第77話 サンタクロースの聖夜


 カレンへのクリスマスプレゼントを買うため、以前はカレンがちょくちょく来ていたドールショップへとやって来たシュウ。
 店内に入って早々、出迎えてくれた店員を見て顔が引きつる。

(まだ勤めてたのかよ、こいつ…)

 同様に、相手の店員の顔も引きつった。

「い…いらっしゃいませ」

 と、シュウに対して2度目の台詞を言う、男店員――ミヅキ。
 栗色のショートカットに、小柄な身体。
 美少年というよりは美少女顔の少年。
 年齢は17歳のシュウとそう変わりはないだろう。

 許可なしにカレンの人形を作ろうとした挙句、カレンを強姦しようとしたこの少年が、正直シュウはとてもではないが好きになれない。

(そういやあ、居たな。オレにも年の近い同性の知り合いってやつがよ。でもオレ、こいつとは絶対友達になりたくねえ)

 ミヅキがにっこりと笑って言う。

「お久しぶりです、シュウさん。妹のマナさんは相変わらずヤバイ薬を裏で売っておられるんですか?」

 シュウの顔が強張った。
 無理矢理に笑う。

「いやいや、うちのマナはもうそんなことしねえっすよ。あんたこそ相変わらず変態やってんすか?」

 ミヅキの顔も強張る。
 お互い弱みを握っている2人。
 強く出れないものの、その間には火花が散る。

 数秒して、ミヅキがシュウから目を逸らした。

「ヤバイ人と猫の息子のあなたとやり合うつもりはありません。今日はどんなご用件で」

「人形の服を買いに来たんだよ」

「どのドールサイズです?」

「え? ええと…」

 シュウは戸惑った。

(人形っていっても、色々サイズがあんのか……)

 カレンの持っている人形を思い出しながら言う。

「60cmくらいの人形で…」

「ああ、カレンちゃんの持ってるドールのことです?」

「…カレンちゃん、だと…!?」

「これは失礼。カレンの持っているドールのことですね?」

「なっ、馴れ馴れしく呼び捨てにすん――」

「それならこちらの方に」

 と、ミヅキがシュウの言葉を遮った。
 シュウが苛々としながらミヅキに案内されたところに向かうと、カレンの持っている人形サイズに合うだろう服が並べられていた。

 たくさんあるそれらをシュウが見渡していると、ミヅキが訊いた。

「で、どれです?」と、溜め息を吐く。「さっさとしてください。楽しいお客様との接客のはずが、あなただと気分悪いな」

「て、てめえ…!」シュウの顔が引きつる。「オっ、オレだっててめえなんぞに接客されたく――」

「ま、あの子がほしがるドールの服なら」

 と、再びミヅキがシュウの言葉を遮った。
 一旦シュウから離れ、どこからか人形用のドレスを2つ取り出してきた。
 それをシュウに見せて続ける。

「この辺りでしょうね」

「あっ、そうそうこれこれ」と、シュウは思い出す。「カレンが持ってた人形のカタログ? に載ってた。あれ、でもあと他に4つくらいあったな…?」

「それって同じページ載ってたやつですよね?」

「おう」

「それならいらないかと。あの子がほしいのはこの2つでしょう」

「む…」眉を寄せ、ミヅキの顔を見たシュウ。「何でそこまでおまえに分かるんだよ」

「ロリータファッションはロリータファッションでも、あの子が好きなのはゴスロリじゃなくて甘ロリでしょう。あとの4つは黒を基調としたゴスロリのドレスです。あの子、ゴスロリのドレスなんて持ってないんじゃないんじゃないですか」

「え? ああ…、そういえば……」

 そうだったな。

 とカレンが人形に着せている服を思い出し、頷いたシュウ。
 ミヅキが訊く。

「で、この甘ロリドレス2つでいいんですか」

「お、おう…」

 ミヅキが自分よりカレンのことを分かっている気がして、少し腹が立ったシュウ。
 でもおとなしくミヅキに着いてレジへと向かった。

(オレがプレゼントしたら、カレンはどんなものだって喜んでくれるんだろうけど…。オレはカレンが本当にほしいと思ってるものをあげたいからな)

 シュウが会計を済ませると、ミヅキがシュウに背を向けてラッピングを始めた。

「クリスマスプレゼントですか」

「おう」

「おまけのドレスも入れておきますね」

「おまけ?」

「余ったドレスですよ」

「ふーん」

 シュウはミヅキがラッピングを終えるまで、店の目立たないところへと移動した。
 やっぱりこの乙女な空間にいるのが恥ずかしくて。

 少しして、店の隅で小さくなっているシュウのところへとやってきたミヅキ。
 眉を寄せた。

「…何してるんです? 変な人だな」

「う、うるせーな。こ、こういう女の子っぽいとこにいんのは恥ずかしいんだよ…」

「あなた可愛くないですもんね」

「可愛さなんていら――」

「無駄にデカいし」

「むっ、無駄とは何――」

「リュウさん似で目付き悪いし」

「うっ、うるせ――」

「だからといって、リュウさんみたいに格好良くないし」

「なっ、何だとこの――」

「決めなきゃいけない台詞噛むし」

「あっ、あのときは――」

「10円玉ハゲウィッグ被ってたし」

「そっ、そのことは忘れ――」

「ま、強いて言えば黒猫の尻尾だけ可愛い?」

 とミヅキに嘲笑され、ブチッと来たシュウ。
 他に客がいないことを確認してから声をあげた。

「うるせーな、てめえはよっ!! 黙れっ!! それが客に対する態度かっ!!」

「あー怖い、うるさい、耳が腐る。それが一般人に対するハンターの態度ですか」

「ぐっ…!」

「静かにしてくださいよ。何事かと思って店長が店の奥から出てくるじゃないですか」

 と、ミヅキがシュウからカレンへのクリスマスプレゼントが入った紙袋を差し出す。
 シュウはそれを奪うように取ると、どすどすと足音を立てて店の出入り口へと向かった。

 店から出る前、もう一度ミヅキの方を見る。
 小声になって訊いた。

「おい、おまえ、ちゃんと約束守ってんだろうな!? 守ってなかったら警察に突き出すからな!」

「守ってますよ、うるさいなあ」と、ミヅキが溜め息を吐いた。「あなたの妹のマナちゃんがお金を取って変な薬売ってたことも、カレンちゃんがあなたの弟子であることも誰にも言いふらしてません。強姦だってまったく考えてないし、相手の許可なしにドールだって作ってません。それどころか…」

 と、ミヅキの顔が曇った。
 呟くように続ける。

「もうドール自体、作ってません」

「――……?」

 シュウは首を傾げたあと、店を後にした。
 
 
 
 翌日。
 クリスマス・イヴ。

 いつも通り早朝6時に起きたシュウ。
 10個の目覚まし時計を叩き止めたあと、腕の中で目を覚ましたカレンに目を落とした。

「オッス、カレン」

「おはよう、シュウ」

 カレンの愛らしい笑顔に「おはようのキス」をしたあと、シュウは昨夜訊いたことをもう一度訊く。

「なあ、今日本当に何もしなくていいわけ?」

「ええ」

「サラはレオ兄とデートだぜ? オレからのクリスマスプレゼントであるラブホスウィート一泊無料券持って。親父と母さんもデートだし、クリスマススペシャルプランで…」

「ええ、そうね。素敵なのですわ」

「じゃー、何でおまえはオレとデート行かねえの? オレだってクリスマスらしいデートくらいするっての」

「毎年クリスマスはご家族で過ごすと聞いたわ」

「クリスマスは明日だろ。今日はイヴ。イヴはそれぞれ自由に過ごすんだよ」

「シュウ、毎年イヴはリンちゃんランちゃんとデートだったのでしょう?」

「そうだけど…」

「それならせめて、お家の中で良いからリンちゃんランちゃんにあなたと過ごさせてあげたいのですわ。それに」と、カレンが呆れたように小さく溜め息を吐いた。「あなた、お正月には妹さんたちにあげるお年玉でまた大金が飛ぶんでしょう?」

「……」

 シュウは苦笑した。
 クリスマスのあとはすぐに正月、その間の大晦日にはリュウとキラの誕生日パーティー。
 この時期、シュウは特に支出が多かった。

「あたくしのために無理しないでほしいのですわ」

 とカレンは言ってくれる。
 が、ただ単にシュウ自身がカレンとデートしたいだけである。

(我慢するしかねーか…。欲張ったらまた親父に借金することになるし…)

 しぶしぶカレンとのデートを諦めたあと、シュウはじっとカレンの顔を見つめた。

(…可愛いなオレの彼女)

 じゃなくて、

(いつクリスマスプレゼント渡そうかな。今夜がいいかな。カレン喜ぶよなあ……)

 カレンの喜ぶ姿を想像し、シュウの顔がにやけた。

(カレンにクリスマスプレゼントを渡すサンタクロースのオレ。はしゃぐカレン…。そして「ありがとう、サンタさん大好きっ!」とか何とか、すーげー可愛い笑顔で言われちゃったりして!? おまけに「今夜は好きにしてっ(ハート)」とか言われちゃったりして!? オイ、まーじかああああああああっ!! オレ今夜はドキドキわくわくクリスマス・イヴスペシャルフィーバァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっっっ!!)
 
 
 
 そして夜。
 世の中の夫婦・カップルが1年の中で最も盛り上がる日と言っても過言ではない聖夜。 (オレもクリスマス・イヴらしく盛り上がってみたいと思いまあああああああすっ!!)

 シュウはバスタイムを終えたあと、カレンへのクリスマスプレゼントを持って自分の部屋から出た。
 プレゼントを背に隠し持ち、カレンの部屋に入る。

「メリーーーークリスマス・イーーーーーヴっ!!」

 シュウ同様にバスタイムを終えたばかりのカレン。
 鏡台から振り返って、シュウの何やら張り切った様子を見て首を傾げる。

「どうかしたのかしら、シュウ?」

「今のオレはサンタクロースだぜ」

「え?」

「ヘイ、ハニー」と背からプレゼントを出したシュウ。「クリスマスプレゼントをお届けに参ったぜ」

「えっ?」

 と、驚いたカレン。
 やって来たシュウからプレゼントを受け取る。

 クリスマスを思わせるラッピングの箱。
 それに目を落としたあと、カレンは戸惑いながらシュウの顔を見上げた。

「い…、いらないって言ったじゃないっ…」

「そう寂しいこと言ってねーで開けてみろよ。おまえの誕生日のときに比べたら、まーったく金かかってねーから心配すんな」

「そ、そう。ありがとう」

 と困惑した顔で言ったカレン。
 プレゼントの箱を開ける。

(さあ、どんな反応するかな)

 シュウがわくわくとした次の瞬間。

「――きっ…」

 カレンが頬を紅潮させ、

「きゃああああああああああああああああああああああっ!!」

 何事だと思うくらい絶叫し、

「どっ、どどどっ、どうしてこのドレスたちが!? これとこれは今月号のカタログに載ってたドレスっ! これは11月号、これは10月号、これは9月号っ…! ああ、何てこと…! 何てことなのっ…! あたくし、もう買えないと諦めていたのにっ…! すっ、すごいっ…! すごいのですわあああああああああああっ!!」

 卒倒するのではないと思うくらい興奮し、

「あたくしがほしいものを全てそろえて来てくれるなんてっ…! ダーリン愛してるのですわああああああああああああああああああっっっ!!」

 シュウの想像を絶するほど大喜びした。

(な…、なんか誕生日プレゼントあげたときより喜んでねえ?)

 と思わず一瞬顔が引きつってしまうシュウだったが、

(ま、まあいいか。すげー喜んでくれて嬉しいんだぜオレはっ…!)

 それはもうカレンの眩しいくらいに輝く笑顔を見て、うんうんと満足しながら笑った。

「その程度、いつだってプレゼントしてやるぜ。さて――」

 今夜は好きにさせてくれベイベっ…!

 と言おうとしたシュウの言葉を、カレンが遮る。

「今夜は夜更かししてドール遊びするのですわっ♪」

「――なっ…、なぬぁーーーっ!?」

 何故だ!
 何故だカレン!
 何故なんだマイハニィィィィィィィィっ!!

 と衝撃を受けるシュウだったが。
 そんなこと愚問である。

(ああ…、そういえばオレより人形遊び優先するよな、カレンって…。何でそのこと忘れてたんだろう、オレ…。新しい人形の服なんてやったら放置されるに決まってんじゃん……)

 別のものをあげれば良かったかも、と後悔しても遅い。

(ああ…、オレのカレンとドキドキわくわくクリスマス・イヴスペシャルフィーバーという夢が、虚しくも遠い彼方へと飛んでいく……)

 シュウ、意気消沈。
 そんなことになど気付かず、カレンがベッドの上で人形遊びをしながら言う。

「それにしても、本当にすごいのねシュウ」

「何が…」

 と、シュウはがっくりと肩を落としながらカレンの後ろあたりに腰掛けた。

「今月号に載ってた2着のドレスが手に入ったのはまだ分かるけど、先月号や先々月号、その前のカタログに載ってたドレスが手に入ったなんて信じられないのですわ」

「え…?」

 シュウはカレンにプレゼントした人形のドレスに目を向けた。

 シュウがカレンに買ってきたのは2着。
 他に3着ものドレスが入っていた。

(ああ、ミヅキが入れた『おまけ』の服か。余った、売れ残りの服)

 シュウがそのことをカレンに伝えようとしたとき、カレンが続けた。

「このブランドとコラボしたドレスって、とても人気なの。だからどれも発売された日に完売してしまうのですわ」

「え?」シュウは眉を寄せた。「売れ残ったりは?」

「まずないのですわ。本当、手に入ったのは奇跡に近いのですわ」

「……」

「きゃあああっ、可愛いのですわあああああああっ!」

 カレンが人形遊びに夢中になってはしゃぐ一方、シュウの顔には眉が寄っていた。

(売れ残ることはまずない…? どういうことだ…?)

 カレンの手元にある6つの人形用のドレス。
 それらを見ながらシュウは考える。

(まさか、ミヅキの奴が…)

 と、シュウの目はカレンへ。

(カレンのために取って置いた……とか?)
 
 
 
 
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