第84話 優勝商品製作がんばります


 シュウ宅のキッチン。

 リュウに頭を下げているミヅキ。
 怒りに顔を引きつらせているリュウが、ミヅキの言葉を鸚鵡返しに訊く。

「宿泊許可をくれ……だと?」

「はいっ…」

「何で俺が初対面のヤロウを泊めてやらなきゃならねえ。うちにはか弱い羊ばっかりなんだよ」

「……」

 いや、カレンちゃんはともかく皆ぼくより強いですよね。

 と、ミヅキは心の中で突っ込んだ。
 今口に出したら殺されそうである。

 ミヅキは頭を下げたまま続けた。

「お願いです、リュウさん。ぼくはリュウさんが心配しているようなことは決してしません。本当です。お願いです、リュウさん。泊り込みじゃないと、とても雪合戦大会には間に合わなくて……!」

「だったら別のもんを優勝商品にすっから心配すんな」

「えっ…!?」

 ミヅキは狼狽してリュウの顔を見た。
 カレンが声をあげる。

「それはひどいですわ、リュウさまっ!」

「何で」

「ミヅキくんが作ったシュウのドールを優勝商品にすると仰ったではありませんかっ!」

「うちに泊まってまでとなりゃー、話は別だ」

「そんなっ…!」

「た…ただいま」

 と、洗面所から戻ってきたシュウは苦笑しながら言った。
 揉めている原因を察する。

「おい、シュウ」

「な、何だよ、親父」

「おまえ優勝商品に別のもんを用意しろ」

「えっ…?」

 シュウは困惑した。
 ミヅキを見、再びリュウを見る。

「それはできねえよ、親父…」

「できねえじゃねえ。用意しろって言ってんだ、俺は」

「…ごめん。できない」

「あぁ…?」

 不機嫌そうに寄ったリュウの眉。
 シュウは続けた。

「こいつ――ミヅキ、生活苦しいみたいでさ。雪合戦大会のあとのオークションで人形売れればそれから抜け出せるし…。オレ、こいつには借りがあるから返さねえと……」

「借りがあんなら別のことで返せ。生活が苦しいってなら金やっからさっさと失せろ」

「お金じゃないんです!」とミヅキが声をあげた。「生活が苦しいのは本当だけど、でもっ…! ぼくが作ったドールをオークションに出したい真の理由はっ……!」

「話してみろ、ミヅキ」

 と言ったのはキラだった。
 ミヅキは承諾して、キラに従った。

 うんうんと頷きながら、ミヅキの話を黙って聞いてたキラ。
 ミヅキが話し終えたあと、再び口を開いた。

「そうか。おまえは己の才能に自信をなくしてしまったのか。そうだな…、たしかにオークションに出せばその才能がどれほどのものなのか分かるな。そして高値で売れれば、おまえは自信を取り戻せるな」

「はい…。だからっ…」と、ミヅキが頭を下げた。「お願いしますっ…! 宿泊許可をください!」

「うむ。良いぞ」

 と答えたのはもちろんリュウではなくキラ。
 当然のごとく、リュウが反論する。

「勝手なこと言ってんじゃねえ、キラ! 俺は許さねえぞ!」

「困っている人を見捨てるのはハンターとして良くないぞ、リュウ」

「俺はおまえと娘と次男を守ることが優先だ!」

「――って、オレは!? 長男のオレは!?」

 と思わずシュウが口を挟んだ。

「甘えんな」

「ひっ、ひでえええええっ!! 何だよそれは!? なあ、親父ぃっ!!」

「ああもう、うるせえ!」

 ゴスッ!!

 と拳骨を食らわせてシュウをおとなしくさせたあと。
 リュウは再びキラを見て口を開いた。

「こんな初対面の信用も何もねえヤロウなんて、ぜってーうちに泊めねえからな!」

「パっ、パパっ…!」と、レナがリュウの服の袖を引っ張った。「ミヅキくんのこと、泊めてあげようよっ、可哀相だよっ…! ねっ? お願い、パパっ!」

「駄目だ、レナ」

「そんなこと言わないで、パパおーねーがーいーーーっ!」

「駄目ったら駄目だ」

「お願いお願いお願いっ!! パパお願いっ!!」

 まるで引き下がろうとしないレナ。
 リュウは溜め息を吐いた。

「あのなあ、レナ――」

「あたしのお願い聞いてくれなきゃ」

 ギクっ

 としたリュウ。
 嫌な予感がしながら訊く。

「な…、何だ?」

「パパなんか」

「パ、パパなんか?」

「嫌いになるんだからねえええええええええっ!!」

「――!?」

 リュウ、大衝撃。
 思わず身体がふらつく。

「レっ、レナっ、おまっ……!」

「超一流ハンターのクセに、困ってる人を助けようとしないパパなんて大嫌いっ!!」

「だっ、だだだだだ大嫌いっ…!?」

 よろけてテーブルに手を着くリュウ。
 さらに、

「大嫌いっ!!」

 肘ががくがくと震え、

「大嫌い大嫌い大嫌いっ!!」

 身体を支えられず床にがくんと膝を着き、

「パパなんか、大っっっっっっ嫌あああああああああああいっっっ!!」

 バタっ…

   と、ついに倒れた。
 カレン、キラに耳打ち。

「キラさま、ここでトドメの一言を」

 頷いて承諾したキラ。
 仁王立ちでリュウを見下ろして言った。

「3日間お預け食らわすぞ」

「――ちょっ、おま…!?」リュウ、愕然としてキラを見上げる。「みっ、3日間も抱かせてくれねえとかって、何て鬼畜なこと言うんだよおまえ……!? いつからそういう女になったんだよ!? マジ信じら――」

「よし、お預けだな」

「ま、待て! 困る! すげー困るっ…! 病気になるぜ俺っ……!!」

「では、ミヅキに宿泊許可を出すな?」

 数秒の間困惑したあと、リュウがうな垂れて言った。

「わ…、分かった、好きにしろ……」

 カレンとミヅキ、それからレナも一緒になって舞い上がった。
 
 
 
 晩ご飯終了後のミヅキが泊まる部屋の中。
 パンツ一丁のシュウがいる。

 それから、早速シュウの人形作りに取り掛かっているミヅキ。
 まずはシュウの身体のあちらこちらをメジャーで測っていた。

「あ。ねえ、あんた身長は?」

「伸びてなけりゃ182cm」

「じゃあ91cmのドールになるなあ」

「でかっ! 2分の1サイズで作んのかよ」

「大きい分大変っていったら大変だけど、細かい部分とかは逆に作りやすくていいよ。指とかね」

「ふーん…」

 シュウはミヅキの顔を見下ろした。
 とても生き生きとした顔をしている。

 シュウの採寸をし終わったあと、ミヅキが大きな紙を用意しながら言う。

「ねえ、パンツ脱いで」

「はっ?」

 と、裏返ったシュウの声。

「細部までそっくりに作るんだから。ほら、大体の設計図書くんだから早く。細かいとこはあんた見ながら作るけどさ」

「いっ、嫌だっ! 一部は適当に作ってくれよっ…!」

 溜め息を吐くミヅキ。

「こっちは本気なんだからさー、もったいぶらずにさっさと脱いでくんない?」

「ふっ、ふざけんなっ! こんなところまでそっくりに作られて溜まるかっ…!」

「いーから、さっさと脱げってのっ!」

 と、シュウのパンツをずり下ろしたミヅキ。

「――うわ」

 目が丸くなる。
 一方、

「ぎっ、ぎゃああああああああっ!!」慌てて股間を隠すシュウ。「なっ、何すんだおまえっ!!」

「うん、ごめん。ぼくが悪かったよ」と、強張るミヅキの顔。「ら…落札者さまが腰抜かさないようなサイズに作っておく……」

「…お…おうっ……」

「でも書きづらいから手ぇ離して、直立してて。正面からと横から、後ろからを書くからさ」

「……わ…、分かった」

 と、ミヅキに言われた通り、股間から手を離して直立するシュウ。
 ミヅキが大体の設計図を作りながら言う。

「えげつな……」

「うっ、うるせっ! 親父やグレルおじさんより可愛いぜっ!」

「うわ、マジで?」

「マジだ。あの2人はバケモノだからなっ…」

「本当だね。でもあんたもソコは充分バケモノっていうか。カレンちゃんエッチのとき嫌がらない?」

「そっ、そういう話題を出すなっ…! っていうか、カレンはそんなことっ…」と、恍惚とするシュウの顔。「ないんだぜっ……!」

「……。その表情、リュウさんそっくりだね」

「それを言うな…」

 と、苦笑したシュウ。
 ミヅキの手元に目を落とす。

「……上手いなあ」

「まだ設計図じゃん」

「そうだけど。…おまえさ、人形作りと3人の姉が嫌いなこと、何か関係あったりすんの?」

「……」

 ミヅキが手を止めた。
 シュウの顔を見る。

「…わ、わり、なんでもない」

 シュウはミヅキから目を逸らした。
 ミヅキが再び手を動かしながら言う。

「ドールが好きになったきっかけは3人の姉が嫌いになったことかな」

「…へ、へえ?」

 とミヅキに目を戻したシュウ。
 ミヅキが続ける。

「ぼくさ、小さい頃から3人の姉にバカにされて育ったんだ。女みたいだって。さんざん笑われたし、貶された。比べてドールは傷付くことなんか言わないでしょ」

「…な…なんだか、オレには想像できない家庭だな」

「だろうね。この家、変わってる」

「まぁな」

 シュウ、苦笑。

「あのさ、ジュリくんて本当にバカにされたことないの?」

 そんな質問にシュウが答えようとしたとき。
 噂をすれば何とならでジュリが姿を見せた。

「あにうえ、ミヅキくん、おやすみなさい」

「おー、おやすみジュリー」

 と綻ぶシュウの顔。
 ミヅキが訊いた。

「ねえ、ジュリくん。お兄ちゃんたちのこと好き?」

「だいすきです」

 そう言って満開の笑顔を見せたジュリ。
 質問の答えなんて一目瞭然だった。

「そっか。おやすみ、ジュリくん」

 ジュリが出て行き、部屋のドアが閉まる。
 ふとミヅキが顔を上げると、そこにはすっかり恍惚としたシュウの顔。

「ぐふふ。大好きです、だって。なあ、聞いたかおまえ? ジュリがさ、兄上大好きですっ(ハート)って言ったの。かっわいーなあ、オレの弟。婿にやりたくねえ」

「はいはい、分かったからそのバカ面直して。っていうか横向いて、横」

「え?」

「次横からの設計図書くんだから、早く」

「お、おう」

 と、言われた通りにするシュウ。
 ミヅキが続けた。

「この家って変だけど」

「う、うん」

「本っっっ当に変だけど」

「お、おう…」

「ちょっと羨ましいな。こんな兄弟姉妹だったら持ってみたかったかも」

「……ミヅ――」

「ヤバイくらい変だけど」

「…う、うるせえな」

 と苦笑するシュウの一方、ミヅキはおかしそうに笑っていた。

「…なあ、ミヅキ」

「ん」

「その…、人形作り頑張ろうな」

「はぁ?」と、眉を寄せたミヅキ。「頑張って、の間違いじゃないの。作んのはぼくなんだしー」

「わっ、分かってんよ! でっ、でもオレだってモデル務めるんだからよっ…!」

「ぼーっとしてればいいだけじゃん」

「そっ、そうかもしれないけどっ…! …ああもう、素直じゃねえなっ! 可愛くねえっ!」

「別にあんたに好かれなくてもいいし」

「そうかよっ!」

 と口を尖らせるシュウ。
 少し間を置いて、ミヅキが呟いた。

「…でも、ま……、ありがと」

「…お?」と、ミヅキの顔を見たシュウ。「何だ、可愛いじゃん」

「何こっち見てんの。あっち向いて」

「ふふふ。照れんなよ」

「バカじゃないの。横からの設計図書いてるって言ってんでしょ。横顔見せてくんなきゃ困るっての」

「ああ、そうか」

 と、再びミヅキに横顔を見せたシュウ。
 少し間を置いてから、もう一度言う。

「人形作り頑張ろうな」

 一瞬シュウの顔を見上げたミヅキ。
 小さな声で答えた。

「うん…、頑張ろうね」
 
 
 
 
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