第91話 初詣


 0時を回り、年が明け。
 葉月島の隣の島――文月島のタナバタ山の麓。
 シュウとその家族、カレン、リンク一家、グレルとレオンは初詣にやってきた。

 初詣だというのに、そこには神社ではなく王様を思わせる大きな墓――キラの父の墓がある。

 シュウたち子供は、父・リュウから「おまえたちの祖父様は神だ」と言われて育ってきた。
 その理由は昔、母・キラの父がキラの命を救ってくれたかららしい。

 よって初詣=キラの父の墓に参拝、である。

「義父上……」

 と呟き、キラの父の墓を見つめるリュウ。
 手に持っていた白薔薇の花束をキラに渡し、墓の周りをせっせと掃除し始めた。

(今年も親父が自ら掃除……か)

 その姿は、普段俺様のリュウからは想像し難いもの。
 毎年この日、リュウは子供たちの前だろうとお構いなしにそんな姿を見せる。

 そして毎年この日、リュウの姿を見ながらシュウは思う。

(じーちゃんて、本当に偉大なんだな)

 シュウは持っていた花束をレオンに渡すと、リュウに続いて掃除を始めた。

 それが終わったら大量の白薔薇を墓の前に置き。
 きりっと表情を引き締めたリュウが、一同を見回した。

「よし、整列しろ」

 一同が承諾し、練習通りに整列する。

 前列、墓から向かって右からリュウ、キラ、シュウ、ミラ、サラ、リン、ラン、ユナ、マナ、レナ、ジュリ。
 後列、同じく墓から向かって右からリンク、ミーナ、リーナ、グレル、レオン、カレン。

 リュウの言う神――キラの父の墓と向き合った一同。

「参拝始め」

 と、リュウ。

 まずは揃って軽く礼。
 その角度、ぴたりと45度。

「次、二礼」

 ぺこり、ぺこり…

 と、揃って2回深々と礼。
 その角度、見事に90度。

「次、二拍手」

 揃って胸の前で手を合わせ。
 右手を少し下げたら、

 ぱん、ぱん!

 と2回拍手をし。
 右手を戻してきちんと両手の指先を合わせたら、

「よし、神への願い事を口に出して言え。神に…、義父上に、よく聞こえるように言うんだぞ」

 まずはキラから。

「うーん、そうだな…。今年は父上に何を願おうか。うーん…」

 と、目を閉じたまま思案顔になるキラ。
 少しして、苦笑しながら口を開いた。

「ち…、父上、その…、リュウの夜のイトナミの回数を減らしてほしいぞっ……」

(義父上、今の却下で)

 と、リュウは心の中でキラの父に訴える。
 リュウが一同に「願い事を口に出して言え」と言ったのは、他ならぬこのためである。

(義父上、俺は決っっっして、娘さんを毎晩疲れさせてなどおりません。それに嫌よ嫌よも好きのうちです。よって却下で、却下)

 キラの次は、長男・シュウ。

「今日の超一流ハンター昇格試験受からせてくれ、じーちゃんっ!」

(実力で受かれバカ)

「あぁ、あとそれからっ…、と…、年の近い男友達…ほしい……」

(……。シュウ、おまえそこまでヤロウ友達がほしかったのか…)

「あっ! あともう1つ聞いて、じーちゃん」

(おまえまだあんのかよ)

「あいつ…ミヅキ、疲れて爆睡して来れなかったからオレが代わりに。今日の雪合戦後のオークションで、あいつの作ったオレの人形が高く売れますよーにっ!」

(義父上、シュウの男友達の件ですが。ここは楽に身近にいるミヅキでお済ませください)

 シュウの次は、長女・ミラ。

「あのね、おじーちゃん。私、今年はパパとぉー……」

(…こ、こらミラっ…! パパとなんだ!? パパは口に出して願い事を言えと――)

「それからぁー……うふふっ」

(ま、待て、ミラ…! お、おまえ何を義父上に…!?)

「あんもう、パパもっとぉっ(ハート)」

(何が!?)

「ヤダ、私ったら思わずトリップしちゃった♪ おじーちゃん、私のお願いは以上よ♪」

(ちっ、ちちち、義父上っ…! すーげー可愛い孫娘の願いなのは分かりますが、キラに泣かれるようなことだけはご勘弁をっ……!)

 ミラの次は、次女・サラ。

「じーちゃん、アタシさ、去年からレオ兄と付き合ってるんだけど」

(そうなんすよ、義父上。レオンがサラに手ぇ出しやがって…)

「レオ兄と結婚したいな」

(はいはい、却下却下。義父上、今の却下で)

「今親父が心の中で言ったこと却下で」

(――!? …さ、さすがサラ…! 俺似と言われるだけあるぜ…! よ、読んでたかっ…! ちっ、義父上、今のサラの言葉却下で!)

「今の親父の言葉も却下で」

(今のも却下で!)

「それも却下ね」

(却下!)

「はい、却下」

(却下却下却下!)

「全て却下」

(却下却下却下却下却下却下却下――)

 キリがないので次。

 サラの次は、三女・リン。
 それから四女・ラン。
 声をそろえる。

「今年も兄上に可愛がってもらえますよーに、なのだっ♪」

(義父上、今の兄上じゃなくて父上で)

「今年もわたしたちは兄上大好きですなのだっ♪」

(いーや義父上、今年こそリン・ランはファザコンで。つか、今年で絶対そうさせるし)

「以上なのだ♪」

(ざまーみろシュウ。今年こそリン・ランは「父上大好きなのだっ♪」だぜ!)

 双子の次は、三つ子の番へ。
 まずは五女・ユナから。

「うーん、そうだなあ。おじーちゃん、あたしの夢は『パパよりかっこいい人と結婚すること』なんだけどね」

(よし、結婚しねーな)

「(レナも好きな人できたことだし)そろそろそういう人登場させてくれないかな」

(無理を言って申し訳ございません、義父上。そんなに気に病まず、さらりと却下で)

 ユナの次は、六女・マナ。

「おじいちゃん…。薬を作るときのことなんだけど…」

(ああ、薬のことか)

「最後の仕上げにかける魔法がもっとも重要で、それが失敗すると副作用が起きるから…」

(シュウがニューハーフから戻らなかったりな)

「もう失敗しないようにしてほしい…」

(義父上、これは承諾で。シュウがニューハーフから戻らなかったときは、俺一瞬本気でシュウをあの世に送って戻してやろうかと……)

 マナの次は、七女・レナ。

「あっ、あのねっ、おじいちゃんっ!?」

(…? 何だかずいぶんと声が上ずってんな、レナ)

「あたし(ミヅキくんのこと)が(好きだから)、その…(両想いにさせてくれると嬉しいな)」

(あたしが、その…? なんだ?)

「以上っ!」

(ねっ、願い終わったのかよ! あ、怪しいぜレナ…! 義父上、却下却下却下!)

 レナの次は、次男・ジュリ。

「ぼくも、ちちうえのように、かっこよくなりたいです」

(おう、そうかジュリ…! 父上は格好良いか! やったぜ俺…!)

「おじいちゃん、ぼくのおねがいを、きいてくれますか」

(うーん…、難しいですね義父上。何分、ジュリはキラ似で桁外れの可愛さ…。俺に似ちまったら可愛くねぇー……。んなのシュウだけで充分だぜ。義父上、これも却下で)

 ジュリの次は、後列へ。
 まずはリンクから。

「…か…金下さいっ…」

(リンクおまえ、また金欠なのかよ…)

「ほんまに今月やばっ…! このままやったら餓死するかもっ…!」

(ったく、仕方ねーな)

「お願いです、金下さいっ!」

(おまえの――親友のためだ。俺が貸してやるよ、リンク。…ああ、義父上、見てください。俺はこんなにも人情味溢れる男で――)

「金は金でも、リュウからの金=トイチの借金だけは勘弁です」

(んじゃ死ね)

 リンクの次は、ミーナ。

「わたし、キラと一緒に暮らしたいぞ」

(はぁ?)

「キラのお屋敷で一緒に暮らしたいぞ」

(おまえがうちに来たらリーナも来て、それから絶対リンクも来るじゃねーかよ。邪魔だ、邪魔。却下却下)

 ミーナの次は、リーナ。

「安心せえや、おかん」

(は? リーナおまえ、何考えてんだ)

「うちが将来、絶対リュウ兄ちゃんたちの屋敷に住まわせてやんで」

(どうやってだよ)

「将来、うちとジュリちゃんが結婚できますよーにっ!」

(お、おまえやっぱりうちのジュリ狙ってたのか。うーん…、顔はミーナ似だから別に良いんだが、おまえの中身考えるとちょっとな……。でもジュリとリーナ仲良いしな…。ちと考えてやっか)

「うちがジュリちゃんと結婚したら、リュウ兄ちゃんの屋敷に住むことになるやろ? そしたらついでにおかんとおとんも着いて来ればええやん」

(じゃ、邪魔だっつの! リーナおまえ、やっぱ駄目だ! 却下だ却下!)

 リーナの次は、グレル。

「オレも嫁さんほしいぜーっと♪」

(ギク…)

「マナがオレの嫁さんになってくれますよーにっ♪」

(や、やっぱりかよ! 師匠、あんたまだ言ってたのかよ! ふざけんじゃねーよ金メダル!)

「あ、その際にお義父さんに好かれますよーにっ♪」

(俺よりおっさんにオトーサン言われたくねえ! 却下却下却下! 一生却下!!)

 グレルの次は、レオン。
 苦笑している。

「え、えーと…、言いづらいな……」

(サラとのことか)

「さっきサラが望んだことを叶えてください」

(はい却下)

 レオンの次は、カレンの番。
 カレンがどぎまぎとしながら口を開く。

「あっ、えとっ、初めまして…!」

(シュウの女です、義父上)

「あたくし、カレンと申しますっ…」

(顔は合格の範囲でしょう)

「あたくしの願い事は、ええと…」

(貧乳だけど)

「こ…、今年もここにいる皆様と一緒に過ごせたらって…思いますわ」

(ああ、おまえ今年の4月になったらシュウの弟子終わりだからな。居候終わりだもんな。実家に帰ったら、おまえはまた危ない目に合うかもしれねえな。でも安心しろ、カレン。そうはさせねえからよ。おまえの居候が決まった日、俺はすでに1年後の計画も考えてあると言ったはずだぜ)

 シュウがリュウに顔を向けた。

「おい、最後は親父だぞ」

「分かってんよ」

 とリュウ。
 咳払いをしてから、再び口を開いた。

「では、義父上。最後に俺の願いを……」

 そして口を閉ざし、目を瞑り。
 心の中で願う。

(毎年しつこいようですが…、義父上。ここにいる俺の大切な家族や仲間たちを、俺がどうしても守ってやれなかったとき…。そのときはどうか、お助けください……)

 頭にふわりと感じた、キラの父の優しい手。
 リュウは微笑んだ。

(ありがとうございます)

 リュウが目を開けると、シュウが眉を寄せた。

「なぁーんで、いっつも親父だけ口に出して言わねーんだよ」

「気にすんな、シュウ。おまえのバカが治りますようにって言っただけだ」

「なっ、なんだよソレ――」

「願い事終わったら次、一礼」

 一同揃って深々と礼。
 その角度、またもや見事に90度。

 最後にもう一度45度の角度で軽く礼をしたら。
 シュウとその家族、カレン、リンク一家、グレル、レオンの初詣終了。

「よし、帰るぞ。ミーナ、瞬間移動頼む」

「分かったぞリュウ」

 ミーナの瞬間移動で、一同は葉月島にあるシュウとその家族の屋敷の前へ。
 リュウが言う。

「今日の雪合戦だが、長月島で行われっからミーナの瞬間移動で行く。俺たちは8時までに向こうに行くからな。分かってはいるだろうが、優勝商品が優勝商品なんで俺らは雪合戦に参加しねーんだが…、その代わり俺らは選手の雪玉を作るっていう面倒な役割だ。ゲールいわく、すーげーシュウのファンハンターが集まるみてえだから、大量の雪玉を作らないといけねえ。つーことで、寝坊して出発遅れないように。以上、解散」

 一同は承諾したあと、それぞれ自分の家へと帰って行った。

 シュウはカレンや弟妹たちと屋敷の2階へと上っていくと、自分の部屋に行く前にミヅキの部屋へと向かった。
 ドアをノックすると、すぐにミヅキの声が返ってきた。

「早く入って、シュウ」

「おう?」

 シュウが中に入ると、ミヅキが慌てた様子で何やら準備していた。

「疲れて寝ちゃったよ、もう。まだヘッドのメイクが終わってないのにっ…!」

「メイク?」

「塗装のこと。ね、早くそこ座って」

 シュウは承諾し、ミヅキが指したベッドの淵に腰掛けた。
 ミヅキがシュウの人形の顔の部分を持ち、シュウの顔を見ながら塗装を始める。

「焦って失敗すんなよ?」

「大丈夫だよ、そこは」

「おまえ本当器用だしな」

「……それよりさ」と、曇ったミヅキの顔。「今日の午後には、これをオークションに出すことになるんだよねっ…」

「おう。絶対売れるから安心しろよ」

「値段、いくらまで上がるんだろう。ほとんど上がらなかったら、やっぱりぼくには才能が――」

「上がる」と、シュウはミヅキの言葉を遮った。「絶対に上がる。すげー上がる。だから心配すんな」

 そう言ったシュウの真剣な顔を見つめたミヅキ。

「あ…ありがと」

 と小さく呟いた。

「おう」

 と笑ったシュウ。

(値段が上がらないわけがない)

 と思う。

(こいつはこんなに頑張ってきたんだし、才能がある。上がらないわけがない)

 それに、

(うちの神――じーちゃんに、オレがちゃーんとお願いしてきたしなっ!)
 
 
 
 
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