第101話 後継者 前編


 ジュリ宅の1階にある、ミヅキがドール工房として使っている部屋の中。
 ミヅキは息子・セナに向かって嬉しそうに話し出した。

「あのね、セナ。お父さん、最近人手が足りなくて困ってたんだけど」

「ああ……、仕事の――人形づくりの?」

「うん。受注を受けてからお客さんに手渡すまで、とても時間が掛かっちゃってね」

「もうすっかり人気だもんな、オヤジの人形。そりゃ時間かかるぜ、なんせ1つ1つ手づくりだし」

「うん。そこへね、弟子にして欲しいって男の子がお店にやって来たんだ」

 ふん、とセナが鼻を鳴らして言う。

「オヤジのデシになりたいだ? バカじゃねーの、そいつ。オヤジのつくる人形は神がかってんだぞ。オヤジに人形づくりのギジュツをおしえるヒマなんてねーし、ムリにきまってる。たんなる足手まといだ」

「いや、それがね、そうでもなさそうなんだ。彼の作ったドールのヘッド(顔)を見せてもらったけど、充分に素質があるんだ。きっとぼくの元で修行を続けているうちに、彼は素晴らしい人形師になる。将来お店を任せてもいいくらいにね」

 そんなミヅキの言葉に、セナは小さく「え?」と言って顰めた。

(今の、どういうことだよオヤジ……?)
 
 
 
 
 翌日の昼食後。
 裏庭に、剣術の修行中であるチビリュウ3匹――シオン・シュン・セナとローゼ、ネオンがいた。
 シオンは真剣を、シュンは木刀を、セナは竹刀を持って素振りをしており、そんな3匹の邪魔にならぬよう離れたところに腰掛けているローゼが、興奮した様子で話している。

「――というわけで、昨日のトリプルデートはとーっても大変だったのですにゃ! にゃー、シオン?」

「まあな」

 とシオンが同意すると、その隣にいるシュンが「ふーん」と首を数回縦に振った。

「それでユナ姉、部屋にこもって泣いてんのか。師匠の前では笑ってるけど、無理してんだろーな。可哀相に。な?」

 とシュンが顔を向けたのは、隣にいるセナ。
 返って来たのは、「おー」と上の空の生返事。

 それを見て、ローゼの隣で絵を描いていたネオンが首を傾げた。

「どうかしたの? セナ。なんだか今日、ずっとボーッとしてるよ?」

 シオンが溜め息を吐く。

「ちゃんと修行しろよ、セナ。将来、師匠並の超一流ハンターになれなくても知らねーぞ」

「……」

 竹刀を素振りしていたセナが、ふと手を止めた。
 竹刀の先端を芝生の上に刺し、小さく溜め息を吐く。

「おれって、しょうらいはハンターになるんだよな……」

「はぁ?」と眉を寄せたシオンとシュンも続いて手を止め、セナの方へと顔を向けた。「溜め息なんか吐いてどうかしたのかよ、おまえ?」

「……」

 2人の質問には答えず、ネオンへと顔を向けたセナ。
 ネオンが手に持っているスケッチブックを見ながら訊いた。

「おまえ、サラ姉から槍ジュツもならってるけど、絵をかいてばっかりだな。ハンターになる気ねーの?」

「んーとね、悩んでるところ。お母さんとお父さんがね、ぼくはお父さんに似て絵が得意だから、将来は絵描きでもいいねって」と、ネオンが笑った。「それはそれで、すごく嬉しいよって言ってくれたんだ。でも、人々を救えるハンターも捨てがたいから、槍術の修行もやめないけどね」

「ふーん……。まあ、おまえんとこはシオンがハンターをつぐしな」

「おう、俺は絶対ハンターになれと言われてる」と、シオン。「ま、言われなくてもハンター以外になる気ねーけど」

 シュンが続く。

「オレもオヤジから、将来はハンターを継いでくれって言われてるぜ。まーオレも、ハンター以外になる気ねーけど。おまえもそうだろ? セナ」

「……」

 セナはここ裏庭から見える、ミヅキのドール工房となっている部屋に顔を向けた。
 ガラス屋に直してもらった窓の向こうに、仕事中であるミヅキの真剣な姿が見える。

(オヤジはおれに――長男のおれに、人形師になってほしいだとか店をついでほしいだとか、言ったことがねえ。それなのに、アカの他人には……)

 再び小さく溜め息を吐き、セナはシュンの質問に答えた。

「おれも、しょうらいはハンターになろうと思ってた。でも昨日、オヤジがデシをつくったってきいたとき、なんだか……」

「弟子?」

 とシオンとシュン、ローゼ、ネオンが声を揃えると、セナが頷いて続けた。

「今日、そいつが家にくるらしい。オヤジ、そいつにしょうらい店をまかせても――店をつがせてもいいみたいなこと言ってたんだ」

「で、何……」とぱちぱちと瞬きをしたシュンが、突然笑い出す。「おまえ、それが嫌だから人形師になろうとか考えたわけ? それで悩んで溜め息なんか吐いてたわけ? やめろよ、おまえ! 人形作りとか、超ダッセー!」

「や、止めなよ、シュン!」

 とネオンが声を上げたとき、セナの竹刀がシュンの額を強打した。

「――いってぇ……! てめえ、何しやがる!」

 とシュンが木刀でセナを殴り返し、始まった喧嘩。

「ったく、修行できねーじゃねーか」

 と溜め息を吐いたシオンは、恋人のローゼと弟のネオンが流れ弾を食らわぬよう背に庇い、喧嘩が終わるまで傍観。

 木刀のシュンに対して、竹刀のセナ。
 8歳のシュンに対して、まだ4歳のセナ。
 勝敗は当然、シュンの勝利となった。

 シュンの足元、息を切らして倒れているセナが悔しそうに声を荒げる。

「おれのオヤジはおまえのオヤジみたいに力はねえけど、おまえのオヤジにはできないことができるんだ! バカにすんな、バカヤロウ!!」

 ドール工房としている部屋の中、仕事に熱中していたミヅキ。
 外からセナの怒鳴り声が聞こえ、窓の外――裏庭に顔を向けた。
 そして慌てて窓を開け、眉を吊り上げる。

「こらっ! また喧嘩!? やめなさい! 修行中に突然どうしたっていうの!?」

「べつになんでもねーよ、オヤジ」そう言って己に治癒魔法を掛け、立ち上がったセナ。「だから仕事――」

 仕事を続けてくれ。

 と言おうとしたとき、猫耳をぴくぴくと動かしたローゼとネオンが同時に口を開いた。

「あ、お客さん」

「え? 今、インターホン鳴った?」と、ミヅキ。「予定よりちょっと早いけど、もう来たかな」

 とドール工房としている部屋を後にし、玄関へと向かって行った。
 それを見、セナも玄関の方へと駆けて行く。
 そのあとを、シオンとシュン、ローゼ、ネオンも付いて行った。

 玄関の前に立っている、黒髪で眼鏡を掛けた中肉中背の見知らぬ15、6歳の少年。
 屋敷の中からミヅキがドアを開けると同時に、駆けて来たセナが少年に向かって声を上げていた。

「おい、おまえ! とっととかえれ!」

「えっ? ボクですか?」

 と少年が驚いた様子でセナの方に振り返る一方、ミヅキが屋敷の中から出てきてセナの頭を掴んだ。

「こ、こらセナっ…! 初対面の方に対して、その態度はないでしょ…!? ごめんなさいしなさいっ……!」

 と、セナに頭を下げさせる。

「なにすんだよ、オヤジ! おれはこんなヤツにあやまりたくねえっ!」

「ご、ごめんね、タナカ君。息子が失礼なこと言って……」

 と、ミヅキがタナカと呼んだその少年を睨み上げ、セナがまた声を上げる。

「おい、タナカ! おまえなんかに、オヤジのギジュツはつげねーにきまってる! かえれ! かえれかえれかえ――」

「ほ、本当にごめんね、タナカ君」

 とセナの口を塞ぎ、苦笑したミヅキ。
 シオンとシュン、ネオンに顔を向けた。

「シオン、シュン。タナカ君をドール工房まで案内してくれる? ネオンはお茶をお願いできるかな」

「あっ、ローゼもお茶手伝いますにゃ!」

 と、ローゼとネオンはキッチンへと向かい。
 シオンとシュンがタナカを連れてドール工房へと向かって行くと、セナの頭の上からミヅキの怒声が降ってきた。

「セナ! どういうつもりなの!?」

「さっき言ったとおりだ! あんなヤツに、オヤジのギジュツはつげねーにきまってる! だからさっさとかえれって言ってやってんだ、おれは! ラクタンする前にな!」

「落胆なんかしないよ、タナカ君は。言ったでしょ? 彼は充分に人形師の素質があるんだ」

「ヤツがオヤジのギジュツをつげるって言うのかよ!? ムリに決まってんだろ、そんなの! 昼すぎなのにねぼけてんじゃねーぞ、オヤジ!」

 と声を荒げて喚くセナに、ミヅキが溜め息を吐いた。

「今日はずいぶんと機嫌が悪いね、セナ。もう分かったから、剣術の修行をしてなさい。まだ途中でしょ?  さぼってるとお義父さんに怒られるよ? いいね?」

 と、ミヅキに背を押され、玄関の外に出されたセナ。

(ちっくしょー、タナカのヤツ!)

 裏庭へと駆けて行ってドール工房の窓に手と顔をベタッと張り付かせ、中にいるタナカを睨み付ける。
 タナカが思わずビクッと肩を震わせる一方、「お待たせ」と笑顔で中に入ってきたミヅキの顔が途端に引きつった。

「なっ…、何してんの、セナっ…! 早く修行しないさいっ……!」

 というミヅキの声を窓の向こうから小さくだが聞き取り、ふんと鼻を鳴らしたセナ。
 裏庭に戻ってきたシオン、シュンと共に剣術の修行を再開する。

(ま、どうせすぐにかえるよな、タナカのヤツ。そして明日にはもうこないにきまってる)
 
 
 
 
 ――と、思ったのが。
 ミヅキとレナがドールショップから帰宅して間もなく、タナカはやって来る。
 次の日も、その次の日にも、その次の次の日も、その一週間後も……。

「っだーーーっ、もう! まだあきらめねーのかよ、タナカ!」

 と、ミヅキとタナカがドール工房として使っている部屋へと仲良さげに入っていったあと、屋敷一階の廊下で地団駄踏んでセナが喚く。

「ちょっともう、また何かしようとか考えてる? やめてよ、いい加減に……」

 と呆れたように溜め息を吐いたのはネオンである。
 父親・レオン似で真面目でしっかりとしているネオンは、タナカが来るようになってからというもの、何度何度もドール工房としている部屋に邪魔しに行こうとするセナの見張り役状態だった。

「本当にいい加減にしなよ、セナ」

 と続いたのは、片手に携帯電話を持ったセナの母親・レナだった。
 急いだ様子で駆けて来、通りすがりに軽くセナの頭を叩いてドール工房としている部屋へと向かって行く。

「ねえ、セナ。レナ姉さんの持ってたケータイ、ドールショップ用のだよね?」

「おう。仕事用のケータイだ。閉店してから店にデンワがかかってくると、あのケータイにつながるようになってる」

 少しして、レナと共にドール工房としている部屋から出てきたミヅキ。
 セナのところへとやって来て言った。

「ちょっとお父さんとお母さん、お店の方に行って来るね。今日の昼間にドールを受け取りに来るはずだったお客さんが急用で来れなかったんだけど、今お店に来てるみたいで」

「はぁ? そんなの明日またこいっていえよ」

「ぼくの作ったドールをとても楽しみに待っていてくれたんだよ。予定よりも出来上がりが遅くなっちゃったし、これ以上お待たせするわけにはいかないから……。くれぐれもタナカ君の邪魔しないように。今度邪魔したら、お父さん本気で怒るからね。いいね?」

 とミヅキはセナに言い聞かせると、レナと共に車でドールショップへと向かって行った。
 それを見送ったあとドール工房としている部屋へと小走りで向かって行くセナを見て、ネオンが追いかけながら慌てて声を上げる。

「ちょっとセナ! ついさっき、タナカさんの邪魔をしないようにって言われたばっかりでしょ!?」

「ジャマするんじゃねーよ、べつに」

 では何をする気なのかと問うネオンを無視し、バンと大きな音を立ててドール工房としている部屋のドアを開けたセナ。
 思わずと言ったようにビクッと肩を震わせたタナカのところへと歩いて行き、その手元に注目すると、どうやら型から抜いて出来上がった人形のヘッドにメイク中――塗装中の用だった。
 塗料が霧状になって吹き出てくるエアブラシで目の周りや頬、顎に色をのせ、筆で眉や睫毛を描いている。

「あ…あの、セナさん何か……?」

 ふん、と鼻を鳴らしたセナ。

「ヘタクソ。てめーそんなメイクでオヤジの店をつげると思ってんのか」

「す、すみません。で、でも、あの、これはまだ練習中でして、いつかはミヅキさんのように――」

「わらわせんな、この足手まとい」

 と、タナカの持っていたドールのヘッドを奪ったセナ。
 何するのかとタナカが困惑していると、そのメイクをシンナーを含ませたコットンで擦って落とし始めた。

「えっ? セ、セナさん!?」

 そしてタナカが狼狽する中、ヘッドにメイクをし始める。

(おれの方がうまいって思い知らせてやる。そしたらオヤジだって、タナカを後けい者にだなんてかんがえねーんだ)

 4歳にしてはとても器用なセナではあるが、人形のメイクは初めてだ。
 初めてのエアブラシで、ミヅキのようにキメ細やかなチークを乗せるはずが、人形の頬に塗料を点々と垂らしてしまい。

「あぁっ、ダメですよセナさん! 一度に色を濃くしようとすると液垂れするんです!」

「うるせーな、そんなの知ってる!」

 と、悔しいので嘘を吐き、今度は一番細い筆を持ったセナ。
 ミヅキのように髪の毛よりも細い繊細な睫毛を描いていくはずが、タコ糸並に太くなってしまい。

「大量のマスカラを塗ったあと、睫毛をコームで梳かさなかった人みたいになってますね」

「うるせーな、ワザとだ!」

 と、やっぱり悔しいのでまた嘘を吐き、さっきよりも太めの筆を持ったセナ。
 ミヅキのようにぷるぷるでうるうるで花弁のように可憐な唇に仕上げるはずが、えらいタラコ唇の上に酷くベタ塗りになってしまい。

「ぽってりとした唇の女の子ってセクシーだと思いますが、セナさんこれは流石にやりすぎなんじゃ…。しかも少女のヘッドなのに、口紅をべったり塗ってるみたいでおかしいっていうか……」

「うるせーな、母親のマネして口べにぬってみたガキの人形をつくってんだよ!」

「それはまた珍しいものを……」

「うるせーな、いいだろベツに!」

「あまり売れないと思いますが……」

「うるせーな、てめーはよ!」

「すみません。しかし……」

 と、まだ何か言いたげなタナカを見、ブチッと切れて顔を引きつらせたセナ。
 部屋の戸口で見ていたネオンが慌てて飛び出したが、

「あぁぁぁぁぁ、もうっ! うるせーって言ってんだろうが!!」

 手に持っていたヘッドを、タナカの顔面に向かってぶん投げてしまった。
 そしてそれがタナカの鼻に当たり、「あっ!」とあがったネオンの声。

 そしてほぼ同時に「セナ!?」という声と共に、帰って来たミヅキとレナが戸口に姿を現した。

「あ……」

 やばい。

 と、セナがミヅキから顔を逸らす一方、鼻を押さえて血を流しているタナカにレナが慌てて駆け寄っていった。

「タ、タナカ君、大丈夫!? 立てるっ? ちょっとこっちに来て、家のミラ姉は治癒魔法だけは優れてるから!」

 とレナがタナカを連れて部屋から出て行く。

 その後、ネオンがミヅキの足元に寄って行った。
 明らかにタナカのメイクではないだろう床に転がったヘッドを見、セナの後頭部を見、顔を強張らせているミヅキの顔を見上げて弁解する。

「ご、ごめんなさい、ミヅキ叔父さん! ぼくがもっと早くにセナを止めてれば、こんなことにはならなかったんです!」

 ネオンの声を聞いているのか、聞いていないのか。
 黙ってセナのところへと歩いていったミヅキ。
 セナが恐る恐るといったように振り返った瞬間、パンッと乾いた音が響いた。

「いい加減にしなさい、セナ!」

「――」

 セナが度々食らっているリュウの拳骨に比べたら、ミヅキの張り手なんて蚊に刺されたようなものだ。

 それなのに、とても痛い。
 そして、無性に悲しい――。

「…っ…だ…、オヤジなんかっ……!」

「何?」

「大キライだ、オヤジなんか! さっさとタナカを後けい者にして、店なんかつぶれちまえっ!!」

 そう声を荒げるなり、セナは屋敷から飛び出していった。
 
 
 
 
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