第88話 父親の能力 前編


 リュウが『外見は変わらずシュウの能力になれる薬・人間用』を飲んだ一方。
 シュウは『外見は変わらずリュウの能力になれる薬・ハーフ用』を飲んだ。

 カレンをいつも通り抱っこしてみたら、まるで綿のように軽かった。
 いつもの調子でビールグラスを持ったら手の中で砕け散った。

 リビングのソファーの上、シュウは驚愕せずにはいられない。

「なんっだ、コレ…! なんっっっだよこの身体っ……!? ――うっわ、箸折れたっ!」

 グラスどころか、箸さえ普通に持てない。

「おっ、親父普段どうやってグラス持ってんの…!? っていうか、どうやって箸持って飯食ってんの……!?」

 グレルが首をかしげて言う。

「オレもしょっちゅうグラス割ったり箸折ったりすっけど? 何だぁ? 普通じゃねーのか?」

「あっ、当たり前だっつのっ…!」とグレルを見て突っ込んだあと、シュウは相変わらず驚愕しながら己の両手を見る。「飯食うだけなのに、なんって繊細な力加減で指先を扱わねえといけねえんだ……!」

「リュウ兄ちゃん、そこまで怪力やったんか」とリーナ。「ほんまに人間とは思えへんな」

「だ、だね……」

 と同意したミヅキ。
 シュウ宅に宿泊して数日のミヅキは特に驚いただろう。
 顔が蒼白している。

 シュウはレオンを見た。

(親父の能力になったってことは、親父の身体能力になった。親父の筋力になったってことは、レオ兄より力あるってことだよなオレ……!?)

 シュウはガラステーブルの上の料理をそっと脇に避けると、そこに右肘をついて言った。

「レオ兄、腕相撲の相手して」

「うん、いいよ」

 と承諾したレオン。
 まさしく猫のようにしなやかな体つきをしているレオンは、一見そんなに強そうには見えない。
 だが、リンクを上回る超一流ハンターで、純粋な猫モンスター。

 普段のシュウならば、腕力なんてまだまだ敵わない。

 レオンがシュウと向かい合い、ガラステーブルに肘をついた。
 シュウと手を組んで言う。

「リュウの能力になってるなら、僕は一瞬で負けちゃうね」

「一瞬? まっさかあ」

 と、笑ったシュウは、

「レディィィ、ゴオォォォォっ!」

 とのサラの声で思いっきり力を込めた。
 次の瞬間、レオンの手の甲が呆気なくガラステーブルに到達。

 おまけに、

 ガシャーン!

 と勢い余ってガラステーブル破壊。

「――なっ」

 と同時に短く声をあげたのはシュウとサラ。
 その次の発声は、サラの方が早かった。

「…に、すんのさ兄貴ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 ドカッ!!

 とシュウに両足でドロップキックを食らわしたあと、サラがレオンの手を取った。

「だっ、大丈夫レオ兄っ!? け、怪我はしてない!?」

「大丈夫だよ、サラ。落ち着いて。ほら、何ともないでしょ?」

 とサラを安心させるように笑うレオン。
 その傍ら、シュウは再び驚愕している。

「か、か、か、勝っちゃったよオレっ…! レオ兄に勝っちゃったよっ…! っていうか、いつもは結構イテエェェはずのサラのドロップキックが、まるでネズミにでも蹴られたようだった……!」

「よーし、次はオレとやろうぜシューウっ♪ テーブルなくなっちまったから床だな」と今度はグレルが床に寝そべって右肘をついた。「腕相撲には自信があっちゃうんだぞっ、オーレっ♪」

「……」

 グレルの顔を見るシュウ。

(まさかバケモノのグレルおじさんに敵うわけないよな…。いやでも、親父もバケモノだし…。腕力はどっちが強いんだろう……?)

 気になり、床に寝そべって右肘をつきグレルの手を握った。

「おっ? やる気だな、シュウ? んじゃオレは本気でいっちゃうぞーっと♪」

「じゃ、じゃあオレも本気でいくっ……!」

 と、ごくりと唾を飲み込んだシュウ。
 冷や汗を掻き出す。

 正直、勇気がいる。
 いつもの己ならば、グレルに腕を折られてもおかしくないのだから。

 サラがまだレオンの手の具合を気にしているものだから、ミラが審判になった。
 シュウとグレルが握り合った手に、その華奢な手を当てて言う。

「それじゃあ、お兄ちゃん、グレルおじさん、いくわよ? レディーっ!」

 ぎゅっと、シュウの手に力が篭る。

「ゴオォォッ!」

 とミラの手が、シュウとグレルの手から離れた次の瞬間。

「うおおぉぉぉりゃあああぁあぁぁぁぁああぁぁあ!!」

 シュウが雄叫びをあげた。

「とりゃああぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁぁあ♪」

 同時にグレルも楽しげに雄叫びをあげた。

 シュウもグレルも腕に渾身の力を込める。
 結果、

 ググググググッ…!

 と、組んだ手は左右どちらにも動かない。

「――すっ、すげえっ…!」

 シュウにさらに訪れる驚愕。

(オっ、オレ…! オレっ、このバケモノと互角にやり合ってる……!)

 それは本当に互角で。

(にっ…、20分経つのに勝敗がつかねえっ……!)

 シュウとグレルの肌が汗ばもうが。
 息が切れようが。

 組んだ手は、まるで中央から動こうとしない。

「ふあぁ…」と欠伸をするリーナ。「はよ決着つけんかい。見てて飽きてきたで」

「う、うーむ。ここは兄上に勝利をっ……!」

 と、リン・ランがティッシュを1枚ずつ手に取った。
 それの角の辺りを指先で捻り、こよりを作る。

 それをリンがグレルの左の鼻の穴へ入れ。
 ランがグレルの右の鼻の穴へ入れ。

「ほーれほれ♪」

 グレルの鼻の奥をくすぐる。

「おっ?」

 と、むずむずとする鼻を動かすと同時に、腕の力が少し抜けたグレル。
 組んだ手が傾き、

「お、お、お、クシャミ出るぜーっと」

 さらに傾き、

「キタキタキタキタぜーっと!」

 またさらに傾き、

「ふがっ…っ……!」

 またまたさらに傾き、

「ぶえっっっくしょおおおおおおおおおおおおおおおいっ!!」

 勝敗がついた。

「お? 負けちまったぜ、オーレっ♪ やるじゃねーかよ、シューウっ♪」

「……」

 グレルの唾液を顔全面に浴びたシュウ。
 たしかに床についているグレルの手の甲を、呆然として見つめる。

(か、かかか、かかかかかかかか勝っちまった…!? オ、オオオオオオオオレ、こっ、このバケモノに勝っちまったっ……!?)

 そんな現実をじわじわと実感し。
 身体が小刻みに震え出し。
 顔面蒼白し。

 シュウは溜まらず叫んだ。

「こっ…、こえええええええええええええええええええええええええっ!!」

 がしっとレオンの肩を掴み、シュウは泣きそうになりながら言う。

「たっ、たたた、助けてくれレオ兄っ!! オレ、自分がすーげー怖いっ!!」

「う、うん、そうだろうね。バケモノになっちゃったんだから。ていうか」レオンは苦笑する。「シュウ、痛い……」

「うっわあっ! ご、ごめんっ!」と慌ててレオンから手を離したシュウ。「き、気をつけねえといけねえなっ…! いつもの調子で物掴んだら破壊しちまうし、人には怪我させちまうよっ…! ああ、こえぇ……!」

「怖い怖い言っとらんで」と、リーナが溜め息を吐いた。「外でもっとリュウ兄ちゃんの能力試してきたらどうやねん」

「お、お、おうっ。そうだなっ…。どれ裏庭で……」

 と玄関へ行き、外に出て裏庭へと向かって行ったシュウ。
 驚愕したの声が屋敷の中にまで聞こえてくる。

「ぎっ、ぎゃああああああっ!! 足はえぇぇぇええぇぇぇぇぇえっ!! 魔法つえぇぇぇええぇぇぇええぇえっ!! オレすーげえぇぇぇええぇぇぇぇぇええぇぇえっっっ!!」

 しばらくは止みそうにないシュウの叫び声。

「うちらはご飯でも食べよか」

 と、リーナ。
 そういうことになった。

 いつもの誰かの誕生日パーティーのときは皆就寝時間まで食っちゃ飲みして騒ぐのだが、本日は主役――リュウとキラの姿がない。
 よって、何のためにパーティーをしているのか分からず。

 食事を終えたあと、それぞれ別行動に移った。

 カレンは入浴をしに自分の部屋へ。
 双子と三つ子も冬休みの宿題をするため、自分の部屋へ。

 ミラは空いた皿を片付け始め、サラとレオンはガラステーブルを買いに外へ。
 ジュリとリーナは屋敷内を駆け回って遊び出し、リビングに残っているグレルは食事続行。

 明日の雪合戦後のオークションにシュウの人形を出すミヅキは、まだ作り終わっていないからと焦った様子で宿泊している部屋へと戻った。

 屋敷の裏へと回ってから1時間。
 シュウは息を切らして立っていた。

「さ…、叫びすぎて疲れたっ…! …それにしても」

 と、シュウはうな垂れる。

(オレ…、こんなにも親父と力の差があったのかよ)

 そのリュウと己の差は、天と地ほど掛け離れているように思えた。
 落胆しながら屋敷の中へと戻る。

 リビングへ行くとリュウとキラ、リンク、ミーナが戻ってきていた。
 食事中だ。

「あ…、おかえり」

 シュウが言うと、リュウたちが声をそろえた。

「ただいま」

「どこ行ってたの?」

「オリーブ山だぞ」と、キラ。「シュウ、ご飯は食べたのか?」

「いや…。箸持つと折れるから食いづらいし、自分の身体に戻るまでいらねーや」

 というか、落胆のあまり食欲がない。
 自分の部屋へと戻ろうとしたシュウだが、

「待てコラ」リュウに呼び止められた。「いつもちゃんと食えっつってんだろうが。こっち来い」

「……」

 しぶしぶリビングの中へと戻るシュウ。
 リュウがシュウの口の中に、半ば強引に料理を詰め込む。

「何してんだ、ちゃんと食え。ほら早くしろ」

「……」

 あまり飲み込もうとしないシュウを見て、リュウは眉を寄せた。

「何だよ。俺の舌で食うとマズイとでも言うのか」

 首を横に振るシュウ。
 リュウが溜め息を吐く。

「じゃあ何だよ」

 シュウは口の中の物を飲み込むと、口を開いた。

「……オレ、弱い」

「そうだな」

「って、即答すんなっ!」

「さっきは超一流ハンター用の指名手配モンスター倒すのに苦労したぜ」

「あれが普通や」とリンクが苦笑した。「いつものリュウやったら瞬殺やけど、普通の超一流ハンターはあれくらい掛かるで。っていうか、普通より早かったっちゅーねん」

「えっ…?」

 シュウはリュウとリンクの顔を交互に見た。

「普通より早いのは俺の巧みな剣術のおかげだな」とリュウは言ったあと、シュウの顔を見た。「つーわけで、シュウ。おまえ明日の雪合戦とオークション終わったら、すぐに超一流ハンター昇格試験な」

「えっ…!?」
 驚いたシュウ。
 声が裏返る。

「ちょ、超一流ハンター昇格試験っ!? オレがっ!?」
「おう。力は足りてる。あとはおまえ次第。ヘッタクソな剣術だったら受からねーからな」

「……」

 超一流ハンター昇格試験。
 超一流ハンター昇格試験。
 超一流ハンター昇格試験。

 頭の中、シュウは繰り返す。


(オレ…、オレもう超一流ハンターになれるかもしれねえのっ…? 超一流ハンターにっ……?)

 まだ実感の湧いていないシュウに、リュウが溜め息を吐く。

「何、呆然としてんだ。まだ試験さえ受けてねえってのに。そういう反応はせめて受かってからにしろってんだバーカ」

「バっ、バカは余計だっ!」

 と突っ込んだあと、シュウの胸が鼓動をあげる。

(そうか…! オレっ…、オレもうそこまで来てたんだっ! 親父には程遠いけど、超一流ハンターになれる力は持ってたんだっ……!)

 そう思った途端、蘇った食欲。

「いっただっきまああああああす!」

 箸を3回折り、リュウの拳骨を食らったシュウ。

「い…、痛くねえっ…!」

 ちょっと感動した。
 リュウが舌打ちをしていう。

「おまえの弱い力じゃ痒い程度か」

「うっ、うるせっ…!」

「ほら、フォークで食え。箸よりは力加減楽だろ」

「おう」

 と、フォークを持ったシュウ。
 やっぱりちょっと曲げてしまったが、何とか食事をする。

「ところでよ、シュウ」

「何、親父」

「飯食い終わったら互いの性的能力を知る時間だな」

「え」

 と、リュウの顔を見たシュウ。
 数秒考えたあと、顔面蒼白した。

(カっ…、カレン大ピーンチ……!?)
 
 
 
 
次の話へ
前の話へ

目次へ
感想掲示板へ
小説トップへ
HOMEへ
inserted by FC2 system