第90話 初詣の準備
シュウのベッドの中。
カレンはぱちぱちと瞬きをしながら訊いた。
「初詣の準備……って、何をすれば?」
シュウの部屋の戸口にいるリュウが答える。
「男はビシっとスーツ、女は可愛ければOK」
「か…、可愛く…ですかっ?」
「おまえが一番可愛いと思ってる服でいい」
「わ、分かりました、リュウさま」
リュウがシュウの部屋から出て行ったあと、カレンが向かいにある自分の部屋へと向かって行った。
シュウはクローゼットを開け、1年に1度か2度しか着ることのないスーツとワイシャツ、ネクタイを取り出す。
「なぁーんで、わざわざ毎年正装しなきゃならねーんだか……」
と苦笑しながらワイシャツを身に着け、スーツを身に着けるシュウ。
去年は袴で行ったから2年ぶりに着た。
そしてほとんど着ることのないものだから、ネクタイの結び方を忘れて両親の寝室へと向かう。
「なあ、親父ぃっ! ネクタイってどうやって結ぶんだっけえ!?」
とシュウが両親の寝室へ入ると、キラが目の前にいた。
「ほう、ネクタイの結び方が分からぬのかシュウ」
「う、うん」
とシュウが頷くと、キラがシュウのネクタイを見た。
「なるほど。スーツを見るといつも思うが、変わったネクタイだぞ」
「へ? オレ普通のネクタイを――」
「良いか、シュウ。ネクタイというものはだな」
と、シュウの首にかけていたネクタイを掴み、結び始めるキラ。
(や…、やっぱり)
とシュウは顔を引きつらせる。
ネクタイを結び終わったキラが、母の威厳を漂わせて言う。
「こうやるのだぞっ♪ 覚えたかっ?」
「いや、うん、あのさー…」
蝶結びにすんな……
とシュウが苦笑していると。
リュウが洗面所から顔を出した。
「こら、キラ」と溜め息を吐く。「おかしいだろ、ソレ」
「む? おかしいのか? リュウは舞踏会でタキシードや燕尾服を着るとき、こんな感じのネクタイをしているではないか」
「ありゃ蝶ネクタイだ」
「何か違うのか」
「見るからに違うだろ」
「ほう。1つ利口になったぞーっ♪」
「あー、よしよし」
とキラの頭を撫でたあと、リュウがシュウのところへとやってきた。
再び溜め息を吐きながらシュウのネクタイを結び直す。
「おまえもネクタイの結び方くらい、さっさと覚えろっつーの」
「だ、だってスーツなんてほとんど着ることねえしっ…」
「まあ、職が職だからな。…って、おまえ」とリュウがシュウの足元を見て眉を寄せた。「ダッセー」
「は?」と己の足元に目を落としたシュウは驚いた。「あれっ!? 裾みじけっ!」
「うーむ、たしか一昨年に買ったスーツだからな」
と、キラ。
クローゼットへと向かって行った。
「シュウ、リュウのスーツに着替えるのだ」
「う、うん」
リュウのスーツに着替えたシュウ。
裾は少し長いし、肩幅も少し大きい。
(でも、サイズ的にそんなに違和感はねーや…)
鏡の前、リュウと並んだシュウ。
鏡の中のリュウと目を合わせる。
「なあ、親父」
「何だよ」
「オレ、なんだかんだで親父に近づいてる?」
「はぁ?」リュウが眉を寄せた。「…ま、あと数年で身長は並んでもおかしくねーな。でも力の差を埋めるにはまだまだだっつの」
「そっ…、それは分かってるけどさっ…!」と、シュウはリュウに背を向ける。「…で、でも、明日の午後にはオレ、超一流ハンターの試験受けるんだぜっ?」
「そうだな」
「う…、受かったら、その……」
誉めてくれたりすんの?
と訊こうとして、シュウは口を閉ざした。
シュウの目標は『親父を超えること』。
それからもう1つ、『親父に誉めてもらうこと』。
ハンターとして必要な力の面で、シュウはまだ1度もリュウに誉められていない。
たった一言で良いから、「強くなった」と誉められてみたい。
ちなみにこれを訴えるのは第1話ぶりになるが、
(オレはファザコンじゃねえっすよ!?)
リュウが言う。
「おい、シュウ」
「な、何、親父」
「落ちたらカレン没収な」
「――ひっ、ひでええええええっ!」シュウは驚愕してリュウに振り返った。「受かったら誉めるとかじゃなくて、落ちたらカレン没収っ!? 脅しかよっ!」
「心配すんな。脅しじゃなくて本気だ」
だよね、あんた鬼だしっ…!
シュウは冷や汗を掻きそうになりながら、両親の寝室を後にした。
(明日の超一流ハンター昇格試験、絶対に落ちれねえじゃねえかよっ…!)
両親の寝室から出て数歩。
2階から下りてきたカレンの声が聞こえてくる。
「ねえシュウ、どこっ? あたくしのお洋服これで良いかし――」
シュウの姿を見つけるなり、カレンが止まった。
そのあと頬を染める。
「シュウ、かっこいいのですわっ…!」
「え?」思わず笑顔になるシュウ。「まーじでぇー? おまえもかわ――」
「準備できたか、カレン」
とシュウの言葉を遮ってリュウ登場につき。
カレン、絶叫。
「――きっ、きゃあああああああっ! リュウさま素敵ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「ちょ、おま……」
思わず顔が引きつってしまうシュウ。
(同じ顔なのに何が違うってんだよ)
と、思わずむくれてしまいながらリュウの顔を見た。
「? 何だよ、シュウ」
「……フン、初老のクセに」
ゴスッ!!
とリュウの拳骨を食らい、うずくまるシュウ。
「いでえぇ…!」
「俺はまだ30代だ、バカが。殴るぞ」
「な、殴ってから言うなっ! ああーっ、いでえっ…!」
「まあ、今のはシュウがバカだったぞ」
と言いながら寝室から出てきたキラ。
続いてシュウの弟妹たちも続々と2階から下りてきた。
ミヅキはシュウの人形作りの疲れで死んだように眠っている模様。
自宅へと着替えに行っていた一同もミーナの瞬間移動で戻ってきたら。
「よし、んじゃあ練習始めんぞ。リビングに並べ」
とのリュウの言葉に、カレンが首をかしげた。
シュウが苦笑しながら言う。
「0時になるまで参拝の練習すんだよ、うち…」
「そ、そうなのっ……」
カレンはリュウの顔を見た。
リュウが真剣な顔をして言う。
「いいか、まずうちの神――義父上(ちちうえ)の墓がこのソファーだと想定し」と、ソファーの背と向き合うリュウ。「まず前列と後列に分けて並ぶ。前列はうちの家族、後列は他。んで並び方は――」
「分かっておる、毎年のことだ」とキラが溜め息を吐いた。「前列は父上の墓から向かって右からリュウ、私、シュウ、ミラ、サラ、リン、ラン、ユナ、マナ、レナ、ジュリだろう?」
それで、とレオンも溜め息を吐きながら続く。
「後列は向かって右からリンク、ミーナ、リーナ、グレル、僕でしょ? それから新入りのカレンちゃんは僕の隣かな」
「おうよ。さあ並べ」
とのリュウの命令で動き出す一同。
初めてのカレンはあたふたとしてしまう。
「ええっと、あたくしはっ……」
「こっちだよ、カレンちゃん。僕の隣」
とレオン。
カレンがレオンの隣に並び、一同が整列。
それを確認したあとリュウが続ける。
「んじゃ次。いいか、ちゃんと動きを揃えろよ。まずは軽く礼。角度は45度だ」
と、言葉通りに身体を45度に折り曲げるリュウ。
一同もそれに続いたところで、
「次は『二礼二拍手一礼』の、『二礼』の部分だ。深々と身体を90度に曲げろ。いいか、90度だぞ、90度。……90度だっつってんだろうが、シュウ! 直角だ、直角! ちゃんと身体を曲げろ! それが神に対する態度かっ!」
「いって!」
とシュウがリュウに殴られ、90度に身体を曲げたら、
「次、『二拍手』だ。まず手を胸の前で合わせ、右手を少し下げる。そして2回拍手し、右手を戻して両手の指先をきちんと揃える。んで神に願い事を聞いてもらえ。1人ずつ口に出して言うように」
「く、口に出してですかっ?」
とカレンが訊いた。
「ああ、口に出してだ。順番は前列からキラ、シュウ、ミラ、サラ、リン、ラン、ユナ、マナ、レナ、ジュリ。そのあと後列のリンク、ミーナ、リーナ、師匠、レオン、カレン。そして最後に俺」
「わ、分かりましたリュウさま。で、でもどうして口に出して願い事を…?」
「俺の都合だ」
「そ、そうですかっ…」
とカレンが苦笑したら。
「次は『一礼』。もう一度身体を90度に曲げて、深々と礼をするように。…こら、90度だって言ってんだろうがキラ。相手は偉大なおまえのお父上様なんだぞ? ほら、しゃんとしろ」
と、キラの尻を叩かず撫でるリュウ。
キラ、苦笑。
「……痴漢をするな、リュウ」
「――ハッ! やべっ! 俺が普段こんなことしてること義父上に言うなよっ!?」
「はいはい…」
とカレンを除く一同が呆れて溜め息を吐いたところで、
「最後にもう一度軽く礼。角度は45度な。んで、参拝終了だ。分かったな? んじゃ、0時来るまでみっちり練習なー」
0時まで約あと30分。
本当にリュウにみっちりと練習させられた一同。
途中から、つけているテレビから除夜の鐘が聞こえた。
そしてテレビで年が明けたことを確認すると、リュウが一同に向かってすっと右腕を伸ばした。
「良し、止め」
「あけおめー、ことよろー」
と、サラ。
それに続いて、一同が軽く新年の挨拶を交わす。
玄関の方へと歩き出しながら。
「今年もよろしくね、シュウ」
「おう、よろしくなカレン」
「これからミーナさまの瞬間移動で文月島に行くのよね?」
「うん。文月島のタナバタ山の麓。そこにうちの神――オレたちのじーちゃんの墓があるからな」
「何だかちょっとドキドキするのですわっ…!」
と、胸を両手で押さえながら玄関へとやってきたカレン。
目を丸くした。
「わぁ…! すごいのですわ…!」
リンクたちが持ってきたのか、そこにはいつの間にか大量の白薔薇の花束が置いてあった。
シュウが言う。
「じーちゃんの墓に行くときは、花屋にある白薔薇を全部買って持っていくんだよ」
「どうして白薔薇なのかしら?」
「純猫モンスターにとっちゃ一番美味い花なんだと」
「……。そう…」
一同それぞれ白薔薇の花束を腕に抱え、靴を履いたら準備完了。
リュウが一同の顔を見回して口を開く。
「んじゃ今年もうちの神のところへ…」
一同、声を揃え、
「レッツゴオォォォォ!」
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