第87話 長男の能力


 リュウがマナから『外見は変わらずシュウの能力になれる薬・人間用』を誕生日にプレゼントしてもらった理由は『現在のシュウの力を身を持って知るため』である。

 プレゼントしてもらって早々に薬を飲んだリュウ。
 見目は変わらぬものの、現在その能力はシュウのものになっていた。

(超一流ハンターへの昇格試験。その試験官はリンク。リンクとどの程度力の差があるか俺が見てやる)

 そのためにはリンクと刃を交えなければならないため、家の中でするわけにはいかず。
 リュウはリンクと共に家から出て来た。
 おまけに、着いて来たキラとミーナも。

(これである程度敵うようだったら、明日の雪合戦とオークション終了後、すぐに超一流ハンターへの昇格試験を受けさせる)

 オリーブ山の麓。
 ミーナの瞬間移動でやって来るなり、リュウは目を丸くした。

「夜なのにすげー明るいぜ。さすが半分猫だな」そう言ったあと、リュウは辺りを見渡した。「ここなら存分に暴れても大丈夫か…」

 オリーブ山にはモンスターが多く生息しており、一般人が近寄ることはあまりない。
 まずは軽くジャンプしてみるリュウ。

「おっ」

 と、短く声を上げる。
 いつもの倍は高く宙に舞った。

「さすがキラの血を引いてるぜ。キラの半分とはいえ、大した跳躍力だ」

 とリュウが感心していると、リンクが同意して頷いた。

「せやなあ。人間には無理なジャンプ力や。ほいでリュウ? シュウの走力はどうなん?」

「どれ」と辺りを走ってみるリュウ。「――おっ、おせえぇぇぇえええぇぇぇぇぇえぇぇえ!!」

 急ブレーキを掛け、己の足を驚愕しながら見た。

「なんっっっだコレ!? 大丈夫かシュウの奴!?」

「おまえがバケモノなだけやっちゅーねん」リンク、苦笑。「睦月島に流されてる睦月ギルドCMのシュウ見たやろ? 海面走ってたやん。足の速くなる魔法掛けてたとはいえ、おれより速いで」

「それもそうか…。よし、リンク。超一流ハンター昇格試験の試験官はおまえだ」と、片手で剣を構えるリュウ。「シュウの力を見るため、手合わせ頼むぜ」

「おうよっ」

 とリュウに続き、片手で剣を構えるリンク。

 2人の真ん中、剣と剣が十字を作る。
 リュウの顔が驚愕した。

「なっ、何故だっ…! リ、リンクがつえぇ…!」

 リンクの腕力に押され、リュウの足がずるずると後方へと下がっていく。

「おれが弱いみたいな言い方すんなや…」と苦笑するリンク。「おれやて、超一流ハンター歴もう10年以上なんやで? シュウより強くて当たり前やん。両手でやってみぃな、リュウ」

「リンク相手に両手とは……屈辱だぜ」

「うっさいわ。はよやらんかい」

「おう」

 と剣を両手で持ち直し、リュウがリンクに挑む。

「おおっ」と笑顔になったリンク。「シュウ、超一流ハンターとして充分な力やで!」

「そうか。じゃーあとはシュウがどの程度の剣術かによるな」

「せやなあ、あとは剣術の巧みさやなっ。テクニックや、テクニック」

「たしかめてみるか、テク」

「――えっ!? ちょ、ちょ、ちょ、ちょい待ちぃやリュウ!」

 と、リンクは狼狽した。
 だって、

「テクなんてシュウやなくてリュウのまんまやん!」

「安心しろ、リンク。この身体じゃあ、俺の実力をまるで出し切れねえよ」

「いっ、いやいやいやいや――」

「んじゃ、行くぜー」

「――どっ、どわあああああああっ!!」

 慌てて剣を構えなおすリンク。
 リュウが容赦なく飛び掛り、辺りに激しく刃を交える音が響き渡る。
 少ししたら魔法も混じり、炎魔法や光魔法が辺りを明るく照らし出している。

 リュウとリンクを離れたところから見ているキラとミーナ。
 キラはリュウの様子を見ながら感じる。

(良かった…、リュウはシュウの隠された能力に気付いていない)

 キラの傍ら、ミーナが感心したように声をあげた。

「おおっ、結局リュウが押してるぞっ」

「経験や技術の差だ。シュウがリンクとやるときは、まだああも行かまい」キラがそう言って、ミーナの手を引いた。「ここにいては流れ弾を食らうぞ、ミーナ」

 と、リュウとリンクからさらに離れる。
 リュウとリンクの耳――人間の耳に会話を聞き取られない距離に来ると、キラが足を止めた。

「ミーナ」

「何だ、キラ?」

 とミーナが笑顔でキラの顔を覗き込むと、そこにはキラの真剣な顔があった。

「私はリュウにも子供たちにも言っていないことがある」

「え…?」ミーナは一度リュウを見、再びキラを見た。「い、言ってないことっ?」

「リュウはシュウの能力に1つ気付いていない。シュウ自身も気付いていないのだから、当然なのだろうが…。それで良い…、それで良いのだ。シュウの能力になったことによって気付かれないか心配で着いて来たが……、良かった」

「キ、キラ…? どうしたのだっ……?」

 ミーナのライトグリーンの瞳が、心配そうに揺れ動く。
 キラが笑顔になって言う。

「さて、ミーナ」

「な、何だキラっ?」

「クイズを出すぞ」

「おおっ、クイズかっ! どんと来いだぞっ!」

 と、張り切りだすミーナ。

「第1問。ミラは私とリュウからどんな能力を受け継いだのか答えよ」

「ミラ? ミラならリュウの治癒魔法だけ受け継いだぞーっ」

「当たりだぞーっ♪」

「やったぞーっ♪」

 と、ミーナがキラに頭を撫でてもらって喜んだあとは。

「次、第2問。同様にサラはどんな力を受け継いだ?」

「サラはリュウから風魔法を受け継いだぞーっ。あとリュウの物理的な力と、キラの敏捷さを受け継いだ気がするぞ」

「当たりだぞーっ♪」

「やったぞーっ♪」

「では、第3問。リン・ランはどんな力を受け継いだ?」

「リン・ランはリュウから水魔法を受け継いだぞ。それからちゃんとキラの敏捷さも受け継いだぞ。加えて、キラの賢さを受け継いだぞーっ♪」

「当たりだぞーっ♪」

「やったぞーっ♪」

「よしよし、では第4問だぞ。ユナ・マナ・レナはどんな力を受け継いだ?」

「ユナは炎魔法、マナは大地魔法、レナは光魔法をリュウから受け継いだぞ。この三つ子の中でもマナはよくキラとリュウの魔力を継いだと思うぞーっ。あ、それからマナはそこそこキラの賢さも受け継いだなっ♪」

「当たりだぞーっ♪」

「やったぞーっ♪」

「では、第5問。ジュリはどんな力を受け継いだ?」

「ジュ…、ジュリ?」ミーナの顔が困惑する。「な…、何も受け継がなかったのではないか?」

「はずれだぞ」

「はずれたぞ…」

「落ち込むな、ミーナ」と、キラはよしよしとミーナの頭を撫で、「続けて第7問。シュウはどんな力を受け継いだ?」

「これは分かるぞーっ!」ミーナが自信満々に言う。「シュウはリュウの物理的な力だけではなく、リュウが持っている火・水・地・風・光魔法を、見事ぜーんぶ受け継いだのだぞっ! しかも治癒魔法まで受け継いだぞーっ! 年が年だからまだまだなものの、キラの身体能力も受け継いでいるぞーっ!」

「あとは?」

「えっ…? あ、あと…?」ミーナの顔が再び困惑した。「ま…、まだ何かあるのかっ? な、何だ? シュウはキラの賢さを継がなかったから、ときどき見ててバカだし…。な、何だ? まっ…、まさかっ……!?」

 と、驚愕するミーナの顔。

「リュ、リュウの性的能力? を、受け継いでしまったのか!?」

「そ…それは恐ろしすぎるぞミーナっ…!」キラ、顔面蒼白。「リュウの性的能力なんて本気でバケモノ以外の何でもないぞっ……!」

「まったくだぞっ…! あ、あれだなっ? そのへんシュウは受け継いでいないのだなっ?」

「う、うむ。たぶんだが」

「良かったぞ…」

「良かったぞ…」

 と、2匹揃って安堵の溜め息。
 そのあとミーナが話を戻した。

「それで、キラ? シュウはあと何を受け継いでいるのだ?」

「うむ…」と、頷いたキラ。「子供たちの受け継いだ能力を見て、何か疑問に思わぬか、ミーナ」

「疑問…?」

「そうだ、疑問だ」

 考え始めるミーナ。
 だが、難しい顔をしたまま思いつかず。

 それを見たキラが続けた。

「一匹も私の闇魔法を受け継いでいない。私の子供全てが闇の力を持って産まれてくることは難しいだろう。同様に、闇の力を1匹も持たないで産まれて来ることだって難しいのだ」

「――あっ」ミーナが短く声をあげた。「そ、そういえばそうだぞっ…! どうして1匹もキラの闇の力を受け継いでいないのだっ?」

「いや…」と、キラが首を横に振った。「私が黙っていただけで……、受け継いでいるのだ、本当は。私の子供の中で、2匹が受け継いでいるのだ」

 ミーナが少し考えたあとに訊く。

「そ…、それはシュウとジュリかっ?」

「うむ。ブラックキャットは闇属性のモンスター。ブラックキャットの闇魔法といえば『破滅の呪文』だけ。他の炎魔法や水魔法、大地魔法、風魔法、光魔法は色々な種類があるが、闇魔法はたった1つ『破滅の呪文』だけ。普段使うことのない『破滅の呪文』だけ。それ以外には持っていないのだから、普段闇魔法を使うことはない。だから、己が闇魔法を持っていることに気付かなくてもおかしいことではない」

「そ、それに、暗い部屋を明るくするために光魔法を使おうと思うことは何度もあるだろうが、明るい部屋を暗くするために闇魔法を使おうと思う機会はあまりないだろうしなっ…。日常で使わぬ力は気付かなくてもおかしくないぞっ……」

 キラが頷いた。
 まだリンクとやり合っている遠くのリュウを見つめて続ける。

「私がリュウにも、子供たち――シュウやジュリにも言わなかったのは、リュウのためなのだ。愛する子供たちが闇魔法を持っていると知ったら、きっとまたリュウに恐ろしい想いをさせてしまう。私はもう、『破滅の呪文』を使えなくなってしまったが……」

 ようやく、はっとしたミーナ。
 動揺しながら訊く。

「そ、そうかっ…! や、闇魔法を持っているということは、シュウとジュリは『破滅の呪文』を使えるということなのだなっ……!?」

 キラが頷いた。

「私が『破滅の呪文』をシュウとジュリに教え、それをシュウとジュリが唱えたそのときは……」

「……」

 困惑するミーナの顔。
 キラが『破滅の呪文』を唱えたときを思い出したのか、そのライトグリーンの瞳に涙が浮ぶ。

 キラがミーナを安堵させるように笑った。

「でもシュウもジュリも純粋なブラックキャットではない。あくまでもハーフ。半分は人間だ。『破滅の呪文』を唱えたところで、己の身が滅びることはない。いやまあ、やはり己も傷を負ってしまうのだが。でも、どうあがいても私ほど強力な闇の力を持てるわけがないのだ。どんなに成長しても私の半分にも満たないだろう。つまり死ぬことはない。だからそうだな…、うーん。ハーフの場合は『破滅の呪文』とは言わないかもだぞ」

「ほお。では何だ?」と、首をかしげるミーナ。「破滅ではないのならー…、うーん…、破滅…、滅…滅……。あっ、『族滅の呪文』かっ?」

「シュウに一族滅せられても困るぞ。それならせめて『自滅の呪文』の方がマシだぞ」

「シュウ自爆するのか?」

「バカだぞ。えーと、滅…滅……、『幻滅の呪文』か?」

「シュウ人生に幻滅するのか?」

「非行に走ってしまうぞ。うーん…、あと滅といえば……『点滅の呪文』なんてどうだ?」

「おおーっ! シュウぴかぴか光るぞーっ、眩しいぞーっ!」

「つるっ禿げみたいだぞ。ってことは『つるっ禿げの呪文』か?」

「うーん。つるっ禿げ……」

「何だ? 腑に落ちないか? では『若禿の呪文』なんてどうだ?」

「おおーっ! 若いのに禿げる! まさに『若禿の呪文』だぞーっ! さすがキラだぞーっ! 賢いぞーっ! シュウは呪文を唱えると禿げるぞーっ!」

「面白いぞーっ!」

「リーナ風に言うと”おいしい”呪文だぞーっ!」

「おい、何の話?」

 と、突然割り込んできたリュウとリンクの声。

「――ふっ、ふにゃあっ!?」

 驚倒してキラとミーナが振り返ると、そこには眉を寄せた主たちの顔。
 慌てて声をそろえる。

「シュ、シュウは決して『若禿の呪文』なんて持ってないぞっ!」

「は…?」

「だっ、だから安心するのだリュウっ!」

「???」

 さらに眉を寄せ、首をかしげるリュウ。
 その傍ら、リンクが苦笑した。

「何をまた意味のわからんことを…。これやから天然バカは……」と呟いたあと、リンクがオリーブ山を登りだした。「リュウ、行くで。キラとミーナも。リュウがな、この辺にいる超一流ハンター用の指名手配モンスターと戦ってみるんやって」

「そ、そうかっ…」

 と、リュウとリンクの後方5mを歩くキラとミーナ。
 前方を歩く主たちの耳に聞こえないよう、小声でぼそぼそと会話を続ける

「い、いつの間にか『破滅の呪文』からズレてしまったが……」

「う、うむ。な、何で『破滅』から『若禿』になったのだキラ?」

「な、謎だぞ。これは迷宮入りだぞミーナっ…!」

「う、うむ。まるで分からぬぞっ…!」

「だからそのことは置いておくぞ」

「うむ。置いておくぞ」

 キラが一度リュウの方を気にしたあと、さらに声を小さくして続ける。

「とにかく、リュウにはシュウとジュリが闇の力を持っていることを言わないでほしい」

「分かったぞ、キラ。リュウだけではなく、わたしは誰にも言わないぞ。だが…」と、ミーナもさらに声を小さくする。「シュウとジュリには教えぬのか、キラ? おまえたちは闇魔法を使えると、教えぬのか?」

「私は親として本当は教えなければいけないのだ。だが……」

 と、キラがリュウの背を見つめる。

「そうだな…、キラ。リュウを――主を想うと、どうしても辛いな」

 頷いたキラ。
 間を置いてから続ける。

「だが…、シュウは来年でもう18になる。幼いジュリはまだしも、シュウはそろそろ子供と言えなくなる年齢だ。己の身を犠牲にしてでも守りたいと思うものがあるだろう」

「それはカレンのことか?」

 キラが頷いた。

「シュウは年を重ねて大人になる度に、闇の力を少しずつ増大してきた。そう、あくまでも少しずつだ。だが、カレンと出会ってからは急激な速度で増大している。今現在もだ。大切な者を守ろうとする本能から来るのだろうな」

「…も、もしかして、シュウはリュウを超えられるのかっ? ええと、その『若禿の呪文』…、ではなくて、ええと……」

「もう、とりあえずハーフの場合は『微妙な破滅の呪文』にしようぞ」

「ださいぞ。でも実際微妙だしな」

「うむ」

「その『微妙な破滅の呪文』で、シュウはリュウを超えられるのかっ? つまりシュウはリュウを倒せるのかっ?」

「いや。もっと魔力が強くなれば可能だが、今のシュウの力では無理だ。なんせリュウはバケモノだからな」と、苦笑するキラ。「今シュウが『微妙な破滅の呪文』を唱えたところで、リュウはたぶん擦り傷で終わるぞ。で、そのあとシュウは半殺しにされるのがオチだぞ」

「さ、さすがリュウだぞ。バケモノだぞ。鬼だぞ。人間とは思えぬぞ…」

 キラに続き、苦笑するミーナ。

「…私は」と、真顔になってキラが続ける。「いつかはシュウとジュリに教えてやらなねばならない…、呪文を。ハーフとはいえ、私の血を継いでいるのだ。普通から見ればその力はやはり強力。いつかは必要になる日が来るだろう。特にシュウにはそう遠くないうちに教えることになるかもしれないな。呪文は大切な者を守ることが出来る。シュウがもっと大人になって魔力が強くなれば、リュウを超えることだって出来る。その他のことにだって役に立つことが出来る。シュウが現在の力だけではどうしようも出来なくなってしまったとき、私は呪文を教えなければならない。ブラックキャットの証となるあの呪文は、必ず親から子へと伝えられてきたもの。ハーフとはいえブラックキャットの血を引き、そして闇の力を持って産まれてきたのだ。教えてやらなければならない。それに何より、困り果てた息子を見過ごすわけにはいかぬからな」

「うむ…、そうだな。だが、あくまでもシュウが己の力に困り果てたときに教えるのだな」

「うむ…。あくまでも困り果ててどうようもなくなったときの最終手段として教えるのだ。シュウには悪いが、リュウを想うとそう簡単に教えてやるわけにはいかない。『微妙な破滅の呪文』で己が死ぬことはないとはいえ、リュウが恐怖を感じることには変わりはないのだから」

 と、キラは前方を歩いているリュウの背を見つめた。
 リュウが眉を寄せて振り返る。

「おい、おまえたち。何をさっきからヒソヒソと話してんだよ?」

「なんでもないぞ」

 と声をそろえるキラとミーナ。
   嘘こけ、とリュウが言おうとしたときリンクが声をあげた。

「あっ、リュウ! いたで、指名手配モンスター!」

「おっ、あいつか!」

 と、モンスター目掛けて突進していくリュウの傍ら。
 キラが再び口を開く。 

「ときにミーナ?」

「何だ、キラ?」

「また話が戻るのだが」

「うむ?」

「リュウの性的能力…」

「そこに戻るのか」

「…に、なっているわけだろう? 今のシュウは」

「うむ」と頷いたあと、ミーナは立ち止まった。「――って、それって……」

「うむ」

 と頷き、ミーナに続いて立ち止まるキラ。
 今年最後の月を見上げ、苦笑しながら呟いた。

「頑張ってくれ、カレン……」
 
 
 
 
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