第81話 優勝商品


 クリスマスパーティーのあと。
 書斎の中。

 掛かって来た電話に出たリュウ。
 動揺した相手の声が返ってきた。

「…え…えええ…!? …ひ、ひどいじゃないかリュウ…! …大した用件じゃなかったら私を恐ろしいくらいに優しく撫で回すなんてっ…! …恐ろしいくらいにフルボッコしてくれっ…!」

「てめーをフルボッコしたら褒美与えることになるじゃねーか」

「…ハァハァハァ…! …ほ、褒美をくれえぇぇっ…!」

「大した用だったら『透けとるんジャー』の攻撃食らわせてやらねえでもねえ」

「…すけっとジャ…?」

「何でもねえ、こっちの話だ。早く用件を言え、超一流変態」

 電話の相手は文月島ギルド長兼、超一流ハンター兼、超一流変態・ゲール。
 顔の半分を隠す長い前髪が特徴的。
 が、前髪をあげればその顔立ち、まさに眉目秀麗。

 ゲールが用件を切り出す。

「…毎年元旦恒例ギルドイベントのことなんだが…」

 毎年元旦恒例ギルドイベント――毎年元旦(1月1日)に行われる、『全島ギルド雪合戦大会』。

「…悩みはないかい、リュウ…?」

「悩み? 雪合戦大会でか? …ああ、あるな」

「…そうか…。…やっぱりリュウも――」

「元旦早々に面倒クセェんだよバカがって思うな」

「…ハァハァハァ…! …そっ…、その罵声がたまらな――」

「早く用件の続きを言え」

「…おっと、そうだった…」と、電話の向こう、咳払いをしたゲール。「…他の参加者も、君と同じ気持ちなのだろうか…?」

「は?」

「…元旦早々に面倒だと思うのだろうか…」

「当然だろうが。何で休みたい元旦から雪合戦しなきゃならねーんだよ。優勝賞金も出ねえってのに。雪合戦するだけして、ランキングさえねーじゃねーか」

「…前・文月ギルド長が、賞金だのランキングだのなしにして、ギルド同士の交流を図りたいと考え出したイベントなのだが…」

「元旦以外のギルドイベントのときは、自ギルドの名誉をかけて本気で争ってんだぜ? それなのに元旦だけ仲良くしようとは思えねーんじゃねーの」

「…うーん…」

「何だよ」

「…毎年元旦恒例・雪合戦大会に、賑わいがほしい…。…そう、いつものギルドイベントのときような殺気漂う賑わいを…!」

「つまりその殺気を感じて快感を味わいてーんだな?」

「…ハァハァハァ…! …そ、そうなのだ…! …あの気迫…、あの殺気…! …た、溜まらんっ…!」

「ま、賑わいがほしいならいつものギルドイベント同様、ランキングをつけて優勝賞金を用意すりゃいいんじゃね」

「…そうだね、ランキングはつけよう…。…でも…」

「何だよ」

「…元旦というお目出度い日だから、いつも以上の賑わいがほしい…。…そう、優勝賞金以上に手にしたいと思う優勝商品を用意して…!」

「何だよ、それ」

「…例えばキラのヌード写真しゅ――」

「優しく褒め称えられたいのか?」

「…じょ…冗談が通じないね…。…でも君たちに関する物だと賑わうと思うな…」

「じゃーシュウの写真にしてやる」

「…そう裏で普通に売買されているものじゃなくて…」

「普通に売買されてんのかよ。シュウの隠し撮り写真1枚いくら?」

「…2000から4000ゴールド…」

「高っ。たかがシュウの写真1枚ごときに無駄だな」

「…君の隠し撮り写真は1枚8000から10000ゴールド…」

「安っ。もっと取れよ」

「……。…話戻すけど…」

「おう」

「…どんな優勝商品にするか、君も考えておいてくれないかな…」

 とのことで。
 ゲールとの電話を切ったあと、リュウは書斎の回転椅子に座って考える。

(俺たちに関するものだと賑わう…か。俺たちって言っても、リンクたちは入れない俺の家族ってことだろうな。…つってもなー、俺は商品にされたくねーし、キラや娘たち、ジュリは持ってのほかだぜ。変なことに使われそうだしな、絶対に駄目だ)

 そうなると、

(やっぱ商品はシュウに関する物に決定だな)
 
 
 
 シュウの部屋。
 シュウのベッドの中。

 シュウの腕枕に頭を着けているカレンが、シュウに鸚鵡返しに訊いた。

「明日の仕事、着いて来なくていい?」

「ああ。明日は家でのんびりしてていいから、おまえ」

「どうしてかしら?」

「いや、その……」と、シュウが目を逸らしながら言う。「…行くところがあって……」

 カレンは眉を寄せた。

「あたくしと一緒じゃ行きづらいところってことかしら」

「えーと、そのぉ……」

「女の子と会うのかしら」

「ちっ、ちげーよっ!」シュウが狼狽した様子でカレンに目を戻す。「なっ、何言ってんだよおまえ!? オンリーユーーーーーっ♪ だぜ、オレはっ…!」

「浮気じゃないなら教えてくれたっていいじゃないっ」

 と、カレンの頬が膨れた。

「ぐふふ、かーわいぃんっ」

 つんっ♪

 とシュウが指でカレンの頬を突くと、カレンがシュウの手を振り払って眉を吊り上げた。

「ふざけないでちょうだいっ!」

「オっ、オレはいつだってマジだぜ」

「早くどこへ行くのか教えてっ!」

「う、うーん…」

 と、シュウは苦笑する。

(ミヅキんとこ行くなんて言い辛いっての……)

 カレンがシュウに顔を近づけて訊く。

「何かしら!? やっぱり浮気なのかしら!?」

「ちっ、ちげーってば! そのっ…、おまえの嫌いなヤロウに会いに行くんだよっ…!」

「え?」カレンは眉を寄せた。「あたくしの嫌いな男の子……?」

「き…嫌いっていうか、苦手?」

 少しの間考えたカレン。
 はっとする。

「ミヅキ…くん……?」

「う…うん……」

 と頷き、カレンから目を逸らしたシュウ。
 困惑したカレンの視線を感じながら続けた。

「そのさ…、オレがおまえにあげたクリスマスプレゼントあるだろっ?」

「ええ。なかなか手に入らないドール服ね」

「おう。じ、実はさ、それら全部ミヅキが取って置いてくれたみてーなんだよ」

「えっ?」

「2着は店の奥から出してきたし、3着はミヅキがオマケにって入れたやつなんだよ。あいつ売れ残った服とか言ってたけど、そんなこと有り得ねえんだろ?」

「え、ええ。とても人気のあるブランドとコラボしたドレスだから、売れ残ることはまずないのですわっ…。徹夜して並んで買う人もいるくらいだし……」

「だからさ、ミヅキがおまえのために取って置いたんじゃねーかと思って」

「……」

「どおおおおおいう了見か訊こうと思ってよ!? まだカレンのこと好きだからとか抜かしたらあいつマジしばき倒――」

「お、落ち着いて、シュウ」とカレンは興奮したシュウの言葉を遮り、話を続けた。「たしかに売れ残りなんて考えられないから、ミヅキちゃんが取って置いてくれたのだと思うのですわっ…! シュウ、あたくしもミヅキくんのいるドールショップへ一緒に連れて行ってっ……!」

「えっ」と、シュウは驚いてカレンの顔を見た。「お、おまえあいつに会いたくねえだろっ…!?」

「に、苦手じゃないと言ったら嘘になるけれどっ…、お礼を言いたいのですわっ……!」

「そんなに嬉しかったのか」

「ええ、それはもう…」と、カレンの顔が恍惚とする。「まさかの奇跡でほしかったドレスが全て手に入ったのですものっ…! ああ、もうダメ。今夜も夜更かししてドール遊――」

「ダーメーだっ!」

 と起き掛けたカレンの身体を寝かせたシュウ。
 さっきのカレンに続いて頬が膨れる。

「昨日充分人形遊びしたじゃねーかよ」

「そうだけれど」

「今日もオレ放置して人形遊びしたら、明日家に置いてくからな」

「じゃあ、明日あたくしもドールショップへ連れて行ってくれるのね?」

「おう。その代わり、オレの傍離れんなよ」

 そういうことになった。
 
 
 
 翌日。
 朝食の席にて。

「なあ、『透けとるんジャー』」

「そ、その呼び方やめろ親父っ…」

 とシュウが赤面しながらリュウを見ると、リュウが続けた。

「おまえ優勝商品ね」

「は?」

「来年の元旦の『全島ギルド雪合戦大会』の」

「あのギルドイベントに優勝商品つくようになったのか。っていうか」シュウは眉を寄せた。「オレが優勝商品て何だよ」

「そのまんま。おまえに関するものが優勝商品」

「な、何でオレなんだよ?」

「ゲールがいつものギルドイベント以上の賑わいがほしいんだと。で、俺たち家族に関するものならハンター集まるってんで、おまえに決定」

「な、何で!?」

「俺は商品にされるなんて嫌だし、キラや娘たち、ジュリを商品にするなんてふざけんなって話だろ。どんなものでもヤロウのオカズにされそうだぜ」

「オレはいいわけ!?」

「嫌なわけ?」

「嫌だ!」

「そうか。じゃ、それなりの商品用意しとけよ」

「なっ」シュウ、驚愕。「何でだよ!? 意味分かんねーよ! 嫌だって言ってんだろ!?」

「飯食ってるときに騒ぐな、うるせえ!」

 ゴスッ!!

 とリュウの拳骨を食らい、シュウは頭を抱える。

「いでえぇ…!」

「もう決定したんだ。ごちゃごちゃ言ってんな」

「だって――」

「俺の言うことが聞けねえってんなら」

「な、何だよ…!?」

「もう特注ゴムやらね」

「えっ――」

「セックス禁止」

「ちょっ――」

「カレン没収」

「なっ」

 なんじゃそりゃあああああああああっ!?
 
 
 
 葉月町にある、アンティークなレンガ造りのドールショップ。
 ここ最近、その中によく溜め息が響いている。

「はぁ…」

 その溜め息の主は店員のミヅキ。
 客がいなくなると、溜め息ばかりが漏れる。

(何だかもう、自信がなくなってきたな…。ドール作りには自信があったのに……)

 商品棚を整理して溜め息を吐き、床掃除をしながらまた溜め息を吐く。

(才能、ないのかも……)

 店の出入り口のドアが開いた。

「あっ、いらっしゃいませっ!」

 と慌ててドアへと小走りで向かったミヅキ。
 同じ趣味を持つ客とのやり取りは楽しい。
 自然と笑顔になれる。

 が、客の顔を見上げたミヅキから笑顔が消え失せた。
 おまけに、

「げ」

 なんて言葉も出た。

「げ、とは何だコラ」

 と、相手の客――シュウの顔が引きつる。

「これは失礼致しました、お客様」とミヅキがにっこりと笑い、「早急にお帰りください」

「てめっ――」

「シュ、シュウ、落ち着いて」

 と、シュウの言葉を遮った、ミヅキの耳に聞き覚えのある声。
 シュウの袖を握った小さな手。
 シュウの背からおずおずと顔を出した少女の顔を見て、ミヅキの目が丸くなった。

「カ…、カレンちゃ……」

「こ、こんにちは、ミヅキちゃ…あ、ごめんなさいっ…。こんにちは、ミヅキくん」と、カレンはシュウの傍らに並んだ。「お久しぶりね」

「う、うん…、そうだね……」

 とカレンから目を逸らすミヅキ。
 笑顔が強張っている。

 カレンは続けた。

「あ、あのね、ミヅキくん、今日はお礼を言いに来たの」

「お、お礼?」再びミヅキがカレンの顔を見た。「…って、ああ、ドレスのこと?」

「ええ。ありがとう」と、カレンが笑う。「あたくし、とっても嬉しかったのですわ」

「カレンちゃん…」

 カレンの笑顔を見つめるミヅキ。
 安堵したように微笑んだ。

「そっか、良かった」

「んで!?」と、シュウが不機嫌露わな声を出しながら割り込む。「おまえ、カレンのために人形の服を取って置いたわけだな!? その理由は!?」

「うるさいなあ、あんた」

 と、ミヅキが溜め息。
 カレンには笑顔を向けるのに、シュウにはしかめっ面を向ける。

「カレンちゃんへのお詫びだよ」

「カレンのことまだ好きとか言うんじゃねえだろうな!?」

「もうとっくに諦めてるよ」

「その言葉に偽りはねえんだろうな!?」

「ないよ」

「その言葉信じるからな!?」

「うるさいなあ。何、カレンちゃんあんたの彼女になったわけ?」

「まーなっ! カレンはオレの――」

「うわ、もったいなー」

「んだとゴラァっ!!」

「ああもう、シュウ落ち着いて」

 と、苦笑しながら割って入ったカレン。
 ミヅキに訊く。

「ミヅキくん、ドール製作の方はどう?」

「えっ…?」

 と、困惑したような顔になったミヅキを見て、カレンは首を傾げた。

「どうかしたのかしら?」

「…えと、その…、もう作ってないんだ」

「えっ?」

 驚いたカレン。
 シュウは思い出す。

(そういやクリスマスの3日前に来たときも、こいつそんなこと言ってたっけ…)

 カレンが動揺しながら訊く。

「ど、どうしてミヅキちゃんっ? あんなに上手なのにっ…!」

 ミヅキが首を横に振った。

「ぼくなんか大したことないんだよ。ネットオークションに出してみたんだけどさ、まったく売れないんだ」

「高いんじゃねーの」

 と、シュウ。
 ミヅキが言う。

「10万」

「高っ」

「ドール作りに励んでたら、生活苦しくなってきて…。それくらい取らないとやばいんだ」

「金欠で人形作り続けてねえってことか?」

「それもあるけど、それ以上に…」と、ミヅキが顔を曇らせて俯いた。「もう、自信がないんだ。上手く作れてたら、10万なんて売れるはずなんだ。きっと、ぼくは才能がないんだ」

「そっ、そんなのことないのですわっ!」とカレンが声をあげた。「ミヅキくん、とても素人とは思えないほど上手に作るじゃないっ…! でも売れないのは当たり前と言ったら当たり前なのですわ、言った通り素人なのだから。あ、プロに劣るという意味じゃないのよ? 素人の作品となると、ドール会社が作ったものよりも手が出しにくいのよ」

「まあ、たしかにそうだよな」うんうん、と納得して頷いたシュウ。「素人が作ったものには少し不安があるっつーか…」

 と言いながら、美少女顔のミヅキを見下ろす。

(こいつには借りがあるんだよな…。こいつのおかげでカレンすげー喜んだし…。借りは返さねえとな……)

 でも、

(どうやってだよ、オレ。こいつが作った人形が売れればいいんだろうけど……)

 考えるシュウの傍ら、

「あっ」と思いついたらしいカレンが、パンと手を叩いた。「そういえば今朝、リュウさまが雪合戦大会の優勝商品にシュウに関するものを云々……」

 ギクっ

 としたシュウ。
 嫌な予感が走る。

「そ、そ、それがどうしたカレン?」

「シュウ、何を優勝商品にするか決めたのかしら?」

「ま、まだ決めてねえけど?」

「じゃあ、決まりなのですわ♪」

「な、何が?」

「来年の元旦の『全島ギルド雪合戦大会』の優勝商品はシュウドール購入券よ♪」

「待っ――」

 待ってくれ!

 と言おうとしたシュウの言葉を、ミヅキが遮る。

「なるほど。それなら少しは売れそうだよ」

「そっ、そんなわけNEEEEEEE!!」と狼狽のあまり声が裏返ったシュウ。「もらえるならまだしも、購入券だぞ!? 金払って買うんだぞ!? 優勝したにも関わらずっ!! バカな考えはよせっ!!」

「あら、バカとは何かしらっ?」と、カレンがシュウの顔を見上げた。「優勝者には『現金100万ゴールド、またはシュウドール購入券!』となっても、あたくしはシュウドール購入券の方が選ばれる自信あるのですわっ! 似てなかったら100万ゴールドを選ばれるかもしれないけれど、ミヅキちゃんはクリソツに作ってしまうのだからっ!」

「いやいやいやいやいや――」

「シュウ!」

 とシュウの言葉を遮ったカレン。
 上目遣いで見上げ、

「お願いっ(ハート)」

「OKっ♪ ――って」

 しまったああああああっ!!

   と焦ってももう遅い。

「きゃあああああっ! ありがとう、シュウっ!」

 と、カレンが舞い上がってしまった。

(可愛いからってついOKしちゃったオレ、すーげーバカ親父似っ…!)

 愕然としてしまうシュウの傍ら。
 カレンがミヅキに笑顔を向けた。

「ドレスのお礼よ、ミヅキくん」

「カレンちゃん……」

「さっそくリュウさまにお知らせしなくっちゃ♪ お店の中じゃ何だから、ちょっと外行ってくるのですわ」

 と、カレンが携帯電話を取り出しながら店の外へと出て行った。

 シュウとミヅキの間に流れる沈黙。
 そのあと、シュウが溜め息を吐いて口を開いた。

「可愛いハニーの頼みだ。いいぜ、オレの人形作っても。それに、おまえには借り返さないといけねーから」

「借り?」

「クリスマスプレゼントでカレンが大喜びしたのは、おまえのおかげだからなっ…」

 と、シュウがミヅキに背を向けた。
 ミヅキはシュウの背を見つめる。

(似てなかったら売れない。似てたら売れる。売れなかったら、やっぱりぼくに才能がなかったということ。でも、もし売れたら……?)

 ミヅキの胸が動悸をあげる。

(もう一度、ドール作ってみよう)

 口を開かないミヅキに、シュウは背を向けたまま言う。

「おい、何か言え――」

「ねえ」

 ぽんとミヅキに肩を叩かれたシュウ。
 振り返るとそこには、

「脱いで♪」

「――!?」

 瞳を輝かせたミヅキの笑顔があった。
 
 
 
 
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