第93話 超一流ハンター昇格試験


 雪合戦大会とオークション終了後。
 ミヅキと共に長月島に置いて行かれたシュウは、慌ててミーナに電話して迎えに来てもらった。

 ミーナの瞬間移動で、葉月島の自宅前に戻ってきたシュウ。
 それからミヅキ。

 顔を見合わせる。
 友達になったと思うと少し照れくさい。

「お…、おまえ今日帰んの? ミヅキ」

「う、うん。荷物まとめたらすぐに帰るよ」

「そか。でも昼飯くらい食っていけば」

「じゃあそうする。…わ、悪いねっ…」

「き、気にすんなっ…」

 シュウとミヅキが屋敷の中に入ると、リュウが玄関に仁王立ちしていた。

「おい、おせーぞシュウ」

「――って、親父がオレのこと置いてったからだろ!?」

「おまえが来るのおせーから悪いんだろ。それよりおまえ、昼飯食ったら分かってんだろうな」

「わっ…、分かってんよ。忘れるわけねーだろっ…!」と、真剣な顔になるシュウ。「超一流ハンター昇格試験をっ……!」

 シュウの顔を見つめ、

「そうか」

 と一言言ったリュウ。
 くるりと背を向け、キッチンの方へと向かって行った。

 一番緊張しているのはシュウのようで、リュウの方かもしれなかった。
 リュウの夢の1つは『シュウが生まれたら俺を継ぐ超一流ハンターにすること』。

(シュウが超一流ハンターになったら俺の夢に一歩近づく。まだまだ俺を継ぐには程遠いが……)

 リュウがキッチンに着くと、テーブルにおせち料理を並べていたリンクが顔を覗き込んできた。

「ちょっと不安か? リュウ」

「……ま、シュウが絶対に受かるとは言えねーからな。リンク、おまえが試験官なわけだが、甘やかさなくていいからな」

「分かってんで。ちゃーんとシュウが超一流ハンターとしてやっていけるか見極めて合否決めるから安心してや」

「分かった」と、席に着いたリュウ。「俺も行く」

「は?」とリンクが眉を寄せた。「シュウの試験の様子見に来るん? おまえ仕事あるやろ? ってか、おれの目がそんなに信用ないんかい」

「そうじゃねえよ。そうじゃねえんだが……」

 そう呟くように言って黙ったリュウ。
 リンクは再びおせち料理をテーブルに並べながら笑った。

(愛する息子の成長を己の目で確認したいんやな、リュウ)
 
 
 
 2階に上ったシュウとミヅキ。
 ミヅキは荷物をまとめに宿泊していた部屋へ、シュウはカレンの部屋へと向かった。

 カレンの部屋へ入るなり、シュウはぱちぱちと瞬きをした。

「あれ? 何してんの?」

 カレンがベッドの上に大きなバッグを出して、その中に衣類などを詰め込んでいた。
 カレンが手を動かしながら答える。

「今日から3日間、実家に帰るのですわ」

「ああ、そうか。正月だもんな」

「その間お仕事には行けないと思うのだけれど…」

「おう、気にすんな。ゆっくりして来いよ」

 と、ベッドに腰掛けたシュウ。
 その傍らでバッグに衣類を詰め込んでいるカレンの顔をちらりと見る。

「……3日間?」

「ええ、3日間よ」と言って、カレンが手を止めてシュウの顔を見た。「それが何かしら?」

「いや…、その…、久しぶりに離れ離れだなあと思って」

「寂しいのかしら?」

「えっ?」

 と裏返ったシュウの声。
 シュウはカレンから顔を逸らした。

「いやっ……うん、その……さ、寂しいっす」

「そう」とカレンが笑った。「あたくしも寂しいのですわ」

「え」とにやけてカレンに顔を戻すシュウ。「オ、オレに3日間も会えないの寂しいのっ?」

「ええ、寂しいわ」

「まーじでえぇぇぇ?」

 と黒猫の尾っぽの先を思わず振ってしまいながら、シュウがカレンを抱っこした。
 シュウの膝の上、カレンが再び手を動かしながら言う。

「今日の超一流ハンター昇格試験がんばってね、シュウ」

「おうよっ! オレすーげー頑張っちゃう!」

「あなたなら受かるわよね、きっと……って」カレンの頬が染まった。「真昼間からどーこ触っているのかしらっ…!」

「だって3日もいないって思うとつい……」

「ちょっ、荷物まとめられないのですわっ」

「ぐーふーふーふー」と笑いながらカレンを押し倒しかけたシュウ。「――ハッ!」

 としてカレンから手を離す。

「も、ももも、申し訳ございませんっ、オトーサンっ!!」

「は…」カレンが眉を寄せた。「はぁ…? 何かしらいきなり」

「オレ今、すーげー親父がじーちゃんの墓の前で畏まっちゃう気持ちが分かるっ…! お、おまえ今から実家に帰るってことは、お父さんお母さんと会うんだよなっ? オレおまえを迎えに行くときにお父さんお母さんに会うかもしれないんだよなっ? っていうか、ちゃんと挨拶行けよオレっ…! ああぁぁぁぁああぁぁあ、オトーサン僕は決して娘さんに、て、ててて、ててててて手出しなんかしておりませぬううううううううううううっ!!」

「落ち着きなさい、大丈夫だから」とカレンが苦笑した。「あたくしの家で厳しいのはお父さまではなく、おじいさまだし」

「そっ、そうか! オジーサマか! あぁオジーサマ、ぼ、僕は決してお孫さんに手出しなど――」

「してるじゃない」

「ハイ、してますううううううっ! ――って」シュウの顔が蒼白した。「お、おおお、おまえそういうことをオジーサマに言うなよ!? オ、オオオ、オレ殺されるかもおぉぉぉぉ!!」

「そんな、リュウさまじゃあるまいし…。大丈夫よ、リュウさまほど厳しいわけではないから」

「……あれ」と、ぱちぱちと瞬きをし、カレンの顔を見たシュウ。「そうなのっ?」

「そうよ」

「…そ、そうかっ、そうだよなっ…!」と安堵し、シュウが溜め息を吐いた。「で、でも変なこと言うなよ?」

「分かってますわ」

「で、手土産は何がいい?」

「え?」

「オジーサマとオトーサンオカーサンに、おまえを迎えに行く際にご挨拶を…! ちゃんとスーツで行くぜ、オレっ……!」

「い、いいわよ普通でっ…! 手土産なんていらないしっ…!」

「ダメだ、そうはいかねえ!」

「い、いいってばっ!」

「ダメったらダメだ!」

「いいったらいいの!」

「ダメったらダメ! ダメダメダメダメ! オレはっ…!」と拳を握って気合を入れるシュウ。「絶っっっっっっ対、スーツと高級手土産でオジーサマとオトーサンオカーサンに挨拶に行くっ!!」

 と、まるで譲る気配がない。
 カレンは溜め息を吐いた。

「もう勝手にすれば…」
 
 
 
 昼食後。

 シュウは超一流ハンター昇格試験に向かうということで、サラがカレンを実家まで送っていった。
 ミヅキも一人暮らしをしているアパートへと戻り、シュウはリュウ・リンクと共に葉月ギルドの裏の方へと歩いていく。

 葉月ギルドの裏には大きな試験会場あり、そこでハンターの昇格試験が行われるのだ。
 会場の壁は全面が魔法に耐えられる特殊素材で出来ている。
 かと言って、リュウのような異常に強い者が魔法を本気で放てば天井が吹っ飛んでしまうが。

「おい、シュウ。おまえ昼飯のとき言ってたけど、3日後にカレンの親御さんに挨拶すんだって?」と、リュウ。「ま、おまえカレンのこと貪り食ってんだし――」

「そっ、その言い方止めてくれ…」

「カレンと付き合ってんだし、挨拶くらいしておかねーとな」

「う、うん。カレンが居候してから挨拶行くまで大分遅くなっちまったけど、大丈夫かなっ……」

「大丈夫やで、シュウ」とリンクが笑った。「せやかて、リュウが葉月病院の院長室まで挨拶行ってんのやから。たまーに、仕事と仕事の合間にな」

「あれっ、そうなのっ?」

 とシュウが驚いてリュウの顔を見ると、リュウが顔をしかめた。

「当たり前だろーが。向こうの大切なお嬢預かってんだぞ、俺は。何もしねーわけにはいかねーだろ」

「カレンの様子伝えるために、よく電話もしてるしな」

 とリンクが続いた。

「へ…、へえぇ」と、さも意外そうな声を出したシュウ。「親父がねえ。何かちょっと……」

「どうした、見直したかお父上様を」

「想像すると気持ち悪――」

 ゴスッ!!

 とリュウは拳でシュウの言葉を遮り、ギルド裏にある試験会場の扉を開けた。

 シュウがリュウ、リンクに続いて中に入ってみると、数人のハンターが昇格試験の最中だった。
 その実力の様子からすると、三流から二流への昇格試験といったところ。

「終わるまで待つか」

 リュウが言うと、リンクが同意した。

(あれ、何でわざわざ待つんだ?)

 と一瞬考えたシュウだったが、すぐに分かった。

(ああ、そうか…。オレ、超一流ハンター昇格試験受けるんだもんな)

 超一流ハンター昇格試験ともなれば、会場全体を使うほど派手な戦闘が行われる。
 周りにいる者に、いつ魔法の流れ弾を食らわせてしまうか分からない。

「緊張してるか? シュウ?」

 リンクがそう聞きながらシュウの顔を覗き込んだ。

「え? いや、何ていうか、その……」

 シュウはちらりとリュウを見た。

(今日親父が見に来るとは思わなかったんだよな…。どうしたんだよ、仕事はっ……!)

 シュウから少し離れたところ。
 壁に背を預け、腕組みして立っているリュウ。
 ついさっきまでは普通に喋っていたのに、今はもう口を開く気配がない。

 リュウの黒々とした鋭い視線に捕らえられ、シュウはリュウから目を逸らした。

(な…、なんだろ。何を思ってるんだろ、親父。おっかなくて緊張するじゃねーかオイっ…!)

 リュウとシュウの顔を交互に見て、リンクが苦笑した。
 リュウに耳打ちする。

「プレッシャーかけんなや、リュウ。シュウめっさ緊張してしまってんで」

「……ふん」

 とリュウがシュウから目を逸らす。

 重苦しい沈黙が30分。
 昇格試験を終了したハンターたちが出て行き、会場の中にはシュウとリュウ、リンクが残った。

「ほな、始めよか」と言って、リンクが剣を構える。「シュウ、緊張せんでええから」

「う、うん」

 と頷くものの、緊張でがちがちになっているシュウの身体。

(い…痛いぜ親父っ……)

 シュウの身体に突き刺さるリュウの視線。
 リュウが溜め息を吐いた。

「何がちがちになってんだ、シュウ。小心者だな」

「だっ…だって――」

「大丈夫だ、おまえなら」

「えっ…?」

 シュウはリュウの顔を見た。
 そこには真剣な顔がある。

「大丈夫だ、シュウ。おまえは絶対に受かる」

「親父…」

 と呟いたシュウ。
 身体から緊張が取れていく。

「…よっしゃあっ! リンクさんっ、お願いしますっ!!」と剣を構え、元気良くリンクに飛び掛るシュウ。「うおおぉぉおぉりゃああああぁぁぁぁ――」

「だって」とリュウが続けた。「落ちたらカレン没収だし」

「――!?」

 リンクと刃を交え、目を見開いてリュウを見つめたシュウ。
 会場中にその声が響き渡る。

「おっ…、落ちれねええええええええええええええええええええっ!!」

 シュウは死に物狂いで剣を振り回した。
 
 
 
 
 一方、その頃。
 シュウ宅の三つ子の部屋。

「あーあ、ミヅキくん帰っちゃってつまんないなぁ」

 と、レナ。
 ベッドの上をごろんごろんと数回転がったあと、ぴたりと止まってマナを見た。

「ところでマナ、今度は何の薬作ってんの?」

 薬の調合中のマナ。
 冬休みの宿題中だったユナも注目すると、口を開いた。

「兄ちゃんが心配で…」

「心配って」と、ユナとレナが声をそろえる。「超一流ハンター昇格試験に受かるか?」

 マナが首を横に振って言う。

「それは受かるよ、兄ちゃん…。あたしが心配してるのは…」

「うん?」

「カレンちゃんの家に挨拶に行ったとき、ちゃんと出来るかってこと…」

「ああー」

 と声をあげたユナとレナ。
 マナに同意する。

「兄ちゃんって、いざっていうときに噛むしね。ちゃんと挨拶できなさそう」

「やっぱり彼女のご家族からは好かれないとね…」

 マナがそう言いながら、小瓶を2つ用意した。
 1つにはほんのりオレンジ色の薬を、もう1つにはほんのり黄色の薬を注ぐ。

 小瓶の蓋を閉め、その上から仕上げの魔法をかけたら、

「これで兄ちゃんは安心してカレンちゃん宅へレッツゴオォォォ…」
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system