全速力!」

「ありがとう、ジュリ君――って、うっわぁあああぁぁあぁああ!? 速すぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーっ!!」

 ミヅキが吹っ飛ばされそうになりながら1分。
 ジュリたちは目的地――例のドールショップに到着。

「はいはい、ちょっとどいてねー」

 と、サラが先頭になり、店の前でざわめいている客たちを掻き分けて中に入ると、そこにはセナとミカエル、この世の終わりのような顔をして立っているタナカ、他店員2人がおり、客は外に出てもらっているようだった。
 ミヅキが入ってくるなり、セナが店内に飾られている4体の人形を指して声を上げる。

「見ろ、オヤジ! このドールたちのヘッドは、オヤジのものだろ!?」

 セナの指した方に顔を向けたミヅキ。
 そこに並んでいる4体のドールの顔を見つめ、頷く。

「うん……、これは僕が作った型から抜いたヘッドに間違いない」

「…タ…タナカくんがやったの……?」

 レナが戸惑いながらタナカに目をやると、タナカが顔を逸らしながら小さく呟いた。

「…ごめん…なさい……」

「――」

 衝撃を受けた様子のミヅキとレナの傍ら、サラが溜め息を吐いた。

「ったく、いい度胸してるね」とポケットから携帯電話を取り出し、リュウに電話を掛ける。「もしもし、親父ぃー? 可愛い娘のサラちゃんだけどぉー。かくかくしかじかだから来て欲しいんだけど。え? どこにって? 親父も仕事中に通り掛ったでしょ? 葉月町に新しく出来たドールショップ。そこにいるから早く来――」

 早く来て。

 とサラが言い終わる前に、ドールショップの外からもリュウの声が聞こえて来た。

「散れ、今日はもう店仕舞いだ」

 と鶴の一声で店の前でざわめいていた客を引かせた後、店の中に入ってきたリュウ。
 とりあえずサラを抱っこする。

「遅くなって悪い。待ったか、俺の可愛い娘」

「むしろフライング」

「おう、そうか。さすが俺」と言った後、サラを降ろしたリュウ。「んで、泥棒がいるそうだが……。どうしてやろうか」

 娘を見ていたときは、優しかったその黒い瞳。
 それは鋭利な刃物のように変わって、タナカに突き刺さる。

 タナカに戦慄が走る一方、すっかり頭に血が上っているセナが声を荒げた。

「半ごろしにして、ケーサツにつきだしちまえ、ししょー! こんなやつにようしゃはいらな――」

 セナの言葉を遮るように、セナの前にすっと手を伸ばしたミヅキが言う。

「まずはタナカ君からこんなことをした理由を聞かせてください、お義父さん」

 頷いたリュウから「話せ」と命令されたタナカ。
 身体を、声を震わせながら従った。

「ボ…、ボク、ドールが好きで、じ、自分で作るように、な、なって、いつか自分でもお店を、も、持ちたいって、お、思って、い、いたんです」

「うん」

 とミヅキが相槌を入れると、タナカが続けた。

「そ、それを知った、ボ、ボクの両親が、た、溜めていたお金で、こ、こうして、お、お店を建ててくれたん…で、です……けどっ……」

 ふん、とセナが鼻で笑った。

「ムスコをカシンしたか。こいつにそんなサイノーなんかねえのに」

 頷いたタナカが続ける。

「そ、そう。ち、父も母も、ボ、ボクのことを、か、過信しているんです。ボ、ボクには、ま、まだお店を開けるほどの、じ、実力がない…のにっ……!」

「あー、どういうわけか読めてきた」と、サラ。「要は『両親に建ててもらった店を潰さないため』に泥棒したって感じ?」

「は、はい」と頷き、タナカが続ける。「ボ、ボクのため、ち、父と母は、ぜ、全財産をはたいて、お、お店を建ててくれた。ち、父と母は、も、もう年だし、ら、楽をさせてあげるためにも、こ、このお店を早々に潰すわけには、い、いかない」

「――と思って、ミヅキさんに弟子入りしたと見せかけ、その素晴らしいドールヘッドの型を泥棒し、こうしてご自分のドールとして出してしまったんですね?」と、サラに続いてタナカが泥棒した事情を察したジュリ。「まあ、ミヅキさんがいないときセナが何度も邪魔しに入ってくるしでなかなか盗めず、今日までにドールの現物は用意しきれなかったみたいですけど」

「は、はい。そ、そんなところです……」

 とタナカが認めると、リュウが溜め息を吐いた。

「そんなことして金稼いできても、親は何も喜ばねーぞ。おまえのやってることは親孝行じゃねえ。とんだ親不孝だ」

 己でもそのことを分かっていたのか、俯いたタナカから幾多も涙が零れ落ちていく。
 タナカの泣き声だけが響く店内、ミヅキが飾られた4体のドールのところへと歩いていった。

 目の前に並んでいるのは、己の作った型から抜いたヘッドだ。
 でも、それにタナカが施したメイクを見。
 タナカが作っただろう、球体関節のボディを手に取って見。

 ミヅキは口を開いた。

「たしかにメイクはまだ少し荒いけれど、売れないレベルじゃない。幅広く可動できるよう工夫がしてあるボディは、素晴らしい」

「えっ……?」

 とタナカが顔をあげると、ミヅキが「それに」と続けた。

「君がぼくのところに弟子入りしたいって来たとき、君は自作のヘッドを持って来たね。あのときぼくは充分に、君にはドール作りの素質があると思ったよ」

「う…嘘です、そんなっ……!」

「嘘じゃない。それにね、美男美女のドールだったら売れるってわけじゃないんだよ。大切なのは、作家自身の個性だ。特にモデルがいない場合、ぼくはぼくにしか作れないドールを作ってる。だから君も、君にしか作れないドールを作ればいい」

「ボ、ボクにしか作れないドール?」

「うん。世の中にはさ、必ずいるんだよ。作家のその個性溢れるドールに、憑かれたようにに魅力を感じる人が。だから大丈夫。最初は理想通りの売り上げにはならないかもしれないけど、やっていけないことはないと思うから……頑張って、タナカ君」

「ミ、ミヅキさん、それって――」

「それって」と、セナがタナカの言葉を遮って訊く。「タナカのことゆるすってことかよ、オヤジ?」

「うん。ドールも受注だけで、現物を渡してないなら何とかなるし。型を返してもらえば、それでいいよ」

「ふん……、どんだけあめーんだ」

 と呆れたように言い、セナがドアを開けて店の外に出て行く。

 一方、タナカが号泣しながらミヅキに感謝したあと、店の奥から盗んだドールヘッドの型を持って来た。
 それをミヅキに返して、もう一度謝罪と礼の言葉を言ったあと、2人の店員と共に受注を引き受けた客に急いで連絡を取り始めた。

 それを少しの間見つめたあと、ミヅキが再び口を開く。

「お騒がせしました、皆さん。帰りましょうか」

「おう」

 と、店内の出入り口に身体を向けて数歩進んだリュウ。
 開きっぱなしのドアのすぐ傍らにセナの気配を感じて、ふと立ち止まった。

「そうだ、ミヅキ。先日、聞きそびれたことがある」

「はい、お義父さん何でしょう?」

「『もし』の話だ。『もし』、セナがおまえを継いで人形師になりたいって言ったらどうする」

「ああ」

 そのことかと、声を少し高くしたミヅキ。
 それは、と笑った。

「もちろん嬉しいです。セナがぼくの店を継いでくれるなら、そんなに嬉しいことはありません」

「そうか」と返したリュウが、店の外に向かって言う。「だってよ、セナ」

「え?」

 とミヅキがぱちぱちと瞬きをすると、セナが覗き込むようにして顔を半分だけ見せた。

「ケッ……、しかたねーな」

「セナ、先に帰ったんじゃなかったの」

 セナが顔を引っ込めて姿を隠し、続ける。

「そこまでいうなら、おれがオヤジの後けい者になってやらぁ」

「いや、無理しなくていいから」

「し、してねえっ、ムリなんかっ……!」

「え?」

 ミヅキが首を傾げると、セナが少し間を置いて続けた。

「タナカのオヤは、タナカのことカシンしてると思ったけど……それがうらやましい気がしないでもない」

「え?」

「オ、オヤジは、おれじゃムリだっておもってんのかよ? おれが店をついだらうれしいけど、でもおれじゃムリだっておもってるのかよ? その…、オヤジにならべるドールをつくることを……」

「セナ、ぼくを継いで人形師になりたいの?」

「…し、しかたなくだ、しかたなくっ……!」

「いや、だから無理しなくていいから」

 とミヅキが苦笑すると、セナがもどかしそうに声を上げた。

「ああもうっ! だからムリなんかしてねえっていってんだろ! おれは、オヤジの店をつぎてーの! ムリなんかしてねえ! なんでアカの他人に店をつがせようとするんだよ!? オヤジにならべるドールをつくれるやつがこの世にいるとしたら、それはオヤジのムスコ――おれだけなんだよ!!」

「え……?」

「な、なんだよ……!? そうおもってんのはおれだけかよ!? あーそうかよ、もういい分かった!! かえるぞ、ミカエル!!」

「――って、おまえの家は城じゃないだろう」

 とミカエルが苦笑する傍ら、早歩きで去っていくセナの背を見つめたレナ。
 呆然とした様子のミヅキに、嬉しそうな笑顔を向けた。

「ミヅキ君、ミヅキ君! 聞いたっ? 聞いたよねっ? セナ、ミヅキ君を継ぎたいって!」

「えっと…、あ…、うん……。えと…、えっ……?」と、ミヅキが困惑した様子で栗色の瞳を揺れ動かす。「ま、待って。セナが、本当にぼくを継いで人形師に? お義父さんのように、とても強いハンターになるんじゃなくて?」

「俺は別に構わねえぜ、あいつがそうしたいなら」と、リュウ。「何だ、ミヅキ。やっぱりセナを後継者にするのは嫌だとか言うのか」

「い、言いません! 言うわけないじゃないですか! ただ、とても驚いて…! セナがぼくを継いでくれるなら、ぼくはっ……!」

 タナカの店を飛び出したミヅキ。
 全速力で走り、葉月町を行き交う人々に度々ぶつかりながら、早歩きで去って行ったセナを追う。

 そしてやがてセナの背を見つけ、その手を引っ張った。

「セナ! 待って!」

「またねーよ! はなせ! オヤジなんかキライだ!」

 と手を振り払おうとするセナの手を、離さぬよう両手でぎっちりと握り、ミヅキは続ける。

「そんな悲しいこと言わないで、セナ。タナカ君が家にやって来てからというもの、喧嘩ばっかりしたね。殴っちゃったりもしたね。ごめんね、セナ。お父さん、セナの気持ちに気付いてあげられなくて」

「べつに!? おれの気持ちに気づこうが気づかなかろうが、オヤジはおれに人形づくりのサイノーがないっておもってんだろ!? この間おれがやったメイクみて、見こみがないっておもったんだろ!? だったらいい! おれは今までどおり、超いちりゅーハンターをめざす!!」

「まあ、この間セナがしたメイクはたしかに上手ではないよね。やーもう、お父さん悪戯かと思っちゃったよ」

「フォ・ロ・ー・し・ろ・よ・な……!?」

 とセナが怒りに顔を引きつらせて振り返ると、ミヅキが「でも」と続けた。

「それは大人で、尚且つプロの人形作家であるぼくの腕と比べての話だ。4歳にしては、とても上手だったよ? しかも初めてにしては、上出来だった。本当だよ?」

「…っんだよ…!? 今さらほめたって、おせーんだよっ……!」

 と少し照れくさそうに背を向けたセナを見て微笑み、ミヅキは後ろからセナの頭を胸に抱き締めた。

「ねえ、お願いセナ。お父さんを継いでくれないかな。さっきも聞いてたでしょ? お父さんね、セナが継いでくれるなら、そんなに嬉しいことはないんだよ」

「……」

 頭を後ろに倒し、ミヅキの顔を下から一瞬だけちらりと見つめたセナ。
 また前に顔を戻し、小さな声で訊いた。

「…おれ、オヤジにならべるドールつくれるようになるか……?」

 ミヅキが笑う。

「当たり前じゃない。セナは、ぼくの息子なんだから。まだ小さい今から始めれば、もしかしたらぼくを超えるかもしれないよ?」

 頷き、小さく安堵の溜め息を吐いたセナ。
 じゃあ、と心に決める。

「おれ、ぜったいオヤジを継いで人形師になる。まーでも、剣じゅつのシュギョウもやめねーけど。店にはいってきたドロボーぶっころすために」

「こ、こらこらやめなさい。冗談に聞こえないって……」

 と、苦笑したミヅキの顔を見たあと、その手を握ったセナ。
 嬉々とした様子で、再び歩き出した。

 ついさっきはヒマワリ城に向かっていたが、今度は自宅屋敷に向かって。

「そうときまったら、さっさと家にかえるぞオヤジ!」

「そうだね、さっそくドール作りの修行を始めないとね」

「おう! これからは、午前中は剣じゅつのシュギョウで、午後からはドールづくりのシュギョウってところか!」

「そうだね、頑張ってねセナ。午後からはご飯とトイレ、お風呂のとき以外はドール工房としている部屋にこもって修行だからね」

「おう! ――って、へ……?」

 と、眉を寄せて立ち止まり、ミヅキの顔を見上げたセナ。
 そこにあるミヅキのにこにことした笑顔を見ながらたしかめる。

「な、なんだってオヤジ?」

「言っておくけど、ぼくお義父さんより厳しいからね♪ 頑張ってね♪ 今日はまず紙に筆で、あのタコ糸並に太い睫毛を、髪の毛よりも細く描けるように、寝るまで練習しようか♪ 大丈夫、指先が死にそうになってもセナには治癒魔法があるんだから♪ 嫌になって逃げ出さないようお父さんが見張っててあげるから、安心して練習しなさいね♪ さあ、自宅に向かってレッツゴォォォォォ♪ お父さん張り切っちゃうな、あはははは♪」

「――!!?」

 セナ、顔面蒼白。

(や、やべえ…! さすがのおれ死ぬかも……!)

 でも、今もそしてこれからも、逃げることはないだろうとセナは思う。
 それが、どんなに厳しく辛くても。

(だっておれは、ぜったいオヤジをつぐ人形師になる!)

 そう、心に決めたから。
 
 
 
 
 ミヅキがタナカの店から飛び出し、その後少ししてレナも出て行ったあと。
 サラが、リュウの腕をぎゅっと胸に抱いた。

「セナもタナカも、親孝行だね。アタシも親孝行しなくっちゃ」と言って。「ねえねえ、親父?」

「何だ、サラ」

「一億ゴールドの腕時計買って♪」

「――って、オイ……!?」

 と顔を引きつらせて突っ込んだのはミカエルである。
 サラの方を指差しながら、ジュリに耳打ちする。

「サ、サラのあれは、親孝行になっているのか……!?」

「なってるみたいですよ。ほら見てください、父上の顔を。娘に甘えられてデレデレです」

「リュウ、おま…………」

 驚愕のあまりミカエルが尊敬の眼差しでリュウを見つめていると、くるりとサラが振り返った。

「あ、そうだ、アタシの弟子」

「は、はい、サラ師匠」

 とジュリとミカエルが声を揃えると、サラが携帯電話で日付を確認しながら続けた。

「もう3月末だし、アタシの弟子は終わりだね。今日はこれからまた仕事兼、修行だけど、明日一流ハンターの昇格試験を受けてきな」

 と突然の命令に、「えっ!?」と声を上げて驚いたジュリとミカエル。
 困惑顔で顔を見合わせた後、サラに顔を戻して「はい」と承諾した。

「今までご指導ご鞭撻ありがとうございました、師匠。今後も精進し、日々修行に励むことを約束致します」
 
 
 
 
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