第86話 飲んでみました


 大晦日はリュウとキラの誕生日。

 その前日の夜。
 シュウの部屋の中。

   これから目を閉じて眠ろうというときに、カレンが訊いた。

「ねえ、シュウ。リュウさまとキラさま、お出掛けしたまま帰ってきませんわね」

「ああ…、うん。明日のO時過ぎれば帰ってくる。毎年この日は、親父と母さん、それからリンクさんとミーナ姉、レオ兄、グレルおじさんは一緒にいるんだよ」

 カレンが首をかしげる。

「一緒にいるって、どこにいるの?」

「親父と母さんが昔住んでたマンション」

「そう。何か特別な日なのかしら?」

「…オレが知ってるのは、オレが産まれる前年の今日の夜、母さんが文月島タナバタ山で『破滅の呪文』を唱えたってことだけ」

 カレンも両親から聞いたことを思い出した。
 キラが破滅の呪文を使ったのは、大晦日になる寸前だったと。

 シュウが続ける。

「…なあ、カレン。知ってるか?」

「何をかしら?」

「ブラックキャットが滅多に破滅の呪文を使わねえ理由」

「いいえ、知らないのですわ」

「自分の身も滅ぼす恐れがあるからなんだよ。魔力が強ければ強いほどそう。だから母さんが破滅の呪文を使ったとき、本当は生きてるはずがなかったんだよ。爆発の中で消滅してたはずなんだ」

「えっ…!?」カレンが驚いた声を出し、ベッドに両肘を付いてシュウの顔を見た。「そ…、それ、本当なのっ……!?」

「ああ」

「…キっ、キラさまはどうして無事にっ……!?」

「一時は死んだものと思われて、葉月町の銅像と一緒に墓も並べられてたんだって。でも、崩れたタナバタ山の中から生きてる母さんが見つかったんだって。…親父が言ってた。母さんを助けてくれたのは、死んだ母さんの親父……つまりオレのじーちゃんが、爆発の中で母さんを守ってくれたんだって」

「……」

「親父、今頃すげー恐怖に襲われてるんだろうなって思う。母さんが破滅の呪文を唱えた日のことを思い出してさ。マンションの一室で母さんにしがみ付いて声殺して泣いてる親父がいて、それを宥めるリンクさんたちが頭に浮かぶ。…なあ、カレン」

「な、何かしら?」

「オレさ、親父が母さんに対してああなもんだから、小さい頃から『親父は母さんなしじゃ生きていけない』って口では言ってたんだ」

「ええ」

「でも、本当にそうなんだって分かったのは今年なんだよ。親父によく似た性格のサラがさ、『レオ兄なしの生き方なんて分からない』なんて弱々しいこと言ったことがあって。何だかまるで、親父の母さんに対する想いを聞いてるようだって思った」

「たしかに…、そんな気がしないでもないのですわ」

「毎年この日になると親父たちが必ず出掛けるのは、親父がオレたち子供に見せられないような弱い姿になるからなんだ、きっと」

「そ、そう……」

 と戸惑ったような声を出したカレン。

「でもま、明日の0時過ぎりゃあ、いつも通りの様子で帰ってくるけどな。んでさ、じーちゃんの話に戻すんだけど…」と、苦笑するシュウ。「親父の奴、じーちゃんは神だって言うんだぜ? って言っても、一般家庭がご先祖様を神様仏様ーって祀るのとは違うぜ? 本気でじーちゃんはこの世の神、みたいなさ…。小さい頃しつこく言い聞かされたオレたち子供は、しばらくそれを信じてたっての。おおー、オレたち神様の孫かー、みたいな。あー、恥ずかし……」

「あら。リュウさまの仰る通り、キラさまのお父さまは神さまなのですわ」

「何をおまえまでバカなことを……」

「だってキラさまのお父さまがキラさまを助けてくれたから、あなたとあたくしが出会うことが出来たのですわ」

「そうだけど…」

「ほら」と声を高くしたカレン。「神さまでしょうっ?」

「えー…?」

「神さまったら神さまっ! 神さまなのですわっ!」

 と、まったく譲らない様子のカレン。

「……ま、そうだなっ」そう言って笑い、シュウはカレンを抱き締めた。「なあ、おまえも初詣行く?」

「初詣?」

「おう。毎年うちの家族とリンクさん一家、レオ兄とグレルおじさんで行くんだ。大晦日の夜11時頃から準備始めて、0時回って元旦が来たら、ミーナ姉の瞬間移動でタナバタ山の麓にあるじーちゃんの墓に。つまり…」とやっぱりシュウは苦笑してしまいながら、「うちの神のところに……」

「もちろん行くのですわっ」

 そう言ってカレンが、嬉しそうにシュウの胸に抱きついた。
 
 
 
 翌日。
 大晦日――リュウとキラの誕生日。
 いつも通りリビングで行われるパーティーはPM6時から。
 ご馳走をいつもの一同(シュウとその家族、カレン、リンク一家、レオン、グレル)と宿泊中のミヅキで囲み、時間が来たらパーティー開始。

(親父、本当にいつも通りの様子で帰ってくるなあ…)

 そんなことを思っているシュウの傍ら。

 皆からプレゼントを渡されたリュウが、真っ先にマナからのプレゼントを手に取った。

「ありがとな、マナ。どれ、さっそく…」

 とプレゼントの包装紙を剥がして行くリュウ。
 それと同時に、マナが黄色い液体の入った小瓶をシュウに渡した。

「はい、兄ちゃんにも…」

「シュウにもあんのか。それってもしかして……?」

 と、リュウ。
 マナが頷く。

 シュウは首を傾げた。

「何の薬だよ、これ」

「パパには『外見は変わらず兄ちゃんの能力になれる薬・人間用』…」と、マナ。「そして兄ちゃんには『外見は変わらずパパの能力になれる薬・ハーフ用』…」

「へ? 見た目はオレのままで、親父の能力になる薬?」

「それで、リュウさまは逆にシュウの能力になる薬…ですの?」と、カレンが続いた。「それはシュウとサラのときのように『入れ替わり薬』ではダメだったのかしら?」

「いやー、ダメでしょ」と、サラ。「入れ替わっちゃったら、親父、兄貴の身体でママとエッチすることになっちゃうしね」

「そういうことだ。そんなの絶対に出来ねーだろ」

 と言いながらリュウが箱の中から緑色の液体――『外見は変わらずシュウの能力になれる薬・人間用』の入った小瓶を取り出した。
 マナが言う。

「外見は魔法の力でそのままにしてあるけど、ほぼ入れ替わったと思っていいから…」

「ふーん…?」

 シュウは手の中の黄色い液体――『外見は変わらずリュウの能力になれる薬・ハーフ用』に目を落とした。

(親父の能力になれるのか…。今オレとどれくらい力の差があるか分かるんだよな……。最近マナの作った薬飲むのコエェェェけど、気になるから飲んでみるか)

 と、思い切って黄色い液体を飲み干すシュウ。
 同時に、リュウも緑色の液体を飲み干した。

「――あ」

 と、声をそろえたシュウとリュウ。
 身体が魔法に包まれた感じがし、自分の手足を見てみる。

 リュウが言う。

「よし、俺の身体のままだな」

 シュウが頷いて続く。

「うん…、オレの身体のままだ」

 シュウとリュウは顔を見合わせた。

「親父、なんか変わった気する?」

「よく分かんねえ」

「オレも」

「よし、んじゃ、ちと軽く身体能力……腕力でも試してみるか」

 と、リュウ。
 立ち上がってキラを手招きする。
 リュウが何をするのか察したシュウも、立ち上がってカレンを手招きした。

 そしていつもそうしているように、リュウがキラを左腕に抱っこし、シュウがカレンを両腕で姫抱っこする。

「あれ…、キラおまえ随分と太った?」

「失礼だぞ、リュウ」

 つまりいつもより重く感じた。
 その傍ら、シュウが驚愕する。

「ぎっ、ぎゃああああああ!? なっ、なななっ、何だコレ!? カっ、カレンおまえ中身何で出来てんのっ!? 綿っ!?」

「わ、綿って……」

 つまり異常なほど軽く感じた。

「ふむふむ」と、シュウとリュウの顔を交互に見たキラ。「つまり成功なのだな? 見目は変わらぬものの、リュウとシュウは入れ替わったようなものになったのだな?」

 マナが頷いた。

「完全に…とは言わないけどね…。ほぼ入れ替わった…」

「そうか。んじゃ、俺ちと出掛けてくるわ」と、リュウ。「リンク、おまえも来い」

「んー」

「私も行くぞ」

 少し心配なことがあるからな。

 と、心の中で続けたキラ。
 キラが行くとなると、

「じゃあ、わたしも行くぞ」

 とミーナも行くことに。

 シュウは眉を寄せてリュウを見た。

「出掛けるってどこへ? オレの能力になって、何を?」

「あとで教えてやる」

 そう言って武器倉庫にしている部屋へと向かって行ったリュウ。
 愛用の剣を手に取って驚愕する。

「おっ…重てえっ…! シュウの奴、どんなか弱い腕力なんだよっ……!」

 リュウは仕方なく愛用の剣よりも軽い剣を手にすると、リビングへと戻った。

「んじゃー、ちょっくら行って来る。ミーナ、適当に人気ねえとこに瞬間移動頼む」 「分かったぞ」

 と、ミーナ。
 数秒の間考えたあと、リュウとキラ、リンクを連れて瞬間移動をした。

 2人と2匹が消えたリビングの中、シュウは苦笑する。

「って、本日の主役がそろって消えてんじゃねーよ……」

「本当に……」

 とカレンとレオンも同意して苦笑。
 その傍らでリーナが笑った。

「なんやねん、シュウくん! そんな顔しとらんで、リュウ兄ちゃんの能力を楽しみぃや!」

「まあ、そうするけど。まずは親父の何から試してみるかなー」

 考えるシュウ。
 ビールを一口飲もうと、テーブルの方へと手を伸ばした。

 そしてその手に持たれたグラスは、

 バリンっ!

 と割れ。
 ガラスの破片とビールをテーブルや床の上に飛び散らした。

「――!?」

 一瞬、しぃーんと静まり返るリビング内。
 そのあと、驚愕したシュウの叫び声が響き渡って行った。

「――なっ…、なんっじゃこりゃあああああああああああああああああああああっ!!」
 
 
 
 
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