第102話 後継者 中編


 自宅屋敷を飛び出したあと、葉月町へと入ったセナ。
 もうすっかりネオンが煌いている街中を、あてもなく彷徨う。

 これからどうしようか。

(リンクの家にいくか。いや、どうせならヒマワリじょうにいってうまいもんでも食うか。ハラへったし)

 ごーぎゅるぎゅるるるごーーーっと、晩飯を食べてこなかったレナ似のその巨大胃袋が大きな音を立てる。

「でも、セクハラ王においだされそうだぜ……」

 と呟いたとき、突然首根っこを掴まれて宙に浮いたセナ。
 何事かと思った次の瞬間、目の前にはリュウの顔。
 リュウは仕事の移動中で走っているらしく、リュウの前にぶら下げられた状態のセナの背に凄まじい風が突き当たる。

 リュウが眉を寄せて訊く。

「おい、今頃晩飯の時間じゃねーのか」

「おう、ハラへった」

「こんなところで何してんだ。食いっぱぐれるぞ」

「いい。家出中だ」

「構わねーけど」

「かまえよ」

「その間も修行は忘れんなよ。竹刀はちゃんと持ってきてんな、よしよし」

「……」

 返事をしないセナに、リュウが再び眉を寄せた。

「おい、返事をしろ。修行サボる気か、おまえは」

「…サボらねーけどさ……」

「じゃー何だ。元気ねーのは家出の原因か」

「…そのまえに、ごめんししょー。おれ、イッパン人にケガさせちまった……ハナ血ていどだけど」

「まあ、まだガキのおまえがやったことだし、俺の名が穢れるような騒ぎにはならねーだろ。が、どこの誰に怪我させたんだ、おまえ」

「タナカ。オヤジのデシの……」

「ふーん」

 と、ふと立ち止まったリュウ。
 セナを地に降ろして訊く。

「おまえミヅキと喧嘩して、それが原因で家出ってとこか」

 頷いたセナが突然声を荒げる。

「キライだ、オヤジなんか! 人形づくりのソシツもサイノーもないタナカを後けい者にして、さっさと店なんかつぶれちまえばいい!」

「嫉妬かよ」

「そっ…そんなんじゃねえっ……!」

 とセナがリュウに背を向けると、そこにはヒマワリ城の門。
 リュウが言う。

「家出中ここに泊まってろ。おまえがリンクの家に行ったら冷蔵庫空っぽにしちまうし、ここなら庭で修行出来んだろ」

「でも、セクハラ王においだされねーかな」

「ミカエルに匿ってもらえ」

「そうか、ミカエルをつかえばいーのか。んじゃ、ししょー、オヤジにおれがここにいること言わねーように」

 と、ヒマワリ城の門へと歩いていったセナ。
 そこにいる門衛に「ミカエルに呼ばれたから来てやった」と適当に嘘を吐いてヒマワリ城の中に入って行った。
 
 
 
 
 一方その頃。
 仕事の移動中で葉月町を突っ走っているサラと、その弟子のジュリ、ミカエル。

「オラオラオラオラァ! ちんたら走ってるんじゃないよ! さっさと付いて来なあっ!」

 と、大人の男でも両手で持ち上げるのがやっとの重さの長戟を担いでいるにも関わらず、ずっと前を走っていくサラは重さを感じていないのか何なのか。
 サラのあまりの俊足に、ジュリとミカエルは疲れた身体に鞭打って必死に付いて行く。

「あんたたちはもうすぐアタシから離れて、一人前のハンターになるんだからね! 今のうちに体力付けておかないと――って、あれ? 何これ」

 と、急ブレーキを掛けたサラの背に、止まり切れず衝突したジュリとミカエル。
 同時に「うわっ!」と声を上げて後方に3m吹っ飛び、アスファルトの上に尻餅を付いた。

 一方、何ともない様子のサラが、傍らにある店を指して訊く。

「ねえ、これ、何の店だと思う?」

「え?」

 とジュリとミカエルは、痛む尻を擦りながらサラの指した方に顔を向けた。
 何やら新しく出来た店がある。
 ピンクの壁に白いドア、薔薇の飾りなど、やたらと乙女チックでメルヘンな作りだ。

「カレンさんやカノン・カリンが好きそうな外観ですね。まだ開店していないみたいですけど」

 とジュリが言った後、ミカエルがドアのところに貼り紙を見つけて近寄っていった。
 人間の目では読むには少々明かりが足りなく、ミカエルは目を凝らして貼り紙に書いている文字を読む。

「えーと、なになに…? ……へえ、5日後にオープンらしいぞ。ドールショップが」

「ドールショップ?」と、サラ声を高くした。「ってことは、何? ミヅキとレナの店のライバルってこと?」

「どうでしょうね。ドールと言っても色々あるし、ミヅキさんの作るドールとは種類が違うかもしれませんよ?」

 と言ったジュリに、ミカエルが「でも」と続く。

「ドールはドールなんだから、多少なりともライバル店になるんじゃないのか? ミヅキやレナはこの店のこと知っているんだろうか……」

「何にも言ってなかったから、もしかしたら知らないのかもしれないね。ミヅキとレナの店から大分離れてるし。とりあえず家に帰ったら訊くことにして、今は……」と、再びサラが走り出した。「仕事が先! さっさと付いてきなぁっ!」

「はい!」

 とジュリとミカエルは声を揃えて返事をし、サラの後に付いて行った。

 それから3時間。
 ようやく仕事が終わり、3人は帰路へと着いた。
 葉月町の中央――キラの銅像前でジュリとサラと別れたミカエルは、重い足を引きずってヒマワリ城へと向かっていく。
 そして城門へとやって来たとき、門衛が口を開いた。

「おかえりなさいませ、ミカエル王子。セナさんがお待ちですよ」

「セナが? 珍しいな」

「ミカエル王子がお呼びしたと伺っておりますが」

「え? ……あ、ああ、そうだったな、そういえば」

 と言って城の中に入っていったミカエルだが、セナを呼んだ記憶はない。

(何かよっぽどの急用か? …まさか、先週のトリプルデート以来連絡を取っていないユナに、何かあったのか……!?)

 と、突然そんな心配に駆られ、ミカエルは自室のある最上階へと駆けて行った。
 疲れ切って足が鉛のように重いはずなのに、ユナを想うと不思議と軽くなる。

「セナ!? どうした!?」

 と自室に飛び込むなり大声で訊いたミカエルの目に飛び込んできたのは、キングサイズのベッドのど真ん中で腹を出して眠っているセナの姿。
 一体どれだけ食べたのか、腹がぱんぱんに膨れている。

「――って……、急用とか何かあったとかいう感じではないな」

 と、ミカエルは安堵の溜め息を吐くと、ドアを閉めてセナのところへと歩いて行き、その足元辺りに座った。
 ぽんとセナの腹を軽く叩いて起こす。

「セナ、起きろ。セナ」

「…んー……?」とセナが瞼を擦り、その父親譲りの栗色の髪と同じ色をした瞳でミカエルを捉える。「……おう、おまえか」

「おまえかって、ここは私の部屋だぞ……。セナが私を訪ねてくるなんて珍しいな。どうかしたのか?」

「家出してきた」

「家出ぇ?」

 とミカエルが声を裏返しながら鸚鵡返しにすると、セナが頷いて続けた。

「だからとめてくれ。あとセクハラ王にみつかるとうるせーから、ココにかくまってくれ」

「ココって、私の部屋か。別に構わないが……、おまえの家族はこのこと知っているのか?」

「ししょーはしってる。さっき会ったから。ししょーにここにとまってろって言われた」

「そうか、リュウは知っているのか。ならいいか――って、孫の家出を許すなリュウ……」

 と、苦笑したミカエル。
 それで、と話を戻した。

「家出の原因は何だ?」

「おまえにカンケーねえだろ」

「泊めてやるのに、ずいぶんな言い草だな。おまえはまだ小さいんだし心配なんだ、言ってみろ」

「わかったよ、うるせーな」と溜め息を吐いたあと、セナがミカエルの問いに答える。「ただ、オヤジとケンカしたってだけだ」

「ミヅキと? ……何を悪さしたのか知らないが、早くごめんなさいするんだぞ?」

「――って、なんでおれがわるいことになってんだよ!?」

「もうすぐライバル店も出来ることだし、ミヅキにあまり気を揉ませるな」

 ライバル店と聞き、セナは眉を寄せた。

「おい、なんの話だソレ」

「ミヅキとレナの店からは結構離れているんだが、同じ葉月町にドールショップがオープンするそうだ。5日後に」

「なんだそりゃ、しらねーぞ」

「そうか。おまえが知らないということは、ミヅキやレナも知らないってことか」

 少しの間俯いて黙ったあと、セナが訊く。

「どんなドールだった? オヤジと同じ、キャスト製の球体関節人形か?」

「それがオープン前なものだから分からないんだ。心配か?」

 とミカエルが訊くと、「べつに」と顔を逸らしたセナ。
 また少しの間黙ったのち、「でも」とミカエルに顔を戻してこう言った。

「5日後、おれをそこの店につれていけ」
 
 
 
 
 その頃のジュリ宅。
 ドール工房としている部屋で一人仕事をしつつ、出て行ってしまったセナを気にして度々溜め息を吐いていたミヅキ。

「ミヅキ君、パパが書斎まで来いって」

 とやって来たレナに言われ、手を止めて書斎へと向かって行った。
 何の話かは、大抵察しが付く。

「何でしょうか、お義父さん」

 とミヅキが書斎に入って口を開くと、回転椅子に座って背を向けていたリュウがくるりと振り返った。

「セナのことは心配すんな。あいつの居場所は分かってる」

「あ…、そうですか……良かった」

 と安堵の溜め息を吐いたミヅキを見たあと、リュウが訊く。

「セナから詳しいことは聞いてねーんだが、おまえ、あいつとどんな喧嘩したんだ」

「その……」と一瞬戸惑ったのち、ミヅキが話し出す。「セナ、タナカ君のことが好きじゃないみたいで。タナカ君が来るようになってからこの一週間、邪魔ばかりをするんです。今日なんて、タナカ君がメイクの練習をしていたドールのヘッドを奪って……」

「奪って、何だ」

「タナカ君が施したメイクを消して、セナがヘッドにメイク――いや、落書きをしたんです」

「落書き……ねえ」と呟くように言ったのち、少し間を置いてリュウが続けた。「それ、セナ本人は落書きのつもりでやったんじゃねえかもな」

「え?」

 と首を傾げたミヅキに、またリュウが訊く。

「おまえ、セナは将来どんな職に就くと思う」

「それはもちろん、ハンターだと思います。お義父さんのようにバケモ……い、いえ、お義父さんのように、とても強い超一流ハンターになると思います」

「おまえはそうなるのを望んでるか」

「望んでるというか、セナがそうしたいと言うのならば、ぼくは賛成です」

 そうか、と頷いたリュウ。
 ならば、と続けた。

「もしセナが、おまえを継ぎたいって言ったらどうする」

「ぼくを? 人形師になる……ってことですか?」

「ああ」

「そ、そんなことありえません。だってセナは毎日剣術の修行を頑張っ――」

「だから『もし』の話だって言ってんだろ」

 とリュウに言葉を遮られたミヅキ。
 閉口した後、

「それは――」

 と口を開きかけたが、

「ねえ、ミヅキここーっ?」

 と、今度はドアを開けて現れたサラに言葉を遮られた。
 ノックもしないで入ってきたサラに、リュウが仰天した様子で言う。

「バッ、バカ、サラ! ノックをしろといつも言ってるだろう…! どうすんだ、父上がキラとイトナミ中だったら……! あんなえげつねえ俺の姿を娘に見せるのはいくら何でも――」

「アタシもイトナミ中色々えげつないから大丈夫だって」

「おう、そうか。さすが俺の娘」

 と、リュウがうんうんと納得したように頷いたあと、サラの後ろからジュリが顔を見せた。
 ミヅキの顔を見て訊く。

「あの、ミヅキさん。もうすぐ葉月町にドールショップが出来ること知ってました?」

「え? ドールショップ?」

 とミヅキが少し驚いた様子で鸚鵡返しにすると、サラが続いた。

「あんたとレナの店からは大分離れたところにあるんだけどさ、5日後にオープンらしいよ。どんな人形の種類かは知らないけど」

「そ、そうなんだ。知らなかったな……」

「なら、オープンしたら行ってみますか? レナ姉上も一緒に。僕とサラ姉上が案内しますよ」

 とジュリが言うと、ミヅキは「じゃあ」と頷きながら答えた。

「お願いするよ、ジュリ君、サラちゃん」
 
 
 
 
 それから5日後。
 本日はレナとミヅキを、これからライバルとなるだろうドールショップまで案内するということで、午前中の仕事をオフにしたサラ。
 朝食を食べて一休みしたあと、ジュリと共にレナとミヅキのいるところ――ドール工房として使っている部屋へと向かって行く。

「ミヅキさん今日お店定休日なのに、お仕事まったく休む気配なしですね、サラ姉上」

「なんか4月の頭にいくつか新作ドール出すらしいからね。忙しいんじゃない? レナも出来るところは手伝ってるみたいだし」

「なるほど、そうでしたか」

 そんな会話をしながら2人はドール工房として使っている部屋の前に着くと、ジュリがコンコンとドアをノックした。

「お仕事中すみません、レナ姉上、ミヅキさん。そろそろ例のドールショップに行こうと思っているのですが……」

 それから数秒し、ミヅキがドアを開けて姿を現した。
 そのあと後方からレナも姿を現し、2人揃って困惑顔で訊く。

「ねえ、新作ヘッドの型知らない?」

「へ? 型?」

 とジュリとサラがきょとんとすると、レナが狼狽した様子で続けた。

「いつの間にかなくなってたの、4月に出す新作ヘッドの型が! 型がなきゃ、ヘッド作れないのに!」

「ちょっと落ち着きな。あれじゃないの? 店の工房の方に持って行ったとか、そういうんじゃないの?」

 とサラが訊くと、ミヅキが首を横に振って続いた。

「最初はそう思ったよ。だけどぼくはまだ店の方には持って行ってないし、レナも持って行ってないって言うんだ。昨日店の工房で仕事してたけど、なかったから間違いない」

「もしかして、それって……誰かに盗まれたってことですか?」

 とジュリが言うと、ミヅキとレナの顔が瞬く間に蒼白していった。
 顔を見合わせ、ミヅキとレナは考える。

 盗まれた?
 誰に?
 ドール工房としている部屋に入れる家族は盗むわけがない。
 ならば、家族以外でドール工房に出入りしていたもの――?

「――タナカ君!?」

 と2人が声を揃えた次の瞬間、ミヅキの携帯電話が鳴り響いた。
 
 
 
 
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