第94話 試験の結果


 葉月ギルドの裏にある、ハンター昇格試験のための会場の中。

「ぐっ…!」

 リンクの剣先が、シュウの鼻の先すれすれにあった。

 勝負あり。
 シュウの超一流ハンター昇格試験終了。

 床に尻を着き、肩で呼吸しているシュウ。
 剣は後方に弾き飛ばされていた。

(親父と並ぶとリンクさんて弱く見えるけど、やっぱつえーやっ…! 超一流ハンター歴長いだけあるぜっ……!)

 リンクが剣を腰に収めると、黙って試験の様子を見ていたリュウが口を開いた。

「まだまだだな、シュウ。リンクごときにこの程度とはよ」

 そう言って溜め息を吐いたリュウ。

(――オレ、試験落ちたんだ)

 シュウはそう思った。

 リュウが仕事だからと、会場の出入り口へと向かっていく。
 その大きな背を見つめられずに、シュウはがっくりと肩を落として立ち上がった。

(親父の期待に背いちまったんだ、オレ…。――っていうか)

 シュウ、顔面蒼白。

「カっ、カレン没収っ!?」

「へ?」

 とぱちぱちと瞬きをしたリンク。
 そのあと笑った。

「何言ってんねん、シュウ。おまえ合格やで」

「――へっ!?」シュウの声が裏返った。「オっ、オレ落ちたんじゃ……!?」

「いや、合格やで。リュウはああいう男やから分かり辛いかもしれへんけど、おまえ超一流ハンターとしてやっていけるだけの力はあんで?」と、リンクがぽんとシュウの肩を叩く。「おめでとう、超一流ハンター・シュウ!」

「……」

 実感の湧いていない頭の中、シュウは考える。

(今リンクさん、何ていった? 超一流ハンターしゅう? あ、超一流ハンター集? ちょっと売ってそうだな。でも違うか。んじゃあ、超一流ハンター州か? って、ドコにあんだよ。聞いたことねーよ。じゃあ、なんだろ? 超一流ハンター臭か? ……何かクサっ!)

 リンクが首をかしげる。

「どしたん? シュウ。喜ばないん? 超一流ハンターになったんやで? シュウ?」

「え?」

 超一流ハンターになった?
 超一流ハンターになった?
 超一流ハンターになった?

 と頭の中で何度も繰り返すシュウ。
 じわじわと沸いてくる実感。

(そ、そ、そ、そうかっ…! リンクさんさっき、超一流ハンター・シュウって言ったのかっ……!)

 超一流ハンターになった。
 超一流ハンターになった。
 超一流ハンターになった。

 と、今度は疑問符を取って繰り返す。

(オレ、超一流ハンターになった!)

 実感した途端、急激に込み上げて来た喜びに、シュウは舞い上がった。

「イヤッホオオォォォォォォォォォォォォイっ!!」

 ぴょーんと高く飛んだシュウを見ながら、リンクが微笑んでもう一度言う。

「おめでとう、超一流ハンター・シュウ!」

「ありがとうっ、リンクさんっ! ――って、あれぇ!?」

 と声を裏返し、シュウは地に足をつけた。

「どしたん、シュウ」

「オレ、超一流ハンターになったのに親父が誉めてくれねえっ!」

「ああ」と、リンクが笑った。「リュウは心の中で誉めてんで、きっと」

「そ、そうかな」

「もちろんやで。『おまえ強くなったな』って、リュウは心の中で言ったに違いないで」

「そ、そか…。でも……」

 その台詞、親父の口から聞きたかった。

 とシュウは心の中で続けた。
 そのあと首を横に振る。

(って、気にすんなオレ! いつか絶対に言わせてみせるぜ! そんなファザコン疑われること考えてねーで、今はー……)

 携帯電話を取り出し、電話を掛けるシュウ。

(ハニーに報告をっ!)

 ハイテンションのあまり、相手の声を待たずに喋りだす。

「もっしもしー? オレオレ! オレだけど!」

「詐欺かしら」

「なーにボケてんだよ、カーレン!」

「あの――」

「オレ受かったよ、試験! 超一流ハンターになったんだぜ、超一流ハンターにっ! もう嬉しくってさーオレ! うちの屋敷に戻ってきたらご褒美よろしくなっ♪」

「ええと――」

「え? 褒美は何がよろしいのかしらって? そのデリシャスな身体で頼むぜベイベっ…!」

「わたくし――」

「オレまじフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!!」

「カレンの母ですが」

「ああそう、お母さんでしたか、お母さん! いやいや娘さんと声そっくりですねー! ――ってえぇぇぇぇ!?」

 シュウ、驚愕。

(カっ、カレンのお母さん!?)

 後、茹ダコになりながら周章狼狽。

「オ、オオオオオオオ、オカーーーサン!? オカーーーサンでしたかああああああああっ!! も、ももももも申し訳ございましぇん(やべ、噛んだっ)!! も、ももも申し訳ごじゃいません(また噛んだっ)!! も、申す訳ございません(何を!?)!! オ、オオオ、オレっ、超一流ハンター・シュウゥゥゥゥゥゥゥウウゥゥゥゥウっ!!」

 電話の向こう、カレンの母がおかしそうに笑った。
 そのあと、カレンそっくりなその声で言う。

「今、カレンに代わりますわね」

「はっ、はいぃ……!」

 数秒して、聞こえてきたカレンの声。

「ちょっとシュウ? あなたお母さまに何を言ったのよ…」

 と、カレンが苦笑しているのが分かった。
 カレンの声の後ろのほうで、くすくすと笑っている声が聞こえてくる。

「ご、ごめん…、すーげー恥ずかしいこと言っちゃったよオレっ…!」

「そ、そのようですわね…」

「きっ、嫌われたオレェェェ!?」

「そんな感じではないから大丈夫よ」

「お、おう、そうかっ…、良かったっ…!」

「それで」とカレンの声が明るくなった。「超一流ハンターになれたのですわよねっ?」

「おうっ!」とカレンに続いて明るくなるシュウの声。「オレ、超一流ハンターになったぜ!」

「おめでとう、シュウ! 嬉しいのですわ!」

「おう、サンキュ! そ、それでその…」咳払いをして小声になるシュウ。「ご、ご褒美にデリシャスなハニーを期待してるぜっ…!」

「……。もしかしてそれをさっきお母さまに言ったのかしら」

「……。ご、ごめん…」

「……」電話の向こう、カレンが赤面する。「…ま…まったくもうっ…! あたくしの声も分からなかったのっ?」

「だ、だって似ててっ…! ご、ごめんっ…! あっ、それでさ」

「ええ?」

「3日後にオレ高級手土産を持ってスーツで迎えに行くから、オトーサンオカーサンそしてオジーサマによろしく言っておいてくれよっ!」

「はいはい、分かってるのですわ」と、カレンが小さく溜め息を吐いた。「今度は恥ずかしいこと言わないでちょうだいよ?」

「おうっ、任せてくれ!」

 と言って、シュウは電話を切った。
 
 
 
 その頃のシュウ宅のリビングでは。
 リュウやサラ、レオンは仕事へ向かったが、正月ということで宴会が行われていた。

 キラとミラ、リン・ラン、ユナ・マナ・レナ、ジュリ。
 ミーナとリーナに、グレル。

 さっき昼食を食べたというのに食っちゃ飲みしている。

 リン・ランがビール片手に、そわそわとした様子で声をそろえる。

「兄上の試験、そろそろ終わったはずなのだっ…!」

「うむ、そうだな」

 とキラが同意して頷いたとき。
 リュウから電話が掛かってきた。

「もしもし、リュウか」

「おうよ、キラ」

 リュウからの電話と聞き、一同が寄って集ってキラの携帯電話に耳を近づけた。
 リュウが続ける。

「やったぜ、あいつ。やった」

 落ち着いているものの、喜びが溢れているリュウの声。
 キラが微笑む。

「そうか…、やったかシュウは。超一流ハンターになったか」

「ああ。シュウは超一流ハンターだ」

 とのリュウの声を確認したあと、電話中のキラを除く一同が小躍りし始めた。
 キラは続ける。

「おまえの夢に一歩近づいたな、リュウ」

「ああ…、近づいた」

「良かったな」

「ああ…。おい、俺の可愛い黒猫」

「何だ、私の愛する主」

「そう思うなら今夜はゾクゾクするよーなイイ声出せよ」

「いっ、意味わか――」

「ああ、今夜の俺は激しいぜ……!」

「いっ、いつも激しいではないかあああああ――」

 ブツッ

 と切れた電話。

「あっ…! ま、まったく私の主はっ…!」

 キラは苦笑すると、携帯電話をガラステーブルの上に置いた。
 ミラがキラの顔を覗き込む。

「ねえ、ママ? お兄ちゃんが超一流ハンターになって、パパ喜んでたっ?」

「喜びすぎて母上は今夜寝かせてもらえぬぞ」

「あぁんもうっ! ママってば羨ましいーっ!」

「よおーしっ!」と立ち上がったリン・ラン。「兄上の超一流ハンター昇格を祝して、宴会盛り上がって行こうなのだ! カンパーーーイっ!!」

「カンパーイっ!!」

 と盛り上がる一同。

 その中からマナが抜け出した。
 ちらりとユナとレナと目を合わせてから、自分の部屋へと向かっていく。

 ユナとレナも顔を見合わせたあと、マナを追っていった。

 3匹が自分たちの部屋に入ると、ユナが口を切った。

「やったね、兄ちゃん!」

 レナが続く。

「うん、やったね、兄ちゃん!」

「とりあえずおめでとう、兄ちゃん…」

 と言いながら、マナは先ほど作り終えた薬が入った小瓶を手に持った。
 ほんのりオレンジ色の液体と、ほんのり黄色の液体。

「次はカレンちゃんのご家族の前で恥をかかないように頑張ってもらわないと…」

 ユナとレナが声をそろえて訊く。

「ソレ、どういう薬なの?」

「それを教えようと思って…。まずこっちが…」と、ほんのりオレンジ色の液体の入った小瓶を開けるマナ。「兄ちゃんに飲ませる方…A液…。指出して…」

 ユナとレナが言われた通り指を出すと、マナがそこにそのA液を一滴垂らした。
 ユナとレナがそれをぺろりと舐める。

「うえ、苦っ!」

「それでこっちが…」と、ほんのり黄色の液体の入った小瓶を開けるマナ。「B液…。兄ちゃん意外の誰かに飲んでもらう…」

 マナはそのB液を自分の指に一滴垂らすと、ユナとレナに続いてぺろりと舐めた。

「うえ…」

「こんなの飲めないよ、マナ」

「大丈夫、他の飲み物に混ぜるから…」

「ああ、なるほど」

「効果が表れるまで約15分…」

 ということで、15分待っている間に自分の好きなことをする三つ子。

 15分後。
 マナがユナとレナを見た。

「それじゃあ、いくよ…」

 と、マナ。
 それから2秒置いたあとのこと。

「それじゃあ、いくよ…」とユナとレナの口からマナと同じ台詞が出た。「あれっ!? 口が勝手にっ…!?」

「このように…」

「このように…」

 と、再びマナと同じ台詞を吐いてしまうユナとレナ。

「A液を飲んだ者は…」

「A液を飲んだ者は…」

「B液を飲んだ者と…」

「B液を飲んだ者と…」

「同じことを言ってしまーう…」

「同じことを言ってしまーう…」

「名づけて…」

「名づけて…」

 と、一滴しか飲まなかったが故に、ここで薬の効果が切れた。

「うーん…。『鸚鵡返しの薬』かな…」

「おおーっ」

 と声をあげたユナとレナ。
 ユナ、レナの順に言う。

「なーるほど! A液を兄ちゃんに飲ませて、B液を…うーん…レオ兄に飲ませるのがいいかな? そうすれば兄ちゃん噛むこともパニックになることもなく、ちゃーんとカレンちゃんのご家族にご挨拶できるよね!」

「A液はハーフ用だよね。B液は?」

「一応ハーフにもモンスターにも人間にも効くように作ってみたけど…」と、コメカミの辺りをぽりぽりと掻くマナ。「そういうのは初めてだから、ちゃんと作れたのか分かんない…」

「とりあえずさっきの実験でハーフに効いたことはたしかだよね」

 と、ユナ。
 レナが同意する。

「うん、ハーフには効くね。ってか、大丈夫じゃないの? 人間にもモンスターにも効くよ。だってほら、マナ初詣でじーちゃんにお願いしたし。成功だよ、きっと♪」

「そうだね…」

 と、頷いたマナ。
 そう思うことにした。

「ところで」とレナが続ける。「これ飲んだところで、カレンちゃんの家の中の様子とか見えなきゃ困るよね。カレンちゃんのご家族と会話しようにも…ねえ……」

「大丈夫、超小型無線カメラをコッソリ兄ちゃんのスーツに仕掛けておくから…」

「おお、なるほど」

「兄ちゃん…」と、窓の外に顔を向けるマナ。「超一流ハンターに昇格おめでとう…」

 それから、

「カレンちゃんのご家族からも合格もらえるよう、頑張って…」

 シュウがカレンの実家へと向かうのは、3日後だ。
 
 
 
 
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