第85話 七女の初恋
ミヅキがシュウ宅に泊まり始めてから3日。
晩ご飯の後片付けをしながら、カレンが訊いた。
「ねえ、シュウ。今日はドールのモデルやらなくて良いのかしら? やるなら後片付けはあたくしたちに任せて、ミヅキくんのお部屋に行ってよろしくってよ?」
「いや、オレの大体の仕事はもう終わりなんだってさ」と、シュウはミヅキに言われたことを思い出しながら言う。「原型? を作り終わったんだって。あとは仕上げするときの最終チェックだけとか何とか」
「原型って、粘土で作ってたのかしら?」
「おう。あいつすげーよ。オレの顔から足の先まで、気持ち悪いくらいそっくりに作りやがる」
「でしょうね。あたくしの顔を作ったときもそっくりでしたもの。ミヅキくん、これからその原型を使って型作りなのね」
「おう。シリコンで型作って、出来たらそこにレジンキャストだか何だか流し込んで、10回に1回か2回くらいの割合で成功作ができる云々……。とにかくすげー大変そうだぜ」
「そうね、大変なのですわ。雪合戦までに間に合うかしら…」
「大丈夫。あいつはきっと、雪合戦までに間に合わせてみせる」
そう言ったシュウの顔を、カレンは見上げた。
微笑んで訊く。
「何だか、ミヅキくんと仲良くなったのね。お友達になったのかしら?」
「そっ…、そんなんじゃねえよっ…!」
「ふふ、そう」
「な、何だよ? ほ、本当にそんなんじゃねえからなっ…!」
「はいはい、分かったのですわ。それより、レナちゃんのことなのだけれど」
「レナ?」
と鸚鵡返しに訊いたシュウ。
はっとしながら言う。
「あっ、あいつ、スゲエェェェ変なんだけどっ! 今日の朝も昼も夜も、昨日の朝と昼と夜も、一昨日の朝と昼と夜も、1人前しか食わないってどういうことだ、オイ! どっか悪いのか!?」
「もう、鈍いわね」
「え?」
「恋よ、恋」
「えっ、鯉!? 鯉食って当たったのかあいつ!? そうか、そうだったのか! 腹イタだったのかっ! あああっ、レナ気付いてやれなくてごめんっ! 兄ちゃんが今すぐ治癒魔法をかけ――」
「ちーがーうーわーよー」と、呆れながらシュウの言葉を遮ったカレン。「レナちゃんは今、恋をしているのよ。恋する女の子なの」
「こっ、恋する女の子ぉっ?」と、裏返ったシュウの声。「あのレナが? 色気より食い気のレナが? 花より団子のレナが? んなバカな」
「言いすぎよ…」カレンは苦笑した。「レナちゃんだってもう13よ? 恋したっておかしくないのですわ」
「ふ、ふーん? でも恋って、誰にだよ」
「今の本気で訊いたの?」
「おう。誰?」
「本当に鈍いわね……」と溜め息を吐いたあと、カレンは言った。「ミヅキくんに決まっているでしょう」
「えぇっ!?」と、仰天したシュウ。「マジで!?」
「何をそんなに驚いているのかしら」
「気付けよ、オレっ…!」
「ああ、自分に驚いたのね」
「お、おう。オレってある意味すげえ…。…それにしても…」と、シュウは微笑んだ。「あのレナも、ついに初恋かあ……」
バスタイムを終えた三つ子の部屋の中。
冬休みの宿題に取り掛かる五女・ユナ。
(怪しい)薬の調合に取り掛かる六女・マナ。
そして、バスタイム後からずっと洗面所にいる七女・レナ。
自分の姿を鏡に映し、母親譲りのガラスのような銀髪を櫛で入念に整えている。
(髪、伸ばしてみようかな)
姉妹の中で、一番髪の毛の短いレナ。
顎の先に来る毛先を指で摘む。
(サラ姉ちゃんが、ミヅキくんは昔カレンちゃんのことが好きだったって言ってた。ミヅキくん、カレンちゃんみたいに女の子っぽい子が好きなんだろうし)
櫛を置き、黒猫の耳の毛を手で整える。
そのあと洗面所から出て、ユナとレナに訊く。
「ね、ねえ。あたしの髪の毛、OK?」
「OK」
と、声をそろえるユナとマナ。
「猫耳は?」
「OK」
「顔は?」
「変」
「……」
マナが言う。
「緊張で強張りすぎ…」
「だっ、だってっ…!」と、染まるレナの頬。「だ、だって、だってさっ……!」
「レナってば、すっかり恋する女の子なの」と、ユナが笑った。「急にお家の中駆け回らなくなったし、ご飯も1人前しか食べないし。ミヅキくんて、兄ちゃんやミラ姉ちゃんと同じ17歳なんでしょ? 17歳から見た13歳なんてまだまだ子供かもしれないけど、がんばってねレナ♪」
「う、うんっ……」
「その強張った顔直して…」
と、マナがレナの頬を引っ張った。
「いにゃにゃにゃにゃっ!」
「はい、いってらっしゃい…」
「い、いってきますっ…!」
自分の部屋を出たレナ。
ジュリの部屋の前を通り、ミヅキが泊まっている部屋の前で立ち止まる。
深呼吸をして、ドアをノックする。
「レっ、レナですっ…!」
反応なし。
「…あれ? お風呂中かな」
首をかしげ、そっとドアを開けたレナ。
ベッドのところに、横になって眠っているミヅキの姿が見えた。
その手にはシュウの人形に着せると思われる、作りかけの服が握られていた。
(ミヅキくん、疲れてるんだ…)
レナは中に入ってドアを閉めると、ミヅキのところへと歩いて行った。
(うわあぁ…)
と、頬が染まる。
(何コレ天使っ…!? わわ、睫毛長ーいっ…! 本当、こうして見ると男の子とは思えないや……。って)
レナははっとした。
(見惚れてる場合じゃないよ、あたしっ…!)
と、ミヅキの身体を揺する。
「ミヅキくん、ちゃんとお布団かけないと風邪引いちゃうよっ…、ミヅキくんっ」
「…うー…ん……」
静かに瞼を開けたミヅキ。
その栗色の瞳に映ったレナの顔が、ぼっと赤くなった。
レナが狼狽したように後方に飛び退る。
「わ、わあああああっ! ごっ、ごごごごごめんなさいっ!」
「レナちゃん…。あれ、ぼく寝ちゃったのか」と、ミヅキが瞼を擦りながら身体を起こした。「シリコンの硬化待ちの間に服作っちゃおうと思ってたのに、いけないいけない。起こしてくれてありがとう、レナちゃん」
とミヅキに笑顔を向けられ、さらに真っ赤になりながら首を横にぶんぶんと振るレナ。
「おっ、おおおおおおおお身体の方は、だ、だだだだだ大丈夫でありますかっ!?」
「うん、大丈夫だよ」
「に、ににににににに兄ちゃんのお人形は、ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆ雪合戦までに、ま、まままままま間に合うでありますかっ!?」
「うん、何とか間に合いそうだよ。レナちゃんがリュウさんを一生懸命説得してくれたお陰でね」
そんなミヅキの言葉を聞いて、レナが嬉しそうに笑った。
「よ…、良かったっ」
「ここ座って、レナちゃん」
と、ベッドを指して立ち上がりながら、ミヅキが言った。
レナは毎晩ミヅキのところへとやってくる。
レナが頷いてベッドに腰掛け、ミヅキはミシンの置いてある台の前に座る。
「ミヅキくんて、お裁縫も出来ちゃうんだね」
「プロみたいには上手くいかないけどね」
ミヅキがミシンを使い始める。
ズドドドドドドド!
と高速で音を鳴らすミシンに、レナの目が丸くなった。
「す、すごい音出すねソレ」
「え? 何?」と、レナに耳を傾けるミヅキ。「ごめん、これ職業用ミシンなんだけど、古いから音うるさいんだ。大きい声で言ってくれる?」
「わ、分かった…」
「え? 分かった?」
「わ、分かったっ」と、大きな声でもう一度言ったレナ。「でもミヅキくんは普通に喋っていいよ。あたし耳はよく利くから」
「さすが猫耳だね。分かったよ」
と承諾し、ミヅキが作業を続ける。
レナはミヅキのことを毎日少しずつ教えてもらっている。
今日もレナは、どきどきとしながら問う。
「ミ、ミヅキくんて、今までどんなお人形作ってきたのっ?」
「んーと、最初は手縫いでカントリードール作ってたよ。それが6つくらいのときかな。で、10歳くらいになったときにソフビ製の6分の1ドールを作り始めて、今みたいにレジンキャスト製の球体関節人形を作るようになったのは14歳のときだったかな」
「へえ」と、声を高くしたレナ。「全部女の子のお人形?」
「うん、そうだね。男ドールなんて可愛くないし」
「そうだね。兄ちゃん人形なんて、その代表だよね」
「まあね」と、ミヅキが笑う。「デカいし」
「ゴツいし」
「一部えげつないし」
「ソコ縮小したんでしょ?」
「大分ね」
「良かった、落札者さまが驚かないで済むよ」とレナは笑ったあと、話を戻した。「そ…、それで、どんな女の子のお人形作ってるのっ…?」
「……好きな…女の子…とか」
「えっ?」
と疑問符をくっ付けたレナだったが、聞こえていないわけじゃない。
戸惑いながら訊く。
「…カ…、カレンちゃんのお人形とか作ったのっ…?」
ミヅキの手が止まった。
レナの顔を見て言う。
「…ぼくがカレンちゃんのこと好きだったこと、知ってたんだ」
「あっ、えと、サラ姉ちゃんが、ミヅキくんは昔カレンちゃんのこと好きだったって言ってて……」
「それだけ?」
「う、うん、それしか聞いてないっ…」
「そう」
と、再びミシンを動かすミヅキ。
間を置いてから話を続けた。
「ぼくさ、好きになった女の子のドール作るクセがあって。カレンちゃんのドールも作ろうとしたんだ…、それもたくさん。でも途中でシュウやサラちゃんに見つかって止められてさ。まあ、カレンちゃんに許可取らなかったぼくが悪いから当然なんだけど」
「……」
「ごめん、引いちゃったか」
「ひっ、引いてないよっ!」と、声をあげて首を横に振るレナ。「引いてないよっ、全然っ! 引いてないからねっ!」
「そ? ありがと、レナちゃん」
と笑い、作業を続けるミヅキ。
その微笑んだ横顔を見つめながら、レナは軽い嫉妬を覚える。
(いいな、カレンちゃん。昔とはいえ、本当にミヅキくんに好きになってもらってたんだ。それも、たくさんお人形作りたいと思われるくらい。いいな…、カレンちゃん。いいな……)
急に黙り込んだレナに、ミヅキが再び手を止めた。
レナのあまり明るくない顔を見て言う。
「あ…、えと、もう少しも持ってないよ、カレンちゃんドール。全部処分したから」
「うん…」と笑顔を作ったレナ。「ほら、お洋服作り続けて続けてっ!」
「あ、うん」
とミヅキがレナから顔を逸らしてミシンを動かす。
ズドドドドドドド!
と、うるさいその音が再び部屋中に鳴り響く。
そんな中で、レナが呟いた。
「あたしのお人形、いつか作ってくれないかなあ…」
もちろんこんな部屋の中じゃ、その声はミヅキの耳には聞こえていない。
(――って、何言ってんのあたしっ!)
レナは顔を真っ赤にして立ち上がった。
「あ、あああああああたし、そろそろ部屋戻るねっ!」
「えっ? あ、うん、分かっ――」
「おおおおおおおおおおおおやすみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
と慌てて部屋から出て行ったレナ。
「お…、おやすみ」
と、ミヅキ。
ぽかーんとしながら、ドアの方を向いて小さく手を振った。
ミヅキの部屋から飛び出したレナは、自分の部屋へと向かって走っていた。
(何言ってんのあたしっ、何言ってんのおおおおおおおっ!!)
顔が熱い。
(つっ、作られるのは嬉しいけどっ、そしたらあたしミヅキくんの前でマッパにならなきゃじゃんっ!? マッパだよ、マッパ!?)
バンッ!
と自分の部屋のドアを開け、
「マッパパパパパパパパパパパパパパパパパパアァァーーーっっっ!!」
と叫びながら戻ってきたレナ。
マナが薬の調合を続けながら訊く。
「なったの…?」
ユナが続く。
「えっ、レナ、ミヅキくんの前で裸になってきたの!?」
「なっ、なれるわけないじゃんっ、なれるわけっ…!」と顔を真っ赤にしながら言ったあと、レナは自分のベッドに寝転がった。「ミヅキくんがあたしのお人形作るときが来たら、あたしマッパになる覚悟しなきゃいけないんだなぁーと思ってさ…」
「え、何」と、ぱちぱちと瞬きをするユナ。「ミヅキくん、レナのお人形作るの?」
「つ、作らないよ、今はっ…! いつかそうなったらの話っ…!」
「何それ…」と眉を寄せたあと、ユナはマナに振り返った。「ねえマナ、薬できた?」
「もうそろそろ…」
レナはマナに顔を向けた。
「マナ、そういえばさっきから…、いや、一週間くらい前からか。何の薬作ってんの?」
「明後日のための薬…」
「明後日?」
と鸚鵡返しに訊いたレナ。
はっとする。
「あっ、パパとママの誕生日じゃん! あたしすっかり忘れてたよ」
「ミヅキくんのことで頭いっぱいだもんね…」
「えっ? い、いや、えと、その……」なんてゴニョゴニョと言って咳払いをして誤魔化したあと、レナは訊いた。「こ、今年はパパとママにどんな薬あげるの、マナっ?」
「ママにはコレ…」と、赤い液体の入った小瓶を見せるマナ。「『美味しいネズミがわんさか寄ってくる薬・モンスター用』を…」
「わー、ママ大喜びするねえ。片っぱしから食べていくんだろうなあ」
「そしてパパにはコレ…」
と、緑色の液体の入った小瓶を見せるマナ。
それに仕上げの魔法をかけてから続ける。
「パパがね、兄ちゃんの現在の力を詳しく知りたいんだって…」
「何のために?」
と、声をそろえるユナとレナ。
「兄ちゃんが超一流ハンターに達する力だったら、来年すぐにでも超一流ハンターに昇格する試験受けさせたいんだって…」
「あー、なるほど」
「だからパパにはコレ、『外見は変わらずに兄ちゃんの能力になれる薬・人間用』…」
「なるほどーっ」と、レナが声を高くした。「身を持って兄ちゃんの現在の力を知るわけだね、パパ」
「っていうか」と、ユナがぱちぱちと瞬きをしながら訊く。「兄ちゃんと入れ替わる薬じゃダメなの? ほら、兄ちゃんとサラ姉ちゃんが入れ替わったときみたいにさ。マナ、新しい薬作るの大変だったでしょ? 以前に作ったことのある薬だったらすぐできるのに」
「外見がそのままなだけで、ほぼ入れ替わったも同然になるから『入れ替わり薬』でも良さそうだと思ったんだけど…。パパがね、兄ちゃんの身体になると色々不便なんだって、夜とか…」
「ああ、夜のイトナミとかねえ……」
と、納得したユナとレナ。
「それからついでに、パパを超えることを目標とする兄ちゃんにはコレ…。今パパとどの程度力の差があるか、知っておいた方がいいと思って…」
と、黄色い液体の入った小瓶を見せるマナ
それにも仕上げの魔法をかける。
「もしかして、その薬も?」
とユナとレナが訊くと、マナが頷いて答えた。
「パパが『外見は変わらずに兄ちゃんの能力になれる薬・人間用』なら…。兄ちゃんはもちろん『外見は変わらずにパパの能力になれる薬・ハーフ用』…」
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